気遣いと躊躇いの背中
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寒さに震えながら忍たま長屋の外廊下を歩く。
今しがた厠のトイレットペーパー…捨て紙を補給し終えたところであった。
歩いていればとある一室のドアが開けっぱなしであることに気がつく。
これが夏ならば珍しくはないから気にとめないけれど、今は真冬だ。
誰もいないのだろうかと部屋の中の様子を見れば、井桁模様の装束の塊が見えた。
きり丸くんに、乱太郎くん、しんべヱくんが身を寄せ合って眠っていた。
今日の午後は裏裏山でマラソンだったっけ。
「疲れちゃったんだろうなぁ」
わずか10歳で親元を離れて暮らす彼らの寝顔はやはりあどけない。
彼らの頭を撫でれば、照れも混じりながらも、どこか嬉しそうな表情を浮かべるのだ。
外から冷たい風が吹いて、私はぶるりと震える。
「風邪引いちゃうよね」
布団をかけてやろうかな。
部屋に入ったが、ハッとする。
布団は押し入れの中。
押し入れの中には、しんべヱくんのおやつが入っているかもしれない。
ということは押し入れの中には忌々しいあの虫がいるかもしれない。
その時、かさかさかさ、と押し入れの中から音が聞こえた……気がする。
恐怖による幻聴かもしれないし本当に音がしたのかもしれない。暖房のない室町時代の冬とはいえアイツの生命力ならば平然と生きているだろう。
白い息が出る気温なのに、汗がこめかみから流れる。
しかし彼らの部屋の前でうろうろしていても仕方が無いし。
さて、どうしたものか。
「伊瀬階さん」
「土井先生……」
背後からの半助さんの声に振り返る。
「どうされました?」
そう言いながら外から開け放たれた三人の部屋を覗けば、彼は全てを察したらしい。
「…なるほど」
くすりと笑って外廊下を登り、押し入れの前に立つ。
「開けるけど、いい?」
「あ…ちょっと待ってください」
私は部屋を出て、障子戸から覗くようにしてから半助さんに合図した。
「そんなに怖い?」
「怖いじゃなくておぞましいんです」
半助さんは苦笑いしながら戸を開ければ、どさどさという物が落ちる音と共に押し入れの暗闇から飛び出す奴のおぞましい姿が見えた気がして私は全速力で長屋を離れた。
「こらー!乱太郎!きり丸!しんべヱ!起きんか!!」
背中から半助さんの怒声と慌てふためく三人の声が聞こえてきたが、何を言っているのか気にする余裕など無かった。
ーーー
「大変だったんだ。押し入れの中からきり丸の内職の荷物と、しんべヱの食べかけのおやつと布団が一気に落ちてきて」
夜は学園内の外れにある演習用の小屋で二人の時を過ごす。
この日に起きた出来事を話し、そして半助から甘い口付けをされて、蕩けるような一時を過ごすのだ。
部屋を照らす光は、月と手燭の炎のみ。
二人は向き合い、今日の出来事を語っていた。
「奴もいたんですか?」
「………聞きたい?」
僅かな沈黙と困ったように眉を下げる半助の表情から察した朱美は首を勢い良く横に振る。
「全くあいつらときたら」
半助が黙れば、真冬の固まった空気が途端に二人の間を埋め尽くす。
ぶるりと朱美が小さく震えたのを半助は見逃さなかった。
「朱美。寒くないかい?」
そっと手を握れば、彼女の指先の冷たさに半助は驚く。
「おいで」
「………はい」
朱美は顔を赤らめながら、半助に招かれるままに彼の膝の上に乗る。
「ここに火桶でも置こうか?」
「大丈夫ですよ」
「風邪を引いたら大変だぞ?」
既にあの苦い薬を体験した彼女は、うっ、と呻き……やがて静かに頷いた。
珍しく素直な彼女に半助は小さく笑う。
「決まりだな」
半助は彼女の氷のような頰を手で包み、深い口付けをする。
互いに切なげな息を漏らし、半助は自らの温度を彼女の体に移すように抱きしめたのだった。
ーーー
春がやって来た。
長閑な春の放課後だった。
山々は霞がかり、日も高いというのに世界はどこか夢見心地のような暖かな一日だった。
忍たま長屋を通れば、開け放たれた一室の中から井桁模様の塊が見える。
「あいつら……」
半助はくすりと笑う。
彼らの部屋の前で立ち往生していた彼女はもういない。
彼女には話していない。
戸が開け放たれて、彼らが布団も掛けずに床で眠っているのに気づいたのは半助が先であったということを。
しかし長屋に近づく前に外廊下を歩く彼女を見つけ、好奇心からしばし忍び見ることとしたのだ。
彼女の動きと心情は手に取るように分かった。
親切心から彼らのために布団を掛けようと部屋に一歩踏み入れたものの、二歩目が出されることなく固まった彼女。
数秒間そのままの姿勢でいたが、ソロリと後ろ歩きをして部屋を出て、彼らの押し入れを凝視していたかと思えば、びくりと体が跳ねたのだった。
そんな後ろ姿を半助は微笑ましく眺めていたのだ。
あの時出した火桶は、まだ小屋に置いたままだ。
火桶の前で冷たくなった指先を擦り合わせる彼女が愛おしかった。時折小屋を訪れて、隅に置かれた火桶を見ては、あの時のことを思い出してしまうのだ。
「春とはいえ……掛けてやるか」
やれやれと半助は三人の部屋に入り、押し入れを開ければ、どさどさと物が落ちてきたのでそれらが床につく前に飛び退く。
小さく素早い何かが逃げ散っていった。
ああ。彼女がいたら失神してしまうかもしれないな。
半助は苦笑する。
時は過ぎていく。
だから囚われたままではいけない。
彼女は今も知らない世界で歩み続けているのだから。
だから、半助も今やるべき事をするまでだった。
「こらー!乱太郎!きり丸!しんべヱ!起きろー!また押し入れの整理をサボっただろう!!」
長閑な春の空気を突き破る半助の怒声に、三人は飛び起きたのだった。
今しがた厠のトイレットペーパー…捨て紙を補給し終えたところであった。
歩いていればとある一室のドアが開けっぱなしであることに気がつく。
これが夏ならば珍しくはないから気にとめないけれど、今は真冬だ。
誰もいないのだろうかと部屋の中の様子を見れば、井桁模様の装束の塊が見えた。
きり丸くんに、乱太郎くん、しんべヱくんが身を寄せ合って眠っていた。
今日の午後は裏裏山でマラソンだったっけ。
「疲れちゃったんだろうなぁ」
わずか10歳で親元を離れて暮らす彼らの寝顔はやはりあどけない。
彼らの頭を撫でれば、照れも混じりながらも、どこか嬉しそうな表情を浮かべるのだ。
外から冷たい風が吹いて、私はぶるりと震える。
「風邪引いちゃうよね」
布団をかけてやろうかな。
部屋に入ったが、ハッとする。
布団は押し入れの中。
押し入れの中には、しんべヱくんのおやつが入っているかもしれない。
ということは押し入れの中には忌々しいあの虫がいるかもしれない。
その時、かさかさかさ、と押し入れの中から音が聞こえた……気がする。
恐怖による幻聴かもしれないし本当に音がしたのかもしれない。暖房のない室町時代の冬とはいえアイツの生命力ならば平然と生きているだろう。
白い息が出る気温なのに、汗がこめかみから流れる。
しかし彼らの部屋の前でうろうろしていても仕方が無いし。
さて、どうしたものか。
「伊瀬階さん」
「土井先生……」
背後からの半助さんの声に振り返る。
「どうされました?」
そう言いながら外から開け放たれた三人の部屋を覗けば、彼は全てを察したらしい。
「…なるほど」
くすりと笑って外廊下を登り、押し入れの前に立つ。
「開けるけど、いい?」
「あ…ちょっと待ってください」
私は部屋を出て、障子戸から覗くようにしてから半助さんに合図した。
「そんなに怖い?」
「怖いじゃなくておぞましいんです」
半助さんは苦笑いしながら戸を開ければ、どさどさという物が落ちる音と共に押し入れの暗闇から飛び出す奴のおぞましい姿が見えた気がして私は全速力で長屋を離れた。
「こらー!乱太郎!きり丸!しんべヱ!起きんか!!」
背中から半助さんの怒声と慌てふためく三人の声が聞こえてきたが、何を言っているのか気にする余裕など無かった。
ーーー
「大変だったんだ。押し入れの中からきり丸の内職の荷物と、しんべヱの食べかけのおやつと布団が一気に落ちてきて」
夜は学園内の外れにある演習用の小屋で二人の時を過ごす。
この日に起きた出来事を話し、そして半助から甘い口付けをされて、蕩けるような一時を過ごすのだ。
部屋を照らす光は、月と手燭の炎のみ。
二人は向き合い、今日の出来事を語っていた。
「奴もいたんですか?」
「………聞きたい?」
僅かな沈黙と困ったように眉を下げる半助の表情から察した朱美は首を勢い良く横に振る。
「全くあいつらときたら」
半助が黙れば、真冬の固まった空気が途端に二人の間を埋め尽くす。
ぶるりと朱美が小さく震えたのを半助は見逃さなかった。
「朱美。寒くないかい?」
そっと手を握れば、彼女の指先の冷たさに半助は驚く。
「おいで」
「………はい」
朱美は顔を赤らめながら、半助に招かれるままに彼の膝の上に乗る。
「ここに火桶でも置こうか?」
「大丈夫ですよ」
「風邪を引いたら大変だぞ?」
既にあの苦い薬を体験した彼女は、うっ、と呻き……やがて静かに頷いた。
珍しく素直な彼女に半助は小さく笑う。
「決まりだな」
半助は彼女の氷のような頰を手で包み、深い口付けをする。
互いに切なげな息を漏らし、半助は自らの温度を彼女の体に移すように抱きしめたのだった。
ーーー
春がやって来た。
長閑な春の放課後だった。
山々は霞がかり、日も高いというのに世界はどこか夢見心地のような暖かな一日だった。
忍たま長屋を通れば、開け放たれた一室の中から井桁模様の塊が見える。
「あいつら……」
半助はくすりと笑う。
彼らの部屋の前で立ち往生していた彼女はもういない。
彼女には話していない。
戸が開け放たれて、彼らが布団も掛けずに床で眠っているのに気づいたのは半助が先であったということを。
しかし長屋に近づく前に外廊下を歩く彼女を見つけ、好奇心からしばし忍び見ることとしたのだ。
彼女の動きと心情は手に取るように分かった。
親切心から彼らのために布団を掛けようと部屋に一歩踏み入れたものの、二歩目が出されることなく固まった彼女。
数秒間そのままの姿勢でいたが、ソロリと後ろ歩きをして部屋を出て、彼らの押し入れを凝視していたかと思えば、びくりと体が跳ねたのだった。
そんな後ろ姿を半助は微笑ましく眺めていたのだ。
あの時出した火桶は、まだ小屋に置いたままだ。
火桶の前で冷たくなった指先を擦り合わせる彼女が愛おしかった。時折小屋を訪れて、隅に置かれた火桶を見ては、あの時のことを思い出してしまうのだ。
「春とはいえ……掛けてやるか」
やれやれと半助は三人の部屋に入り、押し入れを開ければ、どさどさと物が落ちてきたのでそれらが床につく前に飛び退く。
小さく素早い何かが逃げ散っていった。
ああ。彼女がいたら失神してしまうかもしれないな。
半助は苦笑する。
時は過ぎていく。
だから囚われたままではいけない。
彼女は今も知らない世界で歩み続けているのだから。
だから、半助も今やるべき事をするまでだった。
「こらー!乱太郎!きり丸!しんべヱ!起きろー!また押し入れの整理をサボっただろう!!」
長閑な春の空気を突き破る半助の怒声に、三人は飛び起きたのだった。