それを壊すのは、いつも
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街を行き交う誰もが浮き足立ちはじめる季節、ピンと張り詰める空気が心地良い12月中旬の頃。
あかりは定番のクリスマスソングを口ずさみながら、珍しく仕事終わりのデート帰り、スーツ姿の月島と夜道を歩いていた。
週半ばで翌日もお互いに仕事のため、早めに帰路へついている途中、月島は何かを視界に捉えて「あ」と声を上げた。
「君、ああいうの好きそう」
住宅街の一角を指差す方へ視線を向けると、あかりは反射的に眉間に皺を寄せてそこから目を逸らし、月島に視線を移してニコッと笑った。
そこには、他所の家の玄関の隅に控えめに飾られたクリスマスツリーに散ばった赤や緑、黄色の小さな光を放っている。
「あ、…そうですね、可愛らしいです」
その貼り付けたような笑顔にムッとした表情を浮かべた月島は指先で彼女の頬を摘んだ。
「ひたたたっ、…!?」
「誤魔化せるとでも思ってるの?」
眉間に皺を寄せ、不機嫌そうな顔をする月島はパッと指先を離す。どうやら彼女の表情を見逃さなかったようだ。
「すみません、誤魔化すつもりは…!」
「はいはい。で、どうしたの」
言い訳はいいから、とあかりが落とした陰の原因を聞く月島。ゆっくり歩きながら、あかりはキュッと結んだ唇を解いた。
「すみません、なんだか…ああいう装飾を見ると、一瞬、頭が痛くなって…何かを思い出しそうな、でも自分の中のなにかがそれを拒んでるのが、わかるんです」
小さく開かれた薄い唇から白い息が漏れている。その表情は酷く痛々しい笑みが浮かんでいた。
「(そういえば、この子がいなくなったのは、ちょうどこの頃だったな……)」
そんな彼女を横目に、月島は通り過ぎていく住宅を見つめながら、自分からそれを伝えて良いのか否かを考え込んでいた。
以前、願い事は自分で叶えたい、と言っていた彼女が脳裏を過り、月島は言葉を呑み込んだ。
「すみません、つい弱気に…。でもちゃんと全部思い出せるように頑張りますっ!」
「君がそうしたいなら止めないけど。ただ無理するなら僕がそばにいるときにして」
拳を作って鼻息を荒くするあかり。
止めても聞かない頑固な一面を持つ彼女に「無理しないで」の言葉は不要であることを分かっている月島は呆れた声色で釘を刺した。
彼の言葉に、あかりはマフラーに顔を埋めながら嬉しそうに「はい!」と頷いている。
「そういえば最近、よく思い出すんですよ。昔の月島くんのこと」
クスクスと笑うあかりに、月島はあまり良い予感はせず若干嫌そうな顔で「なにを」と聞き返した。
「私結構お転婆で、よく転んでて…その度にださい、なんて言いながらいつも手を差しのべてくれたこととか」
「そういうところは今も変わってないかもね」
「ええっ、ひどいです…!」
そんなに日頃躓いているだろうかと思い返せば何もないところでもコケることも多く「たしかに」と肩を落とすあかり。
「あと、3人で四葉のクローバー探して気付いたら日が落ちてた、なんてこともありましたよね」
「ああ…何故か君だけ五ツ葉見つけて泣いてたよね。不幸になるとか言って」
「お恥ずかしい…!しかもあの日以降も探したんですけど結局見つからなかったんですよね」
昔話に想いを馳せながら、あかりは楽しそうに話している。そんな彼女に相槌を打つ月島は内心疑問符を浮かべていた。
彼女が月島のこと思い出してから、ここまで昔話を語ることはこれまでなかったのだ。だが「最近よく思い出す」というのには何か理由があるのでは、と考えていた。
「(こういう話をしきりにし出す時ってそれこそあまり縁起がよくないって聞くな…)」
だが、彼女の場合はまだ思い出せていない記憶を起こす何かのきっかけにも繋がる可能性もある。月島は縁起でもない考えを振り払い、その可能性を信じることにした。
彼女の昔話に耳を傾けているとあっという間に家へたどり着き、先にあかりがシャワーを浴びている間に月島は洗い物をしたり洗濯物を取り込んでいた。
「(クリスマス、か…)」
ひんやりとした部屋、彼女が湯冷めしないように暖房を効かせながら取り込んだ洗濯物を手に窓の外を見た。
分厚い雲に覆われた仄暗い空からは、今にも雪が降りそうである。
「(あの子が僕の前からいなくなった日も、こんな天気だったな)」
当時のことを思い出しながら、月島は無表情でその空を見つめた。
———————————
昔、ボールを追いかけ迷子になった彼女を探し出した、あの雷雨の日。
まだ雷がゴロゴロと唸るなか、真冬の冷たい大雨に晒された僕はすぐ両親に自宅へ連れ帰られて湯船に浸かり、体をしっかり温めて家族団欒で食卓を囲っていた。
「もー、本当にあんな無茶はだめよ、蛍」
「だって…」
「だって、じゃないの!そういう時は大人を呼びなさい」
母はどうやら酷く心配したようで、僕の行動に対して怒っているようだった。でもあの時僕が助けに行かなければ、彼女は落雷により大怪我を負っていたかもしれない。
間違ったことをしたとは微塵も思えず、僕は口を尖らせてそっぽを向いた。
「まぁ、蛍もわかっているさ。それにあの子を守ろうとしたんだろう。…よく頑張ったな、偉かったぞ」
父の大きな掌が僕の頭を撫でる。
僕は父に向かって大きく頷き笑顔を向けた。母と兄は「やれやれ」と溜息を吐きながら、呆れたような笑みを溢している。
「それにしても、あかりちゃん、大丈夫かしら…」
和やかになりかけた食卓の空気は、母の一言によって重みを増したようだった。
あの家庭の異変については母も父も薄々は感じていたようだが、親戚であることのしがらみや決定的な証拠を掴めず口を出すことができなかったのだ。
だが僕は何度か、あかりが彼女の母親に叱咤されている場面を見たことがあった。怒鳴られたり、たまに頬を叩かれたり、だがそれは教育の範囲内だと言われればそれまでで、あの人もそれを分かっているかのようだった。
「(明日、あかりの家に行ってみようかな)」
嫌な予感がするのは、きっとこの荒れた天気のせいだと言い聞かせて、僕はその日早めに就寝した。
翌朝、雷は止んでいたものの、まだどんより曇り空が広がっていて、暫くすると大粒の雨が降り出した。
朝早い時間だとあかりも寝てるだろうし、家族でお昼ご飯を食べ終えてから、僕はこっそり支度をした。
こっそり玄関へ向かうと「外へ出るならもう少し止んでからにしなさい」とムッとした表情の母が、玄関に仁王立ちしていた。昨日の今日でさすがに逆らうことができず、僕は不貞腐れた顔で2階の自室へ戻った。
「心配か?蛍」
「べ、べつに…」
兄はニッと笑いながら自室に入ろうとした僕を呼び止めた。おいで、と誘われるまま兄の部屋に入ると、僕は不機嫌そうに定位置である座椅子に腰掛けた。
「兄ちゃんだって、心配じゃないの」
「そりゃそうだけど…今は待つしかないだろ?母さんも心配してるし」
母の心配はもちろん僕も分かっていたが、僕はあかりの方が心配だった。
あの後、温かいお風呂には入れたのだろうか。温かいご飯は?あの子の泥だらけの姿を見て、母親は怒らなかっただろうか。ちゃんと抱きしめてあげたのだろうか。
次々浮かんでくる不安を振り払うように、僕は窓から空を見上げる。
「クリスマスは晴れるといいな。あかりちゃんにはなにあげるか決まったか?」
「…まぁ」
「お、何にしたんだ?」
僕は兄の質問にバツの悪そうな顔で俯いた。兄は困ったように「そりゃそうか」と笑っている。
もう2日後に迫ったクリスマス。
僕たちは彼女に何かプレゼントをしようと考えていたのだ。三日三晩考え抜いて彼女が喜びそうなものを用意し、自室の机の中に大切に保管してあった。
「よし、じゃあ可愛い弟のために、一肌脱いであげますか!」
「…兄ちゃん?」
怪訝な表情で僕は首を傾げると、兄は立ち上がり親指を立ててニヤッと笑うとコソッと耳打ちをした。
その作戦はとても単純だったが、今思えば兄にとってはデメリットしかないもので、本当に僕と彼女のことを想ってくれていたのだと感じる。
兄の先導の元、階段の途中で「ここで待ってろ」と合図され、僕は静かに頷いた。
未だ玄関にいる母は掃除しながら見張っているようで、兄は階段を降りるといつもの調子で母に話しかけた。
「母さん、お腹すいた〜」
「ええっ、さっき食べたばっかりじゃない」
「育ち盛りなんだよ〜!」
「も〜、今ちょっと手放せないから、リビングで待っててくれる?」
母はその場から離れようとはせず、僕はハラハラしながらその様子を階段の影から見守っていた。だが兄は想定内だというようにリビングの扉を開けてキッチンへ向かった。
ガチャガチャと食器のぶつかる音が聞こえたと思えば、次の瞬間「ガシャーン!」と鋭い音が玄関先まで響いた。母はその音に驚き、手に持っていた箒とちりとりを手に慌ててキッチンへ向かっていった。
僕は、今だとばかりに階段を駆け降りて、靴に足を突っ込み踵を踏んだまま傘も持たずに走り出した。
彼女の家は歩いて5分くらいの場所にある、古い平家の一軒家だった。よく彼女に聞いていた秘密の入り口と呼ばれる裏口からこっそり家へ侵入すると、居間は電気もついておらず物が散乱し、且つ冷え切っていた。人の気配は無く、静まりかえっている。
すると居間の隣から咳き込む声が聞こえて、その声を頼りに傷だらけの襖をゆっくり開けた。
そこには布団に横たわるあかりの姿があった。
近づくと、顔は真っ赤で呼吸も荒く、魘されているのか苦しそうな声を上げていて、体調が悪いのだと幼い僕でもそれを感じた。
勝手に冷蔵庫を開けて、残り枚数の少ない冷えピタを取ると彼女の額に貼る。だが未だ夢に魘されている彼女を心配し、僕は彼女の名を呼んだ。
するとあかりは薄らと、その目を開いた。
「……けー、くん、すき」
朧げな瞳を開けた彼女はゆっくりと僕の方へ手を伸ばした。迷わずその手を取ると、その体温はすごく熱くなっているのがわかる。
僕が雨に濡れて冷え切っているからか、彼女は心地良さそうにその手を頬に当てた。
「あかり…」
彼女の言葉に僕もだと伝えたかったけれど、その時は寝ぼけているだけだったら恥ずかしいし、とかどうでもいいことを気にして何も言えずにいた。
「……また、おこられちゃった。どうしたら、いいかわからないよ、けーくん」
弱々しい声で、彼女は肩を震わせていた。
僕の不安は的中していたらしい。やはり彼女の母は、心配をするどころか、服や体を汚し怪我を負って帰ったあかりを叱ったのだろう。
やっぱりあの後、無理矢理でも引き止めるべきだったと後悔したが時既に遅く、弱々しい彼女の表情を前に、今の僕には結局なにもできないのだと思い知らされる。
その瞳から絶え間なく涙を流す彼女の頭を撫でることしかできない自分が酷く憎かった。
彼女は声を殺して泣きながら、母の名前を呼び続けた。この子は何度、こんなふうに声を上げず独りで泣いたのだろうか。
毎日のように遊んでいた僕らだが、彼女のこんな一面を一度だって見たことはなかった。彼女はとても強く、一方でか弱いただの女の子だったのだ。
やがて泣き疲れて寝てしまったあかりの寝顔を見つめながら、すっかり彼女の体温が移った手をゆっくり引き抜いた。
「…ぼくも、すきだよ」
寝息を立てる彼女の唇にそっとキスをする。寝てる間にしか本音を伝えられないずるい僕は、暫く彼女の隣でその寝顔を眺めていると、ガララっと玄関の開く音がした。
僕は閉めた襖の奥を睨みつけると、程なくしてそれが乱雑に開かれた。
「あんた…!何勝手に…!」
「……ごめんなさい」
僕を見つめるあかりの母親の瞳には剥き出しの怒りと動揺が込められていた。金髪の痛みきった髪を揺らし、厚い化粧で塗り固められたその表情は酷く歪んでいるように見えた。
だが、勝手に家に入ったことはたしかに悪いことだと自覚していたため、まずは素直に謝る僕は続けて口を開いた。
「あかり、すごい熱です」
「…っるさい、だからなんなの!?あんたに関係あるわけ!?」
癇癪を起こす母親に怯むことなく、僕は睨みつけながら立ち上がった。彼女を起こしてはいけないと思い彼女の横を通り過ぎ居間へ移動すると静かに襖を閉めた。
「あかり、泣いてました。だいすきだって…だから…」
「あんたに言われなくたって…!!」
酷く寂しげな瞳が揺らぐ。今にも、あかりのように泣き出しそうな表情を浮かべる母親を見て「ああ、親子なんだな」とその時はっきりと感じた。
だが、親子であろうと彼女が傷付くところはもう見たくない。僕は彼女を見据えて、口を開いた。
「ぼくは、あかりのことがすきです。今はまだむりだけど、いつかむかえにいきます」
「どいつもこいつも…っ、勝手なことばっかり!!」
宣戦布告をした僕の身体は、突然の衝撃に吹き飛ばされた。
どうやら頬を叩かれたらしい。熱を持つその部分を手で覆いながら尻餅をつく僕は彼女を見上げた。
「なんなのよ、その目…!なんなの…!」
頭を抱えて膝をつく母親を見て、僕は彼女が何を抱えているのかは全くわからなかったが、その様子は恐ろしいくらいに痛々しかった。
するとピンポン、と家のインターホンが鳴る。
もしかして僕の母が来たのではと嫌な予感を巡らせていると、それが的中して焦りを含んだ声で「すみませーん!」と聞こえてきた。
「チッ…早くいきな、クソガキ」
「おじゃましました」
あかりの母親は舌打ちをすると顎で玄関の方を指した。僕は最後まで彼女を睨むような視線を向けながら鳴り響くインターホンに急かされて玄関へ向かった。
この時、あかりを連れ出していれば、連れ出せなかったとしても彼女を起こしていれば、または叩かれたといって僕の母にその場で声をあげれば何かが変わったのかもしれない、と今になって思う。
だがもちろんそのときの僕はまだ幼くて、自分の気持ちをあかりに伝えることすらできない僕は、そんなことできるはずもなく、また明日会いに行こうと心に決めてその家を後にしたのだった。
家に帰ってから、母にはこっぴどく叱られたし、隣に正座して並ぶ兄も僕のせいで父にも怒られていた。
僕の腫れる頬を心配した母が、あかりの母親に連絡しようとしたが「自分で転んだ」とそれを全力で止めた。それが原因で彼女に危害があってはいけないと思ったのだ。
とうとう家から出ることを禁じられた僕と兄は月曜日の登校日を待つしかなくなってしまった。
また抜け出そうにも、僕は翌日の日曜日、ついに風邪を引いてしまい、高熱をだして寝込んでしまった。
「もぉ〜あんたって子は!」
母は困ったような表情で体温計を見つめている。
さすがに母には悪いことをしたなと思いながら布団を口元まで隠し眉を顰めた。
「とりあえずこれ食べて、薬飲みなさい。後で病院行くからね」
母親の言葉にコクリと頷くと僕は与えられたお粥を食べて薬を飲み、またベッドに体を落とした。彼女は呆れた表情で笑いながらまた口を開いた。
「またあかりちゃんに会いに行くんでしょ?きっと明日学校休んだら心配するから、早く治しなさい」
「ん…」
そうだ、あかりのことだから僕が休めばしつこく家に訪ねてくるのだろう。今までだってそうだった。
その時には、用意したクリスマスプレゼントを渡してあげなきゃ。兄に先を越されるのは嫌だし、早くあかりの喜ぶ顔を見たかった。
僕は母親の言葉に納得し、また小さく頷くと目を閉じた。
次に目を覚ました僕の視界に映ったのは、悲しげに顔を逸らす両親で、その口から告げられたのは信じられない事実だった。
あかりが、突然遠くへ引っ越して行ったというのだ。
2人は口にこそ出さなかったが、その表情はもう彼女には会えない、ということを告げているようだった。
だが簡単に理解できるわけもなく、僕は部屋を飛び出してあかりの家へ向かって走った。
「(うそだ、うそだ…!僕が家に行ったから…!?僕が何もできなかったから…!?)」
堪えきれない涙が頬に伝うことも構わず、僕はあかりの玄関までたどり着くと、躊躇いなく手をかけ古い横開きの戸をスライドさせた。
鍵はかかっておらず、開けた瞬間に僕はなだれ込むようにして玄関へ進み靴を脱ぎ散らかして居間へ向かった。
既にもぬけの殻で、なんで、と呟きながら唇を噛みあかりが眠っていた部屋の襖を乱暴に開けた。
その部屋にはまるで元から何もなかったかのように閑散としていて、布団はもちろん彼女の姿もなかった。
温もりの消えたそこに蹲り、ただ泣くことしかできなかった僕を、追い付いた母親が後ろから抱きしめた。
畳の冷たさと、母の温もりは、あかりがもう手の届かない場所は行ってしまったのだという現実を僕に突きつけているようだった。
そこから、僕はすっかり冷めた人間になってしまったんだと思う。何にも興味が沸かなかったし、誰のことも気に留まらなくなってた。人当たりもこれまで以上に悪くなって、友達もほとんどいなかったし、作る気にもなれなかった。
けれどただひとつ、バレーボールだけはあかりと僕を繋ぐ唯一のもののような気がして続けていた。
バレーでの数々の出会いのおかげで僕はある程度色んな意味で強くもなれたし、夢も持てるようにはなったけれど、彼女のことを忘れたことなど一度もなかった。
———————————
思い返すだけでも胸が痛む記憶に顔を歪ませた月島は、小さくため息を吐き窓の外から視線を外した。
「お待たせしました〜!あ、お洗濯物ありがとうございます!」
「ううん、じゃあ僕もお風呂入ってくる」
通り過ぎざまに彼女の頭を撫でると、月島は風呂場へ向かった。あかりはくすぐったそうに笑うと入れ替わるようにベランダに向かう。
「(この季節になると、どうして寂しくなるのでしょう…不思議です)」
ツンと張り詰める空気が冷たくて、しかしそれが懐かしく、あかりは黒い雲を眺めて早々にリビングへ戻った。
「(明後日はもうクリスマス…イブは月島くんもバレーの集まりで、私とサチさんは2人で女子会をするお約束をしているので、プレゼントは25日にお渡して…)」
再度スケジュールを確認しながら、こっそり用意したプレゼントを思い出し、思わず微笑みが溢れるあかり。
定番のクリスマスソングを口ずさみながら「晴れるといいな」と心の中で願う彼女の気持ちと裏腹に、どんより曇る空は冷たい空気を纏いながらその場に居座り続けたのだった。
——————————-
「メリークリスマスイブ〜!乾杯!」
サチの掛け声と共に、白ワインが揺れるグラスを少し上に翳し口を付けるあかり。
仕事終わりに集合した2人は、小洒落たレストランでクリスマスイブを過ごしていた。
他愛のない会話をしながら美味しい食事にお酒が進み、やがてお互いの彼の話に発展していった。
サチはニヤリと笑いながら声のトーンを落として口元に手を当てとんでもない質問を口にした。
「ねね、2人ってさ、まだ最後までしてないってほんと?」
「…はいっ!?」
「シーッ!」
予想以上にあかりの声が大きく焦っている様子のサチは指先を口に当て「静かに!」と仕草をする。
周囲の視線を感じたあかりは顔を赤らめて小さく頭を下げながら「すみません」と呟いた。
「その様子じゃまだか〜眼鏡くんも頑張るなぁ」
「頑張る、ですか?」
「だって、こんな可愛い子と暮らしてたら男の方が辛抱たまらん!ってなっちゃうでしょ!よく抑えてるな〜って」
頬杖を付きながら、悪戯な笑みを浮かべるサチはとても楽しそうである。褒められ慣れていないあかりは「可愛い」という言葉を全力で否定しながら、彼女のセリフの最後が引っかかり悩ましげな表情を浮かべた。
「(そういえばこの前、月島くんが僕も男だからと仰って…あれはそういうことなのでしょうか…)」
「おやおや、その顔は身に覚えがある顔ですなぁ?」
ぷぷっと手のひらを縦にして口元を覆うサチに、あかりは思わず「ゔっ」と声をあげ図星の反応を示した。サチは正直な彼女の反応に手を叩いて笑っている。
「も〜、ほんと可愛いんだから…あかりさんさ、怖いって思ってるでしょ」
「……はい…正直、私には経験がないことで…少し、怖いです」
「それ眼鏡くんも同じこと思ってるよ、絶対!」
人差し指を立てるサチの言葉は説得力があったが、彼がどうして自分と同じように「怖い」と感じているのかあかりにはわからず首を傾げた。
「そう、でしょうか…」
「だってさ、小さい時からあかりさんのことが好きで、大人になってからもわざわざ追いかけてきたくらいだよ?」
サチの言葉に「いつか迎えに行く」と言ってくれた幼い頃の彼の言葉が脳裏を過ぎる。あかりは黙ったまま小さく頷いた。
「そんだけ好きな子を傷付けたくないのは当たり前だし、先に進むことに恐怖心が芽生えるのも当たり前!ま、あかりさんの<怖い>とは種類は違うだろうけどさ?」
以前サチから借りて読み漁った漫画には確かにそんな描写があったような、と思い返したあかりは小難しい顔をして考える素振りをみせた。
さらに少し前、初デートで泊まったホテルでの彼の一言がふと思い出された。確かに彼は、不安げな瞳を揺らして「傷付けたく無い」と吐露していた。
あかりはハッとしたように口を開いた。
「確かに、サチさんの仰る通り…月島くんも、同じように思ってるのかもしれませんね」
酷く納得した様子で何度も小さく頷くあかりに、サチは「でしょ!」と顔を少し傾け歯を出してにっこりと笑った。
「まあでも、急がず焦らず、2人のペースが一番だけどね〜あ、すみません!おかわりくださーい!2つ!」
マイペースなサチに、ふふっと笑みを浮かべながらグラスに残った白ワインを飲み干すあかりの表情は、少し明るさを増したようだった。