「残念、不正解デス」
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深月の初出勤翌日。
黒尾から給与の一部前借りと、赤葦から何故かお小遣いを貰った深月は近場でなんとか生活必需品を最低限揃え、両手に荷物を抱えながら夕方頃、ようやく家に辿り着いた。
赤葦と黒尾は明日の仕込みのため休暇日にも関わらずレストランへ出勤しており、家のリビングには月島と孤爪が朝から変わらぬ部屋着のままゲームをして過ごしていた。
「(やだ、本当に怠惰ね…昼過ぎに見た格好と何も変わってない…)」
深月は内心呆れ返りながら、ソファに体を預ける2人に「ただいま帰りました」と声をかけた。
「あ、おかえり…」
「おかえ…っあ、なにそれ強…!」
「ここ得意マップなんだよね」
孤爪は僅かに視線を深月に送り口を最小限に開けたが、すぐにその瞳は画面に釘付けになっているようだった。一方月島は顔を引き攣らせながら、深月に視線すらやる余裕もないようだ。
大きなテレビに映し出されるのはキャラクター同士が闘っている。ゲームをしたことのない深月は「何が面白いんだか」と首を傾げながら2階の自室へ上がる。
既に物置と化した部屋は綺麗に生まれ変わっており、恐らく自分が買い出しに行ってる間に黒尾や赤葦が片付けてくれたのだろう。
六畳程の部屋の隅には落ち着いた青色のシーツに包まれたシングルベッドが置かれていた。
備え付けのクローゼットもあり、中には空っぽの引き出しが3段置かれていて、中には衣服などが仕舞えそうである。
購入した下着や部屋着、外出用の服など取り急ぎ必要な物のみを購入し、それらを収納するとようやく安堵感が生まれ思わず大きな溜息が漏れた。
「(こんな立派な部屋使わせてもらうんだから、お仕事頑張らないとね)」
ベッドの上の壁に備え付けられた四角い形の窓を開けると蝉の叫声が耳をつんざくと同時に、生温い風がふわりと深月を傍を通り抜けて部屋中を駆ける。
2階からの景色は家の目の前の通りを見ることができた。レストランがある商店街から10分程離れた場所で、車通りは少なく、人通りも疎らだ。夕方ということもあり買い物袋をぶら下げた主婦や仕事帰りのサラリーマンが家路に着いているようだった。
「(あ、黒尾さんと赤葦さん…)」
奥から異様に目立つ2人が歩いてくるな、と思えば彼らだった。今日は黒尾が料理当番のようで両手にはいっぱいの買い物袋が下げられている。
窓から自分たちを眺めている深月に気付いた黒尾はニッと笑いかけた。隣を歩く赤葦がペコっと頭を下げると、深月も釣られてペコリと頭を下げた。
窓を閉めて1階へ降りると、相変わらずゲームに夢中の大きな子供が2人ソファに座っていた。
画面にはWINとLOSEの文字が左右に浮かんでいる。
深月としては、どっちが勝ったのかすらよく分からなかったが、孤爪と月島は疲労困憊の様子でソファに沈んでいた。
そんな2人を横目に呆れた表情を浮かべていると、リビングの扉が開かれ、黒尾と赤葦が現れた。
ソファ組はやる気のない声で「おかえり」と呟いている。
「おかえりなさい。あの、今日はありがとうございました。おかげで色々揃えることができました」
「おー、よかったなー。部屋はどうよ、意外といいだろ?」
「はい、ベッドまで置いてもらって…ありがとうございます」
冷蔵庫に買ってきた食材をしまいながら、黒尾はニッと得意げに笑った。
「あの、赤葦さんも、おこづ…むぅッ!」
「シッ」
グラスにお茶を注ごうとしていた赤葦は目にも止まらぬ速さで深月の口を手で塞ぐ。そして腕を引っ張りしゃがみこませ耳打ちした。
「あれは内緒でお願いします。」
「…ッ、な、なんで…(ちっ、近い…!!)」
目前に無表情の赤葦の顔がある。深月はつられて小さく動揺した声を発した。なんで自分にだけ、と聞き返そうとした瞬間、にこやかに笑う黒尾が2人を上から覗き込んだ。
「おやおやぁ?仲良いですねぇ、お二人さん」
「いや、ちが…」
「ええ、すっかり打ち解けました」
「(はい…っ!?)」
黒尾の言葉に動揺することなく、赤葦はにこっと笑いながら立ち上がった。何事もなかったかのような赤葦とは反対に、深月は動揺を隠せずしゃがんだまま床に視線を落とした。
だがとにかく彼からお小遣いを貰ったことは内密にすればいいのか、と理解してよろよろと立ち上がる。
「ま、『ねこどり。』はチームワークが大事だから、その調子で親睦を深めてくれるとありがたいよ」
「そろそろサマークリスマスイベントもありますしね」
小さく笑いながら黒尾は手際良く紺色の男性用エプロンを付けている。今日の食事担当は黒尾らしい。
リビングに移動した赤葦の後を追うように深月もキッチンを出た。
カウンターキッチンの吹き抜けから手を洗う黒尾の姿に視線を送る赤葦は椅子に腰掛けながら無表情で口を開いた。
ちょうど深月も気にかかっていた話だったため、赤葦の反対側の椅子に腰掛け誰かの反応を待っていた。
「ねぇ、やめない?そのイベント…誰得なの…?」
「ほんと、憂鬱で仕方ないんですケド」
ソファで項垂れる子供二人組は口を尖らせ心底嫌そうな表情を浮かべている。
どうやら来週の火曜日に行われるサマークリスマスという特別イベントはスタッフ的に、楽しみにするようなイベントではないようだ。
「俺はいいと思うけど。」
「今回赤葦さんは帽子とエプロンだけデショ」
「うん、厨房暑いからね」
月島と赤葦の会話で、なんとなくピンと来た深月は「まさかな」と半信半疑のまま恐る恐る口を開いた。
「もしかして、コスプレイベント、のようなアレですか…?」
「ご名答!ちゃんと深月の分も用意してるから楽しみにしてろよ〜」
「え”…(や、やっぱり…)」
黒尾がキッチンからニッと口角を上げて、顔を引き攣らせる深月に視線を送る。
「前回初めて浴衣きて接客やってみたんだけど、すげー反響でさ。定期的にコスイベやってほしいって要望めちゃくちゃ多かったんだよ」
「袖、面倒くさかった…」
うんうん、と嬉しそうに語る黒尾を他所に、その日を思い出しているのか、孤爪は声も顔も非常にげんなりしている。
「赤葦さんの襷掛け、反響すごかったですよネ」
「そうかな」
深月はお客さんの反応を想像し、思わず苦笑を浮かべた。襷掛けをしている赤葦の普段は見れない腕やその筋肉に女性たちはさぞメロメロになっていたことだろう。
「ってなわけで!今回はサマークリスマスの日に因んだコスプレにしてもらいまーす!」
そう豪語する黒尾の言葉に、月島と孤爪、深月は「うげ」と眉を顰めた。衣装は早出しするとわざと失くしたり捨てる奴が出てくるから、という理由で当日まで秘密だということだった。
「覚悟しといたほうがいいよ…絶対昨日の比じゃないレベルで疲れるから…」
「は、はぁ…(昨日でふらふらだったのに、体力持つかしら…)」
「まぁ君はせいぜい転ばないようにネ」
孤爪の言葉に不安が積もるが、次の瞬間に鼻で笑う月島に深月はジロっと睨みつけた。その視線を受けてもなお、月島はフフンと見下したような表情を浮かべている。
「くっ…!赤葦さん、なんとかしてください」
悔しさから机に突っ伏し、目の前で頬杖をつく赤葦を見つめながら頬を膨らませる深月は月島を指差した。
「こら、月島。あんまりイジメないの」
ツーン、と不貞腐れた子供のようにそっぽを向く月島に、赤葦は呆れ気味な笑みを向けている。見兼ねた孤爪はスマホを横に持ちゲームをしながら小さな口を開いた。
「ただでさえ危なっかしくて目が離せないんだから気をつけてよね。って意味だから大丈夫だよ」
「ちょっと…!そんなこと言ってないから!」
月島は思わず顔を赤らめて項垂れていた体を起こし、孤爪に抗議している。
一方深月は、先ほどの彼の言葉をどう読み取ればそんな解読ができるのかと真面目に考えている様子だ。
「結構天邪鬼なんだ、うちの月島。可愛いデショ」
「赤葦さん、僕の真似して気味悪いこと言わないでください」
「………いえ、可愛さは微塵もありません」
「君も真面目に答えないでくれる?」
ニコッと笑う赤葦に、月島は思い切り眉間に皺を寄せている。深月は真剣な表情で月島の可愛いさについて数秒考えたあとに、悲しげに瞳を揺らしながら赤葦を見つめた。
月島は額に青筋を立てながら苛立った様子で「はぁっ」とため息を吐きソファに寝っ転がり始める。そんな4人の姿を黒尾は満足げな表情でうんうん、と頷きながら見つめるのだった。
———————————
そして来る翌週の火曜日。
特別イベント当日である。
既に黒色のサンタ姿をした黒尾は帽子まで被りノリノリな様子で4人分の衣装を1人ずつ配った。ブラウスの上からスポッとかぶるポンチョ型のトナカイは月島だ。フードにはトナカイの角がついている。
赤葦はトナカイを模したエプロンで、角付きの可愛らしいカチューシャもしっかり手渡されていた。
そして残った孤爪と深月が手渡されたものに、黒尾以外が一同絶句していた。
「う、嘘でしょ、クロ…俺に恨みでもあるの…」
「(ワンピース…!?ありえない…!)」
「いやいや絶対似合うから!!ほら、とっとと着替える!」
全然嬉しくない、と言いたげな瞳を揺らし、孤爪はのそのそとロッカールームへ歩いて行く。一緒に着替えるのはまずいな、と考えた深月は衣装を見るフリをしてその場から動かずにいると、近くにいた月島が怪訝な表情で口を開いた。
「君、着替えないの?」
「あー、えーっと…」
「あ、月島。ちょっと厨房準備手伝って欲しいんだけど、いい?」
深月が言い訳するよりも早く、赤葦がそれを察知し月島を厨房に呼び寄せた。
ほっと胸を撫で下ろすも束の間、今度は黒尾が不思議そうな表情で首を傾げている。
「あ、えっと、着替えてきます、はい」
「おー、サイズ合わなかったら言いなさいよ〜」
流石に怪しまれそうだ、と深月は足早にロッカールームをノックしてドアを開けた。
「し、失礼します」
おずおずと部屋へ入り、無言で着替えをしている孤爪を見ないようにしながら自分用のロッカーを開けた。
だが着替えるにはせめて上の服だけは脱がなければならず、深月は手渡された服を観察するフリをして時間を稼いでいた。
「…嫌だったら俺、クロに言ってあげようか…?無理にやることないし…」
「あ、いえ…!着たく無いわけじゃないので…」
咄嗟に答える深月の言葉に、孤爪は少し目を見開き警戒する猫のように半歩後ずさった。既に彼は紺色のミニワンピースに身を包み、同じ色のポンチョのフードには猫耳を模したそれがついている。胸元にはポンチョの左右を固定するように大きめのリボンが施されていた。
「着たいってこと…?深月って、そういう趣味…?」
「いや、そういうことじゃ…!ってすごい似合ってますね…!めちゃめちゃ可愛いですよ」
孤爪の言葉を否定しながら、深月は彼の着こなしに驚いていた。小柄な彼は元々髪も肩まであり、ファンの女性達が口々に「可愛い」と黄色い歓声をあげるのも頷けるほど、本当に可愛らしい仕上がりになっている。
すると、孤爪は口をへの字にしながら深月にジリジリと詰め寄り、とうとうロッカールームの出入口の扉まで追い詰めた。
後ずさる自分の背中にヒヤリとした鉄の扉の感触がして、逃げ場がないと悟った深月は孤爪を見つめ無理矢理笑顔を浮かべた。
「えーっと、孤爪、さん…?」
「あのさ…それ、嬉しくない…男だし…」
彼は伏し目がちのままムッとした唇を開く。
「ご、ごめんなさい…あの、…っ(近い近い…!近い…っ!)」
気を悪くさせてしまった、と慌てて謝る深月は想像以上に近く目の前にある孤爪の瞳に射られたような感覚に陥り、言葉がなかなか出てこず口籠っている。
「ぷっ…なに、その顔」
「なっ、…!」
小さく吹き出して笑う孤爪の言葉に、動揺を隠せない様子の深月は真っ赤な顔をして言い返したが、面白がっているのか彼はまだ彼女から目を逸らさない。
「…顔、真っ赤」
「ゔっ、赤くないです…!暑いから…、あ、いやっ」
自分でも支離滅裂なことを言っていることに気付き、自覚をするとさらに熱が顔に集中していくのを感じ、深月は手の甲を口元に塞ぐように当てた。
すると扉を指先で軽く叩くノック音が聞こえて、深月はビクリと肩を震わせた。
「深月、孤爪?着替え終わった?」
聞こえてきたのは赤葦の声だった。
心臓をバクバクとさせる深月に孤爪は見透かしたような瞳で、ふっと笑うと口を開いた。
「うん、今行く」
「あ、あの、孤爪さん…っ」
赤葦の言葉に答える孤爪だけに聞こえるような声のトーンで深月は目前の彼の名前を呼んだ。
孤爪は目の前でぷるぷると震える深月の肩に手を置き内開きの扉の左に寄せてドアノブに手をかける。
「たぶん…深月の方が似合うと思うよ」
ニッと口角を上げる彼はドアを開けてその場を去っていった。パタリと閉じたドアの向こうでは「深月はまだ着替え終わってない」という孤爪の声が聞こえている。
「(ななっ、なに今の…!お、収まりなさいよ、心臓…っ)」
衣服の上からでも分かりそうなほど跳ねる心臓に、深月は動揺を隠せないままぎこちなく自分専用のロッカーへ前まで戻った。
深いため息を吐く深月は、思わず孤爪の表情が脳裏にチラつき顔の熱が引かないまま与えられた衣装に袖を通した。
「(ど、どう見ても女よね、これ…)」
着替え終えた深月は姿見を見ながら、頭を抱えた。
孤爪が着ていた服と同じだったが、深月のものは赤色でポンチョのフードにはうさ耳がついている。
背の高さと髪の短さ故に男といわれればギリギリそう見える、そんなレベルである。
「(…私は男、私は男…)」
鏡の自分を見つめながら自己暗示をする深月は意を決して、ロッカールームの扉を開けた。
「おー、着替え終…っ」
たまたま近くでドリンクの在庫を確認していた黒尾は手を止めて深月を見た。その瞬間、在庫数を記載するために持っていたバインダーが彼の手からバサッと落ち、深月はビクッと肩を震わせ最悪の事態を想像しながら呆然としている黒尾を見つめた。
「…売れる!!!」
頬を赤く染める黒尾は徐に深月の肩を掴み、目を輝かせながら鼻息を荒くさせている。その勢いに圧されながら深月は「ひっ」と小さく声を上げた。
すると黒尾の大きな声に怪訝な表情を浮かべる月島と赤葦が何事かと厨房から出てきた。
「ちょっと、何大きい声出して…」
深月の姿を見た月島の声がピタリと止む。その後ろにいた赤葦はほとんど表情を変えなかったが、その瞳はいつもより大きく開かれているようにも見えた。
「ちょ、ちょいそのフード被ってみて」
黒尾は深月の背中に力無く垂れ下がるフードを指差す。視線が集中しているのが嫌でも分かり、深月はげんなりした顔で仕方なくフードを被り黒尾を睨んだ。
赤葦と月島は目頭を抑え、俯いたり視線を逸らしてなんとか平静を保っているようだ。一方黒尾は睨まれていることを気にも留めない様子で涙を流しながら深月の手を取り握手をしている。
「ちょ、なんなんですか一体…」
されるがまま腕をブンブンと振られている深月に、気を取り直した月島がひとつ咳払いをしたあと口を開いた。
「…っていうか君、本当に男なの?」
彼の唐突な質問に、思わず固まるのは深月だけではなかった。
「(鋭いわね、このメガネ…!)」
「ど、どうみても男にしか見えないけどね…」
赤葦は思ってもないことを口にしたためか、動揺に黒い瞳を揺らしている。そんな様子の赤葦に月島は「らしくないな」と怪訝な表情を浮かべた。
このままでは収拾がつかない、と感じた深月は一旦その場から離れるべく黒尾たちの間を通り越した。
「俺は男だって証明してみせますから」
堂々と嘘を吐きながら、深月はハッタリの笑みを浮かべてテーブルを拭いている孤爪の元へ向かった。月島と黒尾は顔を赤らめたまま、深月を視線で追っている。
「(すごいな…一瞬、女の子だっていうことが俺の勘違いじゃないかと思った…)」
赤葦が内心安堵しつつ、彼女の振る舞いに感心している一方、何も知らない黒尾は我にかえったようで首を横に振った。
「危うくそっちに目覚めかけたぜ…」
「何言ってんですか、黒尾さん。元々そっちの気あるじゃないですか」
月島は口元に手を当ていつものように吹き出しながら、冷や汗を拭う黒尾に意地悪な視線を送っている。
それに対して否定も肯定もしない黒尾はニヤリと厭らしい笑みを浮かべると、月島の腰に手を回し抱き寄せると唇が重なりそうなほどの至近距離を保ったまま、顎を指先でなぞった。
「まあ、ツッキーなら全然抱けるけど」
「ちょっ…!は、離して…!」
「はい、そこまで」
片側の口角を釣り上げる黒尾の妖艶な笑みに、月島は思わず顔を赤く染めながら体を離そうとしてもがいていた。
そこへ助け舟とばかりに、呆れた表情を浮かべる赤葦が2人を無理やり引き離した。
「そういうのはお客さん入ってからにしてください」
「赤葦さん、そういう問題じゃないんですケド…!」
「そうだった、悪い悪い〜!」
ため息混じりに腕を組む赤葦をジトっと睨みつける月島。相変わらずヘラヘラと笑う黒尾は、両手をあげて観念した顔をしている。
一方、深月は孤爪の元で共にテーブルやイスを拭き整えながら内心安堵の息をついていた。まさかこんな格好をさせられたからとはいえ、第一声で核心を突かれるとは。
「…深月、どうしたの」
「いや…そんなに女っぽく見えるかなって」
イスに手を置いたまま小難しい顔をして手を止めている深月に、孤爪は紺色の猫耳を揺らしながら首を傾げている。
「…えっと…まあ、見えなくもない、かな」
「孤爪さんまで…」
「そういうの、好きな人もいるし…需要はあると思うよ…」
そんなフォロー嬉しくない、とガックリ肩を落とす深月に、孤爪は薄らと呆れた表情を浮かべながら手を伸ばした。
そして伏し目がちな深月の顔にかかる前髪の束を耳にかけながら覗き込む。
「…可愛いよ」
「……っ!こ、孤爪さ…」
先程同じセリフを言われたことを根に持っていた孤爪は、仕返しだと言わんばかりの表情で小さく笑った。
「う、嬉しくない、ですから…!」
「うん、知ってる」
孤爪に翻弄される深月は、顔を真っ赤にさせながら1歩後退りワナワナと震えている。クスッと笑う孤爪はテーブルの上に置かれた布巾を手に取り、まるで気まぐれな猫のようにフラリと厨房の方へ向かっていった。
「(今日変…!孤爪さん、何か変…!)」
彼の後ろ姿を見つめながら、深月は顔を隠すように赤いフードを深く被りうさぎの垂れた長い耳を下に引っ張った。
「(あんな真面目な顔でいわれたこと…ない、)」
孤爪の狐色をした瞳が頭から離れない。
両耳を持ったまま、羞恥に顔染めながらプルプルと震える深月の後ろ姿を見ていた赤葦はフっと笑みを零しながら厨房に入ってきた孤爪に口を開いた。
「珍しいね、孤爪が他人に構うなんて」
「別に…ただの仕返しだよ」
孤爪は相変わらず感情の読み取りにくい声をしていて、何に対する仕返しなのか検討もつかない赤葦は首を傾げていた。
「でも、ちょっと面白いよね」
「へぇ…(この様子じゃまだ孤爪にはバレてないな)」
「お、研磨が珍しく楽しそうな顔してんなぁ」
赤葦が安堵の息を吐く一方、まるでゲーム機を与えられた子供のような表情を見せる孤爪に、ひょっこり厨房に顔を出した黒いサンタ帽子を被った黒尾がニヤニヤと口角を上げている。
「…クロほどじゃないけどね」
ノリノリでコスプレを楽しんでいる黒尾に、孤爪はドン引きしながら冷たい視線と言葉を送った。それらが突き刺さったのか黒尾は「うっ」と胸を抑えている。
「まぁまぁ。俺らが楽しまないとお客さんも楽しくないでしょうから…黒尾さん、そろそろ時間ですよ」
「そーそー、さっすが赤葦〜!さ、行くぞおめーら!」
赤葦のフォローのおかげで持ち直した黒尾は手をパンっと叩き、赤葦と孤爪の肩を無理やり組む。孤爪は暑苦しさにその腕から逃れようとしたが、黒尾の力の方が強く傍から見ると捕らえられた猫がジタバタともがいているようだ。
「これから体力使うってのに、なにしてんですか…」
トナカイを模したポンチョを揺らし、不機嫌そうな表情を浮かべている月島は親指で出入口の方向を指した。
「外、めちゃめちゃ並んでますよ。」
既にフロアーにいる深月に対して黄色い歓声が上がっている。深月はにこやかに笑顔を浮かべながらその歓声に応えるように手を振っていた。
その光景に、黒尾はその頼もしさに歯を出して笑いながら「行くぞ!」と声を上げた。
今日一日の慌ただしさと疲労を想像し既にげんなりしている孤爪は黒尾にズルズルと引っ張られるようにフロアーに強制連行されたのだった。