本音と建前
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「朱美さんは、命と銭どっちが大切だと思います?」
裏庭を歩いていたとき、草むらで気持ち良さそうに寝転んでいるきり丸君に尋ねられた。
きり丸君の隣にはもちろん、乱太郎君にしんべヱ君もいた。
どうしたのかと聞き返したら、以前、土井先生に聞かれて「銭」と答えたら怒られたらしい。
そりゃそうだと苦笑したら、きり丸君は納得しない様子だった。そんなきり丸君に二人は呆れていた。
乱太郎君としんべヱ君に誘われて私も寝転びはしないけれど、三人の傍に座る。
「朱美さんからも何か言ってやってくださいよ」
乱太郎君に促される。
私は至極真剣な顔できり丸君に話す。
「命に決まっているでしょ」
不服そうに口を尖らせるきり丸君。
私は声を低くして、きり丸君に分かってほしくて語りかけた。
「生きていなきゃ、銭なんて何にもならないんだよ。土井先生が怒るの、当たり前だよ」
「そうですけど」
つまらなさそうにきり丸君はゴロゴロと寝返りを繰り返すのを見て、私は自分の口角が吊り上がってしまうのを抑えられなかった。
「っていうのは建前。ホントは銭」
三人は揃って体を起こした。
「先生の前で銭って言ったら怒られるに決まってるでしょ」
「え」
土井先生の気持ちも勿論分かるけど、きり丸君の気持ちも痛いほど分かるのだ。
「そういう時は建前でも『命です!』って言っとかなきゃ!」
「建前って…」
「朱美さんもそういうとこあるんすね」
当たり前でしょと笑う私に、きり丸君もニヤリと笑う。
「生きてたって金が無かったらご飯は食べられないし、服も買えない、家に住めない、……学費も払えない!」
救済制度はあるけれど…金が必要なことには変わりはない。
私の言葉にはきり丸君もウンウンと頷く。
「でもでも、命あっての物種って言うじゃないですか」
宥めるように言う乱太郎君に対して、私ときり丸君は声を揃えて「いや」と否定する。
しんべヱ君は目と目が離れたまま私達をぼーっと見ていた。
「朱美さんの世界もやっぱり銭は大事なんすね」
「当たり前」
あ。と、しんべヱ君は何かに気付き、目が元に戻る。
続いて乱太郎君も、しんべヱ君の目線の先を見て、あっ、と短く声をあげた。二人はきり丸君の袖を引っ張って指を差す。
気にはなったが私は構わず続ける。
人生の先輩として、きり丸君に伝えなければ。
「いい?きり丸君。本音と建前を使い分けなきゃ。土井先生の前ではちゃんと命って言っときなさい」
きり丸君の返事がなかった。
見えるのは全力疾走で去って行く三人の背中。
午後の麗らかな裏庭に不穏な影が私を覆う。
「私の前では、何だって?」
目玉と心臓が飛び出る描写がギャグ漫画で存在するが、私は本当にそうなってしまったんじゃないかというくらい驚いた。
だって背後から降ってきた低く恐ろしい声は、土井先生その人だったから。
「伊瀬階さん?」
ゆっくりと名を呼ばれたが、私は振り返ることも逃げ出すこともできなかった。
先生が来てたのなら言ってよ…もはや見えなくなった三人組に叫びたい。
「……伊瀬階さん」
上から覗き込んできた逆さまの先生の顔。
不敵な笑みを浮かべていた。
それが不気味で私は蛇に睨まれた蛙よろしく動けない。
「君がそんな事を言う悪い子だとは思わなかったよ」
先生は私の前に回り込み、私の前にしゃがみこんだ。
整った顔が目の前にあり、私は更にドキドキしてしまう。
先生は不敵な笑みを浮かべたまま、手を伸ばした。
ふに、と両頬が摘ままれた感覚。
先生の指に心臓が跳ねる。
しかしそんな甘やかなときめきの時間は一瞬で終わる。
先生は不敵な笑みから、くわっと怒りに満ちた顔へと変貌すると同時に両頬は激しく引っ張られて、痛みが走る。
先生は容赦なく私の頬を引っ張った。
「そんな事を言うのはこの口か?!この口なのか?!」
「ふみまへんふみまへん!」
きちんと喋れず、なんとも間抜けな言葉が引っ張られた口から出てくる。
まさか異世界に来て、頬を引っ張られて説教されるなんて思わなかったし、しかも意中の人から頬を引っ張られて説教されるなんてことも想定外だった。
きり丸君に本音と建前を使い分けろなんて偉そうに言ったけど、私こそ本音と建前の使い分けを誤ってしまった。きり丸君には、最初のまま説教を続けていれば良かったのだ。
なんて私の本音を話したら、先生は本気で怒りそうだ。
私はひたすら「ふみまへん」を繰り返し許しを請うたのだった。