21 あなたを待つ日々(2)
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翌朝。
きり丸くんの忠告どおり、くノ一長屋の部屋に着くなりすぐに寝たからか、顔も頭も体もスッキリしていた。
食堂できり丸くんに会えば、にっかりと笑顔を見せてくれた。
「今日は乱太郎としんべヱと炭集めのバイトに行ってくるんすよ」
「いってらっしゃい。気を付けてね」
さすがに宿題忘れないでねとは言えなかった。
こんなに穏やかな気持ちは久しぶりだった。
食堂のおばちゃんも、朝食を食べに来た忍たま達も、どことなく私の顔を見てホッとしていた。
山田先生なんて露骨に安堵の息を吐いていた。
そんなみんなの反応に泣きたくなってくる。
状況は未だ変わらない。
半助さんは見つかっていないし、教科と山田先生が不在時の実技は雑渡さんと諸泉さんによる代理授業だ。
しかもドクタケ城とスッポンタケ城が何やら戦を始めそうだとか、キナ臭い話が出ていることを山田先生がコッソリと教えてくれた。
戦なんて、歴史の授業か大河ドラマかゲームの世界だ。
図書室で写してきた学園周辺の地図に現在の状況を後で消せるようにシャープペンで書き落としてみた。
日本史も世界史もこうやって勢力図を書いては頭を整理させていたけれど、今この時も、緊張感も実感も湧いてこない。
きり丸くんなんかは「合戦ツアーでひと儲けできる」と目を銭にしていた。彼にとって戦は銭儲けのチャンスと捉えているようだ。
それはさておき、戦が起きそうな今、この学園も地理的に無関係ではないから、何かしらの行動を起こすのだろうか。
そして戦が起きた場合、ここも被害が及ぶことがあるのだろうか。
あまりにも現実からかけ離れすぎていて、想像できない。
しかしこの世界で生きる以上、戦とは背中合わせの状況であることは痛感したのだった。
それから数日後、一人で朝食に使われた食器類を洗っていると、勝手口からドカドカと仙蔵くん達が入ってきたから驚いた。
「お、おかえり……ごめん。実習ってことになってるから朝ご飯は無いよ」
「伊瀬階さん……」
仙蔵くんは息を切らせながら、私の言葉を遮った。朝食が欲しくて来たわけではないようだ。
六人のただならぬ表情から、半助さんの消息について何か分かったのだと悟る。
仙蔵くんは素早く辺りを見回した後、「手は動かしたままで」と言った後、そっと話してくれた。
「土井先生は生きておられます」
私は手を止めてしまった。
そしてみんなを見た。
嬉しい知らせのはずだ。なのに、みんなの表情は険しかった。
「それで……?」
どんな話が待っていようと受け止める。
そんな気持ちを込めてみんなを促した。
手短に言いましょう。と、仙蔵くんは前置きする。
「土井先生は記憶を無くして、今はドクタケ城の軍師 天鬼として、スッポンタケ城に戦を仕掛けようとしております」
全身が粟立った。
なぜ、どうして。
疑問が頭の中に溢れる。
「わたしと文次郎は土井先生…いえ、天鬼と対面しました。一年は組の生徒も……貴女のことも覚えておられなかった」
「あの時、ふん縛ってでも土井先生を連れて帰りたかったんです……でも全く歯が立たなかった。申し訳ありません……!」
仙蔵くんと文次郎くんは心底悔しそうな表情を浮かべていた。
きり丸くんの事も、一年は組の事も……私の事も忘れている。
理由は分からない。
再び心が淀んでいくのが分かり、私は首を振って気持ちを切り替えた。
やるべき事を探さねば。
彼らはきっと学園長と山田先生に報告を済ませたに違いない。そしてその直後にここへ来たのだろう。
半助さんがドクタケ城に軍師としていると分かった今、彼の救出と戦の阻止について指示がでたはずだ。
「それで……学園長先生は何て?」
みんなはどう話せばよいのか悩みながら話してくれた。
「まずは土井先生の救出ですが、これは山田先生が動いてくださることになりました」
その言葉に安堵した。
しかし懸念事項は半助さんの救出だけではない。これから起こりうる戦にどう対処するのか。
叔父や従兄弟が時折遊んでいた歴史戦略ゲームを思い出す。
戦を仕掛けたり、仕掛けられたときに操作していた事を…兵を領地境に配置させると共に主城の守りを固めていたことや同盟を結んでいたことを思い出した。
ゲームと照らし合わせながら考えていないと、落ち着きを保てなかった。
「戦の方は?いま雑渡さん達が学園内にいるけど、タソガレドキ城も他人事じゃないでしょ?」
数秒の沈黙の後に、仙蔵くんは口を開いた。
「学園長の協力の下、タソガレドキ城とチャミダレアミタケ城が同盟を結ぶことになり、雑渡さん達は引き上げていったよ」
学園の日常が少しずつ戻りつつある。
もちろん半助さんは戻っていないし、周辺の城の緊張状態は解けていない。
それでもほんの少しだけホッとする。
「そっか………」
だからこそ遠慮の無い舌打ちをした。
「な、何故舌打ちを」
伊作くんは少し怯えながら尋ねてきた。
私は洗い物を再開する。
「しょせんに……しょせんに何とかして一発食らわせてやりたかった……」
彼が生きているからこそ言える恨み言。
ふっと六年生達は笑みをこぼした。
「大丈夫です。またちょくちょく忍術学園に来るようになりますよ」
何故なら土井先生はきっと学園に戻ってくるから。
たがら、諸泉さんもきっとやって来る。
大丈夫。
きっと大丈夫。
アテのない安心感を握りしめる。
久しぶりの笑顔を浮かべられた気がする。
「今からみんなに何か作るよ。本当にお疲れ様」
「ありがとうございます」
みんなも微笑み返してくれた。
山田先生にも差し入れに行こう。
そして、その日の夕方に山田先生は学園を発った。
六年生もいつでも応援に駆けつけられるよう準備をしている。
そんな中、私は学園長に呼ばれて久々に庵に足を踏み入れた。
畳の匂いも、学園長の掛け軸も、半月間も見ていなかったからとても懐かしかった。
夕刻とはいえ、既に日は落ちている。
燈台の炎が私達を橙に染めていた。
「朱美ちゃん。久しぶりじゃのう」
満面の笑みで私の手を握る学園長に、私も笑みを返す。
ヘムヘムも駆け寄ってきた。
「ヘムヘム!会いたかった」
「ヘム!」
「それで朱美ちゃん。立て続けの命を許してほしい」
「何なりと」
この学園のために、みんなのためになるなら、何でもしよう。
しかし、今回の学園長の命には耳を疑った。
雑渡さんも諸泉さんもいないから、明日以降の教科の授業を行うことを命じられたのだ。
安藤先生と勝負をした時に、安藤先生は授業してほしい事を言っていたし、私も給料が上がるならと頷いたけれど……正直、冗談だと思っていた。
「むろん、手当は付けよう」
「やります」
それでも手当が付くと言われれば即決してしまう私がいたのだった。
久しぶりの教員長屋に帰る。
作りは変わらないけれど、もはや見慣れた景色が見えると、安心する。
「手裏剣投げや毒薬の他にも知りたいことがあれば聞いて下さいね」
「遅い時間なのにお手伝いありがとう。また遊びにいくね」
トモミちゃんは私の荷物を置くと、ウィンクして去っていった。
あっという間に桃色の忍装束の背中は薄闇に溶けた。
リー、リーと虫達が鳴き続ける声だけが響く。
冷たい風が部屋の中に入ったかとおもえば、格子窓へと通り抜けていった。
寂しさに浸っている場合ではない。
明日から忙しくなるのだ。
算数か国語か迷いながらも授業計画を練っていればあっという間に夕食時になった。
直前まで生徒達には秘密だ。
明日が休校日なのが悔しい。
きり丸くん達の嫌がる顔を思い浮かべては、悪戯を仕掛けたばかりの子どものようにニヤついてしまう。
教室に入った時、は組のみんなに何て言ってやろうか。
そんな事を考えて、食堂へ向かった。