17 夏のはじまり
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「本当に後悔しないんだな?」
それは自分自身への言葉でもあった。
夏休み前日の夜は、浮かれた生徒達がどこかで何かをやっているだろうとは思っていた。
見回りの当番ではないが、念のため。
自分の生徒達が何かしでかしていないかを確認したくて、忍たま長屋へと向かう。
別に何かをやっていてもいい。それが鍛練や勉強であれば止めはしない。秘密裏に何かをやるのであれば忍びらしく土井の気配を察して隠れていればよい。察することが出来れば、だが。
だから忍たま長屋の前にて「異世界怪談 貴方の知らない世界」と書かれた紙が落ちていたときは胃も頭も痛くなった。
文字からしてきり丸が金儲けのために作ったものだろう。
ご丁寧に今日の日付と場所と開催時刻まで書かれてある。せめて、百歩譲って、お願いだから、そういう情報は例え分かりやすいものでもいいから、暗号で書いてほしかった。
一年は組の教室に近づけば消えていく何名かの気配。引き戸を開け放つと全員が口と目を丸く開けて土井を見ていた。
四年の斉藤タカ丸と、一年は組の生徒と、朱美だった。各々の部屋へ戻ることを促せば、不満そうな顔で教室を後にする生徒達を見送る。気まずそうに顔を逸らしながら教室を出ようとする朱美の腕を掴み、残ることを視線で伝えた。
明日からの夏休み。
きり丸は彼女を家に誘った。その理由はアルバイトをより多く掛け持ちするためだけではないのは何となく分かったが、昨日、きり丸が小声で尋ねてきたのだ。彼女が帰ってしまうことを。
嘘だと言ってほしいというような懇願するような瞳で。
「おれ、土井先生と朱美さんと一緒に過ごしたいんです」
きり丸の願いは叶えてやりたかった。
しかし、夏季休暇の間、彼女と同じ屋根の下で過ごすのは何とも耐えがたい。
触れたいと思うだろうし、あわよくばそれ以上の……そんな思いがむくむくと膨らんでいく事が予想できる。
欲と色。忍者の三禁のうちの二つを同時に抑えねばならない。
目に見える危険予測に策を講じないわけにはいかない。
だから彼女と話をしなくては。
彼女が行けないことになり、きり丸があれこれ手を回せない前日に。
だからきり丸が企んだ異世界怪談とやらは絶好の機会だった。
それなのに彼女は見事に裏切ってきた。
いや、同じ気持ちだと勝手に思っていたのだから、裏切りも何もないのだけれど。
好きだけれど、告げることはしないと。
二人の間には見えない壁があるのだと。
しかし彼女は、彼女自らそれを壊してきたのだ。
それも二回も。
一度は断った。
土井の言葉が刃となって彼女を傷つけるのは抵抗があったけれども。
涙を見せまいと繕う彼女を見るのは、心が抉られるほど辛かった。
それなのに再び彼女はぶつかって来た。
迷いのない、傷つくことも恐れない彼女の瞳に観念せざるを得なかった。
しかし、その後の甘い展開まで受け止めるまでの覚悟は彼女には無かったようだ。
口づけをして像のように動かなくなった彼女。しかしその反応さえ愛おしく、耐性が無いことに安堵を覚えている自分がいるのだから、愛とは恐ろしい。