24 駆け抜けて二学期
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どこかに夏の暑さが、いや、秋の涼しさでもいい、その辺に落ちてはいないだろうか。
外廊下の床の冷たさと、吹き付ける刺すような凍える風が私を襲う。
休校日の午前。
私は図書委員会による書物の点検と書棚整理のお手伝いのため、本を返されていない先生方や学園長に催促しに行った帰りだった。
学園長ときたら、枕の高さ調整のために本を借りていたのだから驚きだ。
「失礼します。先生方の未返却の本、回収してきました」
そう告げて図書室へ入ると、委員長の長次くんと二年生の能勢久作くんが既に本棚の整理をしていた。
「伊瀬階さん、ありがとうございます」
「……そちらに置いていただければ……」
「これに返却した事を書けばいいかな?」
長次が指した机の上に本を置く。
傍に広げてある貸出管理簿のことを尋ねると「お願いいたします」と返事が来た。
貸出管理簿を見れば、火薬に関する本を借りていたらしい半助さんの名前もあって、ドキリとしてしまう。
忙しくても期限内に返したのか、きり丸くんに返却を頼んだのか分からない。
期限が過ぎていたら、今、会えたかもしれないのに。
ほんの少し残念。
でも、本の名前と貸出日と返却日の綺麗な文字を見ることができて幸せだった。
気持ちを切り替えて私も書棚整理に加わる。
傷んでいる本があれば分けて後ほど修復をすることとした。
「この三人でやればあっという間に終わりそうですね」
「きり丸くんはアルバイトだけれど、怪士丸くんと雷蔵くんは?」
「…怪士丸は実技の補習で、…雷蔵は三郎と共に学園長のお遣いです……」
三人の内の誰かが思いついたように話せば、作業をしながら一言ずつ返ってくる。その間は、紙をめくる音や書物や巻物を並べ替える音のみが響いていた。
「伊瀬階さんの世界では、年末ってどう過ごされているんですか」
「うーん、学生はテストがあるし、お仕事してる人は忙しそうだし、家では大掃除したり」
「……あまり変わりませんね……」
「そうかもね」
幕のように、さっと沈黙が落ちる。
換気のために、しかし書物が荒らされない程度に開けられた戸から容赦のない冬の風が入ってくる。
年末か。
これまでの年末の過ごし方を思い出すも、高校に入ってからは大掃除したり、勉強したり、バイトしたり…淡々と過ごしていた、と思う。
というか忍術学園の日々が強烈すぎて、元の生活の記憶が霞んでさえきている。
「紅白かガキ使か……」
「何ですか?」
「歌合戦か、笑ってはいけないか…従兄弟と叔父叔母がチャンネル争いしていたっけ」
この話を学園長にしたらやっかいな思い付きをされそうだなと、独りで笑ってしまい、長次と久作くんに首を傾げられてしまった。
お昼の準備が近づいた頃、書棚整理は終了した。食堂に行くには早すぎるけど、部屋に戻って勉強するには時間がなさ過ぎる。
私はこの場に残り、読書をして過ごそうと思っていると、浦風藤内くんが図書室に入ってきた。
彼は明日の授業の予習のために来たようだ。
エアコンも床暖房なんて当然ないから、どんなに着込んでもじっとしていれば体が冷える。
それなのに藤内くんは背筋をぴんと伸ばして、本を読んではふむふむと頷き、帳面に何かを書き記していた。
感心して見ていたら目が合ってしまった。
「伊瀬階さん、どうされました?」
「邪魔しちゃってごめんね。寒いのによく頑張るなぁと感心して見てただけだよ」
「そんな事ないですよ。伊瀬階さんも勉強されているではないですか」
少し照れた様子で藤内くんは再び書物に視線を落とした。
邪魔をしては悪い。
そろそろ食堂に向かうため、私はそっと立ち上がり、書物を棚に戻して図書室を出た。
空は薄い雲に覆われていて、陽の光は頼りなく雲の隙間から漏れ出ていた。
そんな天気のせいだろうか、昼も近いというのに木々も、土も、雲さえも全てが寝ぼけているようだ。
冬が来た。
明けない夜はないように、冬が来れば春が来る。
背筋を伸ばして北風を受け止める。
頬を掠め、頭巾から出している結った髪を乱暴に揺らして去って行った。
この世界に来て髪が伸びたなと感じた。
揺れる髪が僅かに重い。
戻る前に、髪を切った方がいいだろうか。
タカ丸くんにお願いしよう。
そういえば私の世界も同じように時間が経過しているのだろうか。
「浦島太郎じゃないけど、戻ったら100年後だったらどうしよ…」
割と洒落にならない。
そうなっていない事を切に願う。
そうだ、戻ったら異世界へ行く方法を片っ端から試してみようかな。
都市伝説で色々あったけど…結構怖そう。
大学に入ったらサークルに入ろうかな。
バイトも続けなきゃだから、そこそこ緩くても活動が盛んなところがあればいいな。
もしも、土井先生が私の世界に来たらどうしようか。
そのためにも独り暮らしをした方がいいかな。
思考があちこちに飛ぶ。
大木先生の言葉から、俯きがちだった思考が上向きになった気がする。
様々な未来をひたすら考えているのだ。
半助さんに食べてもらえるような練り物を研究しよう。
ラッキョウは好きでも嫌いでもなかったけれど、元の世界に帰ったら積極的に食べよう。
ナメクジを見かけたら密かに名前をつけよう。
悲しい気持ちが完全になくなった訳ではない。
ふとした瞬間に足下がぐらついて、冷たい風が吹き付けてくるし、その風の強さに負けて倒れるときもある。
それでも、すぐに立ち上がれるほどには強くなれた気がした。
どんなことがあっても、絶対に立ち上がってみせる。どんなに深い絶望に突き落とされても、必ず這い上がってみせる。
「……絶対に………っ!?」
思わず口に出た、その瞬間、踏み出した右足が沈む。
ほんの一瞬の浮遊感と、立ちこめる土の匂いと狭まる視界、足下に伝わる敷き詰められた干し草や枯れ草の感触と、それらが潰れる乾いた音。
久しぶりの落とし穴。
歩く姿のまま落ちた。
奇跡。
「おおー」
穴の外から綾部くんの感嘆の声が聞こえた。
私が落ちるかどうか見守っていたのだろうか。
最近は早朝ランニングで鍛えているのだ、この位這い出てみせる。
そして綾部くんに何か一言言ってやりたい。
跳んで穴の縁を掴むも、自分自身を引き上げられるほどの腕力は無く、無様にも腕は縁から剥がれて尻餅をついてしまう。
ランニングしていても腕力は付かない。
どんなに深い絶望に突き落とされても、必ず這い上がってみせる。
とは決心したが、物理的な穴からは這い上がれない。
「綾部くーーん!いるんでしょーー!?」
私は助けを呼んだ。
でも綾部くんはもういないらしい。
結局、偶然そばを通りかかったヘムヘムに竹梯子を降ろしてもらったのだった。