それは幸福の始まり
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群青の空から金色の光が差し込み、千切られた幾筋もの雲は濃い影を作る。
彼女と結ばれたのは、こんな時間。
忍術学園の半鐘台で、私達はそっと肩を寄せ合い、空を眺めていた。
春とはいえ吹き抜ける風はひんやりとしていて体温を奪っていく。
「寒くないかい?」
尋ねれば、肩にかかる心地良い重みと花の香り。
彼女の頭がもたれてきたのだ。
「さきほどまで半助さんに暖めていただきましたから」
大胆なことを静かに告げる彼女に、私はどきまぎしてしまう。
「ね?」
視線が交わる。
幸福に満たされた瞳と艶やかな唇が微笑みを形作る。
「…あ、…ああ……なら、いいんだ」
鉛に覆われたように私の体はぎこちなくなるけれども、胸の中の鼓動はこの上なく忙しく走り回っている。
彼女の言葉により思い出される数刻前の情事に、再び私の心は疾しさに支配されてしまうから困ったものだ。
再び風が吹き抜ければ彼女は体を小さく震わせた。
「でも、ちょっと寒いから、抱きしめてください」
「……朱美っ」
彼女の瞳が悪戯っぽく細められる。
彼女は美しくなった。
長い時を経て再び出会え、彼女は忍術学園の食堂のお手伝い兼事務員として働くこととなった。
皆、彼女の姿に驚いていた。
顔を赤らめている者さえいた。
あの利吉君でさえ揶揄いの言葉を紡げなくなるほど。
久々に食堂に訪れた大木先生も目を見開いていた。
それだけで私の心はそわそわと落ち着かなくなる。
「半助さん?」
固まったままの私を不思議そうに首をかしげて見つめてくる。
「あ、ああ……」
彼女を抱き寄せれば、確かな温もりが伝わると同時に、胸を突き破りそうな私の鼓動が彼女に伝わっているのだと思うと、恥ずかしさで頰が熱い。
「もしかして緊張されてます?」
「………うん」
「どうして」
彼女は意外そうに目を見開く。
「君は……綺麗になった。みんな、君を見ている」
「気のせいですよ」
「大木先生も利吉君も、君を見て、そわそわしていた」
「そわそわしているのは半助さんだけですよ」
くすくすと彼女は私の胸元で笑う。
「………正直、不安なんだ。他の誰かが君を狙っているんじゃないかって。君が攫われそうで、怖いよ」
忍であることを忘れてしまう。
忍者の三病の1つ。恐れること。
彼女を前にすれば忽ち得体の知れない不安や恐怖が、愛しさの陰となって落ちるのだ。
そのことを彼女に告げれば、
「でも、半助さんはそう願っていたんでしょう?昔は」
と、半目で見上げてきた。
「馬鹿だったよ……あの頃の私は」
彼女を抱きしめる腕の力を思わず強めた。
「君を誰にも渡したくない」
霞のなかに隠していた想いは、今は冬の宵に浮かぶ月のようにはっきりとしている。
すると彼女は花が綻ぶように笑う。
「半助さん」
どうしたってその笑顔に適わない。
胸が痛み、まるで初恋を知ったばかりの少年のようになってしまう。
「っ………」
私は彼女から顔を背けてしまい、またしても彼女から笑われてしまった。
「でも……」
彼女の指が私の頬に触れる。
少しひんやりとしているから、まだ寒いのかもしれない。
「半助さんの悪口は許しません。いくら半助さん自身でも」
「朱美……」
彼女は笑う。
それはあの頃のような、はにかんだ微笑みだった。
ああ、可愛い。
愛しい。
抱きしめたい。
私の思いは、なんとも単純な想いに支配される。
ーーー
待ち合わせの時間まで朱美は部屋の中を行ったり来たりと落ち着かない。
今日は休校日。
半助と街へ行く約束をしていた。
薄桃色の小袖と何度も梳かした髪は乱れていないか。
塗った紅は派手すぎやしないか。
何度も手鏡を見ては直す。
かつてシナから教わったとおり、自身のためにお洒落をした。
流行りのメイクや小物を手にして、心を弾ませもしたし、買ったばかりのチークやアイシャドウを開けたとき、その輝きとデザインの可憐さに胸が高鳴った。
流行りの色のワンピースに身を包み、ヒールを履いて街に繰り出せば、それまで沈んでいた心は凪のように静まり、やがて輝きを取り戻していくのを感じた。
誰のためでもない、私のために。
「そういうことですよね、シナ先生」
でも今は。
今、この時は、彼のために。
思い出すのは、まだ何も知らない学生で、この時代に来たときのこと。
忍術学園の夏休みが近づいてきた頃、半助と街へ行く約束をした日のこと。
まだ半助に思いを打ち明けていない時のことだ。
あの時は、部屋の真ん中に正座をして、時が経つのをひたすら待っていた。
そう、ちょうどこの辺に。
朱美は部屋の中央に立つ。
そして、隣の部屋を仕切る土壁を見つめた。
彼も今は授業の準備を終えて支度をしているのだろう。
あの時は結局きり丸のアルバイトの手伝いをすることになってしまい、約束が流れてしまった。
それでも、赤子をあやす半助の優しい声と瞳に、胸が揺さぶられたものだ。
今、朱美はあの時の半助と同じ歳になった。
「半助さん、あの時よりももっと格好よくなっちゃった」
瞳を閉じて時を遡って思い描く彼も。
今の彼も。
誰よりも特別に輝いて見えて、朱美の心を乱すのだ。
「朱美。準備はできてるかい?」
彼の声が障子戸越しに聞こえる。
「はい」
たった数歩分の距離なのに、朱美は駆け出し、戸を開けた。
そこには、愛してやまない彼が立っていた。
「待たせてしまって、その……すまない……」
半助は朱美を見るなり目を逸らす。
「待ってませんよ」
「そ、そう?…なら…いいんだ…」
指で頰を掻きながら半助は笑う。
その頰は紅い。
「………」
「………」
妙な沈黙が降りる。
いつまでも歩こうとしない半助に、朱美は不思議そうに見つめていれば、彼は小さく笑う。
「その……似合ってるよ。綺麗だ……」
耳まで紅い彼に朱美もその熱が伝播する。
「ありがとうございます……」
もじもじとしながら朱美の視線も床に落ちる。
「皆に、見せたくないくらい………」
「……そんな」
そんな甘い言葉が降ってきて、朱美は顔を上げられなかった。
嬉しさと恥ずかしさで、二人の周辺は薄桃色の何とも甘酸っぱい空気に染まっていた。
「うん……綺麗だ」
もう一度、半助は呟く。
「ん…?」
その時、朱美の頭には一つの疑問が浮かび、やや不機嫌気味なその声は、薄桃色の空気を台無しに切り裂くものだった。
「…どうした?」
「てことは、昔の私って、魅力が無かったってことですよね?」
怪訝そうに眉を寄せる彼女は、半助に詰め寄る。
眉を寄せても尚美しさは変わらない。
そんな彼女が目の前に来て、半助はたじろいでしまう。
「な、なんでそうなるんだ?!」
「だって昔の半助さんはそんな事仰らなかった」
「えぇ?!」
半助の言葉を待つ朱美。
しかし半助の答えは「そんな事無い」と言ったきり、返ってこない。
「まあ、いいんですけどね」
彼女は離れ、さっさと外廊下を歩き出す。
「待ってくれ」
「そんなことよりですよ。半助さん、ほら、早く行きましょう」
大して気にした風でもない彼女が、半助を余計に焦らせる。
「朱美っ」
呼んでも彼女は振り向かない。
実際、彼女は気にしていない。
ただ疑問に思っただけで、過去は過去で、今は今だった。
半助もそんな彼女を理解はしているが、誤った認識のままでいてほしくなくて、咄嗟に彼女の手首を掴む。
驚いて振り向く彼女は、やはり美しくて、半助は俯きながら小声でぼそぼそと言う。
「言っただろう………その、……昔の私は馬鹿だったと」
「……」
「今も昔も君は綺麗だ。ただ、素直に言えなかっただけだよ」
それが言えたら、きっと悩まなかった。
彼女を苦しめることはなかったかもしれない。
「………」
またしても沈黙が敷き詰められてしまった。
何も応えない彼女の表情が気になって、首を上げれば、
「大丈夫ですか半助さん」
何を言ってるんだ…そんな顔をしていた。
その「大丈夫」とは、半助の目と美意識を疑っている言葉。
「嬉しいですけど…でも………」
朱美は首を傾げながら苦笑する。
「昔の私にそんな事を仰ったら、きっと『大丈夫かなこの人』って心配して、好きにならなかったかもしれないです」
「何でだ!!」
思わず半助は叫んでしまった。
ならばなぜ疑問に思ったのか。
かつての一年は組のよい子達を怒鳴りつけるように、半助の声は長屋中に響いた。
「………あはは!」
彼女は叫ばれて目を丸くしたものの、すぐに声を上げて笑い出した。
「…何がおかしい!」
額を付けられ睨みつける半助に朱美は、にこりと笑う。
「最近の半助さんって、堅苦しかったから……」
「堅苦しい?」
そんなつもりはなかったが、彼女といるときの自分は、いつも緊張と不安に溢れていたことに半助は気がつく。
「……そうかもしれないな」
「はい」
瞳が合う。
真っ直ぐで、どこまでも一途で真面目な彼女の瞳は、時を経ても変わらない。
同時に笑い出したことで、二人は更に笑う。
半助の中でようやく時が自然に流れ出したような気がした。
川底をも映す清流のように、半助の胸はつかえが取れて、愛しさが改めて募り始めていくのが分かった。
「行こうか!」
「はい!」
学園内であることは承知している。
それでも二人はどちらともなく手を繋ぎ、正門へと歩みを進める。
「半助さん……」
「ん?」
「愛してます」
「なっ………」
またしても半助は固まってしまう。
落ち着きかけた鼓動はまたしても加速して、熱が顔に籠もってしまった。
「私は、今も昔も素直ですけどね」
にやりと笑う彼女。
余裕綽々な彼女になんとか仕返しをしたくて、半助は唇を奪う。
しかし彼女は幸福そうな笑みを浮かべるのみ。
「今晩も抱いてくれますか?それとも、この後……?」
上目遣いで微笑みながら囁く彼女は、全身全霊で愛を贈ってくる。
ならばと半助も囁き返すのだった。
「どっちもだよ」
彼女と結ばれたのは、こんな時間。
忍術学園の半鐘台で、私達はそっと肩を寄せ合い、空を眺めていた。
春とはいえ吹き抜ける風はひんやりとしていて体温を奪っていく。
「寒くないかい?」
尋ねれば、肩にかかる心地良い重みと花の香り。
彼女の頭がもたれてきたのだ。
「さきほどまで半助さんに暖めていただきましたから」
大胆なことを静かに告げる彼女に、私はどきまぎしてしまう。
「ね?」
視線が交わる。
幸福に満たされた瞳と艶やかな唇が微笑みを形作る。
「…あ、…ああ……なら、いいんだ」
鉛に覆われたように私の体はぎこちなくなるけれども、胸の中の鼓動はこの上なく忙しく走り回っている。
彼女の言葉により思い出される数刻前の情事に、再び私の心は疾しさに支配されてしまうから困ったものだ。
再び風が吹き抜ければ彼女は体を小さく震わせた。
「でも、ちょっと寒いから、抱きしめてください」
「……朱美っ」
彼女の瞳が悪戯っぽく細められる。
彼女は美しくなった。
長い時を経て再び出会え、彼女は忍術学園の食堂のお手伝い兼事務員として働くこととなった。
皆、彼女の姿に驚いていた。
顔を赤らめている者さえいた。
あの利吉君でさえ揶揄いの言葉を紡げなくなるほど。
久々に食堂に訪れた大木先生も目を見開いていた。
それだけで私の心はそわそわと落ち着かなくなる。
「半助さん?」
固まったままの私を不思議そうに首をかしげて見つめてくる。
「あ、ああ……」
彼女を抱き寄せれば、確かな温もりが伝わると同時に、胸を突き破りそうな私の鼓動が彼女に伝わっているのだと思うと、恥ずかしさで頰が熱い。
「もしかして緊張されてます?」
「………うん」
「どうして」
彼女は意外そうに目を見開く。
「君は……綺麗になった。みんな、君を見ている」
「気のせいですよ」
「大木先生も利吉君も、君を見て、そわそわしていた」
「そわそわしているのは半助さんだけですよ」
くすくすと彼女は私の胸元で笑う。
「………正直、不安なんだ。他の誰かが君を狙っているんじゃないかって。君が攫われそうで、怖いよ」
忍であることを忘れてしまう。
忍者の三病の1つ。恐れること。
彼女を前にすれば忽ち得体の知れない不安や恐怖が、愛しさの陰となって落ちるのだ。
そのことを彼女に告げれば、
「でも、半助さんはそう願っていたんでしょう?昔は」
と、半目で見上げてきた。
「馬鹿だったよ……あの頃の私は」
彼女を抱きしめる腕の力を思わず強めた。
「君を誰にも渡したくない」
霞のなかに隠していた想いは、今は冬の宵に浮かぶ月のようにはっきりとしている。
すると彼女は花が綻ぶように笑う。
「半助さん」
どうしたってその笑顔に適わない。
胸が痛み、まるで初恋を知ったばかりの少年のようになってしまう。
「っ………」
私は彼女から顔を背けてしまい、またしても彼女から笑われてしまった。
「でも……」
彼女の指が私の頬に触れる。
少しひんやりとしているから、まだ寒いのかもしれない。
「半助さんの悪口は許しません。いくら半助さん自身でも」
「朱美……」
彼女は笑う。
それはあの頃のような、はにかんだ微笑みだった。
ああ、可愛い。
愛しい。
抱きしめたい。
私の思いは、なんとも単純な想いに支配される。
ーーー
待ち合わせの時間まで朱美は部屋の中を行ったり来たりと落ち着かない。
今日は休校日。
半助と街へ行く約束をしていた。
薄桃色の小袖と何度も梳かした髪は乱れていないか。
塗った紅は派手すぎやしないか。
何度も手鏡を見ては直す。
かつてシナから教わったとおり、自身のためにお洒落をした。
流行りのメイクや小物を手にして、心を弾ませもしたし、買ったばかりのチークやアイシャドウを開けたとき、その輝きとデザインの可憐さに胸が高鳴った。
流行りの色のワンピースに身を包み、ヒールを履いて街に繰り出せば、それまで沈んでいた心は凪のように静まり、やがて輝きを取り戻していくのを感じた。
誰のためでもない、私のために。
「そういうことですよね、シナ先生」
でも今は。
今、この時は、彼のために。
思い出すのは、まだ何も知らない学生で、この時代に来たときのこと。
忍術学園の夏休みが近づいてきた頃、半助と街へ行く約束をした日のこと。
まだ半助に思いを打ち明けていない時のことだ。
あの時は、部屋の真ん中に正座をして、時が経つのをひたすら待っていた。
そう、ちょうどこの辺に。
朱美は部屋の中央に立つ。
そして、隣の部屋を仕切る土壁を見つめた。
彼も今は授業の準備を終えて支度をしているのだろう。
あの時は結局きり丸のアルバイトの手伝いをすることになってしまい、約束が流れてしまった。
それでも、赤子をあやす半助の優しい声と瞳に、胸が揺さぶられたものだ。
今、朱美はあの時の半助と同じ歳になった。
「半助さん、あの時よりももっと格好よくなっちゃった」
瞳を閉じて時を遡って思い描く彼も。
今の彼も。
誰よりも特別に輝いて見えて、朱美の心を乱すのだ。
「朱美。準備はできてるかい?」
彼の声が障子戸越しに聞こえる。
「はい」
たった数歩分の距離なのに、朱美は駆け出し、戸を開けた。
そこには、愛してやまない彼が立っていた。
「待たせてしまって、その……すまない……」
半助は朱美を見るなり目を逸らす。
「待ってませんよ」
「そ、そう?…なら…いいんだ…」
指で頰を掻きながら半助は笑う。
その頰は紅い。
「………」
「………」
妙な沈黙が降りる。
いつまでも歩こうとしない半助に、朱美は不思議そうに見つめていれば、彼は小さく笑う。
「その……似合ってるよ。綺麗だ……」
耳まで紅い彼に朱美もその熱が伝播する。
「ありがとうございます……」
もじもじとしながら朱美の視線も床に落ちる。
「皆に、見せたくないくらい………」
「……そんな」
そんな甘い言葉が降ってきて、朱美は顔を上げられなかった。
嬉しさと恥ずかしさで、二人の周辺は薄桃色の何とも甘酸っぱい空気に染まっていた。
「うん……綺麗だ」
もう一度、半助は呟く。
「ん…?」
その時、朱美の頭には一つの疑問が浮かび、やや不機嫌気味なその声は、薄桃色の空気を台無しに切り裂くものだった。
「…どうした?」
「てことは、昔の私って、魅力が無かったってことですよね?」
怪訝そうに眉を寄せる彼女は、半助に詰め寄る。
眉を寄せても尚美しさは変わらない。
そんな彼女が目の前に来て、半助はたじろいでしまう。
「な、なんでそうなるんだ?!」
「だって昔の半助さんはそんな事仰らなかった」
「えぇ?!」
半助の言葉を待つ朱美。
しかし半助の答えは「そんな事無い」と言ったきり、返ってこない。
「まあ、いいんですけどね」
彼女は離れ、さっさと外廊下を歩き出す。
「待ってくれ」
「そんなことよりですよ。半助さん、ほら、早く行きましょう」
大して気にした風でもない彼女が、半助を余計に焦らせる。
「朱美っ」
呼んでも彼女は振り向かない。
実際、彼女は気にしていない。
ただ疑問に思っただけで、過去は過去で、今は今だった。
半助もそんな彼女を理解はしているが、誤った認識のままでいてほしくなくて、咄嗟に彼女の手首を掴む。
驚いて振り向く彼女は、やはり美しくて、半助は俯きながら小声でぼそぼそと言う。
「言っただろう………その、……昔の私は馬鹿だったと」
「……」
「今も昔も君は綺麗だ。ただ、素直に言えなかっただけだよ」
それが言えたら、きっと悩まなかった。
彼女を苦しめることはなかったかもしれない。
「………」
またしても沈黙が敷き詰められてしまった。
何も応えない彼女の表情が気になって、首を上げれば、
「大丈夫ですか半助さん」
何を言ってるんだ…そんな顔をしていた。
その「大丈夫」とは、半助の目と美意識を疑っている言葉。
「嬉しいですけど…でも………」
朱美は首を傾げながら苦笑する。
「昔の私にそんな事を仰ったら、きっと『大丈夫かなこの人』って心配して、好きにならなかったかもしれないです」
「何でだ!!」
思わず半助は叫んでしまった。
ならばなぜ疑問に思ったのか。
かつての一年は組のよい子達を怒鳴りつけるように、半助の声は長屋中に響いた。
「………あはは!」
彼女は叫ばれて目を丸くしたものの、すぐに声を上げて笑い出した。
「…何がおかしい!」
額を付けられ睨みつける半助に朱美は、にこりと笑う。
「最近の半助さんって、堅苦しかったから……」
「堅苦しい?」
そんなつもりはなかったが、彼女といるときの自分は、いつも緊張と不安に溢れていたことに半助は気がつく。
「……そうかもしれないな」
「はい」
瞳が合う。
真っ直ぐで、どこまでも一途で真面目な彼女の瞳は、時を経ても変わらない。
同時に笑い出したことで、二人は更に笑う。
半助の中でようやく時が自然に流れ出したような気がした。
川底をも映す清流のように、半助の胸はつかえが取れて、愛しさが改めて募り始めていくのが分かった。
「行こうか!」
「はい!」
学園内であることは承知している。
それでも二人はどちらともなく手を繋ぎ、正門へと歩みを進める。
「半助さん……」
「ん?」
「愛してます」
「なっ………」
またしても半助は固まってしまう。
落ち着きかけた鼓動はまたしても加速して、熱が顔に籠もってしまった。
「私は、今も昔も素直ですけどね」
にやりと笑う彼女。
余裕綽々な彼女になんとか仕返しをしたくて、半助は唇を奪う。
しかし彼女は幸福そうな笑みを浮かべるのみ。
「今晩も抱いてくれますか?それとも、この後……?」
上目遣いで微笑みながら囁く彼女は、全身全霊で愛を贈ってくる。
ならばと半助も囁き返すのだった。
「どっちもだよ」