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厠の帰り道、忍たま長屋の傍の池に人影があった。
よくよく見ればあの三人組で。
「朱美さん!」
「どうしたのこんな所で」
「星が綺麗だから、こうやって見ていたんです」
乱太郎くんはそう言っているけど、本当にそうだろうか。後の二人が、星が綺麗だから、という理由だけで夜空を見上げているなんて意外だった。
なんて正直に言ったら、二人は頬を膨らました。
「失礼な!確かにあれが全部銭だったらと思いましたけど!」
「あれが全部お団子だったらいいな、なんて思いましたけど!」
しかし三人は腕を組んでうーんと唸る。
「どしたの」
「なーんかさっきまで凄いことを経験していたような」
「すごーく遠いところまで行っていたような」
「お空を飛んでいたような」
「こらお前達、何してるんだそんなところで」
その声にドキリとした。
振り返れば、頭巾を取った忍び装束の土井先生が歩いてきていた。
「さっさと部屋に戻って寝るんだ」
いつもと少し違う土井先生の姿に心が忙しない。だから、脚に何かが纏わり付いたことにワンテンポ遅れて気がづいた。
乱太郎くん達が私に引っ付いたのだ。
「ぼく達!朱美さんに質問していたんでーす!」
と、きり丸くん。
「そうですそうです」
「お勉強してたんです!」
と乱太郎くんとしんべヱくんはしきりに頷いていた。
よくもまあ怒られないための嘘を咄嗟に捻り出したものだ。
しかし土井先生の目つきは疑ったままだ。
土井先生はジト目のまま私と三人を交互に見ていた。
顔の熱は、蒸し暑い夏の夜のせいではない。
「ほーう。伊瀬階さんにどんな質問をしてたんだ?」
「えーっと……」
あっ!と、きり丸くんは思いついたようで、元気よく手を挙げた。
「空の上には何があるのか、質問していたところでーす!」
きり丸くんの質問に乱太郎くんもしんべヱくんは目をキラキラさせて私を見た。
土井先生はというと、呆れたように三人を見ていたけれど、彼らと同じく興味深げに私を見た。
つまり、答えなくてはならないのだ。
「え、えーーっと、空の上には……」
どこまで詳しく、どのくらい深く話せばよいのだろう。
「宇宙が広がっています」
静寂。
「うちゅー?」
「白くって冬に食べると美味しい?」
「それはシチュー」
「まちなかっていう意味の?」
「それは市中」
「鎧や兜の?」
「それは甲冑」
淡々と彼らの言葉遊びに付き合いながら、宇宙をどう説明するか考えていた。
落ちていた石を拾い、しゃがんで地面に図を描き出せば、きり丸くん達と土井先生もしゃがむ。
「今、私達がいるこの星を地球といいます」
「白くって冬に食べると美味しい?」
「しんべヱくん、もういいから」
「茶目っ気なのに」
指同士をつんつんとしながら呟くしんべヱくんを放っておきながら、地球に見立てた丸を描く。
「で、地球は自分も回りながら、太陽の周りをグルグルと回っています」
太陽の丸を描く。
ほう、と土井先生の感嘆の声が聞こえた。
「回ってるのに何故わたし達は目が回らないの?」
「ゆっくりと回ってるから……たぶん」
そして太陽系を描く。
「そして、地球の他にも、太陽を中心に惑星があります」
「わっ!臭ぇ~」
「水星、金星、地球、火星、木星、土星、天王星、海王星」
鼻を摘まむきり丸くんを無視して、太陽系の惑星を挙げた。惑星って何ですか、という質問が来なかったことにホッとしていいのか、ガッカリするべきなのか。
「金星?!全部金でできてるってこと?!」
「他の星も私たちのように、誰かが住んでいるのでしょうか」
「美味しい食べ物はありますか?」
しかし三者三様の質問が同時に飛んできて、私は聴き取れなかった。
くすり、と土井先生は笑う。
「きり丸は、金星は金でできているのか。乱太郎は、他の星も誰かが住んでいるのか。しんべヱは、他の星に旨い食べ物はあるのか。だそうだ」
聞き取れる土井先生に感心し、私はぺこりと頭を下げた。
「金星は、金でできてません。今のところ、地球以外に生命体は発見されていません。だから美味しい食べ物もありません」
なぁんだ。
三人のテンションは一気に下がる。
「ご、ごめんね」
「伊瀬階さんが謝る必要は…」
「でもね、隕石って言って、宇宙から落ちてきたものは貴重だから高く売れるんじゃないかな?!」
「ほんとぉ?!」
きり丸くんの目は銭になる。
「宇宙はとっても広いから、もしかしたら生命体のいる星があるもしれないし、美味しい食べ物もあるかもしれない」
乱太郎くんもしんべヱくんも元気になる。
「はい。伊瀬階先生」
三人も私も驚いて土井先生を見た。
慣れない呼ばれ方に私は赤面する。
そしてそんな私をニヤニヤと三人は見ていた。
「宇宙はどのくらい広いのでしょうか」
「どのくらい……果てしない、と思います」
へぇ、と三人は声をあげた。
「太陽系の外は、太陽系みたいな集まりがいっぱいありまして」
太陽系の周りに丸をたくさん描く。
「その集まりを銀河系といいまして」
太陽系と他の丸の上からぐりぐりと渦を描く。
「ちょっと雑すぎやしませんか?」
きり丸くんの感想を聞き流し、話を続ける。
「銀河系の他にも、たっくさんの銀河があります」
ぐるぐるを幾つか描く。
「宇宙は今も広がっていま……す」
顔を上げれば、土井先生の顔が思ったよりも近くにあった。
くっきりとした瞳が、私を見据えていた。
私は石を置いて、ゆっくりと立ち上がり、手に付いた土を払った。
「というわけ。ほら、そろそろ部屋に戻ろう」
「はーい」
きり丸くんも乱太郎くんはニヤニヤと私を見ていて、しんべヱくんもニコニコと私を見上げていた。
「はよ戻れ」
ぐいぐいと三人の背中を押せば、ようやく歩き出した。
「おやすみなさーい」
吞気な声と共に、三人の背中は遠ざかっていけば、静かになった。
だから、自分の鼓動の音が良く聞こえる。
振り返るのに、勇気が要る。
大きく息を吸ってから振り返れば、私の描いたお粗末な宇宙を見下ろしていた土井先生がいた。
「宇宙、か……凄いな。伊瀬階さんは行ったことはあるのかい?」
「いえ。特別な訓練を積んだ人しか行けません」
土井先生は今度は空を見上げたから、私も何となく空を見上げる。
「さて……私たちも戻ろうか」
「はい」
そう言いながらも私たちは歩き出すこともなく、尚も空を見上げていた。
零れそうな星々は、音もなく瞬いていた。