23 明日を
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いつもより半刻ほど早く起床し、身支度を整え、隣の部屋へと向かう。
「伊瀬階さん…」
木戸の前でそっと彼女の名を呼べども返事は無い。
起こしに行く、そう約束したのだから中に入る。
静寂が部屋の中を満たしていた。
彼女は布団を頭から被っているからか、顔が見えない。
「朱美…」
そっと布団を揺らすと、彼女の気怠げな声が布団越しに聞こえる。
これはなかなか珍しい場面だ。
夏休み中、一緒に寝泊まりしたときの彼女は寝起きが良かった。
だから今、こうして不機嫌そうに布団の中で身をよじる彼女が珍しくて、口がニヤけてしまう。
「ほら、朱美、起きて」
布団を半分ほどめくればこちらに顔を向けて横向きで眠る彼女の姿が見えた。
「んー………」
微かに彼女の瞼が震えた。
「ん?!」
しかしすぐにパチリと見開かれ、上体を起こす。
「なんだ。もう起きちゃったのか、残念」
まだ寝ていれば口づけしたのに。
私が笑うと彼女は無言で私の頬に口づけした。
「おはようございます」
薄暗い部屋が恨めしい。
彼女はなんとも気の抜けた声で挨拶しながら柔らかな笑みを浮かべていた。
私は突然の事で固まってしまった。
すると彼女はまたしても布団へと倒れ込む。
が、またすぐに起き上がった。
「え?!あ、半助さん……!」
するといつもの彼女がそこにいた。
あぁ。さっきまで寝ぼけていたのか。
私は声を立てるのを必死に堪えながら笑っていると、朱美は真っ赤になりながら私を睨んでいた。
「ごめんごめん。ほら、支度して」
「早すぎじゃないですか」
「今日は特別。裏山まで行くから」
「うら!?……裏山?」
大声を上げそうになった彼女はすぐに手で口を塞いだ。
「そう。裏山の山頂まで」
彼女にとって予想外の行き先らしく、固まってしまっている。
「辛くなったら負ぶってあげるから」
「そうならないよう頑張ります」
彼女はのろのろと立ち上がり、忍装束を着始めた。
朝靄のなか、緋色や朱色に染まった木々は、朝陽を待つようにひっそりと立っている。
色鮮やかな葉が屋根のように頭上を覆った山道に差し掛かれば、彼女は足を止め、感嘆の息を漏らした。
「極彩色っていうんですかね……」
早々に走ることを諦めた彼女と、裏山の山頂を目指す。
「これはジョギングでも、ランニングでもなく、トレッキングでもなく、トレイルランニングですよ」
「横文字で私を責めるな」
早足で山頂を目指す。彼女の額は既に汗を浮かべ、息が荒かった。
「まだ登り始めたばかりだぞ」
「……私、忍者じゃないですもん」
ふて腐れた態度でぼやく彼女。
「では問題、忍者が二人以上で行動することを何という」
「双忍の術」
前へ進みながら、すぐさま答える彼女。
「正解。敵に追われた際、水の中に隠れる術を」
「狐隠れの術」
またもや即答する。
「正解。では禁宿に取り入る習いを説明しなさい」
「忍び込む目的の屋敷に、まず仮病を使って、……中に入らせてもらって、後でお礼に行って屋敷の人と、仲良くなる。そうすると、その屋敷に…難なく忍び込める。警備が、厳重な、屋敷に…忍び込むための、方法」
息が上がりながらも淀みなく答える彼女に私は思わず笑みが溢れた。
「正解。ほら、ここまで忍術の問題を解けるなら忍者のようなもんだよ」
そのお陰で彼女は大変な目にもあったけれど…。自分で仕掛けておいて、心の中に影が落ちる。
「いつも、盗み聞きしている、半助先生の、授業のおかげですよ……分かりやすいですし」
内心落ち込んでいる私に嬉しいことを言ってくれる。
ここで斜面がすこし急になる。
このペースでは朝食の準備に間に合わない。
しかし彼女の足取りは重くなる一方だった。
「朱美。すこし急ごう」
手を差し出せば掴んでくれる。
「背負う形でもいいかい?」
「あ……はい」
幼子のようだと思ったのだろう。彼女はやや躊躇いがちに頷いた。
背負えば、背中に感じる彼女の体温と鼓動。
「もっと体力つけないとですね」
この姿勢はマズイ、と今気づく。
彼女の囁きが耳に当たる。
「掴まってて……舌噛まないように口も閉じて」
そう言うなり、私は地面を蹴る。
しがみつく彼女の指が、背中に押しつけてくる躰が、朝っぱらから理性を揺らがせにくる。
欲を振り切るように地を蹴り、朝露を散らしていけば、山頂はあっという間だった。
まだ朝陽は山間から顔を出さないが、藍色の幕を金色に染めつつあった。
眼下に広がる山々の赤や黄の紅葉も相まって、鮮やかな色彩が広がっていた。
「下ろすよ」
朱美は礼を言いながら地面に足をつけ、山頂から見える景色を見て、息を飲んでいた。
頬は紅潮し、目は潤んでいた。
声には出さないけれど「すごい」と口が動いていた。
目が合い、彼女を見ていることがバレてしまう。驚いたように、一瞬だけ目を見開いたが、すぐに細められ、微笑まれた。
こんなにも柔らかい笑顔を見せてくれる。
それも私だけに。
まもなく彼女の元に、紅葉を見に行こうと、生徒や教員達から声がかかるだろう。もしかしたら学園長の思い付きで学園総出で紅葉狩りに出掛けることになるかもしれない。
その前にどうしても二人きりで見たかった。
先ほどの驚きようからして、秋の山頂の景色はまだ見たことがないようで安堵した。
山道を懸命に登る姿も、見事な景色に子どものように目を輝かせるところも、私が一番先に見たかった。
そんな下らない独占欲を打ち明けてみたら、彼女はどんな風に受け止めてくれるのだろう。
「山登りっていいもんですね」
突然話しかけられ、ハッとする。
「今度は半助さんに負ぶわれずに登り切ってみせます」
彼女らしい。
何でも自分一人の力でやりたがる。私の力などいらないとでも言うように。
「だから足腰鍛えないとですね。お蔭様でマラソンのモチベーションが上がりました」
そんな私をよそに、にっこりと微笑みかける彼女。
「そうしたら、また一緒に登ってくれますか?」
冷たい風が彼女の髪をなびかせ、はらりと落ちる。
共有しようとしてくれる。
それが嬉しかった。
「あぁ。また登ろう」
抱きしめれば、彼女も躊躇いなく腕を回してくれる。
「そろそろ朝食の準備ですね」
「そうだな」
「………またおんぶですか」
「じゃないと間に合わないぞ」
「すみません」と彼女は照れ笑いする。
その表情を見て、つい頬に口づけした。
「伊瀬階さん…」
木戸の前でそっと彼女の名を呼べども返事は無い。
起こしに行く、そう約束したのだから中に入る。
静寂が部屋の中を満たしていた。
彼女は布団を頭から被っているからか、顔が見えない。
「朱美…」
そっと布団を揺らすと、彼女の気怠げな声が布団越しに聞こえる。
これはなかなか珍しい場面だ。
夏休み中、一緒に寝泊まりしたときの彼女は寝起きが良かった。
だから今、こうして不機嫌そうに布団の中で身をよじる彼女が珍しくて、口がニヤけてしまう。
「ほら、朱美、起きて」
布団を半分ほどめくればこちらに顔を向けて横向きで眠る彼女の姿が見えた。
「んー………」
微かに彼女の瞼が震えた。
「ん?!」
しかしすぐにパチリと見開かれ、上体を起こす。
「なんだ。もう起きちゃったのか、残念」
まだ寝ていれば口づけしたのに。
私が笑うと彼女は無言で私の頬に口づけした。
「おはようございます」
薄暗い部屋が恨めしい。
彼女はなんとも気の抜けた声で挨拶しながら柔らかな笑みを浮かべていた。
私は突然の事で固まってしまった。
すると彼女はまたしても布団へと倒れ込む。
が、またすぐに起き上がった。
「え?!あ、半助さん……!」
するといつもの彼女がそこにいた。
あぁ。さっきまで寝ぼけていたのか。
私は声を立てるのを必死に堪えながら笑っていると、朱美は真っ赤になりながら私を睨んでいた。
「ごめんごめん。ほら、支度して」
「早すぎじゃないですか」
「今日は特別。裏山まで行くから」
「うら!?……裏山?」
大声を上げそうになった彼女はすぐに手で口を塞いだ。
「そう。裏山の山頂まで」
彼女にとって予想外の行き先らしく、固まってしまっている。
「辛くなったら負ぶってあげるから」
「そうならないよう頑張ります」
彼女はのろのろと立ち上がり、忍装束を着始めた。
朝靄のなか、緋色や朱色に染まった木々は、朝陽を待つようにひっそりと立っている。
色鮮やかな葉が屋根のように頭上を覆った山道に差し掛かれば、彼女は足を止め、感嘆の息を漏らした。
「極彩色っていうんですかね……」
早々に走ることを諦めた彼女と、裏山の山頂を目指す。
「これはジョギングでも、ランニングでもなく、トレッキングでもなく、トレイルランニングですよ」
「横文字で私を責めるな」
早足で山頂を目指す。彼女の額は既に汗を浮かべ、息が荒かった。
「まだ登り始めたばかりだぞ」
「……私、忍者じゃないですもん」
ふて腐れた態度でぼやく彼女。
「では問題、忍者が二人以上で行動することを何という」
「双忍の術」
前へ進みながら、すぐさま答える彼女。
「正解。敵に追われた際、水の中に隠れる術を」
「狐隠れの術」
またもや即答する。
「正解。では禁宿に取り入る習いを説明しなさい」
「忍び込む目的の屋敷に、まず仮病を使って、……中に入らせてもらって、後でお礼に行って屋敷の人と、仲良くなる。そうすると、その屋敷に…難なく忍び込める。警備が、厳重な、屋敷に…忍び込むための、方法」
息が上がりながらも淀みなく答える彼女に私は思わず笑みが溢れた。
「正解。ほら、ここまで忍術の問題を解けるなら忍者のようなもんだよ」
そのお陰で彼女は大変な目にもあったけれど…。自分で仕掛けておいて、心の中に影が落ちる。
「いつも、盗み聞きしている、半助先生の、授業のおかげですよ……分かりやすいですし」
内心落ち込んでいる私に嬉しいことを言ってくれる。
ここで斜面がすこし急になる。
このペースでは朝食の準備に間に合わない。
しかし彼女の足取りは重くなる一方だった。
「朱美。すこし急ごう」
手を差し出せば掴んでくれる。
「背負う形でもいいかい?」
「あ……はい」
幼子のようだと思ったのだろう。彼女はやや躊躇いがちに頷いた。
背負えば、背中に感じる彼女の体温と鼓動。
「もっと体力つけないとですね」
この姿勢はマズイ、と今気づく。
彼女の囁きが耳に当たる。
「掴まってて……舌噛まないように口も閉じて」
そう言うなり、私は地面を蹴る。
しがみつく彼女の指が、背中に押しつけてくる躰が、朝っぱらから理性を揺らがせにくる。
欲を振り切るように地を蹴り、朝露を散らしていけば、山頂はあっという間だった。
まだ朝陽は山間から顔を出さないが、藍色の幕を金色に染めつつあった。
眼下に広がる山々の赤や黄の紅葉も相まって、鮮やかな色彩が広がっていた。
「下ろすよ」
朱美は礼を言いながら地面に足をつけ、山頂から見える景色を見て、息を飲んでいた。
頬は紅潮し、目は潤んでいた。
声には出さないけれど「すごい」と口が動いていた。
目が合い、彼女を見ていることがバレてしまう。驚いたように、一瞬だけ目を見開いたが、すぐに細められ、微笑まれた。
こんなにも柔らかい笑顔を見せてくれる。
それも私だけに。
まもなく彼女の元に、紅葉を見に行こうと、生徒や教員達から声がかかるだろう。もしかしたら学園長の思い付きで学園総出で紅葉狩りに出掛けることになるかもしれない。
その前にどうしても二人きりで見たかった。
先ほどの驚きようからして、秋の山頂の景色はまだ見たことがないようで安堵した。
山道を懸命に登る姿も、見事な景色に子どものように目を輝かせるところも、私が一番先に見たかった。
そんな下らない独占欲を打ち明けてみたら、彼女はどんな風に受け止めてくれるのだろう。
「山登りっていいもんですね」
突然話しかけられ、ハッとする。
「今度は半助さんに負ぶわれずに登り切ってみせます」
彼女らしい。
何でも自分一人の力でやりたがる。私の力などいらないとでも言うように。
「だから足腰鍛えないとですね。お蔭様でマラソンのモチベーションが上がりました」
そんな私をよそに、にっこりと微笑みかける彼女。
「そうしたら、また一緒に登ってくれますか?」
冷たい風が彼女の髪をなびかせ、はらりと落ちる。
共有しようとしてくれる。
それが嬉しかった。
「あぁ。また登ろう」
抱きしめれば、彼女も躊躇いなく腕を回してくれる。
「そろそろ朝食の準備ですね」
「そうだな」
「………またおんぶですか」
「じゃないと間に合わないぞ」
「すみません」と彼女は照れ笑いする。
その表情を見て、つい頬に口づけした。