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とある日の午後。
私は部屋の前で立ち止まり、大きく深呼吸をして気を落ち着かせた。
そして、平然を装い「失礼します。土井先生、今、よろしいでしょうか?」とその部屋の主に声をかけた。
「伊瀬階さん…?どうぞ」
土井先生は意外そうな声だった。
入室の許可を得たので私は戸を開ければ、その声色の印象のままの表情で私を見上げていた。
土井先生は机で事務仕事をしていたから、背の高い先生でも見下ろすことになる。
この視界はちょっと珍しい。
「あの………吉野先生の手伝いが…終わりましたので、土井先生のお仕事を手伝わせていただこうかと…よろしい、でしょうか?」
つっかえつっかえに言えば、土井先生は目をまん丸くさせた後、ふっと息を吐くように笑みをこぼし、目を細めた。
「あまり頑張りすぎると疲れてしまうよ?………でも、頑固だからなぁ伊瀬階さんは」
ニコニコと笑う土井先生を見ると胸が苦しくなって、顔が熱くなる。
何も言えない私なぞお構いなしに土井先生は「ありがとう」と返してくれる。
「じゃあお願いしようかな」
「はい」
この部屋のもう一人の主の山田先生の机をお借りする。
土井先生の机と少し離れて向かい合う形になった。
「明日の授業で使うテストを作ってもらいたくて」
一枚の紙を土井先生から受け取る。
留めハネ払いのしっかりした読みやすい文字で忍術を答えさせる問題が書いてある。土井先生の文字だ。
「これを見本に一年は組のみんなの分を作ってもらってもいいかな?」
「はい!」
「ありがとう」
陽だまりのような笑みを正面から見てしまい、私は息が苦しくなって、兎にも角にも硯で墨をすることに集中する。
まずは墨汁を作らなくては始まらない。
硯に水を垂らして、やさしく墨をする。
でも、硯の黒も墨の黒も土井先生の黒装束を連想させる。
硯から目を逸らせば、渡されたテストの問題用紙。土井先生が書いた文字がそこに整列している。
目が文字と認識し、その言葉が脳で土井先生の声で反芻される。
「次に説明する術の名を答えよ」という土井先生の柔らかな声。
堪らなくなって視線を上げれば
「………」
黙々と筆を滑らせる土井先生がそこに居る。
伏し目がちで、
焦げ茶でハネた前髪の隙間から通った鼻筋が見えて。
そして、私の視線に気がついたのだろう。
「どうしました?」
手を止めて、顔を上げた先生と視線がバッチリと合ってしまう。
「い、いえ………何も……」
息が混じったはっきりとしない声で返事をする。
なんでこう、ぎこちなくなってしまうのだろう。
「読めない文字とかあったかな?」
ずい、と土井先生が身を乗り出してきた。
その時に香った僅かな火薬の匂い。
「い、いいえ!読めます!」
日本語とはいえ、草書体に馴染みのない私への気遣いが申し訳なくて、とにかく首を振る。
忙しい土井先生の負担を減らしたくてお手伝いに来ているのだ。それなのに自分なんかのために時間を割かせるなんて申し訳ない。
「ならいいんだけれど。疲れたなら無理をしないで休んでいてもいいんだよ?」
そんなことはない。
「「大丈夫です!」」
私の返事を土井先生も何故か重ねてきた。
驚く私を見て、土井先生は筆を持っていない手を口元に当ててくすりと笑った。
「そう言うと思った」
むっとする私を見て、土井先生は何故か満足そうに頷いて再び筆を動かした。
弄ばれていて腹立たしい。
私の鼓動はドクドクと大きな音を鳴らし始める。
でもそれは怒りからくるものではない。
それは………。
いや。この気持ちに名前を付けるのはやめよう。
元の世界に戻るまで、私はこうやって食堂のおばちゃんのお手伝い兼事務員兼その他雑用係として、忍術学園に従事するのだから。
私は部屋の前で立ち止まり、大きく深呼吸をして気を落ち着かせた。
そして、平然を装い「失礼します。土井先生、今、よろしいでしょうか?」とその部屋の主に声をかけた。
「伊瀬階さん…?どうぞ」
土井先生は意外そうな声だった。
入室の許可を得たので私は戸を開ければ、その声色の印象のままの表情で私を見上げていた。
土井先生は机で事務仕事をしていたから、背の高い先生でも見下ろすことになる。
この視界はちょっと珍しい。
「あの………吉野先生の手伝いが…終わりましたので、土井先生のお仕事を手伝わせていただこうかと…よろしい、でしょうか?」
つっかえつっかえに言えば、土井先生は目をまん丸くさせた後、ふっと息を吐くように笑みをこぼし、目を細めた。
「あまり頑張りすぎると疲れてしまうよ?………でも、頑固だからなぁ伊瀬階さんは」
ニコニコと笑う土井先生を見ると胸が苦しくなって、顔が熱くなる。
何も言えない私なぞお構いなしに土井先生は「ありがとう」と返してくれる。
「じゃあお願いしようかな」
「はい」
この部屋のもう一人の主の山田先生の机をお借りする。
土井先生の机と少し離れて向かい合う形になった。
「明日の授業で使うテストを作ってもらいたくて」
一枚の紙を土井先生から受け取る。
留めハネ払いのしっかりした読みやすい文字で忍術を答えさせる問題が書いてある。土井先生の文字だ。
「これを見本に一年は組のみんなの分を作ってもらってもいいかな?」
「はい!」
「ありがとう」
陽だまりのような笑みを正面から見てしまい、私は息が苦しくなって、兎にも角にも硯で墨をすることに集中する。
まずは墨汁を作らなくては始まらない。
硯に水を垂らして、やさしく墨をする。
でも、硯の黒も墨の黒も土井先生の黒装束を連想させる。
硯から目を逸らせば、渡されたテストの問題用紙。土井先生が書いた文字がそこに整列している。
目が文字と認識し、その言葉が脳で土井先生の声で反芻される。
「次に説明する術の名を答えよ」という土井先生の柔らかな声。
堪らなくなって視線を上げれば
「………」
黙々と筆を滑らせる土井先生がそこに居る。
伏し目がちで、
焦げ茶でハネた前髪の隙間から通った鼻筋が見えて。
そして、私の視線に気がついたのだろう。
「どうしました?」
手を止めて、顔を上げた先生と視線がバッチリと合ってしまう。
「い、いえ………何も……」
息が混じったはっきりとしない声で返事をする。
なんでこう、ぎこちなくなってしまうのだろう。
「読めない文字とかあったかな?」
ずい、と土井先生が身を乗り出してきた。
その時に香った僅かな火薬の匂い。
「い、いいえ!読めます!」
日本語とはいえ、草書体に馴染みのない私への気遣いが申し訳なくて、とにかく首を振る。
忙しい土井先生の負担を減らしたくてお手伝いに来ているのだ。それなのに自分なんかのために時間を割かせるなんて申し訳ない。
「ならいいんだけれど。疲れたなら無理をしないで休んでいてもいいんだよ?」
そんなことはない。
「「大丈夫です!」」
私の返事を土井先生も何故か重ねてきた。
驚く私を見て、土井先生は筆を持っていない手を口元に当ててくすりと笑った。
「そう言うと思った」
むっとする私を見て、土井先生は何故か満足そうに頷いて再び筆を動かした。
弄ばれていて腹立たしい。
私の鼓動はドクドクと大きな音を鳴らし始める。
でもそれは怒りからくるものではない。
それは………。
いや。この気持ちに名前を付けるのはやめよう。
元の世界に戻るまで、私はこうやって食堂のおばちゃんのお手伝い兼事務員兼その他雑用係として、忍術学園に従事するのだから。