19 夏祭り
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
薄闇の忍術学園の正門をくぐると学園長が待っていた。
土井先生もきり丸くんもそれぞれ委員会の仕事があるからと、その場で別れてしまった。
「朱美ちゃん。夏休みを満喫しておるかね」
「は、はい。それより学園長、このお祭りは一体」
文次郎くんを始めとする六年生が企画したという。この七日間、各委員会の顧問、委員長、委員長代理とくノ一教室の代表者は学園内に集まり、企画の骨組みを決めた後、みんなを集めて準備を進めたことを説明してくれた。
ここ数日間、土井先生が出掛けていたことを思い出した。
「皆、朱美ちゃんと夏を堪能したいそうじゃ」
「な、なんだか…申し分けなさすぎて気が遠くなりそうです」
「朱美ちゃんだって、土井先生やきり丸のために色々手伝っているじゃろう。それと同じじゃ。朱美ちゃんは精一杯楽しめばよい」
何だかここ最近、涙もろくなった気がする。
みんなの親切が私の涙腺を容易に刺激してくるのだ。
「後ほど、挨拶してもらえんかの」
「……はい」
それまでの間、自由に見て回ることとなった。
一人で校庭へ向かい、そこに広がる光景に私はしばし呆然とした。
運動会でみたようなアーチに横断幕。
デカデカと、そして大層立派な文字で「忍術学園夏祭り」と書かれている。
想像以上の規模に、静まりかけた罪悪感が湧き上がってくる。
私はアーチの前に立つ吉野先生と小松田さんを見つけるなり走り寄り、二人の前で90度に腰を曲げる。
「本当に申し訳ありません……っ」
チラシの封入や送付作業はお二人がやられたはずだ。自分が変な気遣いをしたせいで、夏休みなのに仕事をさせてしまったことが申し訳なくて仕方が無い。
かと言って私が帰ることを夏休み前に打ち明けたとしても、この夏祭りが開催されなかったとも限らないけれど。
お二人とも頭を下げる私に慌てた様子だ。
「お気になさらず。準備は作法委員の皆さんにも手伝ってもらいましたし」
吉野先生の言葉から次の謝罪先が決定したのだった。
ーーー
会計委員会の潮江文次郎会計委員長への私の第一声は「こんなことで予算使って大丈夫!?」だった。
櫓の下で一人腕を組んで立っていた彼は満足そうに頷いていた。
校庭は見事なまでに夏祭りムード。
まず目に付いたのは中央に建てられた高い櫓だった。櫓のてっぺんには太鼓が鎮座しているが、後で盆踊りでもする予定なのだろうか。
櫓の屋根から四方に伸びる縄は校庭の隅の木々に括り付けられており、縄からいくつもの提灯が下げられている。電気なんてないのだから、その一つ一つの光源は本物の火だろう。
そして櫓を取り囲むように簡易な屋台が建てられ、遊戯に興じたり、様々な料理を堪能しているたくさんの忍たまやくのたま達。
忍たま達は私服だが、くのたま達はばっちりお洒落をしており、悠々と水中を泳ぐ金魚を思わせる。
「かなり予算を使ったのでは……?」
「以前、学園長の思い付きで似たようなことをやりましたので、校庭の設営に関する費用はそれほどかかってないですよ。ただ、お化け屋敷と打ち上げ花火はかなり力を入れたので、その支出は結構かかりましたね」
文次郎くんは淡々と語る。
「いいの?そんなことで予算を使っちゃって」
「朱美さん!」と、文次郎くんは語気を強めた。
「貴女は学園のために、我々のために尽くしてくださっている。……そして帰られてしまう。そんな貴女と楽しく過ごすための催し物です。必要な支出でしょう」
ふっと微笑む文次郎くんに、私は鼻の奥がツンとする。
「文次郎!貴様だけ格好つけるな」
櫓に登っていたらしい留三郎くんが、音もなく私達の間に降り立つ。
「この櫓も屋台も提灯も、そしてお化け屋敷とやらも、我々が設営しました」
「本当?すごいね」
「恩着せがましいぞ留三郎。それにお化け屋敷は作法委員会と生物委員会との共同作業だったろうが」
「お前は金を出しただけだろうが!」
「金がなきゃ何もできないだろうが!」
額をくっつけて罵り合う二人に、私は声をあげてわらった。
「二人とも、ありがとう。精一杯楽しませていただきます」
でも、と私は続ける。
「もし春になっても戻らなかったら、この支出分、何とか返すね」
二人は歯を見せて笑う。
「銭で返していただくよりも年度末の会計作業を手伝っていただきたいですね」
「用具委員も。倉庫整理をお願いしたいです」
「倉庫整理はみんなでやろうね」
私はすかさず留三郎くんに頼んだ。
不思議そうな顔をする留三郎くんだったが、特に気に留めず、屋台を見てまわるよう勧めてくれた。
「二人とも、一緒に来る?」
「我々は委員会の仕事が残っていますので」
それでも一人で見て回るのを寂しく思っていると、誰かが私を呼ぶ。
「伊瀬階さん…」
「伏木蔵くんに乱太郎くん」
保健委員会の一年生コンビの二人だった。
「わたし達と見て回りませんか?」
頬が緩む。
二人ともじっくり話したことがなかったから、この機会にたくさん話したかった。
「欲しいものがあったら言ってね。奢るよ」
「そんな!悪いですよ」
「いいからいいから」
単にお姉さんぶりたいだけだ。
きり丸くんは私をおちょくってくるし、しんべヱくんだと文無しになりそうだけれど、この二人ならば程よく奢れそうだなと思ったのだ。
一件一件屋台を見て回る。
遊技系の屋台は体育委員会が取り仕切っており、輪投げは戦輪投げに、射的は火縄銃…ではなくて棒手裏剣による的当てになっていた。
戦輪投げといっても、本格的には投げず、私の世界の輪投げと変わりなかった。
滝夜叉丸くんが屋台の中で退屈そうに戦輪の輪子ちゃんを指先でくるくる回して突っ立っていた。
彼は自身の華麗な戦輪捌きを披露したくて堪らないのだろう。
しかし、彼の役目は、お客さんが投げた戦輪の回収や景品の引き渡し。華やかな彼には似合わない仕事だ。
「滝夜叉丸くん。退屈そうだね」
「伊瀬階さん!それに乱太郎と伏木蔵」
一年生は私の後ろに隠れていた。
彼の自慢話の餌食にならないようにしているのだろう。
「戦輪、投げてもいい?」
「どうぞ。ですがその前に朱美さんは戦輪の扱い方を知りませんからね。教科、実技共に学年一のこの平滝夜叉丸がお教えしましょう」
輪投げのように投げないと棒に入らないのではないか。
それにお教えしましょうと言っておきながら、滝夜叉丸くんは自分自身の成績優秀さを話し始めているのはいつものこと。
自信たっぷりに語る彼の姿は羨ましくて、私はついつい聞いてしまう。
乱太郎くんは「他の屋台に行きましょう」と手を引く。
するとどこからともなく時友四郎兵衛くんが現れた。
「伊瀬階さん、どうぞ。手を切らないように気を付けてくださいね」
語り続ける滝夜叉丸くんをよそに、四郎兵衛くんは戦輪を渡してくれた。
頑張ってください、と三人の声援をうけ、私は狙いを定めて投げるも全く入らない。
三回投げたが、全く入らない。
「残念賞は?」
「ありません!」
清々しい笑顔で答える四郎兵衛くんに、私は肩を落とす。
「次いきましょう朱美さん」
「伊瀬階さん、ファイト」
乱太郎くんと伏木蔵くんに励まされ、語り続ける滝夜叉丸くんに挨拶して、隣の棒手裏剣投げの屋台へと移る。
そこには小平太くんに三之助くんに金吾くんがいた。無自覚な方向音痴らしい三之助くんは、学園内でも迷うのか、腰に縄が括り付けられていて小平太くんの腰へと繋がっている。
「朱美さん!乱太郎!伏木蔵!」
金吾くんが屋台を抜けて駆け寄ってくる。
乱太郎くんの傍に寄るのかと思ったら、私に抱きついてきた。その衝突は予測しておらずフラついてしまい、いつのまにか背後に立っていた小平太くんに背中を支えられ、転倒を免れた。
「ごめん、金吾くん。小平太くん」
「ぼくこそすみません。つい」
金吾の素直な愛情に私は戸惑う。
元の世界に帰ってしまうと知ったことへの寂しさによる抱擁……なのだろうか。
私は視線を合わせてからおずおずと抱きしめ返す。
「ほら金吾。仕事だ仕事」
小平太くんは金吾くんの背中をバシバシ叩く。
金吾くんは慌てて棒手裏剣を用意する。
「投げ方は分かりますか?」
小平太くんから棒手裏剣の構え方や投げ方を教えてもらうが、なかなか様にならない。
三之助くんが実演までしてみせてくれたけれど、あまり上達しない。
それでも小平太くんと三之助くんは優しく指導してくれる。
「ま、後は何とかなるでしょう。もっと知りたかったら土井先生に教わってください」
豪快に笑う小平太くんだが、ふとその笑顔が大人びたものへと変わる。
「貴女のことを大切に思われているのは土井先生やきり丸だけではないんですよ」
彼の視線が校庭内を巡らせる。
屋台でお店を運営したり、お客さん側として楽しんでいる先生方や忍たま達やくのたま達。
来年は、私にはやって来ない忍術学園での夏休み。みんなは私と過ごしたいという。
なぜ、黙っていたのだろう。
「ごめんなさ…」
「そこは謝らないでください」
眼前に突き出された小平太くんの手の平。
目が合えば、丸い小平太くんの瞳が細められた。
私は黙って頷いた。
「ありがとう。じゃあ、さっそくやってみてもいいかな」
「どうぞ。乱太郎、伏木蔵、お前達もやってみろ」
「いいんですか……?」
案の定、私は一本も当たらなかった。
小さい頃、遊園地で手裏剣の的当てに挑戦したときは当たったのに。
そして乱太郎くんが、やや躊躇った後、棒手裏剣を投げる。
その棒手裏剣は物理法則を無視して、的からUターンし、こちらに向かってきた。
私は思わず頭を抱えてしゃがみ込む。
「やっぱりー!手裏剣を投げたら身方に当たるのが忍たまのお約束なんですよー!」
と、やたら説明口調な台詞を泣きながら叫ぶ乱太郎くん。
「おっと!」
小平太くんが庇うように前に立ちはだかり、苦無で弾いてくれた。
弾いてくれた棒手裏剣は、屋台の傍の地面に突き刺さった。
「お、お見事……」
私は放心しながらも、拍手を送る。
「なんのなんの。では私は用があるのでこれで。後でお化け屋敷に来てください。驚きますよ」
そう言って小平太くんは風のように去って行った。
続いての屋台は、作法委員会によるプチ生首フィギュア掬いである。
兵太夫くんのカラクリにより、水を張った巨大な桶の横に付いた取っ手を回せば水流が起こり、水に浮かべられた手の平サイズの生首フィギュアが流れ出す。
プチ生首フィギュアの種類は様々だった。
正統派?の苦悶の表情を浮かべているもの、生首なのに何故か笑っているもの……文次郎くんに似ているもの。
「これ、モンジロ君です」
私がガン見しているのに気が付いたのか、兵太夫くんが手に取って見せてくれた。
これが何なのか、というより、何故作ったのか知りたかった。
「そうだ兵太夫くん。懐中時計なんだけど」
新たな仕掛けの話をすると兵太夫くんのハンドルを回す手は止まり、目が輝いた。
「今度、文字盤が消えるところ見てみようね」
「どんな仕掛けなのか気になりますね」
もしも分かれば何かが変わるのだろうか。
この時計は、この時代には無いものなのだから、例え分かったところで為す術はないのだろう。
私は、まだ帰る未来が来ないことに縋っているらしい。
「兵太夫、はやく回せよ」
伝七くんは口を尖らせて、金魚すくい……ではない、プチ生首フィギュアすくいのポイと竹筒を渡してきた。ポイは木製の枠に和紙が貼られている。
「朱美さん。そのカラクリ時計、ぼくにも見せてください」
すこしムッとした口調で、伝七くんは上目遣いで私を睨んできた。
その素直じゃない態度は、私に似ていて、思わず笑みが溢れてしまった。
「いいよ。月が変わるときに起こるから、新学期のときに部屋までおいで」
分かりやすく上機嫌になる伝七くん。
満面の笑みで頷く彼の肩を軽く叩いた。
「じゃあ、回しまーす」
兵太夫くんはかけ声と共にハンドルを両手で回す。
キコキコと木材が軋む音と共に、水流が起こり、回りだすプチ生首フィギュア達はシュール極まりなかった。
提灯の光受けて水はキラキラと輝く。
「うわぁ、スリルとサスペンスぅ」
と、うきうきしながらポイを沈める伏木蔵くん。モンジロ君を狙っているようだった。
乱太郎くんのは早速破れてしまい、私と伏木蔵くんを応援する。
「朱美さんは、あの苦しそうな顔のヤツを狙うんですか」
「せっかくの生首フィギュアなんだし。王道のやつをいっとかないと」
小袖が桶の中に入らないよう、袖を捲り、なるべくポイを水面と平行にさせ、素早くプチ生首フィギュアを掬い、竹筒に入れる。
「やった」
私は思わず拳を握る。
「おめでとうございまーす」
屋台の奥でやる気無さそうに座っていた綾部くんは、やる気の無さそうな声で祝福の言葉を掛けてくれた。
笑顔の生首フィギュアも取ろうとしたが、破れてしまった。
伏木蔵くんもモンジロ君は取れなかったようだ。
籐内くんが、プチ生首フィギュアを入れるための小さな巾着を渡してくれた。
その巾着には作法委員会の印が染められており、そのこだわりように私は感嘆の声をあげた。
「立花先輩のアイディアなんです」
藤内くんは誇らしそうに教えてくれた。
「そういえば立花先輩は?」
乱太郎くんが藤内くんに尋ねると、校舎を指さす。
「校舎でやっているお化け屋敷にいる」
「ぼくと三治郎のカラクリ仕掛けもあるから、是非行ってみて」
お化け屋敷、と書かれた旗が校舎前に立てられている。
受付には何故か白い着物を着た伝子さんがいて、彼女を見た生徒達はお化け屋敷に入らずとも震え上がっていた。
「朱美さんも乱太郎も行ってみよう。すっごいスリルぅ……」
伏木蔵くんは私達の手を掴み、受付まで引っ張っていく。
あまり乗り気ではない乱太郎くんの足取りは重かった。
お化け屋敷の受付に近づくと、私達の姿を認めた伝子さんが手を振る。
一年生の二人は引きつった笑みを浮かべていた。
「伝子さん。お久しぶり」
自然と頬が緩む。
伝子さんも満面の笑みで「久しぶりぃ」と返してくれる。
「伝蔵さんはまだお家に帰られてないのですか?」
「…………余計なことは考えないで、さっさと楽しんでらっしゃい」
有無を言わさず伝子さんは私達を校舎内へと押し込んだのだった。