「よく、頑張ってたと、思うよ」
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次の日の朝9時、いつもの出勤時間より早い時間に、すでに制服を身に纏った月島と深月は『ねこどり。』の店内にいた。
メニューの内容や、オーダーの取り方、基本的なルールなどを淡々と教え込む月島はただただ驚いていた。
「君、覚える早さが尋常じゃないね」
「昔から記憶力だけは良いんです」
30分もかからず非常にスムーズに研修が終わり、月島と深月は開店準備も早々に終わらせて、厨房で甘いコーヒーを飲んでいた。
「黒尾さんはよく、客を彼女だと思え、とか口煩く言ってるけど…まあ決まりはないし、好きにやったらいいよ」
「お客さんを彼女だと…(いやでも、男にそう思うより100倍マシよ、うん)」
深月はこれが昨晩黒尾の言ってた「ちょっと変わったコンセプト」かと酷く納得したような表情を浮かべた。
「赤葦さんの接客は神対応なんだけど滅多に厨房からでないから…まあ黒尾さんのやり方見てもらった方がいいかもね」
「えっ、赤葦さんがお料理を?」
「そう、ほとんどあの人が作ってる。たまーに僕らが手伝ったりもするけどね」
月島の返答に思わず空いた口が塞がらない。
そんなことが可能なのか、と疑問が湧くがそうこうしている間に裏口の扉が開かれて黒尾、赤葦、孤爪が現れた。
「おっ、ツッキーもしや終わった系?」
「はい。一通り説明終わりましたよ。すでに外並んでるんで此処で休憩してました」
「すっばらしぃ〜!制服も決まってるし、いい感じじゃん」
ちらっと外を見るとすでに数人の女性が列を作っている。黒尾はニヤリと笑いながら深月に視線を送った。
昨日の小汚いパーカー着用の姿から一転、孤爪から借りたワイシャツの上に着ているフォーマルな黒いベストと、定番のブラックパンツが白い肌に映えて似合っている。
「綺麗になった…」
「ワイシャツ、ありがとうございます…(遠回しに昨日は汚かったって言われてるわね…)」
孤爪は少し目を見開き、呟くような声で深月を見つめた。その視線を受けて、深月は内心苦笑を浮かべている。
「昨日の今日だし、あんま無理しない程度にな!忙しすぎて目ぇ回すなよ〜」
「俺も無理しない程度にやる…」
「左に同じで」
「いやせめて新人くんの前だけでいいからやる気出してもらえませんかねぇ…?」
赤葦が黙々と厨房の準備を進める中、孤爪と月島はやる気のない声のトーンで片手を上げている。黒尾は片手で顔を覆いながら呆れた反応を見せていた。
そんなこんなで、軽口を叩いているとあっという間にに開店5分前となり、5人はぞろぞろと入り口の方へ向かう。
黒尾は自分の前を歩く深月の肩に手を置きかけだが、昨晩のことが脳裏を過りそれを途中で止めて声だけをかけた。
「開店、閉店の時だけ、全員でお出迎え、お見送りな。今日はなるべく新規のお客さん中心で接客してもらうと思うから、まあ気張らず頑張ってよ」
「は、はい…(とにかく、敬語モードで男に徹するのよ…お客さんは彼女、お客さんは彼女…一人称は俺で統一…!)」
違う意味で緊張している深月は黒尾の言葉にぎこちなく頷く。そして入口を挟むように5人は並んだ。
まだ入り口の扉はクローズしたままだが、外から既に女性達の黄色い声が届いている。
「じゃ、お前ら!今日も頼むぜ!」
ニッと笑う黒尾が両開きの扉に手をかける。
その言葉に深月以外の彼らの顔つきが少し張り詰めたように見えた。
「ようこそ、レストラン『ねこどり。』へ。」
「きゃーっ、黒尾さん!会いにきちゃいました…!」
「赤葦さん…!こんな間近でみれるなんて…!」
本日1組目の、2人組の着飾った女性が店内へ足を進める。そしてそれぞれ御目当ての彼の前で足を止めた。
「はは、嬉しいこと言ってくれますねぇ〜可愛らしいお嬢さん方、こちらへどうぞ」
「いつも、ありがとうございます。また会えて嬉しいです。気合入れて料理作りますね」
「(なるほど…彼女と思え、というのはこういうことね…!)」
歯が浮くようなセリフをサラッと言ってのける彼らに尊敬の眼差しを送りながら、月島が言うように彼らの対応を勉強させて貰っていると、次も2人組の女性が来店した。
「孤爪くん、今日は一つに結んでるんだぁ!かわいい〜!」
「いらっしゃいませ…俺も男なんで、可愛いは嬉しくないんだけど…あ、ですけど…」
困ったような表情を浮かべる孤爪の反応に、女性客は悶絶している。「俺も男なんで」のフレーズと、取ってつけたような敬語が胸に刺さったらしい。
「月島くん、会いたかったぁ!」
「僕モ、会イタカッタデスヨ」
「絶対思ってないでしょ〜!もー、本当可愛いんだから!」
月島は、ふっと笑う。その笑顔にやられたように、女性は顔を真っ赤にさせていた。その2人組を孤爪が席へ案内する。
次に来店したのは1人の女性客だった。
珍しそうにキョロキョロしているところをみると、初来店なのだろう。
月島はそっと彼女の背中を手で押した。急に押し出されて驚いたが、「案内よろしく」という意味か、とすぐに彼女に声をかけた。
「いらっしゃいませ。どうぞ、ご案内いたします」
女性ににこりと笑いかけて、店の奥へ案内を歩みを進める。だがふと違和感を感じ、後ろを振り向くと女性たちは足を踏み出すのを忘れ、顔を真っ赤に染め上げ立ち尽くしていた。
呆然としている彼女の元へ駆け寄り、内心疑問符を浮かべながらにこっと笑みを浮かべ手を差し出した。
「(あら、なんでこないのかしら…)いかがされましたか?お客様、どうぞお手を」
「あっ、ど、どうもありがとう…ございます…!」
ぎこちなくその手を取る女性をようやく席まで案内すると、ストン、と力無く彼女は着席した。
「ただいま、お水をお待ちしますのでお待ちください」
「(こんなイケメンいるなんて聞いてない…!)」
軽く会釈をして、深月が席から離れるとその女性は両手で顔を覆い悶絶しているようだった。
「お待たせいたしました。ご注文お決まりですか?」
「はっ、はい…!」
水が入ったグラスをテーブルに優しく置きながら、すぐ傍に膝をつく深月の声掛けに、緊張した面持ちの女性がぎこちなくメニューを読み上げる。さらっとメニューを繰り返すと、深月は再度口を開いた。
「失礼を承知で伺いますが…今日、初めていらっしゃったお客様、ですか?」
「は、はい…すみません、緊張しちゃって…!」
「ああ、よかった。ふふ、俺も今日が初めてで、ちょっぴり緊張してるんです。……恥ずかしいんで、内緒ですよ」
人差し指を口元に近づけて、ウインクを決める深月に彼女は言うまでもなくメロメロになっている。隣の席に座っていた女性2人組までもが、釘付けになっているようだった。
「では、少々お待ち下さいね」
ポーッとした表情で自分を見つめる彼女に再度笑みを落とし、その席から離れオーダーを通すべく厨房へ向かった。
「オムハヤシ、ワンです…っうわ、なんですか黒尾さん、赤葦さん」
「すげぇわ、お前!最高!」
「今のは神対応でしたね」
厨房へ行くと、拍手を送る黒尾と赤葦に出迎えられ深月は「なにが?」と言いたげな顔で彼らを見つめた。
「今思うとベタだったかと…」
「いやいや、ベタ上等!女の子が喜んでりゃそれが正解!その調子でどんどん頼むわ!」
予想だにしない黒尾の喜びっぷりに若干圧されながら、深月は再びフロアーへ戻っていった。するとちょうどオーダーを取った月島とすれ違い、深月はぺこっと頭を下げた。
「6卓、3名新規。水よろしく」
すれ違いざまの指示にハッと後ろを向いたが彼の姿は既に厨房に消えていた。
深月が手早くグラスに水を注ぎ、トレーに乗せて6卓へ持っていくと、彼女たちは一斉に顔を赤らめ慌ててメニューに視線を落とした。
「お待たせしました。ご注文はお決まりですか?」
「あっ、えっと、お、おススメはありますか…?」
「えーっと、おすすめは…(お店のメニューは覚えたけれど、人気メニューなんて聞いてないわよ…)」
「…僕、オムライス」
「デミグラスハンバーグ、目玉焼き乗せ」
内心困ったと戸惑っていたが、後ろを通った月島と孤爪が助け舟を出すようにボソッと呟いた。
それはお客さんには聞こえていなかったようで、深月はにこっと笑みを溢しながら口を開いた。
「おすすめは、オムライスと、デミグラスハンバーグ目玉焼き乗せ、です」
「オムライスとハンバーグだって、可愛い〜!」
「俺、結構子供舌なんですよ。可愛いでしょ」
ちらっと舌を出し、悪戯っぽく笑う深月に、キュン!と胸に何かが刺さるような音が聞こえた。彼女たちは胸を抑え、顔を真っ赤にさせて震えている。
「では、少々お待ち下さいね(ふー、孤爪さんと月島さんに助けられたわね…)」
内心冷や汗をかきながら、なんとかその場を切り抜けるとオムライスとデミグラスハンバーグ目玉焼き乗せのオーダーを取り厨房へ注文を通す。
「ちょうど料理上がったから、お願いできる?月島のファンの子達だけど忙しそうだから」
「わかりました(えーっと、8卓2人ね…)」
両手に料理を持ち、入り口付近の8卓へ向かう。
するとその途中、急に席を立ち上がったお客さんに肩が当たり、深月は体勢を崩してしまった。
「きゃっ、ごめんなさい…!」
「す、すみませ…!(あっ…料理が…!)」
倒れる、そう覚悟したがなんの衝撃や音もないことに疑問符を浮かべ思わず瞑ってしまった目を開ける。
いつのまにやら両手に持っていた料理は目の前で眉を顰める月島が持っていて、前のめりに倒れかけた体は後ろから服を指先で引っ張られ支えられていた。振り向くと、孤爪が冷や汗をかいている。
その神がかった2人のフォローに、周囲のお客さんたちは思わず拍手している。
「お客様、大丈夫ですか?肩が当たってしまって…申し訳ありません。お怪我は…」
「大丈夫です、すみません私が急に立ち上がったりしたから…!」
「いえいえ、よかったです…」
立ち尽くす女性客に1番に声をかけた深月は、ホッと胸を撫で下ろす。そして、また店内は賑わいを取り戻した。
「ありがとうございます、2人とも」
孤爪は反応に困っているようで、視線を泳がせながら小さく頷くと、逃げるように厨房へ向かった。
「君単体ならスルーしてたんだケド」
一方月島は深月を見下ろしながら片方の口角をあげ意地悪な笑みを浮かべている。
「それはどーも…(まーっ、意地悪なひと)」
顔を引き攣らせながらにっこり笑みを浮かべる深月に、月島はフンと笑って8卓へ向かっていった。