「残念、不正解デス」
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ようやく客足が落ち着いてきたのは、まもなく日が落ちそうになる頃だった。
あれからは特にこれといったハプニングもなく、深月はなんとか調子を取り戻しいつも通りの接客を続けていた。
体力の限界を突破しかけた孤爪を休憩に下げている間、月島と深月がフロアに立っていた。
「(あのハプニングのせいで…月島さんに変なところ見られたし…もおおお…)」
午前中の出来事のせいで、盛大な気まずさを抱えていた深月は月島を視界に入れないようにしながら、フロアを見渡した。
半分くらいの席が埋まっており、既に食事を提供済みであったため特に急ぎの業務もない。
黒尾は厨房で洗い物を片付けているようで、スプーンやフォークなどのカトラリーを拭くくらいの業務ならありそうだが、と思案してるうちに月島が口を開いた。
「君さ…あの時、なんで急に戻ってきたの?」
あの時、というのはロッカールームで待っていたはずの深月が厨房に現れた時のことを指しているのだろう。
少し考えた後、深月はバツの悪そうな顔を隠すようにフードを深く被りながら口を開いた。
「…あんなことでフロアでれなくて迷惑かけるの嫌だったんで…俺、男だし」
「あ、そう…(いや、男に見えないんだよね…とは言えないし…)」
深月の返答に、月島は肩を竦めた。
「まぁいーけど…君の教育係は僕なんだし、あんまり無理しないでくれる」
「え…?(つ、月島さんが優しい…)」
「黒尾さんと赤葦さんに怒られるのはゴメンだし」
「(と思った私が馬鹿だったわ…)」
一方洗い物を済ませた黒尾は、厨房の赤葦の隣でニヤニヤしながらそんな2人を見つめていた。
「気持ち悪いですよ、黒尾さん。お客さんに見られます」
「ん〜?いやぁ、若いっていいなぁと…」
「おっさんですか…」
呆れた表情の赤葦はその視線の先を追う。
月島が営業スマイル以外の笑みを溢すなど、非常に珍しいことだ。その笑顔は深月に向けられていた。
「黒尾さん、もしもの話ですけど… 深月が女性だったらどうします?」
「え…!?」
「いや、もしも話ですよ。なんかほら、たまに…綺麗すぎるというか」
うまく言葉にできない、という赤葦の言いたいことを汲み取った黒尾は自分の顎先に指を添えて唸った。
「男装して生きるって余程なことがあったのか、よくわからねーけど…ま、本人の意思次第じゃねぇかな」
「つまり、ここに居たければ居ていい、と?」
「最初に見抜けなかった俺の責任だしな〜でもどー見ても男だろ??え、女の子ってことある感じ?」
「いや、まあ…ないと思いますけど…(鈍感で助かった…)」
驚きを隠せないというような黒尾の表情に、これ以上踏み込むべきではないと察した赤葦は首を傾げて知らんぷりをした。
するとしばらくして、おずおずと深月が厨房へ現れた。
「…あの、黒尾さん」
「お、深月!どーした?」
深月から黒尾に声をかけるとは珍しい。
心なしか嬉しそうな顔をする黒尾は手を止めて深月を見つめた。
「ありがとう、ございました…俺が失敗したばっかりにお客さんを減らしてしまうことになって…ご迷惑をおかけしました」
頭を下げる深月に、黒尾は吹き出して笑った。
「なーにそんなこと気にしてんの!むしろ助けに行くの遅くなっちまって悪かったな〜、怖かったろ?」
「…」
「そういうときは、先輩に素直に頼ること!うちのスタッフはみんな有能だからな〜!」
手を腰に当てて自慢げにドヤ顔をする黒尾に、深月は力の抜けた顔で笑って「はい」と頷いた。
その屈託のない笑顔に、黒尾はもちろん、横目で見ていた赤葦までも体を硬直させていた。すると、休憩から戻ってきた孤爪が怪訝な表情で深月の後ろから顔を出した。
「…ただいま。って…なんで固まってんのふたりとも…」
「お、おー、研磨!後も頼むぜー」
「…?まぁほどほどに…あ、深月、次休憩行ったら?」
孤爪の言葉でハッと我に返った黒尾は取り繕った笑みを浮かべている。何食わぬ顔をして再び賄い飯を作る赤葦を他所に、孤爪はチラリと深月を見た。
「そ、そうだな!行ってこい!ほれ、黒尾さん特製の賄い飯!!」
差し出されたのはハートに型どられたオムライスだ。
ケチャップ文字で「おつかれ♡」と書かれている。
「うわ、クロが作ったの、これ…ださ…」
「おいおい、深月のために愛情込めて作った黒尾さん特製オムライスだぞー?あ、研磨も食べたかったら次作ってやるからなー」
「まぁ、見かけはダサいけど、クロも料理上手だから…早く食べてきなよ」
黒尾の言葉は華麗にスルーした孤爪はオムライスの乗った平皿とスプーンを深月に押し付けた。
それをありがたく受け取ると深月はペコリとお辞儀をしてロッカールームへ向かったのだった。
バタンと扉を閉めると、不意に気が緩み安心感が襲う。
彼女が男して振る舞うようになるきっかけとなった3年前のあの日から、男性に触れられるとゾワゾワと鳥肌が立ち震えが襲うようになった。
だが、月島に抱き締められたときや彼の手を握っていた時は不思議と安堵感に包まれていた。
「(あの人、すごくむかつく嫌味な人って思ってたけど…変なの…。)」
なぜそう思うのか、その理由がわからず、首を傾げたが考えても仕方ないと結論に至った。
ロッカールームの端っこにちょこんと置かれたデスクにオムライスを置き、椅子に腰掛けながら、いただきます、と手を合わせる。
少し歪んだケチャップ文字が可愛らしく、思わずクスリと笑みを溢しながらオムライスを食べ始めたのだった。
———————————-
「サマークリスマスイベントの成功を祝して、かんぱ〜い!」
黒尾がたかだかとビールの缶を掲げる。そのテンションに疲労困憊の月島と孤爪はぐったり項垂れながら「乾杯」と呟いていた。
赤葦と深月は姿勢こそ崩さないもののその表情には疲労の色が窺える。
あれから無事にイベントを終えた5人はレストランの締めの作業を早々に終わらせて自宅へ戻った。一足早く帰宅していた黒尾は腹を空かせた彼らのために食事を用意していたのだった。
黒尾も疲労が溜まっているであろうにも関わらずそれを悟らせないほどの笑顔を浮かべていた。そのことに突っ込む前に気力もない月島と孤爪はちびちびと食事をつまんでいる。
「嬉しそうですね、黒尾さん」
「よーーく聞いてくれた、赤葦クン!なんと前回のイベントより売上1.3倍も増えててさぁ!」
すごくね?と歯を出して笑う黒尾は赤葦の言葉通り非常に嬉しそうである。売上については初耳だったようで、孤爪も月島も「おー」と声を出しながら軽く拍手をしている。
「お前らの頑張りと、深月のおかげだな」
「え?いや、俺は…足引っ張ってばかりで…」
「いーや!ご新規キラーのおかげでリピーターも確実に増えてるし、今日も、大奮闘だったろ!な、ツッキー」
「(なんで僕…)まぁ…はい…」
急に話を振られた月島は小さなため息を吐いたあとに適当な言葉を呟くと無表情のまま味噌汁を啜った。
そんな月島をニヤニヤとした表情で見つめるのは黒尾と赤葦だ。
「な、なんですかその顔」
「いやぁ〜?あの時のツッキー、めちゃめちゃ怒ってたなぁ〜と思ってさぁ。な、赤葦」
「あんな顔、初めて見ましたね」
彼らが何が言いたいのかわからない月島は、不機嫌そうな顔でまた口を開いた。
「べ、別に…そりゃ店であんな好き勝手されたら誰だって腹立つでしょ」
ふと、そう言い終えた月島の脳裏に、うさ耳を力なく垂らして涙を浮かべる深月の姿が過った。
自分の向かいで複雑そうな表情を浮かべながら食事を進めている深月に視線を送るとたまたま目が合い、月島は反射的に目を逸らした。
「(男に、なんて…ホントありえないし…!)」
顔に熱が集中しそうになる直前に席を立った月島は「お茶取ってくる」とキッチンへ向かった。
そんな彼の様子に深月は首を傾げながら、「あ」と思い出したように口を開いた。
「そういえば明日はお休みなんですね」
「そ!イベントの翌日は休みにしてくれって強い要望がな〜」
ちらりと視線をやった先には、肩をびくりとさせて微妙な表情を浮かべる孤爪がいた。
「明日も働くとか無理…ほんと無理…」
「(さすがに私も本当に疲れた…足が吊りそうだもの…孤爪さんに感謝ね…)」
彼に感謝しているのは深月だけではない。黒尾以外の面々は心無しか安堵の表情を浮かべているようである。
「明日、深月の予定は?」
「いえ、特には…」
「お、じゃあお使い頼まれてくんねぇか?赤葦とツッキー、お前らも付いてってやって!」
急な黒尾の申し出に、先に戻った月島は「げ」と顔を引き攣らせている。キョトンと首を傾げる深月の横で、赤葦は口を開いた。
「俺はいいですけど…何を買ってくればいいんです?」
「これ買い物リスト!あとは息抜きに楽しんできてちょーだい」
指先に挟まれた紙切れとお札を数枚を向けられた赤葦は「はぁ…」と適当な返事をしてそれを受け取った。
「んで、研磨は俺の手伝い!」
「えー…また事務作業…?めんどくさい…」
「そんなこと言っちゃっていいんですかぁ?研磨さんよぉ」
全く乗り気ではない孤爪に、黒尾は得意げにニヤリと笑う。
「これ、なんだと思う?」
懐から取り出したのはゲームソフトのようだった。
当事者たち以外の3人は「大人げない」という表情で黒尾を見つめている。
新作!というシールが貼られたそれを見るなり、孤爪は目を輝かせた。
頭にはピクピク動く猫耳と、背後には嬉しげに揺れる尻尾が見える。
「それ、抽選外れて買えなかったやつ…なんで持ってるの」
「ふっふっふっ…明日の頑張り次第ではこいつをお前にやろうと思ってたんだけど…めんどくせーならしょうがねぇよなぁ」
ニヤニヤと片側の口角を釣り上げて笑う黒尾の言葉に、孤爪は長い沈黙の末小さな声で「やる」と呟いたのだった。
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