26 金色の光
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真綿をどこまでも敷き詰めたような空からは陽の光の気配が全く感じられない。
吹き付ける風は氷のようで、頬がビリビリする。
眼前に広がるのは果てしなく続く…………海。
「ここは、どこだーーー!」
海に向かって叫ぶは神崎左門くん。
私も叫びたい。
ここはどこ。
サスペンスドラマの最後に出てきそうな崖と海。
波は荒く、崖にぶつかっては砕けて白い飛沫が散る。
彼は崖の先端に立ち、海に向かって叫んでいる。
私はただ備品チェックのため校内を歩き回ってただけなのに。
確かに、演習場近くの厠が分からなくて、ちょうど通りかかった左門くんに尋ねられ、厠を探していると答えれば引っ張られ、今に至る。
裏門が開けっぱなしだったのもいけない。
おそらく小松田くんは掃き掃除でちりとりを取りに行っていたのだろう。
門を出た瞬間、小松田くんも追いかけてきたけれど、そんな彼も疲れ果ててしまったのだろう。しばらく追いかけてくれていた彼だが、もういない。
どんな道を辿ってきたか分からないけれど、おおよその方向は分かる。
「左門くん。学園はこっちだと……」
「進退は疑うことなかれ!」
私の言葉を遮り、左門くんは私の手を掴み、またもやあらぬ方向へと走りだそうとした。
「左門!」
行く手を遮るように現れたのは作兵衛くん。
ようやく帰れる。
私は胸をなで下ろした。
裏門をくぐると、三年生一堂と小松田君が出迎えてくれた。
「朱美さん!作兵衛くん!左門くん!良かったぁ」
小松田さんは一旦学園に戻り三年生達を探して、すぐに作兵衛くんが探しに来てくれたのだという。
「ありがとう小松田くん。みんな」
「備品のチェックも代わりにやっておきました」
作兵衛くんが私達を探している間に、残った三年生達は裏門の近くに落とした私のチェックリストを元に、仕事を片付けてくれたらしい。
「申し訳ない。本当にありがとう」
申し訳なさでいっぱいになった。
何かでお返しをしたい。
「これから食堂でうどんをごちそうさせてくれる?私のでよければだけれど」
おばちゃんの絶品うどんには敵わないけれど…おずおずと提案すれば、みんなの目は輝き出した。
食堂でうどんを振る舞う。
私もお腹が空いていたから、皆と隣のテーブルについた。
「水くさいですよ」
数馬くんと藤内くんが私と同じテーブルに座ってくれた。
「雪合戦、大変でしたね」
数日前のことだけれど数馬くんは懐かしむように言った。
「そうだったね。数馬くんは怪我とかしなかった?」
「はい!」
あの後の仙蔵くんとしんべヱくんと喜三太くんの事は知らない。どこまで追いかけっこしていたんだろう。
仙蔵くんは私の風邪が治った時、美味しいと評判の団子を持って、わざわざ謝りに来てくれた。「自分の指揮のせいで」と仙蔵くんは自分を責めていたけれど、謝ることはない。
お団子は遠慮なくいただいてしまったけれど。
「そうだ。三年生もテストは終わった?」
「はい。昨日、終わったばかりです」
「お疲れ様」
みんな晴れやかな顔をしていた。
私も期末テスト明けはそんな顔をしていたと思う。
けれども一年は組は今日も補習だ。
ここのところ毎日補習だけれど進みはよくないようだ。
半助さんも、は組のみんなも心配だ。
半助さんの声のが校舎の窓から聞こえてくるも、その声は心なしか疲れていた。
今日の夜は彼のために何かできないか……という事は今はひとまず置いといて、半助さんの授業から気になったことがあった。
「乱定剣と静定剣ってさ…どう違うの?」
私の問いに真っ先に反応したのは藤内くんだった。
「乱定剣とは、その場にあるものを敵に投げつける技で、静定剣は包丁など刃物を投げつける技です」
みんなも頷いている。
「じゃあ…敵に追われて…用具倉庫や食堂みたいにその場にある物が包丁や手裏剣だらけだったらそれは静定剣?乱定剣?」
私の疑問というか屁理屈にみんなの手が止まる。
「手裏剣や刃物として規格されているのもなら……静定剣ではないでしょうか」
うどんをじっと見つめながら三之助くんが答えてくれた。
「静定剣の定義が……確かそうです」
「なるほど。手裏剣や刃物じゃなくて身の回りの物を投げるのなら乱定剣」
再びみんなは麺をすすりだす。
「じゃあ、とっさに投げたのが虫や蛇だったら……虫獣遁なの?乱定剣なの?」
またもやみんなの手は止まる。
「それは虫獣遁では?」
「でも相手を倒すために投げつけようとしたのが虫だったら……」
屁理屈の続きに作兵衞くんは一瞬躊躇うも、すぐに答えを出してくれた。
「投げた人の意思は関係なく、投げたものが虫とかで相手を怯ませたなら虫獣遁では」
「そっか」
再び私は納得してみんなもホッとして、箸を進める。
しかし私はまたしても疑問が浮かんでしまった。「でも…」という私の言葉に、みんなは何故か緊張の面持ちだ。
「それがオスのヘラクレスオオカブトみたいな凶器のような虫だったら乱定剣にならないかな」
「虫なら虫獣遁ではないでしょうか」
数馬くんが即答してくれた。
「そのナントカオオカブトとは…カブトムシなのですか?どのような虫なのですか?」
生物委員会だからか孫兵くんは目を輝かせていた。
とにかく角が立派なカブトムシと説明すれば、孫兵くんだけに限らずみんなも興味津々だった。
この時代にも、南米あたりにいけば生息しているのだろうか。
ついでだから名前に付いているヘラクレスについても解説した。この話も目を輝かせるので、三つの頭を持つ冥界の番犬ケルベロスを地上へ連れて来た話や人食いライオンとの戦いについても話した。
こうしてうどんを平らげた三年生は食器洗いまでしてくれた。
「お礼のつもりだったのに片付けまでしてもらっちゃって……ありがとう」
「いえ。朱美さんの質問、楽しかったですし」
返してくれた三之助くんだけでなく、みんなも笑顔だった。
屁理屈極まる質問に茶化したり無下にしたりせずに答えてくれた三年生には感謝の気持ちでいっぱいだ。
忍たま長屋へ向かう彼らを見送るが、左門くんと三之助くんはさっそくあらぬ方向に行こうとしていた。
それに真っ先に反応した作兵衞くん。彼に協力する孫兵くんに数馬くんに藤内くん。
仲が良いなぁ。
私は微笑ましく彼らを見送った後、厨房へと戻った。