ごちそうさま
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朱美さんが再び忍術学園に帰ってきてからというもの、土井先生といる彼女の態度はあの時の彼女ほど恥じらいがなくてつまら……いや、見ているこちらが恥ずかしくなってくる。
しかし、千の顔を持つ男…この忍術学園において変装の達人と呼ばれるわたしとしては、大人になられた朱美さんと、そんな朱美さんが見破れないほど完璧な土井先生に変装するために、お二人の観察は欠かせない。
昼飯時は、少し遅めに行くに限る。
朱美さんは昼食の準備に引き続き、食堂にやって来る皆の対応で忙しい。
朝から働きづめの彼女は、せめて昼食は恋人とゆっくり食べたいのだろう。
お二人は約束でもしているのだろうか、土井先生は、昼休みの半分を過ぎた頃に食堂にいらっしゃり、彼女と昼食を食べるのだ。
コウコウセイであった彼女は、土井先生の向かいに座るだけで纏う気配が固くなって、頰を染めていたというのに、今では「お疲れ様です」とにこやかに席に座られるのだからつまらな……いや、大した成長だ。
遠い席でそんな二人を観察する。
私の視線に土井先生はきっと気付いておられるだろうが止めに来られないので観察を続けている。
「どうした?今日は疲れてるな」
「実は昨晩、あの後読書をしてしまいまして」
あ の 後 …。
それに反応したのはわたしだけではない。
食堂に今いる皆がピクリとしたのをわたしは知っている。
食堂のおばちゃんはあからさまにニヤニヤとした顔で二人を見ていた。
「あまり感心しないな。…何を読んだんだい?」
「あの時先生に買った文庫本ですよ」
「持ってきたのか!?」
あの時、とは…。
土井先生が30日ほど朱美さんの世界に行かれて、衣食住を共にしたというあの時か。
五年にもなればそんな推測など容易い。
いや、五年じゃなくても二人をご存知ならば…かもしれない。
現に、向かいのテーブルに座っているくノ一教室の生徒達が、俺が推測した事をひそひそと話しているからだ。
「推理小説は危険ですね。先が気になって止まらなくなってしまって…結局四時くらいまで起きてました」
「土井先生、四時って?」
「寅の刻あたりだきり丸。早く食って授業に行け」
お二人の後ろのテーブルで昼食をのんびり食べていた、乱太郎達も会話を聞いていたらしい。
さりげなくお二人の会話に入り込めるのは、学園が休みの時に一緒に住んでいるきり丸くらいだろう。
土井先生も朱美さんも聞かれていることにも、会話に入り込んだことにも大して気にも留めていない様子だった。
漬物を放り込みながらいなす土井先生と、黙って頷いている朱美さんは、もはや夫婦のようだった。
夫婦みたいですね、と朱美さんに言えば照れてもらえるだろうか。それともドヤ顔で「まぁね」と言うのだろうか。
そしてきり丸も軽くあしらわれた事に対して気にした様子も無く「分かりましたー」と返事して、残りの味噌汁を飲み干している。
この一連の流れは何ともシュールであった。
乱太郎もしんべヱも、不思議そうにきり丸とお二人を交互に見ていた。
「それなら全く寝てないじゃないか。大丈夫かい?」
「この後仮眠しますから大丈夫ですよ」
ご飯を食べようとお碗を持っていた土井先生は、チラリと彼女を見て、お椀を盆の上に戻した。
「確か午後は保護者宛に出す授業参観の通知の作成じゃなかったかい?居眠りや誤字脱字をしないように」
「分かってますよ」
「コピー機なんて無いんだからな?」
こぴーき……とは?という疑問はとりあえず置いておいて。
朱美さんは土井先生に関する話題をデレデレとした顔をして不真面目なことを語るが、それ以外は大層真面目な性格をされている。
仕事で居眠りをするなど考えられないが、土井先生がそう仰るからには、何かあったのだろうか。
「あの時みたいな失敗なんてしないですよ。しつこいなあ」
「あの時ってなんすか?」
「レポート書いてたらキーボードの上で寝落ちしちゃって、画面が大変なことになってたんだよ」
食べ終わって食器を返すきり丸が再び尋ねてきたが、朱美さんは肉じゃがのじゃがいもを箸で割りながら答えていた。
「れぽーと?」
「きーぼーど?」
がめんが大変なことになっていた?
首を傾げるきり丸と乱太郎。
わたしもそうだ。朱美さんの世界の便利なカラクリなのだろうが、どういった物なのだろうか。
皆も視線を彷徨わせ、どんなカラクリなのか想像している。
「後で教えてあげるから、早く午後の授業の準備をしてきちゃいなさい」
「はーい」
声を揃えて返事をした三人は食堂から出て行く。
「今日は早めに寝るんだぞ?」
「いやです」
即答する朱美さんに苦笑する土井先生だが、食堂が一瞬だけ静まり返ったのをお二人は気がつかれているのだろうか。
少なくとも土井先生は気がつかれているはずだろうに。
「こらこら。子どもじゃないんだから」
こらこらはこっちの台詞ですよ土井先生。
わたしたちは子どもじゃないんですから、何を言わんとしているか分かってしまうんですから、その様な会話は控えていただきたい。
朱美さんは箸を止め、むっとした様子で土井先生を見る。
あ。こういう顔もされるんだ、と新たな発見をしたが、それどころじゃない。
「子どもじゃないんですから、大丈夫です」
「いいや、だめだ。この間だって君は」
「う………」
土井先生は朱美さんをジト目で睨むと、彼女は言葉を詰まらせた。
え?何なのですか?
何があったというのですか?
しかし朱美さんも同じようにジト目で睨み返した。
「それを言ったら土井先生だって……この間……」
「ぐっ……」
今度は土井先生が言葉を詰まらせた。
「………」
どうなるんだ?
と、耳をそばだてていれば鐘が鳴る。
そこにいた全ての者がハッとして、慌ただしく残りのご飯をかっ込み始めた。
「とにかく!今日は無しだからな?」
「………せめて時間か回数を区切って……痛っ」
お二人とおばちゃんを除く全ての者が茶を吹き出した瞬間である。
おばちゃんはひたすらニヤニヤとお二人を見ていた。
土井先生はデコピンをしたようで、朱美さんは涙目で額を抑えていた。
「………TPOをわきまえなさい……」
「……黒装束で『TPO』は面白いですね…」
面白いという割に恨めしそうに朱美さんは土井先生を睨んでいる。
てぃーぴーおーをわきまえる……とは?
会話の流れ的にどのような意味なのか分かったが、それなら土井先生だってわきまえていない気がしないでもない。
「先生らしいだろう?」
土井先生はすました顔で食器を下げ、食堂を出て行ってしまわれた。
先生から拳骨を食らうことが確定した私の他、同様に遅刻が確定した数人の忍たま、くのたま達も、土井先生に続くように急いで食器を下げに行く。
「ごちそうさまでした」
美味しい料理を作っていただくおばちゃんはもちろん。
見せつけてくれた朱美さんに対しても言いたい言葉だった。
彼女はつまらなさそうに静かに漬物を食べていた。
次の朝、朱美さんはやはり眠たそうだったから、結局土井先生が折れたのだろう。
あくびを噛み締めながら味噌汁を装る彼女からして、時間も回数も区切らなかったのだろう。