償いの薬師
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出城はあっという間に木々で見えなくなるほど遠くなったあたりのこと。
「この辺りでよろしいでしょうか?」
「ああ」
三郎の問いに半助は短く答えた。
すると皆は足を止め、三郎は朱美を下ろし、
地に頭を出していた大きな木の根に腰を下ろすように促した。
しかし、朱美は首を振り、皆を見渡す。
「 皆さん………」
女装のままであるが立ち方が既に男のものである仙蔵は、自身の姿に照れ笑いしつつ、目を細め朱美に微笑んでいる。
朱美を抱えて走った三郎は息一つ乱れていなかった。
その時、木から降り立つ者がいた。
朱美以外驚かず、彼女は木から降り立った者を見れば
「………もそ」
「長次、くん……」
平服で傘を被った長次がいた。
彼もまたこの辺りで変装をしていたのだろうかと朱美は推察した。
そして、ドクタケ忍者隊に扮していた半助はサングラスを取り、朱美を見つめ、そっと手を握る。
鍛錬を重ねたその手は硬く、しかし温かかった。
「朱美さん」
彼女の名を呼ぶだけで、半助は口を結び、何かを堪えるように眉を寄せ俯いた。それと同時に、彼の手が一層強く握ったことが朱美の手から伝わってきた。
だがそれは一瞬のことで、半助はにっこりと笑う。
「やっと、捕まえました」
柔らかな声だった。
半助の言葉に生徒達も頷く。
「朱美さん。忍術学園に帰りましょう」
半助の言葉に朱美は信じられないといったように悲しさで顔を歪ませ首を振る。
「………わたし…は……」
半助は一歩、朱美に近づく。
「そのために、我々はここまで来たのです」
「そんな………私は………」
「貴女が、ツキウラタケの姫と知っていても、です」
「………!」
朱美は息を飲む。
仙蔵達の顔を見れば、皆、頷いている。
「私が、愚かで傲慢なツキウラタケの姫でも……それでも………ですか」
「………そして、忍術学園にとってなくてはならない校医です」
三郎が静かに告げれば、仙蔵も頷く。
「保健委員会としても不可欠な存在であると、伊作も言っておりました」
一つ一つ、彼女の負の感情を丁寧に手折っていく。
「私は、『戦好きの悪い城』の姫です……」
半助はいつかの朱美とのやりとりを思い出した。
彼女の視線は半助から逸らさずにいる。彼女もその時のことを思い出しているのだろう。
晩春の頃だが、遠い昔のように半助は感じた。
「消費と破壊と消耗を繰り返し、多くの命を奪った城の者です………」
滔々と語る朱美だが、その瞳は大きく開かれ、次第に涙を溜めた。
「皆さんが止めようとも、幾度も戦を仕掛け、民を苦しめた者です。………それでも………ですか?」
最早最後は声が掠れ、一筋の涙が頬を伝っていた。
「………それでも、朱美さんは………私達を手当てしていただいた」
朱美の手がふわりと温かさに包まれた。
半助が彼女の手を取り、両の手で包んだのだ。
「土井先生……」
目が合えば、半助は微笑んだ。
「私の体調をすごく心配してくれて、夜に突然お邪魔したにも関わらず胃薬を作っていただいた……」
目を閉じ、思い返すように半助は語る。
「保健委員会の山菜採りで山賊に出会った時も、貴女は乱太郎を庇い、足を挫いた乱太郎を気遣っていただいた………そんな朱美さんも知っています」
「それは……」
それは償いのため。
乳母の教えに従っていたのみ。
だが、果たしてそれだけの行動ではないことも朱美は自覚していた。
それは池井穂毛村の頃からも、傷を負った者、病にかかった者を癒やしたい、救いたい、それだけの想いで薬を煎じ、言葉を掛けた。
「………もそ…………きり丸が朱美さんの帰りを待っています」
きり丸。
その名前に朱美の心臓は掴まれたようにドキリと強く跳ねた。
きり丸は、故郷と家族を失った。
朱美のような戦好きの城が起こした悲劇だ。
「皆、貴女の身分を知っても尚です」
「そんな………なぜ………」
朱美は流れる涙をそのままに、絞り出すような声で三郎に理由を問う。
「みんな、貴女のことが大好きだからですよ」
「乱太郎達に会ってください」
「皆、朱美さんに伝えたがってます」
あの時、花冠と花束を受け取りたかった。
あの時、皆からの感謝を受け止めたかった。
あの時、粥が欲しいと嘘を言ったことを、手を振り払ったことを謝りたい。
沢山の言葉が胸の中で溢れ、朱美は思わず手で抑え、目をつむる。
― 私も、伝えたい。
そんな彼女だから、三郎達忍たまが半助に視線を集まっていることを知らない。
「……土井先生…」
三郎が促してみても、半助は言葉を紡がない。
慈愛とさえ呼べる優しい笑みを彼女に向けているのみ。
ほんの少し、自分達が見回りと称してこの場を離れたっていい。
今、ここで二人きりにならなければ、しばらくは甘やかな時間は訪れないだろう。
そんな三郎達の気遣いであったが、半助からは苦笑を返されるのみだった。
あーあ。早く言ってしまえばいいのに。
と、三郎はあからさまにガッカリした表情を浮かべた。
「土井先生、仙蔵くん、長次くん、三郎くん」
朱美の声は、もう震えていなかった。
頬に残した涙の跡を指で撫で、彼女は皆を一人一人見渡す。
傷の手当を診る優しさに溢れたものとも、かつての傲慢な姫を演じた勝ち気なものとも違う、全てを受け入れ、生きることを選んだ瞳。
「ありがとう………」
一言では言い表せない。
だが、いくつもの言葉を並べても表せない様々な気持ちをその言葉で彼らに伝えた。