20 練物狂想曲
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二学期が始まる。
きり丸くんと土井先生と一本松まで行き、乱太郎くんとシンベヱくんと合流し、学園に向かった。
暦上秋だけれど、まだまだ夏は去りきれてない。私の世界ほど暑くはないけれど、それでも気温は高かった。忍装束自体は着ていてそれほど暑くないけれど、頭巾を被ると熱がこもって辛い。
きり丸くんと土井先生の家で過ごす時間に慣れてしまって、部屋の中に二人がいない違和感が付き纏う。
見渡しても誰もいない。
この空白が寂しい。
先生は隣の部屋にいる。
薄い壁を隔てた先に先生がいる。
その壁を見ないように、朝の支度を一人で行う。
誰かが起きればその気配に残りも起きて、目が合えば「おはよう」と言い合うそんな朝が楽しかった。
一人でいると暗くなってだめだ。
早く準備して食堂に行こう。
食堂に行く途中は土井先生も一緒なのだから。
視線の端に何かが動いたので、視線を向けた。
パニック映画の登場人物に負けない絶叫だったと思う。
戸をきちんと開けて閉めるということだけは冷静に行った。いや、冷静ではないから閉めたのだ。
「伊瀬階さ…………ん!?」
土井先生と廊下でぶつかりそうになる。
しかし土井先生が殊更慌てたのはぶつかりそうになったからではなかった。
「…なんて格好で………いいから部屋に入って」
「やだやだ!」
私はとにかくこの場から立ち去りたくて、部屋の中へ押しやろうとする先生にしがみつく。
先生は埒があかないと思ったのか、山田先生と先生の部屋にぐいっと押し込まれた。
「とにかく落ち着いて。ほらほら息吸って、吐いてー」
子どもをあやすような先生の態度にムッとなった。しかしそのお陰で冷静になり、そして自分の今の格好に気が付く。
しどけないにも程がある、乱れた寝間着姿。
思わず襟を合わせて、しゃがみ込む。
いまこの場で私の足下だけ床が抜けて、地中の奥深くまで落ちていきたい。
「………」
穴があったら入りたい。
恋人にラッキースケベを決めさせるとは思わなかった。いや、ラッキースケベと言えるほど自分の体は魅惑的ではない。
聞き苦しい声を聞かれてしまった。
醜い姿を見られてしまった。
今絶対呆れられてる。
今絶対に呆れられてる。
恥ずかしさで頭を抱える。
「朱美……顔が真っ赤だそ」
土井先生がしゃがみ込んで私の顔を心配そうに覗く。
故意か無意識か知らないけど、土井先生は私が朱くなることを更にするから嫌だ。
先生と目を合わせないように顔を背けると、先生は気持ちを切り替えるように息を吐いた。
「とにかく、何があったんだ」
「それは……」
かくかくしかじかで。
そんな風に話すと、先生は目を丸くした。
「朱美はゴキ……」
思わず先生の口を塞ぐ。
「その名を私の前で言わないでください」
頷く先生にハッとする。
慎みなく愛しい人の口を乱暴に塞いでいる事に気づき、慌てて手を離した。
「虫がだめなのかい?」
「虫っていうか、あの虫がダメで」
孫兵くんのジュンイチも怖いけれど、怖いだけだ。以前、生物委員会が管理している虫獣遁に使う飼育小屋を案内されたことがあったけれど、ムカデもクモも、その量に驚きはしたもののそれほど怖くはない。
だがあれは違う。
おぞましいの一言に尽きる。いや、そもそも多くを語りたくない。
「なるほど。でもどうする、まだ着替えてないんだろう」
「そうなんです……」
着替えを取ってきてほしい………しかしその一言がなかなか言えない。
「あの……先生……お願いが………その、ありまして」
「……」
先生は半目で私を睨む。
「それは隣の部屋にいる先生としてか?恋人としてか?」
「そこ重要ですか?」
念わず衝いて出た言葉に、土井先生は大袈裟に傷ついた反応をする。
「着替えを取りに行けばいいんだろう……分かってる」
「ありがとうございます」
床に頭を擦りつけるように土井先生に頭を下げた。
「頭を下げられるより、ここに口付けてくれればすぐに取りに行くのに」
にんまりと先生は自身の頬を指さす。
顔を上げた私が眉を寄せて先生を見つめていると、彼は疲れたような溜息を再びついた。
「もっと可愛くお願いしてくれたらいいのに」
その言葉に一片の怒りが心に積もる。
土井先生はさっさと立ち上がり、隣の私の部屋へと去って行った。