真似事
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映像配信サービスにて、私のPC画面には男と女が睦まじく名を呼び合い、キスをして、ベッドになだれ込む場面が映し出された。
そんなドラマのワンシーンが流れているのを、隣で見ている半助さんのリアクションが気になり、チラリと横目で見れば、やはりいつも通りの澄ました顔がそこにはあった。
胡座をかいていても姿勢良くドラマを視聴している室町時代の忍者の姿に可笑しさが込み上げ、口元がにやついてしまう。
酷暑の今日、部屋を閉め切ってクーラーを効かせながら日が落ちるまで、掃除をしたり、本を読んだり、そして映画やドラマを見て過ごすことにしたのだ。
「部屋に篭もりっきりなのは不健全だが……ここまで暑いとそうせざるを得ないか」
体温を平気で上回る私の時代の夏に、半助さんは締め切った窓から外を眺めて苦笑していた。
確かに。半助さんにとっての夏休みはきり丸のアルバイトの手伝いをして過ごしているから尚のことそう感じるのだろう。
ドラマが終わり、画面は次回の視聴を促しているが、気持ちよさそうに伸びをし始める半助さんを見て、一旦視聴を止めることにした。
「お茶飲みます?」
「お願いしていい?」
そう言って私が立ち上がれば、半助さんも一緒になって立ち上がる。
目が合えばにっこりと微笑まれた。
ワンルームだから振り返って数歩歩けばすぐにキッチンに辿り着く。
冷蔵庫から麦茶を取り出している間、半助さんはガラスのコップを備え付けの棚から取り出してくれていた。
「朱美」
「はい?」
「さっきのドラマのように呼んでみてくれないか?」
「………え」
突然の申し出に私は麦茶を注ぐのを止めて彼を見た。
涼しげに微笑んでみせる彼だが、意地悪な笑みをその裏で隠しているに違いない。
「ほら、呼び捨てで」
「…………隣のおばちゃんみたいに、ですか?」
「それを言うな」
半目で睨む半助さんに、私は曖昧に笑う。
「ほら、呼んでみて」
肩を掴まれ促される。
誤魔化すことはできないようだ。
「………はん……すけ…………」
「ぎこちない。もう一度だ」
「急にどうしたんですか」
半助さんが何かに触発されるなんて珍しい。
尋ねれば「何となくだよ」と、さらりと唇を奪ってきた。
流れるように恋人らしいことをしてくる半助さんが憎たらしくて、つい睨んでしまう。
この世界に来て少し大人しくなった無造作な髪が、彼が笑うと共に微かに揺れる。
「そう睨んでくるな」
「………」
「この間は呼んでくれたじゃないか」
ダーツをした時の事を言っているようだ。
「あの時は………その、勢いで」
私の肩に置かれていた半助さんの手は、そのまま私を閉じ込めるように抱きしめてきた。
背中に回された腕。
急接近した胸板。
半助さんが来ているTシャツから柔軟剤の香りがする。
あの時は勢いで言ってみたし、呼ばれた半助さんは真っ赤になっていたくせに。
「だめかい?」
「そんな風に言われたら」
「うん。だから……呼んで?」
慣れ親しんだ夫婦みたいじゃないか。
半助さんはその時は確かそんなことを仰っていた。
「…………半助」
言ってみた後、頰と耳が猛烈に熱くなる。
「うん」
目を合わせれば、半助さんはこの上なく嬉しそうに微笑んできた。
「もっと」
「え……」
額に半助さんの柔らかな唇が触れる。
そして真っ赤な私をくすくすと笑い、躰を密着させてきた。
「あの時は呼びたがってたじゃないか」
「あれは……勢いでというか、なんというか…そういう半助さんは照れてたじゃないですか」
「今は平気」
尚も笑う半助さんの余裕を崩したくて、私は覚悟を決める。
「………半助。夕飯は何食べたい?」
「そうだなあ。朱美の作った煮魚が食べたい」
「そ………そう」
慣れ親しんだ夫婦というより、同棲カップルな気がしてきた。
急上昇する体温と心拍数を彼は感じ取ったのだろう。彼の腕の力が少し強くなった。
「なんだかこういうのも新鮮でいいな」
「………そうですか」
「いつもに不満があるわけじゃないよ」
まもなく夕方になるけれど、日はまだ高い。
「もう少ししたら買い物に行く?」
「………はい」
「そのもう少しの間…もっと呼んでくれないか?」
耳元で甘く囁かれ、自然と昂ぶってしまう。
「半助………」
「なに?」
顔を見合わせれば、互いの瞳に欲情する己の姿が映っているのだろう。
半助さんの表情からは笑みが消え、熱っぽい視線で私を見つめてきている。
「好き」
「私も」
すぐに互いを確かめる深い口付けを始め、私達は互いの躰に触れる。
たぶん、買い物に行くのは日が沈んで暗くなった頃なんだろう。
半助さんに首筋を吸われながらぼんやりと思うのだった。