デート
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
映画好きの叔父の趣味によって、朱美の世界では同年代の友人達に比べてホラー映画への耐性はかなりある方だ。それは自他ともに認めていた。
大学1年の時に友人達と行ったテーマパークでは、ホラー映画をテーマにした期間限定のお化け屋敷に入った時も、朱美だけは感激のあまり悲鳴をあげていたくらいだ。
だが、それはB級映画に限る。
風紀の乱れたパーティーを繰り広げる大学生、布の面積が少ない美女、仲間を裏切って自分だけ助かろうとする人物…。「さあ、これから惨劇が始まります」という、いかにもお膳立てされた展開のものや、効果音の力を借りて画面いっぱいに現れるゾンビなどの耐性はあるのだ。
例えば仄暗い雰囲気が漂い、理不尽に呪われたり、真綿のように恐怖心を煽るような作品は駄目だ。
だから、忍術学園の生徒たちが丹精込めて作り上げたお化け屋敷は駄目に決まっている。
校舎を利用して作られたお化け屋敷は、一寸先も見えない。掬い取れるような闇を照らすのは龕燈の明かりのみ。
光溢れる世界で生きてきた朱美は、この時代の塗り込めた闇に幾度となく圧倒されてきた。
今もだ。
「朱美、どうした?」
隣に立つ半助のくすくすと笑う声が聞こえる。
「やっぱり入るんじゃなかった…」
「そんなこと言ったら兵太夫達が悲しむぞ」
「むしろ誇らしく感じると思いますよ。こんなに怖がっているんですから」
とはいえ回れ右をして帰ることはしなかった。
今日は学園長の突然の思い付きで突如催された春の忍術学園際。
学園祭と言っても外部の人には開放しない、忍者らしく夜に開催する内輪向けのお祭りだ。
ナイトプールだとか、季節限定のホラーナイトイベントだとか、朱美の世界の話からインスピレーションを得たのだろう。
朱美は今、その話をしてしまったことを心から後悔している。
各委員会で出し物の披露やら屋台を出店するなかで、半助と祭りを堪能しているなかで、作法委員会企画のお化け屋敷に入らないか?と誘われたのだ。
かつて体験した忍術学園の夏祭りでは、屋台もお化け屋敷も乱太郎と伏木蔵と巡った。
「私も…恋人らしいことをしたいんだ」と、赤面する半助に誘われ、二つ返事で入ることにしたのだが、その事を朱美は今激しく後悔している。
忍者がつくる…しかもあの作法委員会が作るお化け屋敷など、怖いに決まっている。
学園一冷静な男と呼ばれる仙蔵、天才トラパーの異名を持つ喜八郎。予習復習に余念がない浦風藤内。知識が豊富な黒門伝七。カラクリ大好きの笹山兵太夫がいるのだ。
ここから出てきそうだな…という予想を裏切って、本気で脅かしにくるに違いない。
生首フィギュアは百パーセント出てくるとして、兵太夫が考えた機械仕掛けのからくりで出てくるお化けや、幽霊に化けた仙蔵、綾部達が待ち構えているのだろう。
クールな仙蔵も、悲鳴をあげる朱美を見て、後日、文次郎達に面白可笑しく話すに違いない。
そこで半助に抱きついて驚く様子でも見せようものなら、六年生達から盛大にからかわれるに違いない。
意地でも半助さんに抱きつかない。
……抱きついてみたいけど。
「ほら、行こう」
龕燈の光で半助が手を差し伸べているのが何となく分かり、朱美は迷わずその手を握る。
すると半助が息を零した。
「本当に怖いんだな」
朱美の手の震えを察したのだ。
笑われたことが朱美にとって悔しかった。
「やっぱり大丈夫です」
「いや。暗いし握ったまま進もう」
「暗いからって躓いたりしないですよ。見くびらないでください」
本当は心細いから繋いでいたい。しかし笑われるくらいならば……と朱美の意地っ張りが発動してしまった。
しっかりと絡めた手を解こうとしたが、半助は強く握ったままだった。
「ごめん。ちゃんと繋いでいよう」
朱美の本音も虚勢もきっと半助は見抜いているのだろう。その口調はからかうものではなく、優しく気遣うものであった。
「私がこうしていたいんだ」
「………」
龕燈のほんのりとした明かりで照らされた半助の柔らかな笑みに朱美は赤面する。
自分自身でも面倒だと思う朱美の強がりの部分も、半助によって大きく包まれ絆されてしまう。
しかし、それさえも悔しいと思ってしまう朱美であった。
二人は廊下をゆっくりと進む。
暗闇に慣れない朱美の歩調に半助が合わせてくれていることに申し訳なさを感じつつも有り難かった。
ボンっ
という音と共に朱美が立っている両脇に飾られていた松明に火がつき、生首フィギュアが天井から飛び出してきた。
「ひっ」
突如生まれたゆらゆらと頼りない松明の光が、苦悶に満ちた表情のフィギュアを一層不気味に見せていた。用具委員会の平太が見たら漏らしてしまうに違いなかった。
別に生首フィギュアは怖くない。
偽物だし。そういう類なら洋画でいっぱい観たから。飛び出した間も素晴らしいとさえ感じていた。
しかし朱美の知るお化け屋敷ならあり得ない程の近距離で現れたため朱美は声をあげてしまった。
しかも繋いでいない方の手で半助の裾を握ってしまった。
生首フィギュアは行く手を遮るように天井から突如降りてきたのだ。文字通り、行く手を遮っており、朱美の目の前に、目の高さぴったりに降りてきたのだ。
数秒間、恨みがましい表情を浮かべた生首フィギュアと見つめ合っていたが、その後、ゆっくりと天井へと戻っていった。
生首フィギュアが収納される程度の大きさに天井がくり抜かれ、そこから出し入れされるらしい。
「この絶妙なタイミング……、時限式ではなく、廊下の何処かに感圧板があったのか、それとも人力なのか……ということはどこかに作法委員会の誰かが……いる?!」
収まらぬ心臓の暴走を鎮めるために朱美は仕掛けの原理を分析したが、半助はくすくすと笑うばかりだ。
「どうだろうな」
きっと半助は分かっているのだろう。
わざとらしく考える素振りをする彼にジト目で睨んだ。
「この位で大げさだなぁ」
「だ…だって目の前に現れて……」
「君が観ていた映画に比べればこんなもの可愛いもんじゃないか………っ!」
愉快そうに笑う半助だったが、突如険しい表情に変わる。
「えっ!?」
半助は廊下の端へと背中をぴったりと寄せ、朱美を引き寄せた。
朱美を抱き寄せる形になり、今しがたの軽やかな動きもあわせて、朱美は惚れ惚れする。
半助は何かを避けたようだった。
糸で吊るされた何かが振り子のようにぶらんぶらんと先ほどまで二人が居たところを空しく往復していた。
「ひ…ひぃ!」
半助が揺れているソレを怯えきった表情で見つめている。
朱美はその正体が分かるや否や、盛大な笑い声をあげた。
「ち…竹輪…竹輪…!あはははは!」
「笑いごとじゃない!」
「いやいやいや笑いますよこんなの!!半助さん限定のトラップじゃないですか!」
悔しそうに睨む半助の目は少し潤んでいて、朱美はドキリとしてしまった。
この仕掛けを考えたのは誰なのだろう。
是非、今度の昼食に一品オマケしたいところである。
「随分嬉しそうだな」
ジト目で睨む半助に朱美は肩をすくめてみせた。
「『この位で大げさだなぁ』と思いまして」
「さっきまで怯えきっていたくせに…ほら、さっさと先に進もう!」
それでも半助は再び朱美の手を握った。
てっきり一人で先に進んでしまうのかと思ったのだ。
なんだかすごく恋人っぽい…。
朱美は頬を緩ませながら、半助の手を握り返した。
「………」
竹輪の傍を通りすぎる時、半助は朱美の手を強く握ってきたので朱美は堪らず吹き出してしまった。
「別に苦手なだけで怖いわけではないんだ」
「本当に?」
「当たり前だ」
心底呆れた風の半助に、朱美はそう思うことにしたが、もし演技だとしたら……と考え、朱美は静かに肩を震わせた。
「じゃあ触ってみてくださいよ」
「………朱美が嫌いなあの虫を触ろうとするなら考えよう」
「大人げない」
松明の火が消えて、廊下は再び漆黒の幕が下りた。
お化け屋敷デートはまだ始まったばかりだ。
ーーー
階段を昇って二階に向かう時、朱美は尋ねた。
「仙蔵くん達に見られているかもしれないのに、いいんですか?手を繋いで」
離してほしくはないけど。
敢えての質問が口を衝いて出てしまった。
朱美は本音を伝えるように半助の手を強く握れば、彼は小さく笑い握り返された。
「そうだな。見られてるな」
「え。今もですか?」
「あぁ」
半助は声を落として朱美に耳元で囁いた。
仙蔵達に聞こえないようにだろうか。
それとも自分をからかっているのだろうか。
だが、聞こえていなかったとしても、こんな様子も見られているのだから猛烈に恥ずかしい。
耳まで熱くなるのが分かるが止めようがなかった。
朱美はちらりと半助の顔を見上げれば、そんな自分の様子を見て心底楽しそうに微笑んでいたから、やっぱり自分をからかっているのだろう。
悔しいが、朱美はそんな彼が好きだった。
だって握り返してくれた手が優しかったからだ。
「あの時の夏祭りで君と色々見られなかったからね」
二人で手を繋いで暗い階段を昇りながら、もはや懐かしい記憶となった高校時代の夏祭りを朱美は思い出す。
にぎやかな校庭。くノ一教室のみんなの綺麗な浴衣姿。しょせん そんなもんの乱入。しんべヱの鼻水。乱太郎と伏木蔵と巡った屋台。体育委員会の棒手裏剣投げ。お化け屋敷の受付にいた伝子さん。半助さんが作った花火。盆踊り。
彼女の脳裏に浮かぶ映像の殆どが鮮烈なものであるが、彼女にとっては素敵な思い出だった。
「あの時のお化け屋敷は生物委員会も絡んでて、もうパニックでした」
「すさまじい悲鳴が聞こえてきたが、やはり君の声だったんだな…」
気恥ずかしさに朱美は曖昧に笑って誤魔化した。
「でも。私の世界で、浴衣デート……したじゃないですか」
浴衣姿の半助を思い出しては頬が緩んでしまう。
そんな朱美に半助は「何を思い出しているんだか」と苦笑する。
「そんなの……半助さんのことに決まってるじゃないですか」
「………何故なんだ……」
額に手を当てる半助を見て、忍者なのだからご自身の価値を客観的に見た方がいいのに…と朱美は思ったが、その価値を他の女に向けて活用されては困ると思い直し黙っておくことにした。
「だが、浴衣姿の君は綺麗だったよ。忍術学園の時も、あの時も」
半助は足を止めたので朱美もそれに倣った。
暗闇でも目が慣れてきて、半助の表情もうっすらと分かるようになってきた。
穏やかで飾り気のない微笑みを浮かべ、朱美をまっすぐ見つめていた。
訂正だ。
ご自身の価値を分かってらっしゃる。
こんな風に正確に的確に朱美を狙い撃ちするのだから。
受け止めきれずに視線を彷徨わせた。
「それに。君とお化け屋敷に入りたかったんだ」
「…デ……デートっぽいですもんね」
何とか半助の会話のテンポを合わせようと咄嗟に出た言葉だった。
その瞬間、半助から微笑みが消え、じっとりとした目つきで彼女を見下ろしている。
「…半助さん?」
半助さんは無言だった。
どうしたのだろうと顔を覗けば、半助さんはじっとりとした目つきで私を睨んできた。
「お化け屋敷で、デートねぇ」
「は…はい」
おかしな事は言っていないはずだ。
朱美は、急に不機嫌になった半助の原因を探る。
自分とお化け屋敷に入りたいと誘った半助こそ、恋人らしいことをしたい、と言ったのではないか。
その言葉をなぞったにすぎないのに、何故だろう。
「そうだ。だから、君と入りたかったんだ」
半助さんの口調はどこかやけっぱちだった。
「君の友人は体験したのに、私が体験していないのは悔しかったからね」
言い終えた彼の頬はほんのり赤い。
「君の友人」とは、朱美を想っていた同じ大学で同じ学科の「彼」を指しているに違いない。
大学の友人達と行ったホラー映画を題材にしたお化け屋敷にも、友人達の計らいにより彼と隣で歩いたのを半助は知っているのだ。
だが、その時の彼女は、隣が誰かなどより、ホラー映画の作品の中に入れたことに感動していたことも知っているはずだった。
「ただの嫉妬だよ」
そっぽを向いて言う半助に、直球の言葉に朱美の胸は再び撃ち抜かれた。
あぁ、だめだ。
また真っ赤になってしまっている。
「な…そ、そんな」
「そんなくだらない事、って言いたいのかい?」
「い、いえ!」
「顔が真っ赤だぞ」
「だって…」
「真っ赤だぁぁぁぁぁぁ!!!」
突如、絶叫しながら二人の間に割り込んできたのは、真っ赤な顔をした白装束の男。
驚きのあまり朱美は無言で仰け反ったが、半助さんは無反応だった。
きっと白装束の男が近づいていることは、とうに察知していたのだろう。
「真っ赤な顔」というのは朱美のような赤面状態ではなくて、血で真っ赤な、ということ。
きっと紅を溶かして塗りたくったのだろう。
襟まで真っ赤に染まっている。
よく見れば額と首に深い斬り傷……のメイクも施されている。
更によく見れば血濡れの白装束を来ているのは浦風藤内だ。
膝から崩れ落ち、私達を見上げながら絶叫する。
「あぁぁぁぁ!憎いぃぃ!怨めしいぃぃ!呪ってやるぅぅ!呪ってやるぅぅぅ!!」
悲鳴を上げながら階段の踊り場で藻掻き苦しむ演技をする藤内を朱美はまじまじと見て、この白装束の男の背景を考察する。
戦に敗れ、敵側に処されることになったのか、はたまた無実の罪で捕まり処されたのか……。
半助も感心したのか、「凄いな」と小さく感嘆の息を漏らしていた。
先ほどまでの表情から一変して、朱美から手を離し、立派な教師の顔になっていた。
悲鳴を上げながら白眼で首や髪を掻きむしる藤内を残し、半助と朱美は足早に二階へと急ぐのだった。
そろそろ恋人らしいことはやめて、教師と事務員として巡ろう。
生徒達が見ている手前、少し浮かれて剥き出しの感情を出してしまったと半助は反省した。
ーーー
そして階段は暗闇と静寂に包まれた。
藤内は演技を止め、すくりと立ち上がれば、彼の傍に2つの影が舞い降りる。
「藤内…よくやった…よく止めてくれた」
「聞いていて恥ずかしかったですからねぇ」
「はい…たまらず出てきてしまいましたが…良かったですか?」
「それでいい」
藤内の傍に降り立った2つの影は仙蔵と喜八郎だった。彼らの服装も血濡れの白装束だ。
「まさかこんな展開になるとは予想外でした」
「それは私もだ」
「思いっきり見せつけられるとは思いませんでした」
彼女が怯え、それを笑う半助か。
練り物に怯える半助に、それを笑う彼女か。
それとも両者とも淡々と歩いて来るのか。
藤内は様々なパターンを考えては、登場の仕方を研究していた。
しかし彼らはどれにも当てはまらなかった。
一方、仙蔵は額に手を当てて悩んでいる様子だ。
喜八郎と共に持ち場を離れて二人の様子を観察しに来たが、まさかの光景にこちらまで赤面していまう。
二人の会話を文次郎達に教えるつもりでいたが、あまりにも赤裸々すぎる内容で、そのまま伝えることに抵抗があった。
伝えるこちらが恥ずかしくなってくる会話であった。
喜八郎は飄々とした様子ながらも彼なりに驚いているようで、しきりに独りで頷いていた。
土井は、自分達が様子を伺っていたことなどお見通しであったはずだ。
事実、気づいていることを彼女に伝えていたではないか。それなのに恋人の顔を貫くのだから彼らは面食らってしまった。
「立花先輩。土井先生は嫉妬していたと仰ってましたが、どういう意味か分かります?」
喜八郎の質問に仙蔵も首を振る。
「さぁ。朱美さんの世界で二人で過ごしていた頃の話なのだろう。それくらいしか分からない」
「そうですよねぇ」
「さて。我々は3階で待ち伏せするとしよう」
「はーい」
「藤内。また頼むぞ」
「はい!」
2階は兵太夫が考えたカラクリが主だ。伝七と共に動かしているに違いない。
3人は頷き合い、それぞれの持ち場に戻るのであった。
1/1ページ