「さすがに拉致は犯罪ですよ、黒尾さん」
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「まず、家事は当番制な。朝夜の食事、風呂、ゴミ出し、洗濯、掃除の5つをローテンション。休みの日とか予定があってどうしても無理な時は誰かとチェンジもOKだ」
「(絶対にこの秘密だけはバレないようにしないと…絶対に…衣食住付きなんて、滅多にないんだから…)」
黒尾が説明を始める中、メラメラと燃えるような瞳で目の前のテーブルを見つめる深月。
重大な秘密を抱えた深月はそれだけはなんとしても死守しなければと、決意を固めた。
「おーい、聞いてるー?」
「あっはい。えーっと、朝夕の食事と、お風呂、ゴミ出し、洗濯物、掃除は当番制…チェンジもOKと…」
「おっ、そーそー。覚えが早くて助かるねー。ちなみに掃除は週2日の休みの日だけな。洗濯とか風呂掃除はよくサボるやつがいて困ってるところだが、まぁ今は大目に見てる」
黒尾の言葉にビクッと肩を震わせる孤爪は「あ、死んだ」と残念そうな顔でスマホ画面を見つめ呟いていた。目の前に座る月島は薄笑いを浮かべて孤爪を見つめている。
「まぁ急だから、来週くらいからぼちぼちローテ入ってもらう感じで〜。んで、明日はどうする?疲れてたら明日ゆっくり休んでてもらっても構わんよ」
「で、出ます…体力には自信ありますので(さすがに衣食住与えてもらって働かないのは気が引けるしね…)」
「お、頼もしいね〜!仕事については明日詳しく話すけど、最初はウェイターとしてやってもらうからよろしく頼むよ」
「わ、わかりました(ウェイター…料理運んだりとかするやつかしら…)」
今まで事務系やアパレル、宅配業者の経験はあったが飲食店で働いたことはない。なんとなく業務内容を想像しながらぎこちなく頷いた。
「まぁちょーっとコンセプトちょっと変わってるけど、すぐ慣れるでしょう!」
「は、はぁ…」
へらっと笑う黒尾に、無表情だった月島は遠巻きに「どこがちょっとなんだ」と言わんばかりに眉を顰めている。
「あと、ちょっと申し訳ないんだけど、使ってもらう部屋が今物置状態になってまして…明後日片付けるから、それまでソファで寝てもらってもいいかね?」
「それは勿論大丈夫です。むしろ申し訳ないといいますか…」
「んで、あとは服だけど…」
深月と黒尾が腰掛けるソファはゆったりとした大きさだった。170センチの深月が足を伸ばして眠れそうなほどで、全く不便はない。
次に黒尾は困ったような表情で深月の着用している衣服を見つめている。
すると風呂から上がった赤葦がちょうどリビングの扉を開け、入れ替わるように月島が風呂場へ向かった。
「研磨サン、一つお願いがありまして…」
「はいはい、貸せばいいんでしょ…持ってくる…」
白々しい黒尾の伺い方に、孤爪はあからさまに嫌な顔をして席を立つと2階へ続く階段へ登っていった。
暫く経ってから、自室から引っ張り出してきた部屋着と仕事用のワイシャツ、適当なズボンを深月に手渡す孤爪は気まずそうな顔をしていて目を合わせようとしなかった。
「あ、ありがとうございます…(あれ、嫌われたのかしら…変に好かれるよりはいいけれど…)」
「サンキュー研磨!あと制服は店にあるから問題ねーな。深月からなんか質問ある?」
「ではひとつだけ…俺みたいな男の人を探してたっていいましたけど、女の人だとダメな理由があるんですか?」
「んー、まぁ…明日行けばわかる!っつーことで、風呂渋滞中だからここでゆっくりしててよ。赤葦、お茶淹れてやって」
深月の質問に一瞬首を傾げた赤葦だったが、黒尾の言葉で我にかえり頷くとキッチンへ向かった。
「(明日行けばわかる、ね…まあ最近はずっと男装をしてたし、喋り方も敬語モードで大丈夫、なはず)」
「じゃ俺はちょっとやることあるから自室に籠るけど、気にせず風呂入って寝ちゃってね〜掛け布団は後で持ってくからさ」
「あまり無理すると体に障りますよ、黒尾さん」
ふぅ、と一息ついた黒尾は欠伸をしながらソファから立ち上がる。早速温かいお茶を淹れた赤葦が深月名前のテーブルに湯呑みを置きながら、眉を顰めて黒尾を見つめた。
「ご心配ドーモ。俺も体力には自信あるんでね。あとで赤葦特製コーヒー、今日も頼むよ」
「はいはい、後で持っていきますから」
「やりぃ!んじゃ、深月のこと頼むわ!お疲れ〜ぃ」
黒尾は深月に視線を送りニッと笑うとひらひらと手を振り2階へ上がっていった。
「クロ、また無理してる…」
「困った人ですね、全く…」
彼が去ったあと、どちらからともなくため息が漏れる。孤爪はリビングの椅子の上で体育座りをしながら、2階に続く階段を見つめていた。
するとガチャっとリビングの扉を開けたのは月島だった。また入れ替わるように孤爪がお風呂場へ向かう。
「あれ、黒尾さんまた残業?」
「ああ。ちょうど2階行ったとこ。月島も何か飲む?」
「うん。冷たいのほしいデス」
タオルで濡れた髪を乾かしながら、月島はリビングの椅子に腰掛ける。慣れた手つきで冷たいお茶を2つのグラスに注ぎテーブルに置く赤葦は、月島の向かいに腰を下ろした。
「あ、あの…聞いてもいいでしょうか…」
「ドーゾ」
ソファに座ったままおずおずと片手を上げて、リビングの椅子に座る2人を見つめる深月に、月島は興味無さそうな声で片手を向けた。
「4人はどういうご関係ですか?男性4人で暮らしてるってなんだか珍しいというか…」
「ああ、学生時代の縁でね。黒尾さんがレストラン経営始めて召集されたのが俺たちだったんだ」
「ま、男ばっかりでむさ苦しいケド。家事とか面倒ごとは4人で回してるし1人よりは楽だよ」
質問にざっくりと答える2人に、深月は「なるほど」と納得したように深く頷いた。
「そうだ、俺、先に黒尾さんにコーヒー持っていってくるよ。月島、お願い」
「はい、わかりました」
思い出したかのように立ち上がる赤葦はキッチンへ向かい、コーヒーポットに移しカップと砂糖ミルクを添えてお盆に乗せ2階へ上がっていった。
赤葦の後ろ姿が見えなくなった瞬間、月島は時を測ったかのように口を開いた。
「ねぇ、君さ…よく女っぽいって言われない?」
「…っ、(そもそも女なの!とは言えない…)そ、うです、ね…たまに言われるかもですね」
「ふぅん、僕はどっちでもいいんだケド。まあ頑張ってよ。クビにされないように、さ」
片側の口角を釣り上げて意地悪い笑みを浮かべる月島に、「ぐっ」と思わず声が出そうになるのを抑え、にこっと笑みを作り「はい」頷いた。
「(っ、作り笑顔ですらなんかクる…そっちの気はないんだけど、僕)」
「(月島さん、苦手…!なんか見透かされそうで…)」
気まずい沈黙を破ったのは、リビングの扉を開けた孤爪だった。さっぱりしたのか、ほくほくした表情で深月にタオルを差し出す。
「…お待たせ、お風呂どうぞ。タオルは、これ。風呂場は廊下左の扉、開けっぱなしにしたから、わかると思うけど…」
「孤爪さん、ありがとうございます。すみません、シャワーお借りします。」
深月は助かったとばかりにサッと立ち上がり着替えを両手に抱えてタオルを受け取り、パタパタと小走りで風呂場へ向かっていった。
月島は机に頬杖をつきながら何もない壁を見つめていて、孤爪はその姿に猫を重ねながら眉間に皺を寄せて首を傾げた。
「なに、どこ見てんの…」
「なんか変だなと思って、あの子」
「ああ…まあ悪い人では無いと思うけど…」
月島はそこから目を逸らさず呟くように答えた。孤爪は深月を顔を思い浮かべながら視線を上に向けゆっくりとした口調で答えた。
「合わなければどうするか、クロが決めることだし、俺は、とやかく言うつもりはないよ…ただ」
月島は相槌もせず、孤爪の言葉の続きを待っていた。
「なんか、ゲームのキャラみたい。最近よくある、フルメイクできるやつ…」
「あぁ…顔立ちがね」
「(それだけじゃないんだけど…いいや、説明めんどいし…)」
またゲームか、と呆れたような笑みを浮かべてお茶を飲む月島に、孤爪は項垂れたような姿勢で階段の方へ歩いていった。
「あ、寝るの?おやすみ。…黒尾さんが夜のゲームは控えなさいね、だって。」
ちょうど黒尾の部屋から降りてきた赤葦が、階段を上がりかけていた孤爪を見て口を開いた。
その内容に「うげ」と煩わしそうな面持ちでぶつぶつ文句を言いながら猫背のまま階段を上がっていった。
その様子にふっと笑みを溢す赤葦は階段を降り月島の前の椅子に腰掛けた。
「黒尾さんから伝言。月島、あの子の面倒見てやって、だってさ」
「…っはぁ!?な、なんで僕が…!?」
「さぁ。基本はみんなで色々教えていくんだろうけど、気の利く月島に見てもらいたいんじゃない?」
珍しく椅子からずり落ちそうになりながら驚愕の声を上げる月島。赤葦は残されてたお茶を飲み干し、無表情のままそう告げた。
「気の利くって…人のことに構ってる余裕なんてないんですケド」
「大丈夫、俺もできる限り協力するから」
机に突っ伏し口を尖らせる月島の頭を撫でる赤葦は、まるで保護者のような柔らかい表情を浮かべている。
はぁっ、とため息を吐く月島は顔をあげて、不機嫌そうな顔で自分のグラスに残ったお茶を飲み干す。その様子に困ったような笑みを浮かべた赤葦は、空になった2つのグラスをキッチンへ下げた。
するとゆっくりリビングの扉のドアノブが下がり、遠慮がちにその扉が開いた。音の鳴る方へ、2人が視線を向けると、現れた深月の姿に顔が赤く染まっていった。
「あ、あの…シャワーありがとうございました…」
「「(っ、なにその格好…!?)」」
「すみません、孤爪さんからお借りした服、両方ワイシャツでちょっと大きくて…部屋着これだけだったので…(…結構裾長いしいけるとは思ったのだけれど、ちょっと恥ずかしい、かも…)」
まとめて渡された為気付かなかったが、孤爪が用意したのはワイシャツ2枚、出勤用のジーンズ1枚のみだった。
深月は色々と悩んだ挙句、太ももの半分程まで隠れるため、ワイシャツ1枚で問題ないと判断したようだった。
グラスを落としかける赤葦と目をまん丸くさせている月島は口を開けたまま動けないでいた。
「そんなに見ないでもらえます…?(いくら男と思われてても、やっぱりまずいかしら…)」
「…っ、さすがにその格好じゃ風邪引きそうだね…ハーパン貰ってくるからそこで待ってて」
2人の視線を浴びて、ワイシャツの裾をキュッと下に伸ばす。そこから下は白い生足が露わになっていた。
赤葦は内心動揺しながら、余裕の笑みを無理矢理貼り付けて孤爪の部屋へ行こうと階段へ足をかけた。その瞬間、深月は「もうひとつ、お願いが」と彼の裾を掴み恥を忍んで耳打ちをした。
「あ、あの…下着が、なくて…」
「…っ、わかりました、ちょっとそこに座って待っててください」
深月の言葉を聞いた赤葦は流石に顔を赤らめながら、2階へ上がっていく。
月島は深月から顔を大きく逸らし終始無言を貫いていた。そんな中、赤葦がようやく2階から降りソファに座る深月へハーフパンツと新しいボクサーパンツを渡した。
「これ、使ってください。たまたま黒尾さんが持ってたのでよかったです」
「すみません、助かります…!着替えてきますね」
言葉通り、助かった!と表情を明るくさせ差し出されたそれを受け取ると、深月はパタパタと風呂場へ駆け出していった。
「月島…これはなかなか大変かもね…」
「…(なに、本当に男なの…?あの赤葦さんまで動揺させるなんて)」
深月がリビングを去ると、赤葦は片手で顔面を覆いため息を吐いた。月島も全く同じような反応を示している。
程なく身なりを整えてリビングへ戻った深月は安堵した表情を浮かべていた。
「ありがとうございました、赤葦さん。助かりました。」
「…どういたしまして。あと、君の教育係は月島が任されることになったから、よろしくね」
4人の中で赤葦が1番頼りやすいと感じていた深月は愕然とした。決まってしまったことは仕方ないが、教育係ということは基本的に月島が1番自分の身近な存在になるということだ。
「(ゔっ…!?よりによって…)つ、月島さん、よろしく、お願いします…」
「(ふ、イヤなそうな顔してる)僕が無理だと判断したらすぐ黒尾さんにクビにしてもらうから、よろしくね」
「ゔっ…オネガイシマス…」
ニヤッと笑みを浮かべる月島に身体を硬直させる深月。赤葦はしょうがないな、と軽く笑いながら机上で頬杖をつく月島の頭にポンっと手を置いた。
「こらこら、月島。まあ、あんまり固くならないで大丈夫だから。君もお試し期間だと思ってさ。合わなければ他の方法を考えればいいし」
ツンッと口を尖らせてそっぽを向く月島を横目に、赤葦は表情を和らげながら緊張した面持ちの深月を見つめた。
「やはりこの家の母的存在は赤葦さんだ」と確信する。月島は赤葦の前だと特に弟のようなタイプにみえる。孤爪はマイペース、黒尾は大黒柱、と言ったところだろうか。
それぞれの関係性やタイプを観察し考察しながら、赤葦の言葉に安堵する深月。
「ありがとうございます。明日から、よろしくお願いします」
「こちらこそ」
「…ヨロシク」
ソファから立ち上がり改めて2人に頭を下げると、彼らは表情を緩ませながら頷いた。
こうして、深月は女性であることを隠しながら男性4人と共同生活を始めることになるのだった。
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