27 紫紺の護衛
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
羽根突き大会の日の夜。
演習小屋にて、すぐに半助さんは私が庵になかなか来なかった理由を聞いてきた。
私は敢えて全てを話さなかった。
『覚えておいてほしい。彼と共にするなら、取り残されるだけではない。君も危険に晒されることがあるってこと。こんな風にね』
その時のやり取りだけを話すと、半助さんは青ざめた顔をして私を抱きしめた。
「何故すぐに言ってくれなかったんだ…!」
「みんなの前で言うには、恥ずかしくて…」
曖昧に笑うと、彼は抱きしめる腕の力が強くなる。
「……もしも出会っていたのが他の忍者だったら…攫われるか、殺されていたかもしれないんだぞ」
そんな大袈裟な…とは言えなかった。
学園長先生の暗殺者に遭遇したときも、その瞳の冷たさにぞっとしたものだ。
小平太くんと長次くんが来なかったら、ヘムヘムも私もどうなっていたことだろう。
「と、とりあえずその後は雑渡さんは帰っていきましたよ」
「………そうか………」
半助さんはじっと私を見つめた。
「朱美……」
「はい?」
「……本当にそれだけか……?」
「はい」
私もじっと見つめ返す。
しばらく見つめ合っていると、半助さんは深い溜息を付いた。
「だまし通せると思ってるのなら、私も見くびられたものだな」
再び目を合わせた半助さんの目は鋭かった。
私は息をのむ。
「正直に言いなさい」
その声は低く、冷たくて思わず姿勢を正してしまう。
これでは恋人ではなく、生徒と先生みたいだ。
土井先生、と呼べば怒るくせに……なんて的外れなボヤキを溢したくなる。
「雑渡さんは……二学期末に学園に侵入して、私を観察していたようです」
「何故それを言わなかった!」
白状すれば半助さんは直ぐさま大声を出した。私はびくりとする。
半助さんの声はよく響く。
だから叱られると、肌がビリビリと震える。
「過ぎたことを責めないでください!」
これ以上怒られたら泣いてしまう。
だからつい大声で言い返してしまった。
逆ギレも甚だしいし、学園の治安に関することだから報告して然るべき事なのも分かっている。
当然反省している。
いや、逆ギレしてしまう時点で反省してないけれど。
半助さんも一瞬驚いた顔をしたけれど、すぐに厳しい顔に戻る。
「いつの間にか部外者が侵入してきた事も身寄りのない住み込みの雑用係らしからぬ言動を観察された事がマズイこと位分かってます。すぐに報告しなければならなかったと……分かってます」
半助さんが怒る理由を先回りして早口で述べると、彼はぐっと言葉を飲み込んだ。
「…なら何故、すぐに言わなかったんだ」
「……土井先生が大人げなく羽根突きするから」
わざと先生と言ってやった。
みんなの前で恥ずかしい思いをした事を実は少し根に持ってる。
「本気で言ってるのか」
「………半分は」
ジト目で睨む先生。
羽根突きが終わって、みんなが他のことに気を取られているうちに学園長と山田先生と半助さんに報告するつもりだったのは本当だ。
結果的に顔面を擦り剥いて医務室に行ったから報告する機会を失してしまったけれど。
それでも言うべきであることは分かっている。
しかし、言ってしまった先のことをあれこれ考えてしまって言い出せなかったのだ。
「言ったら、私……先生方のお手伝い、させてもらえませんよね?生徒達とも色々なことができなくなりますよね……」
小松田くんのレーダーに察知されず、先生方にも気づかれずに侵入できる忍者はそうそう居ない。
けれども用心に越したことはないと判断されるだろう。
今後は忍術について話さないなど、日ごろの行動も、仕事内容も制限されるに決まっている。
この世界にいられるのが三ヶ月しかないのに。それなのに行動を制限されるのは御免だった。
「雑渡さんは、城主に言うつもりはないみたいです。でも気を付けろ、と仰っていました」
「雑渡さんの言葉を信じているのか」
「そんなことで嘘を付くような人ではないかと」
「それで私には秘密にしていたと」
ずいと距離を詰められる。
目は怒っていて、口は笑っている。
これは、妬いている証。
「………結果的には」
「ほう」
再び溜息を付かれた。
「尊奈門くんを口実に、雑渡さんは間違いなく君に会うために来たんだよ」
「まさか」
「君が何者かを見定めていたに違いない。城主である黄昏甚兵衛に言うべきかどうか……城に利益を為す存在だと判断すれば、きっと報告するさ」
言葉を失う。
「城主に言うつもりはないというが、それはいつでも言えるという意味でもある」
雑渡さんを前にすると陥る不思議な感覚は、彼の瞳から放たれる優しさと冷酷さに揺らされているからだと気づく。
「今後、誰かを使って、君の正体を探ってくるかもしれない。尊奈門くんとかね。彼も君に対して無防備だし、君も彼に対しては無防備だから」
忠告されているはずなのに、恋人としての気持ちも含まれているのは、気のせいではない。
「そろそろお説教から、恋人らしいやりとりをしたいんだが……」
「……」
「心配しなくてもいい。……君の行動に制約はかけないよ」
今後は警戒を強め、何かあればすぐに教員同士で連絡がとれるよう調整していただけるという。
そこまで言われてようやく私は罪悪感を抱いた。私一人が慎めばいい問題を、学園全体で対策を取らなくてはならないのだから。
面倒な自分の性格に嫌気が指す。
「気にするな……君に手伝ってもらわないと吉野先生も他の先生方も困るだろうからね……もちろん私も」
半助さんはようやく表情を和らげた。
「ごめんなさい。……ありがとうございます!」
私は思いきり抱きつけば、半助さんは珍しく慌てていた。
「どうした?嬉しいことをしてくれるじゃないか」
誤魔化すように笑う半助さんが愛しかった。
「たまには……私からだってそういうことしたいんですよ」
「いつもではなくていいのかい?」
「…半助さんがそうさせてくれないでしょう」
「まあ、そうだな」
二人揃って笑うも、私は「あっ」と声をあげた。
「どうした」
「雑渡さん……こういうところも見てたんでしょうか」
その日の夜を思い出すと、顔から火がでそうだ。
「無いと…思いたい。気配は感じられなかったし……いや、でも、しかし…雑渡さんだからなぁ…」
天井を見る。
梁の上には暗闇が敷き詰められているだけだ。
大丈夫。
見られても聞かれても無い…と思うこととしよう。
私達はそっと頷き合い、唇を重ねた。