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黒尾と同棲を始めて半年の12月。
アルバイトが終わり帰宅した大学3年生の月島は、社会人1年目で頑張っている恋人のため、キッチンに立ち夜ご飯を作っていた。
今日は早く帰れそう、という連絡があったのは昼頃のことで、月島は慣れない包丁を握りながらスマホの画面に映し出されたレシピと睨めっこしている。
そうしてなんとか作り終えたのは夜20時前。そこでスマホが黒尾からのメッセージ受信を告げた。
<悪い、急に接待が入っちまって今日遅くなる…先寝てていいからな。本当ごめんな>
その文字を読み終えると、月島は小さくため息を零した。せっかくカレー作ったのにな、とぐつぐつ音を立てる鍋を見つめ、思わずまた1つため息が漏れる。
12月は忘年会シーズンとはよく言ったもので、最近はこんなことばかりだった。一昨日もそうだったし、先週も2回。
社会人1年目はそういう機会も必然的に多くなることは、月島も想像していたし理解はしているつもりだが、やはり寂しさは募る。
月島はできたばかりのカレーを1人分のお皿によそい、1人では広く感じる机にそれらを置くと手を合わせ「いただきます」と声にした。
「(やっぱり出来上がってすぐだと味染みてないな…今日食べないのは正解なのかも)」
ぼんやり窓の外を眺めながら今にも雪が降りそうな
紫がかった分厚い雲に、いっそう気持ちに重みが増してくのを感じるのだった。
その後片付けや洗濯物と身の回りの寝支度を済ませて、大学から課された課題をこなすためソファで寛ぎながらレジュメに目を通していると、気付けば日付が変わりそうな時間になっていることに気づいた。
どうりで欠伸が止まらないわけだ、と思いながらそろそろ眠ろうかと考えているとガチャっと玄関が開く音が聞こえた。
「たらいま、けーちゃん〜」
「おかえりなさい…って、お酒臭…!ちょっと、飲み過ぎですよ…」
顔を真っ赤にさせた黒尾が雪崩込むようにしてリビングに現れた。近寄るとむわっと漂うアルコール臭に月島は思わず顔を顰める。
コップに水を入れて黒尾に差し出すと有り難そうにそれを一気に飲み干した。
「ほら、上着脱いで…お風呂入れますか?」
「ん、シャワー浴びなきゃ蛍に嫌われるぅ…」
「そんな状態で湯船浸かったら死にますから、シャワーだけにしてくださいね」
スーツの上着を受け取って、黒尾を風呂場へ追いやる。月島は、やれやれ、といった呆れ顔で上着をハンガーにかけると、アルコール臭に混じり甘い香りが鼻を掠めた。
「(女物の…香水…?)」
よく大学のキャンパス内で声をかけてくる女性たちから香る、きつい匂いを思い出す。それと全く同じ匂いだった。
脳裏に嫌な予感が過ぎりつつ、パサッと小さな音を立てて床に落ちたのは名刺だった。毒々しいピンクと黒の色合いの中ローマ字で<Ange>の文字が左上に書かれている。真ん中には<みつき>という女性の名前。裏側には連絡先のメールアドレス、ご丁寧に<連絡待ってるね>という手書きの一言。
月島はピシッと稲妻に打たれたような衝撃を受けた。
「(そういうお店、黒尾さんも行くんだ…あんな泥酔して…楽しかった、のかな)」
胸に走るズキッとした痛み。
月島は眉間に皺を寄せながらその名刺をそっと彼のスーツのポケットにしまった。
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「ってことがあって」
「…なるほどね」
月島は、同じ大学に通う一つ上の先輩である赤葦と、学内のカフェで昼食を取っていた。
木兎と交際している赤葦には、似たような境遇ということもあり同棲する前から色々相談に乗ってもらっていたのだ。
「まさか、浮気してる、とか…」
「いや、それはないと思うよ?たぶん社会人1年目でそういう場に駆り出されることも多いんだろうし、断れないんじゃない?」
赤葦の言葉を頭では理解しつつ、月島は納得いかないような顔で口を尖らせている。
「でも…なにも名刺もらわなくたって…」
「んー…(不可抗力なんだろうけど…)」
コーヒーを啜りながら月島の言葉に適当な相槌を打つ赤葦は思いついたかのように「あ」と声を出した。
「月島、今週土曜は空いてる?」
「え?あ…はい。なにかあるんですか?」
「うん。あとで集合場所と時間連絡するね。あ、もちろん黒尾さんには内緒でね」
人差し指を口元に当ててにこっと笑う赤葦に、きょとんとした顔をしながら月島はぎこちなく頷くのだった。
あっという間に指定された日付になり、家で寛ぐ黒尾を他所に月島は出かける準備をしていた。
「あれ、けーちゃん今日はお出かけ?」
「あ、はい…ちょっと用事が…」
「…ふーん…?」
いつもなら聞かずとも用事の内容を簡潔に話してくれるが、今日はなぜか気まずそうな表情と曖昧な返事をする月島に、黒尾は内心引っ掛かりを覚えたようだった。
「夜ご飯はどーする?何か作っとこうか?」
「あー…いえ、外で食べてこようと思います。ゆっくり休んでくださいね」
「おー、あんがと」
黒尾はそそくさと家を出ていく恋人の後ろ姿を見送りながら、パタンと玄関が閉じられたあと口を尖らせた。
「(けーちゃん、なんか隠し事してる…?んー…いや、いかんいかん、変な想像しちゃだめだ)」
珍しい月島の反応に、ついネガティブな方向へ想像してしまう。そんな妄想を振り払うように首を横に振ると、
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