やっぱりずるい
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「だーかーらー、私は忙しいから帰れないんです!私よりも父上に言ってくださいよ!母上からも帰ってくるように言伝を預かってきているんですから!」
「だーかーらー!それは利吉さんも帰って来いってことですよ!息子も帰ってきてほしいに決まっています!あぁあ!山田先生の奥さんが本当にお労しい…」
「それならば私に書類運びを手伝わせないでいただきたい!ただでさえ忙しいなか、忍術学園に立ち寄ったのに」
「売れっ子の、プロの、忍者様でいらっしゃる利吉さんが何言ってんですか。このくらい朝飯前でしょう?」
外廊下を利吉くんと朱美が、それぞれ大量の紙の束を抱えながらも、肩を寄せ合いながら歩いている。
互いに熱心に見つめ合い、遠慮なく本音を言い合っている。
………距離が近すぎる。
少し離れた所からそんな二人の様子を私は見守っていた。
「はーい、事務室に着きましたー。では、私はこれで」
「ちょっ…重!せめて戸を開けるぐらいまでは手伝ってくださいよーー!気の利かないフリーのプロの忍者さーん!」
利吉くんは持っていた紙束を彼女が持っている分の上に勢いよく置いて、涼しい顔で去っていった。
朱美は私の手伝いを申し出ることはあっても、絶対に手伝いを依頼してこないし、ああやって大声で叫んでこない。
前から利吉くんには遠慮が無かったが、再びこの世界にやって来た彼女は、更に遠慮をしていない。
利吉くんも、普段は礼儀正しい好青年なのに、朱美に対しては喜怒哀楽をはっきりと見せている。
二人はまるで兄妹のよう。
そう、お互い恋愛感情など微塵も抱いていない。
だから心配することは何もない。
だが、あまりにも近すぎやしないか?!
いや、恋人以上の近しさが二人にあるからこそ、恋人として悶々とした気持ちを抱いてしまうのだ。
晴れない気持ちのまま、私は、事務室の戸を開けてあげようと歩き出した。どうやら事務室内には事務のおばちゃんも吉野先生も小松田君もいないようだ。
彼女は、足を使って何とか開けようとしたが、紙束が重く、バランスを崩してしまった。
「あっ!」
「危ない!」
私は地を蹴り、彼女の元へと駆け付けた。
「……っと」
後ろから肩を支え、朱美が転倒するのと、書類が崩壊するのを防ぐ。
何事かと首を倒した彼女は目をまん丸くさせた。
「半すっ………土井先生………?!」
朱美の顔が瞬く間に朱に染まり、声が裏返る。
彼女は、恋人である私への呼称を勤務中か否かで呼び分けているが、今のように咄嗟に素が出てしまうこともある。
そこも可愛いところではある。
「す、すみません………助けていただいてっ。あの、ありがとうございます」
さっきまであんなに威勢のいい声だったのに、今はか細くなり、震えてさえいる。
「これを事務室に運べばいいのかい?」
事務室の戸を開けて、利吉くんが持っていた量より多くの紙束を彼女から奪ったのは、私の下らない対抗心だ。
「い、いえ。お構いなく!土井先生のお手を煩わせるには………!」
「ほう………?」
ドサリと乱暴に紙束を置いて、私は彼女に迫る。
きっと私は怖い顔をしているのだろう。追い詰められた小動物のような表情で、朱美は紙束を抱きながら後退りする。
「忙しいフリーのプロ忍者の利吉くんには手伝わせていたのに?」
壁まで追い詰め、手を付いて彼女を閉じ込める。
以前も私に遠慮して、手伝わせてくれなかった事もあったが、もうそんなことはしないとその時は言っていたのに。
「……それは………土井先生はお忙しいでしょうから………」
「利吉くんも十分忙しいと思うが」
「……っ!」
「そんな利吉くんをつかまえて手伝わせている。いくら山田先生の息子さんといえ、彼は学園の従事者ではないんだ。それならば忍術学園の教員である私を頼ればいいだろう」
突如彼女はムッとした表情に変わり、私を睨めつけてきた。
「私の手伝いをさせると、土井先生のお仕事が終わらず、結果的に休校日に半助さんとデートできないじゃないですか!!」
「……ぐ!」
ここ最近、休校日も補習とそれによって溜まった事務仕事に追われ、彼女との時間を作れていないことを指しているのが分かる。
「こうしている間も、半助さんはご自身の仕事に取り掛かればよいわけで。だから、私が半助さんのお仕事を手伝うのは、デートをしたいわけで………もっと、一緒にいたいから」
噛みつくような勢いで言う彼女だが、声色は徐々に小さくなり俯く。
耳まで真っ赤になっている。
言っていて恥ずかしくなってきたのだろう。
熱っぽい視線で「もっと一緒にいたい」なんて言われて、何も思わない恋人などいない。
「………はぁ」
私はずるずるとしゃがみ込み頭を抱えた。
「すまない………つまらないやきもちだよ」
分かっているのに、何度も何度も、見苦しいほどに嫉妬をしてしまう。
「………私こそ………」
彼女は私と視線を合わせるようにその場で正座をした。紙の束はすぐ脇へと置く。
「そうですよね」と独りごちる彼女だが、こちらに視線を上げてはっきりと言った。
「少しでも一緒にいたいからこそ、土井先生にも手伝っていただく………そうですよね!」
算術の答えを導けた子どものように表情を明るくさせた彼女だが、すぐに「いやでも、やっぱり申し訳ないですよ」と独り言に戻ってしまった。
私に手伝わせないのは、彼女なりのポリシーがあるようだ。
「どうして申し訳ないと思うんだい?」
「だって…私の私利私欲のためにお手伝いいただくのも」
私利私欲……?
合点がいかない私の様子を察してか、彼女は説明しだす。
「私が、半助さんと一緒にいたい、だけ ですし。お仕事も一人でできないことはないですし。私が得するだけですもん」
「そうか…?」
彼女の愛は真っ直ぐ故に、とある可能性に気が付かない。
「手伝ったほうが早く終わるし、その分、朱美の他の仕事も着手できるだろう?吉野先生もその方が助かるし………それに」
「それに?」
小首を傾げる彼女の頬を撫ぜた。
「私も朱美に会えて『得』をする」
相思相愛なのだから、私だって少しでも君と一緒にいたいのだ。
「…ふふ………」
そして君は私の頬に軽く口づけをした。
突然の柔らかな感触に愛しさが込み上げた。
「では、けじめは付けつつ…お手伝い、お願いしますね」
「こちらこそ、今度こそ遠慮しないように」
「はい」
さて、仕事に戻ろう。
彼女と揃って立ち上がったが、もう一つだけ。
彼女の肩を抱き、首を甘く吸う。
「そうでないと、こんな風にお仕置きしてしまうから」
白い首に付けた紅い蕾を見て、ようやく満足した。
「それとも、もっと付けられたいかな」
耳元で囁き、すぐに身を離せば、潤んだ目で困惑する彼女がいた。
返事を聞かず、私は事務室を後にしたのだった。