償いの薬師
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
頼まれていた調査の報告を終えた利吉は、庵を出て、父の部屋へと向かっている。
溜まっている洗濯物を持たされ、母の元に行かねばならなくなるに違いない。
そして母親の元に行けば、帰ってこない父の愚痴を聞かされ、それを父に伝えれば母への愚痴を聞かされる。
決まりきった先のことを思い、利吉は溜息を付いた。
どうせ詮無い事が待ち受けているならば、せめて………。
利吉はくるりと踵を返し保健室へと向かう。
せめて彼女の笑みを見て、この疲れ切った心を癒したい。
そう思ったのだ。
「利吉さん…どうされましたか?」
保健室の戸を開ければ、机で書き物をしていた彼女が顔を上げ、目が合う。
雨上がりの菫を思わせる声で名を呼ばれれば、己の頰がたちまち緩んでいくのが分かる。
「少し寄ってみただけです。ご迷惑でしたか?」
「はい!!」
即座に返された威勢のいい声。
気が付かなかったわけではない。
見えないフリをしていた。
戸の傍に控えていたため視界に写らなかった乱太郎が返事をしたのだ。
「お怪我をされてないなら、体調が悪くないなら、保健室にいらっしゃる必要はありません!」
まるで番犬のようだと利吉はそっと笑う。
「彼女と少し話をしたいんだが、だめかな?」
「利吉さんといえども、ダメです!」
二人の会話をぽかんと見ていた朱美は、クスクス笑い出した。
「乱太郎くん。利吉さんにそんな風に厳しくしないでください」
「だって…」
「お忙しいなか寄って頂いたのですよね?ありがとうございます」
そう言って木漏れ日のような笑みを二人に向けると、乱太郎は顔を真っ赤にさせ、顔を背けた。
少年のあからさまな反応に利吉はくつくつ笑いながら、彼女の向かいに胡座をかいた。
「ここには慣れましたか?」
「何とか。お役に立てているか分かりませんが」
「そんなことありません!朱美さんのお陰で、保健委員会は大助かりです!」
「ありがとうございます。乱太郎くん」
えへへと乱太郎が はにかみながら頭を掻けば柔らかな髪が音も無く揺れる。
「先日いただきました痛み止めですが、大変助かりました」
「それは良かったです」
「朱美さんは薬の知識がとても豊富で、新野先生も感心なされてました」
「そうなんですか?嬉しいです」
利吉が彼女に問えば、乱太郎が何かと口を挟み、彼女はそれを律儀に返すためか、会話が進まない。
歯がゆく思う一方、誰にでも平等な光を当てる彼女が愛しかった。
「土井先生も、特別に作って頂いた胃薬のおかげで最近は調子がいいのだとか」
乱太郎の言葉に、彼女の瞳が微かに揺れた。
そして、木漏れ日のような笑みを再び浮かべ「そうですか」と独りごちる朱美に、乱太郎は頷く。
いかに学園で役に立っているか、彼女を鼓舞するあまり見落としている彼女の反応。
乱太郎は彼女の心の在処に気付いていないのだろう。
自分は芽が出たときに手折ってしまった感情だが、乱太郎の中では今も尚すくすくと育っているのだ。
育てば育つほど、知ったときの絶望は深いというのに。
「あ。そうでした」
ぽん、と彼女は手を打つ。
「すみません。新野先生のところにちょっと行って参ります」
そう行って朱美は立ち上がった。
「乱太郎くん。戻るまで保健室をお願いします」
「任せてください!」
胸を張る乱太郎。
「利吉さん。それでは失礼します」
「ええ。お疲れ様です」
本当は彼女に付いていきたいが、あからさまな態度を取れば乱太郎に嫌われてしまうだろう。
それはあまりにも大人げないと言い聞かせ、
彼女を見送った。
戸が閉まれば、薬草の匂いと共に静寂が二人を包んだ。
「不思議な方だな。朱美さんは」
「……はい」
じっとりと湿度をはらんだ瞳で睨まれ、利吉は苦笑する。
「何だい?」
「別に………。利吉さんまで用も無く保健室にいらっしゃるなんて」
「ただの挨拶だよ」
下心が無いわけではないが。
「朱美さんがお優しいから、みんな保健室に入り浸ってくるんですよ!」
「優しい……ねぇ」
利吉は彼女が去って行った方角を見つめた。
それは忍びとしての鋭さをはらんだものであった。
「この間の薬草摘みだって怪我をしてしまった私を負ぶってくれたり………でも」
乱太郎の声に影が差したので、利吉は彼を見た。
「ご自分を蔑ろにしすぎというか………少し心配です」
乱太郎は胡座を組み直す。
その時に露わになった足首に包帯が巻かれていることに利吉は気が付く。
「へぇ……」
利吉も足を組み替え、乱太郎の話を聞くことにしたのだった。