7色の正義
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
駅前の交差点の歩行者用信号が青に変わる。
スーツを着た者達は色が変わるやいなや歩き出し、巨大液晶テレビに目を留めていた者や、スマートフォンを操作していた者達は、彼等の気配につられて、のろのろと歩き出した。
風を切って歩く者、ゆく当てもなくブラブラしている者。様々な速度で横断歩道に人々が溢れていく。
そんな日曜日の午後の風景。
「わーーっはははは!!」
それまでスポーツドリンクのCMを映し出していた巨大液晶テレビはブラックアウトした後に、高笑いする浅黒い肌の中年男の映像に切り替わった。
「私はドクタケ=ジョー、ニンジャ隊首領、ヒエタ・ハッポウサイだ」
人々はこの中年男の顔の大きさと、食欲のそそらないふざけた名前に訝しんだ。
電波ジャックを装った新手のCMだろうと思い、足を止めた人々は再び歩き出した。
「チキュウジンどもめ!覚悟せい!!」
カメラに向かって中年男が指差すと、それが合図かのように、鼠色のアスファルトの至る所が隆起し、バラバラとアスファルトは剥がれていった。
目の前に起きた超常現象に、皆、悲鳴をあげる。それでもスマホを掲げて録画を試みる者もいた。
まるで茸のように生えて現れたのは、幼い頃に見た「へのへのもへじ」……の顔が書かれた被り物を被った全身白色タイツ。
皆、呆然とするなか、地から生えた へのへのもへじは目の前に腰を抜かす若い男に向かって拳を振り上げた。
若い男は慄きながらも、スマホで録画をしている。
へのへのもへじの振り上げた拳が近づいてきたのがカメラ越しから分かり、寸前でスマホを投げ捨て後退れば、へのへのもへじの振り下ろした拳が地面に落ちたスマホをアスファルトごと轟音と共に砕け散った。
「うわあああ!」
腰を抜かした男はそれでも何とか起きて逃げ出したのをきっかけに、横断舗道上にいた者達は一斉に悲鳴を上げながら蜘蛛の子を散らすように逃げ出ていった。
「ママー!パパー!」
両親を見失った女児はこの混乱の中泣き叫ぶ。どこかで彼女の両親も半狂乱になりながら我が子の名前を叫んで探しているのだろう。
へのへのもへじは、そんな女児のもとへと歩み寄り、のっそりと拳を振り上げ………無情にも振り下ろした。
女児の悲鳴は上がらない。
へのへのもへじの腕と額には、よく漫画やアニメで見かける鈍色の四方手裏剣が刺さっていた。
ビクビクと痙攣しながらへのへのもへじは後ろに倒れ込み、その体は砂のように砕けていった。
その場面を終始見ていた者達は唖然とする。
今や創作の世界のみの存在となった手裏剣が、空から風を切って降ってきたのだ。
「そこまでよ!ドクタケ=ジョー!!」
一人の少女の声が木霊する。
淀みのない、よく通る声だった。
皆、声の主を探すべく視線を彷徨わせれば、巨大液晶画面のあるビルの向かい側に立つ10階建ての雑居ビルの屋上に並び立つ7人の若者の姿があった。
へのへのもへじが彼等を見た時、僅かに後退った。
「「「「「「「変化!!」」」」」」」
彼等は声を揃え、宙返りをしながらビルから飛び降りる。
そして地に着く前に彼等の体は光に包まれて、その眩さに、そこにいた誰もが目を瞑る。
……恐る恐る目を開けば、そこには七人七色の忍び装束に身を包んだ者達。
頭巾は口元まで覆っているから、顔は分からないが、どの者の瞳からも迷いのない勇ましい強者の光が宿っていた。
「いけいけどんどーーん!!」
山吹色の忍び装束が突如叫びながら へのへのもへじ目掛けて走り出した。
両の手には逆手で苦無を持っている。
後退るへのへのもへじだったが、弾丸の如く距離を詰められ苦無を一閃されて、砂と化した。
「小平太、抜け駆けすんな!」
とりわけギラついた瞳を持つ深緑色の装束の男が叫ぶ。
その手には槍が握られていた。
「どちらが多く仕留められるか勝負だ!」
緋色の装束を着た男は、ヌンチャクのような鉄製の武器を振り回しながら、隣の深緑色の装束の男を睨む。
緋色と緑は各々の武器を振り回しながら、反対方向に走り出し、それぞれ目の前のへのへのもへじをボーリングのピンの如く蹴散らしていった。
ヌンチャクのような武器―鉄双節棍は、緋色装束の男の手により唸りを上げ、へのへのもへじの頭部を打ち砕く。
深緑色の装束の男の持つ槍は袋槍。
時に杖側で足払いをし、槍側でへのへのもへじを突き刺したかと思えば、矛はソケットとなっており着脱可能で、苦無のように扱う事もあった。
「皆さん、逃げてください!!」
「これは忍者ショーではありません!早く逃げてください!」
白の装束と薄桃色の装束は口元に手を当てて叫ぶも、人々は先の三色の見事な武器捌きから目を離せずに立ち止まっていた。
そんな二人の背後をへのへのもへじが狙いだしたことで、ようやく人々は逃げ出した。
「……アイツ等が好き勝手暴れるせいで火薬が使えないではないか!」
「小平太……文次郎……留三郎………後で反省会……」
白装束と薄桃色の装束を狙うへのへのもへじを、青藍色と墨色の装束が忍び刀で斬り払った。
「ありがとう!仙蔵、長次!」
薄桃色の装束の男は振り返って人なつこい笑みを浮かべる一方、白装束の少女は忌々しげに吐き捨てて腰に下げた忍び刀を抜く。
「折角の休日なのに、もう!」
「………ボヤいても始まらない………」
「さっさと終わらせよう!」
四人は頷き合って、四方に散っていった。
「ほらほら、こっちこっち!」
白装束はビルの側面に着地し、壁を走る。
女の声の後にへのへのもへじはわらわらと付いていく。
個体差があるのか、中には足の速い者もいるようで、距離を詰めて白装束の肩を掴もうと手を伸ばしてきた。
しかし、その手は空を切る。
宙返りをして距離を取った女は腕を突き出したかと思えば、俊足の へのへのもへじは勢いを無くし、落ちていく。
その額には棒手裏剣が深々と刺さっていた。
「いっぱいいるなぁ」
薄桃色の装束の男は走りながら呟く。
無数のへのへのもへじが自分めがけて走ってくる絵面はなかなか不気味である。
「っと!!」
突然、彼の前にラーメン屋の立て看板が降ってきて、それに躓いてしまった。
躓いても転倒することはなかったものの、一時的な減速は致命的であった。
へのへのもへじの群れはぐんと近づく。
しかし、彼の懐から転げ落ちた一束の包帯。
解けたそれは、一体のへのへのもへじの足に絡まって転んでしまえば、突然のアクシデントに対応できなかった後続も巻き添えを食らってしまった。
「わぁぁ、包帯が!!」
墨色の装束は数メートル先の道端に落ちていたおもちゃの車の箱を見つけた。箱の側面には近くの電気屋の名前が印刷されたシールが貼られていることから、新品であることが分かる。
休日の親子連れのものなのかもしれない。
彼の脳裏に平和で和やかな家族連れの休日の一コマが再生され、胸に痛みが走る。
「………もそ」
拾ったところで持ち主に届けられるかは分からないが……。
それでもと駆け寄るが、その箱の上に1体のへのへのもへじが着地し、ぐしゃり、と音が鳴る。
この個体は跳躍力に優れているのだろう。
無表情のはずの彼はどこか得意気に見えた。
「……」
へのへのもへじの足の下で無残にも潰れてしまった箱を見て、墨色の装束の肩は小刻みに震えだした。
「へへ………へへへへへへ」
口角はつり上がり、目は三日月のように細められていて、世間一般的には笑顔に当てはまるものなのだろうが、彼のソレは見た者を恐怖の底に陥れるものであった。
懐から取り出したのは縄鏢と呼ばれる、縄の先端に苦無のような鋭器が取り付けられた物。
彼の「笑顔」に戦慄した へのへのもへじは、振り投げられた縄鏢の的となり、塵と化したのであった。
消えた へのへのもへじの事など露知らずの大勢の へのへのもへじが彼目掛けてやって来たが、やはりその「笑顔」を見て、揃って回れ右をして逃げ出してしまった。
「待ぁぁてぇぇぇ」
地獄の底から這い上がってきたような声が、縄鏢を振り回す音と共にビルに囲まれた道に響き渡るのであった。
「仙蔵!集めたよ!」
「………もそ」
「よし!!こっちへ来い!」
白と薄桃と墨色装束の目的地は共通であった。
へのへのもへじ達を引き付け、一点に集め、殲滅力の高い攻撃で一気に片を付ける……それが本来の作戦だった。
四人は再び雑居ビルの屋上へと跳躍する。
「待ってよ朱美!長次!仙蔵!このままじゃ留三郎達も巻き添えを食らっちゃうじゃないか!」
「かまわん」
「………大丈夫だ」
「その位でやられる人達じゃないでしょ」
それにもう遅い。と青藍色の装束の男はニッと笑いて呟いた。
彼の手には、ドッジボール程の球体が乗せられ、芯には既に火が付いていたのだ。
「成敗!!」
へのへのもへじの群れへと球体は投じられる。
そして、爆風と轟音と三人の叫び声が響いたのであった。