けもの
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失礼しますと戸を開けたが、目の前の光景が信じられず、巻き戻すように私は無言で戸を閉めた。
再び戸を開けてもその光景は変わることなかった。
目の錯覚かと何度か瞬くものの変わらない。
まさか夢オチかと思い頰をつねるも目が覚めない。つまり現実である。
「半助さん?」
「………何だ?」
部屋で授業の準備をしている半助さんの声は少し素っ気ない。
忙しいから話しかけるな、といわんばかりだが、そんな半助さんの口調を聞くのは初めてだった。故に、彼の「異変」が現実のものなのだと確信めいてくる。
「それ…」
「悪いが後にしてくれないか」
発言を許さない。
裁断機のように私の言葉を断ち切った。
「頭のソレ」
「悪いが後にしてくれ」
「半助さん!!」
私が声を荒げれば、半助さんも乱暴に筆を置き、私を睨みつけてきた。
「頼むから、何も言うな」
「無理です」
無理に決まってる。
半助さんの頭には黒い獣の耳、所謂、猫耳が生えていた。
ということは……と、私は半助さんの臀部を見ようと首を伸ばす。
「朱美」
「失礼します」
中に入り戸を閉める。
「朱美!」
ずかずかと近づく私に半助さんはようやく顔を真っ赤にさせて狼狽え始めた。
「………」
どうやって生えているのかは不明だ。
しかし半助さんの袴から突き破って、耳と同じ色の猫の尾が生えている。
この世界にアルバイトもカレーもブロマイドもあるが、まさかコスプレもあるのだろうか。
「……じろじろ見るな」
自分を落ち着かせるために、半助さんは仕事をしているのかもしれない。
「部屋からデジカメ取ってきてもいいですか?」
「だめだ」
即答である。
「けちですね」
私の言葉に半助さんの耳と尻尾の毛は逆立ち、ピンと上向く。
「何とでも言え」
しかし彼の口調は静かだった。
「……せめて傍にいてもいいですか?」
「だめだ」
彼の尾はくねくねうねる。
「分かりました……じゃあ、出て行きますよ」
「そうしなさい」
溜息を付いて立ち上がろうとすれば、半助さんの耳はペタリと頭に付き、さきほどまで元気にくねらせていた尻尾は萎びたように床に伏せてしまった。
「寂しくないんですか」
「今晩も会えるだろう」
「でもやっぱ傍で見てていいですか」
その言葉に彼の耳と尾は忽ちピクリと動く。
「仕事はどうした?!早く行きなさい!」
「………」
彼はもしかして、気付いていないのだろうか。
「分かりました…」
「よろしい」
私が立ち上がれば元気の良かった耳と尻尾は再びぺたんとしてしまったので、とうとう噴き出してしまった。
そんな私に半助さんは不思議そうに首をかしげる。
「まるで犬じゃないですか」
「何が」
「さっきから半助さんの耳と尻尾、半助さんの態度と真逆なんですもん」
忽ち半助さんの顔は真っ赤になる。
「なっ………馬鹿な…!」
慌てて耳と尻尾を確認する半助さんが愛しくて、頰が緩む。
「じゃあ失礼しますね。お忙しそうですし」
障子戸までたった数歩の距離。
それなのに辿り着く前に、半助さんは私の前にしなやかに現れた。
不敵な笑みも、身のこなしも、まるで猫みたいだった。
「やっぱり、だめだ。逃がさない」
最初からそう仰っていただければ良かったのに。
私はいつの間にか床に押し倒され、半助さんに見下ろされる。
「山田先生が来たらどうするんです?」
「先程、学園長の命で出張に行かれた」
それなら心配はいらない……だろうか。
「……どうせなら語尾まで『にゃん』なら良かったのに」
そういうものだろう。
不服そうに彼を見上げれば、じっとりとした目つきで私の頬を摘まむ。
「馬鹿なことを言うんじゃない」
「言ったらすごく大胆な事をして差し上げますよ」
「そんな真剣な調子で言うな」
「だって……」
それ以上、言葉を紡げなかった。
半助さんの唇が私のを塞いだからだ。
「はぁ………」
数秒のキスだった。
けれども、半助さんは切なそうな溜息を付いた。
まさかいつもより敏感になっているというのだろうか。
「朱美」
熱に浮かされた彼の瞳は、とても妖艶で、私を惑わす。
「したい……」
耳元で囁かれれば、脳は甘く痺れ、忽ち彼の言いなりになってしまうのだ。
私が小さく頷けば、獲物を捕らえるように、半助は覆い被さり、そこかしこに口付けてきたのだった。