「さすがに拉致は犯罪ですよ、黒尾さん」
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孤爪と赤葦が家に到着したのは21時前だった。
時を測ったように食卓には昨日の夕飯の残りと肉野菜炒めが4人分並べられている。
だが2人と共に帰宅するはずの黒尾がいないことに疑問を抱いた月島が理由を聞くと、忘れ物をして店に戻ったとのことだった。先に食べてて、と言っていたらしく3人は食事を取っていた。
「月島、料理上手くなったね」
「そうですか?」
「俺、この味噌汁…好き」
赤葦と孤爪に褒められ、満更でもなさそうな表情で「ドーモ」と返し食べ進める月島はサランラップが敷かれた黒尾用の食事を見つめ、そういえば、と口を開いた。
「珍しいですね、いつもなら待たせてまで4人で食べたがるのに」
「たぶん、俺たちの疲労度を気にしてるんだと思うよ。」
昼休憩はほぼ無く、昼ご飯は隙を見て流し込むように済ませる日々が半年ほど続き、さすがに体力に自信のある彼らでも疲労は蓄積されていく一方だった。
だが、店の経営者である黒尾も疲労度は等しく、むしろそれ以上に最近は家で残業をしているようだし、自分達の知らないところでの苦労もあるのかもしれない。
赤葦の一言でほんの少しの重たい沈黙流れるなか、孤爪と月島は何かを考えるように視線を落としている。
「(さっき…クロにちょっと言い過ぎた…かな…)」
「(ちょっと冷たくしすぎた、かも)」
「(あ、2人ともちょっと反省してる顔だ)」
孤爪と月島の瞳にはほんの少しの後悔と反省の色が見えている。なんだかんだで素直な2人を見て、赤葦はまるで保護者のような気持ちで小さく笑った。
すると、玄関からガチャっと扉が開ける音が聞こえ、ハッとした孤爪と月島はリビングの扉に視線を送った。
「よいっ、しょ…ただいま〜っと」
黒尾の声と、スリッパでパタパタと廊下を歩く音が聞こえ、孤爪はそっと扉を開けた。「クロ、おかえり」と途中まで言いかけて、彼は思わず黒尾の姿に固まった。
「なに、どうしたのその人…」
黒尾が小脇に抱えていたのは、小柄な男性だった。腕と髪がだらりと力無く下がり、見るからにどこからか拉致してきたような見かけである。そしてどことなく、黒尾の犯罪者臭が漂っている。
1分前の反省はどこへやら、孤爪は黒尾から距離を取り警戒している素振りを見せる一方、月島は口角を下げながら軽蔑の眼差しを向けていた。
「さすがに拉致は犯罪ですよ、黒尾さん」
「あー、うん。そういう反応だろうなとは思いましたけども」
野菜炒めに箸をつけながら落ち着いた声でツッコミをいれる赤葦と、他2人の想像通りの反応に黒尾は苦笑を浮かべた。
「まー、ちょっと聞いてくださいよ…」
小脇に抱えた男をリビングのソファに寝かせながら、ため息混じりに疲れ切った表情で弁解を始める黒尾。
彼曰く、スマホを取りに店へ戻ると、店の入り口の前にこの男が倒れていたというのだ。
すぐに救急車を呼ぼうとしたが、かろうじて意識のあったその男がそれを拒んだらしい。押し問答の末、黒尾が根負けすると、安心したように気絶してしまったという。
「しかもさー、見てこの顔。超美形じゃん?だからあわよくば〜なんて思って連れてきちゃった」
「まさか、クロ…この子雇おうとしてるわけ?」
「うわぁ、安直デスネ」
理解不能だと言わんばかりの表情を浮かべる孤爪と、ドン引きしている月島はそれぞれ口を開いた。一方赤葦は黙ってソファで眠る男を観察している。
肌は白くきめ細やかで、高く小ぶりな鼻と薄い唇。女だと言われればそう見えそうなほど、整った顔をしている。身長は170センチくらいだろうか、華奢な身体が身に纏う黒いパーカーの首元から見える鎖骨が妙な色気を醸し出している。
「まあ素性も知れないですし、一旦目を覚ますのを待ちましょう」
赤葦の言うことは最もである。まずは本人と話してみないことには始まらない。
「そーね…赤葦サンの言う通り。はーあ、腹減ったあ」
「温め直しますから座って待っててください」
人1人抱えて帰ってきたため、さらに疲労が溜まった身体を労るように伸ばす黒尾。月島はすっかり冷めてしまった料理を温め直しにキッチンへ向かった。
半分も食べ進めていないタイミングで黒尾が帰宅したため、全員分のオカズを回収している。
するとソファで眠りについていた男が小さく唸り声を上げ、ピクリと身体を動かしながら眩しそうな表情で目を開けた。
「ん…こ、こは…」
「お、いータイミングで目覚めたな〜。飯食うか?」
「…あなた、さっきの…」
痛む身体に耐えるように、ゆっくり上半身を起こし辺りを見回す彼に、黒尾はニッと笑いかけている。その瞬間、男のお腹の音が鳴り響いた。
「ツッキー、飯余ってる?」
「多少は。今用意してますよ」
「(男の人ばっかり…)あ、あの、大丈夫です…ご迷惑をおかけしました、帰ります」
男が起きたタイミングで察しのいい月島は既に黒尾と彼の分も用意を進めていた。勝手に進んでいく話に狼狽える男はソファから立ち上がろうとした。
しかし身体に力が入らないのか足元から崩れ落ちそうになり、それを間一髪のところで黒尾が抱きとめた。
「おぉっと、あっぶな…まあ、取って食いやしませんので、ちょっと休んでってくださいよ」
「クロが言うと、なんか胡散臭い…」
男が目を覚ましてから遠巻きに一部始終を見ていた孤爪のボソッとした呟きに黒尾は呆れ顔である。月島は「うわ」とドン引きしている様子だ。
「っ、触らないで、ください」
抱き止められた男の黒い前髪の隙間から覗く、深い蒼色の瞳が嫌悪に揺れる。それを赤葦は見逃さなかった。
どうやら咄嗟に出た言葉だったようで、本人も自分の口を覆いハッとした表情を浮かべていた。
「えっ?あー、悪い悪い!」
黒尾は苦笑を浮かべながらパッと手を離した。支えがなくなった男の細い体は力無くソファに沈んでいく。
「俺は黒尾鉄朗で、こっちは赤葦京治。キッチンにいるのが月島蛍。あそこにいるちっこいのは孤爪研磨。よろしく」
「そんな急に言われてもわからないんじゃないですか、黒尾さん」
「あ…いえ。黒尾さん、赤葦さん、月島さんと孤爪さん、ですね」
普通なら知らない場所で起きたら見知らぬ男達に囲まれていたなんて、ありえないことだ。そんな状況下で突然4人分の自己紹介をされても瞬時に覚えるなんてまず難しいだろう。
だがそんな赤葦の心配も杞憂に終わった。
彼は驚くほど冷静で、4人の名前と顔も既に一致させているようだった。
「えと、雨音 深月です」
「オーケー、自己紹介も済んだことだし、とりあえず話は飯食ってからだな!」
黒尾はパンっと手を叩き、歯を出して彼に笑いかけた。赤葦が椅子を一つ用意して、再度温められた食事を月島が人数分食卓に並べる。
いただきます、と手を合わせる4人。ゴクリと喉を鳴らし目の前に並べられた食事を見つめ、深月は口を開いた。
「あの、お金が…」
「いやいや、そんなの要らねーよ。レストランでの無銭飲食はお断りだけど」
「どーせ余り物ばっかりだし、気にしないで食べたら?お腹空いてるんデショ」
深月の言葉に苦笑する黒尾と、先程のお腹の音を思い出し、薄ら笑いを浮かべる月島は味噌汁を啜っている。
彼らの言葉に安心したように、「いただきます」と手を合わせ、おずおずと味噌汁を口にした。途端に目を輝かせて野菜炒めに箸を伸ばし、どんどん食べ進めていく。
「おっ、美味しい…!」
「(お、やっぱ可愛い顔してんな、こいつ)だろ?なんといってもツッキーの手料理だからな〜!」
「…なんで黒尾さんが偉そうなんですか」
何故か黒尾が鼻高々にドヤ顔をしている横で、月島は呆れ返ったような表情を浮かべていた。
一方、赤葦は無言で食事を進めながら、深月を視界に入れ分析するかのように思考を巡らせていた。
声は中性的で、話し方も丁寧さが窺える。さらに記憶力も良さそうである。
人を惹きつけるような深い青の瞳と整った顔、これは黒尾も気にいるわけだと納得がいく。「美味しい」といった彼の表情は子供のようなあどけなさを含んでいて、自然と「可愛い」と心の中で呟いてしまっていたことに、自分自身が1番驚いていた。
だが先程の、黒尾を拒絶するかのような反応が気にかかる。考えられる理由は3つだ。
ひとつは、単純に他人に触れられるのが嫌。
あとは男自体を拒絶しているのか、可能性は低いが黒尾個人に対するものなのか。
「(まぁ考えても今はしょうがない、か)」
赤葦は途中で思考を止めて、チラリと深月を見つめる。夢中で箸を進める深月に視線を送っていたのは赤葦だけではなかった。
「(この人、本当に男なのかな…なんか、ゲームのキャラみたい…っていうか、よく見たら服ボロボロだし、なんか汚れてる…)」
孤爪は猫のようなまん丸の目で深月を観察するように凝視していた。さすがに彼の視線に気付いた深月は不安げな面持ちで孤爪を見つめ返した。
目が合った瞬間に顔を逸らした孤爪は、何事もなかったかのように食事を進めている。
「(目、綺麗だな)」
視線を下に落とし、野菜を咀嚼しながら孤爪はそんな感想を抱いていた。
やがて皆が食べ終え、孤爪と月島が片付けをしている中、赤葦と黒尾は深月とソファへ移動し話を聞くことにした。
「んで、君はどうしてあんなとこで倒れてたの?」
「お腹が空いて彷徨っていて、気付いたらあそこに…」
「え、どゆこと?」
信じられない、と瞳をまん丸にして思わず聞き返す黒尾に深月はぎこちなく口を開いた。
彼曰く、元は一人暮らしをしていたが仕事はクビになるばかりで就職先が見つからず、ここ数日ホームレス状態で暮らしていたというのだ。
「もう私物で売れるものも無くなって、食べるものも買えず…」
「なるほどね…仕事クビになるってのは、原因はあるのかな?」
「…それが…男女関係のトラブルに巻き込まれることが多くて…お客さんや会社の同僚にストーカーされたり、三角関係に巻き込まれたり、上司に言い寄られて断っていたのに不倫だと勘違いされたり…」
どこか遠い目をして語る深月の瞳が、嘘偽りないことを示していた。過去の記憶を辿っているのか、思わずその小さな口からはため息が漏れ出ていた。
一方赤葦は考える素振りを見せながら、先程の触れられたことに対し嫌悪に溢れる瞳の原因がここにあるのでは、と考察していた。
「男と女、どっちに言い寄られることが多いですか?」
「(その質問…やっぱり勘違いされてる…)えっと、男の人、です。中には女の人もいましたけど」
内心嫌な予感が過る深月を他所に、ああ、なるほど、と赤葦は心の中で相槌をした。
あれは男に対する嫌悪感の表れだったのだと確信する。男が男を嫌うなんて珍しいこともあるもんだなと疑問が沸くが、相当酷いことをされてきたのだろう。
赤葦が考察を進めるなか、そんなふうに思われてるとはつゆ知らず、深月は口を開いた。
「ここまでくると、自分に原因があるんだとは思ってるのですが…とりあえず、これで話は終わりです。食事、ご馳走さまでした」
食事を頂いた分の身の上話はしたはずだと、深月はソファから立ち上がり頭を下げてお礼を述べると、黒尾たちに背を向けてリビングの扉の方へ歩み出した。
「ちょーっと待った。」
「…まだなにか」
黒尾は相変わらずの笑みを浮かべながら声をかける。深月は眉間に皺を寄せて足を止めると振り向いた。
「君、うちで働かない?」
「…さっきの話聞いてました?トラブルメーカーなんですよ。…お断りします」
「ああ、それなら問題ねぇよ。ちょうど君みたい男の子を探してたからさ」
「(…やっぱり男って勘違いされてるじゃない…!よかった、初対面の人には敬語モード対応って決めてて…)」
黒尾の言葉に深月は思わず狼狽える。
実は、訳あって男のような格好をしていたのだが、何を隠そう深月は女なのだ。
そんな彼女の動揺に気付くことなく、赤葦たちは事の成り行きを黙って見守っている。
「いや、っつーかお願いします!毎日人手不足だってそこにいるネチネチ系2人組にネチネチ攻撃されて俺も辛いんですよ…!」
「ちょっと、俺たちが悪いみたいに、言わないで欲しいんだけど…」
「黒尾さんのしつこさも天下一品級ですから安心してくださいよ」
黒尾は涙目になりながら深月に縋るように両手を合わせて「お願いします」とジェスチャーを交えて懇願する。カウンターキッチンで聞き耳を立てていた孤爪は不機嫌そうな声で反論し、月島は半笑いで嫌味を返していた。
「んー、じゃあ次の就職先決まるまででいいから、うちで働くのはどうよ。衣食住付き!食いっぱぐれることはねぇし最高条件じゃね?」
「いっ、衣食住付き…」
彼らの反論をスルーした黒尾の提案に、深月の目が輝くのを赤葦は見逃さなかった。
あと一押しだ、とばかりに畳みかけるように赤葦が口を開く。
「お客さんは9割女性ですし、君も安心して働けると思うよ。それにこの家、部屋が一つ余ってるからそこを使っても…いいですよね、黒尾さん」
「おう!もちろん!」
「(自分の部屋…!これは必要不可欠…もしかして願ったり叶ったりじゃ…)」
「さ、どうする?」
自室が借りれる、という彼の言葉に深月は狼狽えた。赤葦の言葉が刺さったことを確信した黒尾は再度問いかける。すると、深月はぎこちなく頷き「よろしくお願いします」と頭を下げた。
「よっしゃ!交渉成立!」
深月の承諾を得た黒尾は、ニッと笑い自分の手のひらに拳を突いた。そしてソファに座って安堵のため息を吐く赤葦に「うぇーい」と軽くハイタッチをしている。
「よーし、じゃあこの家のルールから説明しよう!君たちは風呂入ってとっとと寝ちゃいなさいね!」
まるで母親のような黒尾の一声に、赤葦が先に風呂場へ向かう。ちょうど片付けが終わった孤爪と月島はリビングの椅子に座りスマホを横にしてゲームを始めた。
「じゃ深月、こっちおいで〜」
ぎこちなく彼の呼ぶ方へ足を進める深月は性別を偽ることへの罪悪感を抱きながらソファに座り、黒尾の説明を大人しく聞き始めるのだった。