鬼の手短編
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月が綺麗ですね
中秋の名月と呼ばれるとおり、十五夜の月は綺麗だった。
空気が澄んでいるからか、十五夜を過ぎても月は尚綺麗だと思う。
月の輝きで、月自身の輪郭が霞むほど。
その輝きは本当は太陽の光を受けてのものだけれど、まるで月自身が光を放っているようだ。
「今夜はだいぶ冷えますね」
鵺野先生と一緒に帰ることになった。
今晩はこれまでの夜と比べて気温が低い。
昨日の帰りはカーディガンを羽織れば暑いけれど、半袖では心許なかったのに。
うだるような暑さはすっかり影を潜めてしまった。
「早いもんですね。すっかり秋の空気ですよ」
鵺野先生はペシャンコの鞄を脇に挟みながら、ワイシャツの捲っていた袖を下ろす。
「鞄持ちますよ?」
「いえいえ!道明先生に持たせるなんてできませんよ!」
そう言ってあっという間に袖をおろした。
寒々しい街路灯が照らす住宅街のひっそりとした道を、私達が歩けば、コツコツと足音が響く。
「お。そういや明日の給食はカレーだ」
「良かったですね。子ども達の分までおかわりしちゃダメですよ」
「……馬鹿にしてません?」
「してませんよ?」
本当に馬鹿にはしていない。
いつも金欠の鵺野先生にとって、給食は彼の生命線だ。
そんな鵺野先生が心配で、コンビニで買ったお菓子をあげたり、ご飯を一緒に食べに誘ったりしているけれど、さすがに毎日はできない。……だって、ただの同僚だから。
「私も楽しみになってきました」
背の高い彼を見上げ、微笑んでみせる。
薄暗いなか、街路灯の光によって鵺野先生の精悍な顔は、陰影が濃くなって、もっとカッコよく見える。
目が合えば、ニッカリと笑い返してくれた。
「道明先生もおかわりし過ぎないでくださいよ?」
「しませんよ」
その笑顔に裏なんて無い。
私の中で浮き彫りになった寂しさと虚しさを誤魔化すため、私は彼とは反対の空を見れば、見事に美しい月が浮かんでいる。
「……きれい」
思わず口から零れる。
「本当ですね」
この辺りは高い建物もないから、歩きながら見上げても隠れることはなく月を見ていられる。
もう少し歩けば繁華街に出て、そして駅に着く。
そこで鵺野先生とはお別れして、また明日になるまで先生に会えない。
「お疲れ様でした」と「おはようございます」の繰り返し。
会えて嬉しく思うのも、別れて寂しく思うのも、私だけなのだ。
「月が、綺麗ですね」
鵺野先生の声が一段低くなった。
ゆっくりと、何かを確かめるように。
「……そうですね」
視線を鵺野先生に戻せば、視線が交わる。
柔らかな微笑を浮かべ、私を見つめている。
「……月が、綺麗ですね」
もう一度繰り返す先生は依然と私を見ている。
あぁ。何だっけ。
I love youをそのまま訳した教え子に、「月が綺麗ですね、と訳しておけば足りる」と、かの文豪が言ったとか…。
実は言ったと記録されたものは無いとか…。
結構有名な話。
先生も知っているだろう。
だからこの言葉の意味を知らないはずは無いのに。
鵺野先生の笑顔は不思議なことに寂しさを少し帯びているように思えた。
そんな鵺野先生に私は何て返せばいいのだろう。
もしかして私の想いは私だけのものではないのかもしれない。
そんな期待を抱かせる視線だった。
「道明先生は、まるで月のようだ」
黙っている私に、鵺野先生は優しく語りかけてくる。
どちらともなく、足を止め、月下のもと私達は見つめ合っていた。
「深い闇を優しく照らしてくれる…」
そんな事を話し出す先生の意図が分からず、私はただ彼を見上げることしかできなかった。
私はどんな顔をしているのだろう。
さぞ間抜けた顔をしているのだろう。
「え…」
ギュウウウウウウゥゥ
私たちの間に割って入る咆哮。
その主は鵺野先生のお腹からで。
「あ……」
遠くで犬の鳴き声が聞こえた。
「あー……あははははは」
先生は真っ赤になりながら、頭を乱暴に掻きながら笑う。
しかしその目じりには涙を溜めていた。
「……似合わないことを言ったからでしょうかね!あはははは」
さっきまで確かに漂っていた甘い気配は消えて、いつも通りの私達がいる。
あの時、私も何か返していたら、何かが変わったのだろうか。
月が、綺麗ですね。
その甘い声と、それこそ月のように穏やかな笑みが思い出され、顔に熱がこもる。
「私も………」
「はい!?」
「お腹が空きました……!」
月が綺麗だと思います。とは、言えなかった。
中秋の名月と呼ばれるとおり、十五夜の月は綺麗だった。
空気が澄んでいるからか、十五夜を過ぎても月は尚綺麗だと思う。
月の輝きで、月自身の輪郭が霞むほど。
その輝きは本当は太陽の光を受けてのものだけれど、まるで月自身が光を放っているようだ。
「今夜はだいぶ冷えますね」
鵺野先生と一緒に帰ることになった。
今晩はこれまでの夜と比べて気温が低い。
昨日の帰りはカーディガンを羽織れば暑いけれど、半袖では心許なかったのに。
うだるような暑さはすっかり影を潜めてしまった。
「早いもんですね。すっかり秋の空気ですよ」
鵺野先生はペシャンコの鞄を脇に挟みながら、ワイシャツの捲っていた袖を下ろす。
「鞄持ちますよ?」
「いえいえ!道明先生に持たせるなんてできませんよ!」
そう言ってあっという間に袖をおろした。
寒々しい街路灯が照らす住宅街のひっそりとした道を、私達が歩けば、コツコツと足音が響く。
「お。そういや明日の給食はカレーだ」
「良かったですね。子ども達の分までおかわりしちゃダメですよ」
「……馬鹿にしてません?」
「してませんよ?」
本当に馬鹿にはしていない。
いつも金欠の鵺野先生にとって、給食は彼の生命線だ。
そんな鵺野先生が心配で、コンビニで買ったお菓子をあげたり、ご飯を一緒に食べに誘ったりしているけれど、さすがに毎日はできない。……だって、ただの同僚だから。
「私も楽しみになってきました」
背の高い彼を見上げ、微笑んでみせる。
薄暗いなか、街路灯の光によって鵺野先生の精悍な顔は、陰影が濃くなって、もっとカッコよく見える。
目が合えば、ニッカリと笑い返してくれた。
「道明先生もおかわりし過ぎないでくださいよ?」
「しませんよ」
その笑顔に裏なんて無い。
私の中で浮き彫りになった寂しさと虚しさを誤魔化すため、私は彼とは反対の空を見れば、見事に美しい月が浮かんでいる。
「……きれい」
思わず口から零れる。
「本当ですね」
この辺りは高い建物もないから、歩きながら見上げても隠れることはなく月を見ていられる。
もう少し歩けば繁華街に出て、そして駅に着く。
そこで鵺野先生とはお別れして、また明日になるまで先生に会えない。
「お疲れ様でした」と「おはようございます」の繰り返し。
会えて嬉しく思うのも、別れて寂しく思うのも、私だけなのだ。
「月が、綺麗ですね」
鵺野先生の声が一段低くなった。
ゆっくりと、何かを確かめるように。
「……そうですね」
視線を鵺野先生に戻せば、視線が交わる。
柔らかな微笑を浮かべ、私を見つめている。
「……月が、綺麗ですね」
もう一度繰り返す先生は依然と私を見ている。
あぁ。何だっけ。
I love youをそのまま訳した教え子に、「月が綺麗ですね、と訳しておけば足りる」と、かの文豪が言ったとか…。
実は言ったと記録されたものは無いとか…。
結構有名な話。
先生も知っているだろう。
だからこの言葉の意味を知らないはずは無いのに。
鵺野先生の笑顔は不思議なことに寂しさを少し帯びているように思えた。
そんな鵺野先生に私は何て返せばいいのだろう。
もしかして私の想いは私だけのものではないのかもしれない。
そんな期待を抱かせる視線だった。
「道明先生は、まるで月のようだ」
黙っている私に、鵺野先生は優しく語りかけてくる。
どちらともなく、足を止め、月下のもと私達は見つめ合っていた。
「深い闇を優しく照らしてくれる…」
そんな事を話し出す先生の意図が分からず、私はただ彼を見上げることしかできなかった。
私はどんな顔をしているのだろう。
さぞ間抜けた顔をしているのだろう。
「え…」
ギュウウウウウウゥゥ
私たちの間に割って入る咆哮。
その主は鵺野先生のお腹からで。
「あ……」
遠くで犬の鳴き声が聞こえた。
「あー……あははははは」
先生は真っ赤になりながら、頭を乱暴に掻きながら笑う。
しかしその目じりには涙を溜めていた。
「……似合わないことを言ったからでしょうかね!あはははは」
さっきまで確かに漂っていた甘い気配は消えて、いつも通りの私達がいる。
あの時、私も何か返していたら、何かが変わったのだろうか。
月が、綺麗ですね。
その甘い声と、それこそ月のように穏やかな笑みが思い出され、顔に熱がこもる。
「私も………」
「はい!?」
「お腹が空きました……!」
月が綺麗だと思います。とは、言えなかった。