「残念、不正解デス」
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全員が店内出入口に集まったのを確認すると、黒尾はようやく孤爪を解放し、全員の顔を見渡した。
「今日は気合い入れてけよ〜!」
そっぽを向く月島と孤爪は、特に気合いとは正反対の顔で返事をしている。一方赤葦と深月は真面目な顔をして「はい」と頷いた。
くくっと喉の奥で笑う黒尾は店の扉に手をかけて、ゆっくりと開く。
「ようこそ、レストラン『ねこどり。』へ」
扉を開けた目の前には待ってましたとばかりに目を輝かせる女性達がずらりと並んでいた。いつもとは違う格好に、彼女達の黄色い歓声があがる。
「今日も来てくれてありがとな、お嬢さんたち」
「黒尾さん…!黒サンタ、超かっこいいです〜!」
「ヤバい、惚れそう…!」
黒尾に声をかけられた女性たちの目にはハートが浮かんでいる。
「そこは惚れたって言ってくださいよ、おじょーさん」
黒サンタは笑みを浮かべながら女性客に耳打ちすると、彼女は骨抜きになったようで友人に支えられながら案内された席に着いた。
次々に入店する女性たちは彼らのコスプレに大興奮の様子で、あっという間に店内は満員になってしまった。
初出勤の日から数日働いた店内の様子とは段違いに忙しなく、深月は自分が対応する客を案内し終えて窓から外に目を向けると、店に沿うように長蛇の列ができていた。なかには珍しく男性も混じっている。
「ちょっと、なにぼーっとしてるのさ」
「いたっ…!つ、月島さん」
「ほら君の卓、オーダー待ち」
不機嫌のそうな顔の月島は下げてきたメニュー表で深月の額を小突く。顎で指された方に視線を移すと、既にメニューを閉じてソワソワしている女性客がいた。
深月は咄嗟にお礼を言うと足早に女性客の方へ向かっていく。
その後ろ姿を見送ることなく厨房に歩みを進める月島は、通りすがるニヤついた黒尾に「その調子で頼むよ〜」と肩を叩かれ眉間のシワを深く寄せた。
顔を変えないまま厨房にオーダーを通すと、赤葦はフライパンを振るいながら声を上げた。
「月島、ウェイティングの男性客。気をつけてあげてね」
「ああ…あの人ですか…さすがに2回目だし、大丈夫じゃないですか」
赤葦はちらりと外に並ぶ男性客に目を向けた。そこには1人の中年の男が吹き出す汗を拭いながらガラス越しに店内を見ている。
男性客、ということ自体は珍しくはないが、問題は過去に1度だけ起こしたその客の言動だった。
先日のイベントの、浴衣姿の孤爪に対してのセクハラである。中年の男はオーダーを取る孤爪の尻や手を撫で回して黒尾から厳重注意を受けたのだ。
出禁にすればいいのでは、と月島が提案したが大事にしたくないという孤爪の意見と、初犯だからという理由で許されたのだが、その顔はもちろん誰もが覚えていた。
「深月はまだ始めたばかりだし、注意してあげて」
「はいはい…」
「もちろん、月島もなにかされたらすぐ言うんだよ。俺が出るから」
「ぼ、僕は大丈夫なんで!(包丁こわ…!)」
月島の嫌味を受け流しながら、赤葦はニッと包丁を片手に笑った。身に付けているエプロンのクリスマスカラーが良からぬ赤に見え始めた月島は顔を引き攣らせながら厨房を去っていった。
一方、深月は待たせていた女性客のオーダーを取っていた。
「まさか覚えててくれたなんて、感激しちゃいました〜!」
「当たり前ですよ。こんな可愛い女の子に好きって言って貰えたこと、忘れるはずありませんから」
心の底から嬉しそうに頬を緩める女性客2人に対し、にっこりと笑う深月の言葉には裏やお世辞っぽさはなく、それが人気を集める理由にもなっていた。
「うさ耳も超可愛い〜!」
「本当、超似合ってます〜!来てよかった!」
深月はキャッキャとはしゃぐ彼女たちの言葉に、プクッと片頬を膨らませた。
「褒めくれるのは嬉しいですけど……俺が男ってこと、忘れないでくださいね」
深月の不貞腐れた子供のような表情に彼女たちはメロメロの様子だ。
顔を真っ赤にして完全に動かなくなった彼女たちに「では、ごゆっくり」と付け加えてお辞儀をした深月はその場から離れる。
ふと視線を感じて窓の外に目を向けると、そこには自分を見つめながらニヤニヤと笑う肥えた中年男性が列に並んでいた。
「(な、なんでこっち見て笑ってるのかしら…)」
一応列には並んでいる客であるため、にこっと笑みを返すとオーダーを通すため厨房へ向かった。
「深月、何か変なことあったらすぐ言ってね。月島にでも、黒尾さんにでもいいから」
「…?は、はあ…(改まってどうしたのかしら…?)」
赤葦は忙しさもあったが、月島たちのフォローがあると信じて多くを語らず忙しなく手を動かしている。
オーダーを通す深月の後ろで洗い物をしていた孤爪がため息を吐いたあと、口を開いた。
「あの人、結構危ない人だから気をつけて…前回クロがきつく注意したからもう大丈夫だとは思うけど」
「外で並んでる男の人ですか?きつく注意って一体何が…」
背を向けたままの孤爪はビクリと肩を震わせて手を止めると、警戒心MAXの猫のようにじろりと深月に冷たい視線を向けた。
「言いたく、ない…」
「す、すみません…えと、フロアー出てきますね…(怖い!目が怖い…!)」
居た堪れなくなった深月は言葉通り足早にフロアーへ戻っていった。
「こら、気持ちはわかるけど怖がらせちゃだめ」
「そんなつもりはなかったけど…あんまり思い出したくないし」
紺色の猫耳を立ててぽつりと呟く孤爪の背中を見つめながら、赤葦は仕方ない、という顔で小さくため息を吐く。
次に、ガラス越しにフロアーへ視線を送ると、やはり問題となっている男が外でイヤらしい笑みを浮かべながら深月を見つめていて、赤葦は眉間に深く皺を刻ませた。
「(…嫌な予感…当たらなければいいけど)」
そこでピピッとタイマーが鳴り、赤葦はハッと我にかえったように手早く調理を続けた。早々に迎えた厨房のピークに、黒尾が助っ人として参入した。
「いや〜今日はすげーな、前のイベントより盛り上がってるぜ」
「ですね。さすがに俺1人じゃきついんで、ありがとうございます」
2人は涼しい顔をしていたが、その手は忙しなく動いている。時折黒尾はファンサービスでガラス越しに手を振って愛想を振りまいている。
通常赤葦は軽く会釈をする程度で、わざわざ手を止めてまでなにかすることは無い。だがこの時ばかりは無理やり黒尾に腕を掴まれ、されるがままぷらぷらと揺らされている自分の手を見つめていた。
「ほんと、尊敬しますよ」
そういう赤葦の顔は呆れ顔を浮かべていたが、しっかり反対側の手は食材が焦げ付かないようにフライパンを揺すっている。
ガラス越しにいる女性客達は興奮した様子で厨房に向かって手を振り返していた。
「お、あの人また来てんのか〜。完全にイベントの日狙ってきてんな」
「ですよね。月島には伝えましたし、面倒見いいから大丈夫だとは思うんですけど…ちょっと心配ですね」
「俺らもしばらくこっから離れられそうにねーしなぁ。お、噂をすれば…ってやつだな」
再び調理再開する黒尾の視線が捕らえたのは、入店してくるその男の姿だった。肥えた身体に食い込むような黒いTシャツには汗が染み込み、顔中からはギトギトした汗が滲み出ている。
「ありゃなかなか…」
「月島、珍しく体張ってますね」
女性客の視線がその男に注がれるなか、それを気にもとめない様子の男は月島に案内された席へドカッと腰を下ろすと不機嫌そうな態度でメニュー表を開いた。
そんな横柄な仕草の男に動揺することのない月島は涼し気な笑みを貼り付けながら、小さく会釈をするとそこから離れて去っていった。
ガラス越しにその一部始終をみていた黒尾は喉の奥で笑いながら高みの見物と言わんばかりに月島を見つめた。
「くくっ、あの嫌そ〜な顔!」
「あの手の客、月島は苦手ですしね」
「ま、社会勉強だと思えば…」
そこで2人の会話を遮るように、ダンっ!と厨房の床を踏む音が響いた。
「…2人とも、随分楽しそうですね」
「いやぁ〜、そんなことねぇよ、なぁ!赤葦」
月島がにこやかな笑顔を浮かべて厨房に並ぶ2人を見ていた。だがその目は笑っておらず、黒尾は焦りを含んだ声で返事をした。一方赤葦はぎこちなく頷きながら調理にあたっている。
「じゃ、勉強してきマース」
去っていく月島得意技の冷笑と嫌味の置き土産に、黒尾はギクリと身体を震わせた。
「ひ〜こえぇ…」
「黒尾さん、さっさと手を動かしてください」
月島を怒らせたことを気にかける赤葦はその苛立ちをぶつけるように、冷ややかな視線を黒尾に向けるのだった。
「君、水おかわり !」
「はい、少々お待ちください!」
乱横柄な男の言葉に、たまたま近くにいた深月は嫌な顔ひとつせずに笑顔で返事をすると、水が入ったピッチャーを手に取った。
「ちょっと待って、それ僕が行く」
「…?でも、月島さんオーダー待ちのお客さんが…」
後ろからピッチャーに手をかける月島に、深月はきょとんとした顔で上を向いた。はるかに背の高い月島の不機嫌そうな顔がそこにはあった。
「いいから…」
「(って顔ちか…!!)だ、大丈夫ですから!俺行きます…!」
予想外に近付いていたことに驚いた深月は、月島からピッチャーを奪い取るようにして男性客の元へ向かったのだった。
「ちょっ…」
「すみませーん、オーダーお願いしまーす!」
後を追いかけようとした月島の足を止めたのは自分に会いにきた客の呼び声だった。水を注ぎに行くだけなら大丈夫だろう、と自分を納得させて、月島は客の元へ向かった。
「大変お待たせいたしました。」
一方深月は、にやにやと嫌な笑みを浮かべた客の元で水を注いでいた。
「君、新人くん〜?前回のときはいなかったよねぇ?」
「はい!先週入ったばかりなんです。」
「へぇ〜可愛いねぇ〜」
注いだそばから水を飲み干す男は、ニチャアっと笑いながらグラスを差し出した。どうやらもう一杯寄越せ、ということらしい。
愛想笑いを振りまいて、深月は再び水を注ぐためにグラスを手に取った。
すると男はその上から手を重ねスリスリとその感触を確かめるように触った。
湿り気のある肥えた手のひらの感触に、深月は全身から冷や汗が吹き出るような感覚に陥り小さく息を飲んだ。
「…緊張してるのかなぁ、震えてるねぇ…支えててあげるから、ほらお水いれてよお…」
「っ、は、はい(うぅ、き、き、気持ち悪い…!!!)」
カタカタと体を震わせる深月は水を零さないように慎重に注ぐ。だが、男がわざと手を揺らしたせいで机上に水が滴ってしまった。
その水は男の下腹部にも少しかかってしまい、深月は顔面蒼白の表情で頭を下げた。
「あ〜あ、こういうときは、どうしたらいいか僕が教えてあげるよぉ。まずはぁ、どこが濡れたのか手で触って確かめるんだよお」
「えっ、ちょっと…っ」
彼は深月の手を握ったまま、自分の股間の方へと引き寄せる。その手を振りほどこうにも深月の力じゃ敵わない。
さすがに周囲の女性客たちも「あれはまずいのでは」
と心配そうな目を向けている。
「残念、不正解デス」
その声は月島だった。
男の汗ばんだ腕を強く掴み、緩んだ隙をみ図らうと深月を抱き寄せた。
「新人に間違ったことを教えないでもらえますか?」
「(つ、月島さん…)」
自分の頭をすっぽりと覆う月島の大きな手の温もりに安堵しながら彼を見上げると、いつになく真剣な表情で怒りを含んだ飴色の瞳を揺らしていた。
「なっ、お前…!客に向かって失礼だぞ…!」
「ここでの禁止事項を守れない方は、お客様とは言えませんので。」
「ツッキー、後は俺が」
周りがザワつくなか、黒尾は月島と深月に一旦引っ込むように促す。軽く頷くと、月島は深月の手を引きフロアーを出るとロッカールームへ連れ込んだ。
「ったく、だから僕が行くって言ったで…って、な、なに…!?」
バタンと扉を閉めるなり、苛立ちのこもった声を上げた。だが次の瞬間、月島の目に飛び込んできたのは、ぺたりとその場に座り込み涙目で自分を見上げる深月だった。うさ耳がついたフードを被りっぱなしだったため、まるで恐怖に怯える兎のようである。
「こ、怖かった…っ」
気持ちを言葉に途端、溢れ出る涙を抑えきれずぽろぽろと雫が落ちていく。ギョッとした月島が思わず繋がった手を離そうとしたが、深月は震えながらぎゅっとその手を握りしめている。
その姿はまるで年相応の女の子のようで、月島は真っ赤な顔面を手で抑えながら邪念を振り払うように首を横に振った。
「(っ、変だ、僕……っ)」
「…ご、ごめん、なさ…」
「……い、いや…僕も、フォロー遅くなって、悪かったよ…」
座り込む深月の前にしゃがみこみ、顔を赤らめながら目を逸らす月島はぶっきらぼうに謝罪をした。
そしてしばらくの沈黙の末、とうとう我慢できなくなった月島は再び口を開いた。
「…あの、手、離して欲しいんだケド…」
「あっ、す、すみません…(や、やだ私…ずっと握ってた…!)」
言われた途端にパッと手を離した深月は、そんな自分に動揺しながら恥ずかしそうにフードをさらに目深に被った。
「じゃ、僕はフロアの様子見てくるよ。」
「えっ…あ、…っはい」
立ち上がった月島の言葉に、深月は咄嗟に顔を上げた。「行ってしまうのか」というもの寂しげな表情に、月島は「ゔっ」と声を上げそうになるのを堪えた。
「(そんな目で見ないでほしいんだけど…!!)ち、ちょっと見てくるだけだから…少し待ってて」
狼狽えながらなんとかロッカールームから出た月島を待っていたのは、孤爪だった。
「大丈夫?深月…」
「あぁ…うん…たぶん…。それよりどうなったの?あの人」
「ん、クロがいつも通りまとめたよ。さすがに出禁だって」
黒尾のことだ、周囲の客も和ませつつ上手く彼を退場させたのだろう。月島は安堵しつつ、深月の状態を思い返し、今度は盛大なため息を吐いてしまった。
「はぁー…僕…もう黒尾さんのことバカにできないかも…」
「……?よくわかんないけど…ドンマイ…」
黒尾に対してソッチの気があると普段揶揄っていた月島は、男の深月相手に心臓が高鳴り、女性と勘違いしそうになるほど酷く動揺してしまったことに頭を抱えた。
だがもちろん何の事情も知らない孤爪は適当な返事をしてフロアに戻って行ってしまった。また一つ自分に対してため息を溢しながら厨房を覗くと、赤葦が忙しなく調理を進めていた。
「あ、月島。深月は大丈夫そう?」
「まあたぶん…フロア回ってます?」
「うん、大丈夫だよ。孤爪が珍しく頑張ってるから」
赤葦はガラス越しに孤爪が接客している様子に視線を移しながら口角を上げていた。
「すぐ戻りますんで、ちょっとお願いします」
とは言ってもピーク時であり、誰も余裕がない状態には変わりない。特に孤爪はメンバーのなかで体力値が低いのだ。
一方でロッカールームにいる深月のことも心配なため、月島は一旦厨房から出ようとした。その時、ちょうど目前に現れたのは何事も無かったかのような顔をした深月だった。
「……ご心配おかけしました。フロア戻ります。」
赤葦と月島に向かいぺこりと頭を下げた深月は、言葉通りすぐにフロアへ戻っていく。
さすがの赤葦も手を止めて深月の後ろ姿を心配そうな表情で見送っていた。
「フォロー頼むね、月島」
「わかってますよ」
そして深月の後を追うように、月島もフロアへ戻っていったのだった。