22 あんみつと蝶
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正門のノック音に朱美は掃き掃除を止めて、出門票片手に潜り戸を開いた。
ノック音の主は朱美を見て、朱美はノック音の主の顔を見て同時に声をあげた。
「げっ」
「あっ」
朱美は潜り戸を閉めようとし、ノック音の主である諸泉はそれを阻止すべく閉まる潜り戸を掴んだ。
「客だぞ、入門票にサインさせろ!」
「当学園内で果たし合いは受けつけておりません。お引き取り願います」
力の差でどうしても負けてしまう。
諸泉は隙間から身を滑り込ませた。
朱美は忌々しそうに彼を睨む。
「忍ならわざわざ正門から来ないで忍んで来て下さいよ」
「それは……」
彼は言い淀む。
雑渡のように小松田に発見されず侵入することが出来ないなどと、この小生意気な雑用係の女には口が裂けても言えなかった。
「タソガレドキ城って暇なんですか………あ!もしかして」
朱美はハッとして、気まずそうな表情を作った。彼女の言わんとしていることが何となく分かり、諸泉は激昂する。
「クビになどなっていない!有給休暇を使って来たのだ!」
「……有休あるんだ……」
「とにかく中に入らせてもらう!入門票を書かせろ!土井半助を今日こそ倒す!」
記帳しないともっと厄介な事務員がやって来る。
「よくまぁ私の前でそんな事ぬかせますね!」
まるでバスケットボール試合の攻守のように、朱美は入門票を諸泉に取られまいと身を捻ったり、隠したりする。
「あ、いた!土井半助だ!」
なに!と、朱美は諸泉の指さす方を見るも、枯れ葉が風に舞うのみだった。
入門票を抜き取られ、目にもとまらぬスピードで記帳され、地面に投げ捨てられた。
気が付けば正門前には誰もいない。
彼女の目に殺意が宿る。
今日の一年は組の実技の授業は出張中の山田伝蔵に代わり、校庭で木の葉隠れの授業を土井が務めていた。
「始め!」
土井の号令と共に、授業のために敷き詰められた木の葉の中に隠れる生徒達。
「しんべヱ、尻が見えている……」
「えぇ~」
木の葉の中からしんべヱの情けない声が聞こえてくる。
土井は近づきつつある二人の気配を意識しながら、授業を続ける。
「よしと言うまで動くんじゃないぞ」
視線を巡らせれば、二人のうち一人が見つかる。
校庭の隅をひた走る諸泉だった。
誰かに追われているのか、背後を気にしている。
彼ほどの忍者が気配も消さないのは珍しい。
大方、入門票を書くように小松田から追われているのだろうと、視線をずらせば真顔で彼を追う彼女がいた。
その手には何処で拾ったのか分からないが四方手裏剣が握られている。
「……は?」
やがて朱美は立ち止まり、素早く構え、投げ打つ。その構えから投擲までの流れは隙があるにせよ、ある程度の基礎を学んだ動きであった。
手裏剣の軌道は真っ直ぐ伸びて、このままでは諸泉の肩に当たる。しかし彼は横様に跳躍し、これを避けた。
「危ないだろう!」
諸泉は振り返って彼女を怒鳴る。
「も、申し訳ありません~!片付けようと思って拾った手裏剣を、誤って投げてしまいまして~」
ひたすら平謝りする朱美。
あまりの白々しさに土井は開いた口が塞がらなかった。
無論、諸泉は騙されていない。
「嘘をつけ!絶対、わたしに向かって投げただろう!?下手な嘘つくな!」
「どうでもいいですからお引き取り願います。あと、今は授業中です。お静かに願います」
彼女は態度を切り替え、憮然とした態度で正門へと促す。
「どうでも良くない!」
この騒ぎに木の葉隠れの術をやめて、一年は組の面々は顔を出した。
「あ、しょせんそんなもんさんだ」
しんべヱの呟きを耳ざとく聞きつけた彼は、その言葉に吸い寄せられるように向かってきた。
「ちょっと、待ちなさい!」
朱美も諸泉の後を追いかける。
すると二人は、土井の姿を認め、順番に「あっ」という顔を作った。
「見つけたぞ土井半助!今日こそ決着をつけてやる」
「授業妨、害です。あと……今日も、どうせ決着は、つきません!!」
朱美はこの追いかけっこで息を切らせ、汗を流しながらも、諸泉の腕をがっしりと掴んで力の限り引っ張る。
だが彼女がいくら引っ張っても、動くはずがない。
「引っ張るな、煩わしい!」
尊奈門は彼女の腕を振り払う。
土井はいくつもの意味を込めた溜息を吐く。
色で例えれば鉛色や墨色といった暗い色ばかりだ。
「尊奈門くん。今は授業で忙しいから後にしてくれないか?」
「おれ達はここで勝負していただいても一向に構いませんよ」
「きり丸くん。サボりたいだけでしょ」
朱美は即座にきり丸を窘めた。
「だって勝敗は分かってるもん」
「出席簿かチョークでやられちゃうもんね、どうせ」
先程までの威勢はどこへやら、子ども達の残酷で無自覚な無邪気さに朱美は諸泉に同情の視線を寄せる。
「やってみなければ分からないだろう!それに、私の名は、しょせんそんなもんではない!諸泉尊奈門だ!」
「諸泉さん、とりあえず授業が終わるまではお静かに」
「お前もそんな目でわたしを見るな!」
埒があかない。
分かった、と土井は答える。
視線を生徒達や朱美に向け、離れるよう指示する。
諸泉は顔を引き締め、刀を構え、襲いかかる。
「いい太刀筋だ」
懐からの出席簿で受け止め、飛び退ると同時にチョークを投げる。
刀で受け止めた諸泉は再び間合いを詰める。
視線を彼女にやれば、遠くで朱美は子どものように小さく跳ねていた。
子どものようにはしゃぐ様を見て口角が上がる。
だが先程の手裏剣投げといい、今晩は聞きたいことも叱りたいこともたくさんある。彼女は落ち込むだろうか、怒り返されるだろうか。
「余所見をするな!」
自分の思案が諸泉を煽ってしまった。
向こうが飛び道具を出す前に決めてしまおう。
引きつけさせ、土井は尊奈門の上を跳び、出席簿の角を彼の後頭部に思い切り打ち付けた。
尊奈門はうめき声を上げ、前のめりに倒れていった。