私の中の、酷く醜い感情
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「(あー、スッキリした…けど)」
バレーの練習を終えて、月島は帰路についていた。
散々嫌がらせの如く白川を徹底マークしてスパイクを止め続け、最終的に土下座まで拝めたのだから憂さ晴らしにはなったものの問題はここからだった。
一応メッセージで彼女には「話したいことがある」と連絡をしたものの、やはり返答はなく月島は帰宅を急いでいた。
「(そりゃあんな写真見た後であれみたらね…)」
思い返せば、あの日帰宅した時から様子はおかしかったのに、それを彼女の言葉のまま自分の都合のいいように解釈したのだ。
自己嫌悪に苛まれながら、どうやって事情を説明しようかと考え込んでいると気付けば家の前までたどり着いてしまった。月島は大きく息を吸って吐き出す。
「(こんなことなら赤葦さんに解決方法くらい聞いておくんだったな…参考になるかは別として)」
そんなことを考えながら扉を開けると、お風呂上がりで髪をお団子に結んでいるあかりが廊下に出てきたところだった。絶妙なタイミングで、2人の目はバッチリ合って一瞬固まった。
「た、ただいま」
「どっ、…」
「(ど?)」
「どうも…!」
何故か顔を赤らめた彼女は複雑な表情をしたまま珍しい言葉を口にするとパタパタとリビングの方へ駆け出して行った。
「…?どうも…?」
挙動不審の彼女に首を傾げながら月島はその背中を見つめた。なんだか昨日とは違う様子を感じながら靴を脱ぎリビングへ行くと、あかりは気まずそうな顔でキッチンに立っていた。
「さ、先にお風呂に入ったらいかがでしょう?」
「…いや、話がしたい」
あかりにとって予想外の返事だったのだろう。目を見開くと唇をキュッと結び俯いた。
「こっちきて」
大きな荷物を椅子の上に置き、月島はあかりを見つめてソファを指差した。
おずおずとあかりはキッチンから出てソファへ向かうと月島の隣に腰掛けた。なんとも言えない空気のなか、小さく息を吐いた後に沈黙を破ったのは月島だった。
「…不安にさせたこと、ごめん」
ぽつりと呟くような言葉に、ビクッと肩を震わせたあかりはまだ月島のことが見れないようで、俯いたままでいる。
「あの写真、見たんでしょ」
ぎこちなく頷く彼女に、月島はあの時の状況を話し始めた。なるべく言い訳臭くならないように、状況説明をすることに努めた。
白川さんが先日のバーベキューでナンパした女性たちが合流したのは想定外だったこと。そしてすぐに席を立ちトイレに避難して、出たところ女が待ち構えていたということ。
「それ、出してくれない?嫌だと思うケド」
月島の言葉を黙って聞いていたあかりはゆっくりとスマホを開き写真を画面に表示して、それを見ないように彼に手渡した。
「ああ、やっぱり…抱き締めたりなんてしてないでしょ、これ」
それを受け取りまじまじと見つめる月島は、その画面に映る自分の腕と女の身体が見えやすいようにズームアップにして、彼女の手にスマホを置いた。
恐る恐るそれを見るあかりは思わず「あ…」と声を上げた。送られてきた時は衝撃が大きすぎてすぐに目を逸らしてしまったのだが、たしかによく見れば暗くて表情は窺えないが、女の肩に手を置き上体を逸らしている月島が映っている。
「信じてくれる?」
恐る恐る彼女の顔を見ると未だ唇を結んでいるがその視線はなにかを思考しているようにあちらこちらに飛んでいる。
「ちょっと、聞いてるの…って、君、なんかさっきから変じゃない?」
「えっいや、全然!普通ですよ、普通…あの、本当に災難というか…」
「(絶対変だ…)」
あかりは慌てて取り繕おうとするも、まるで他人事のような口ぶりに明らかな違和感を感じた月島はジトっとした目で隣に座る彼女を見つめた。
その視線に観念したかのようなあかりはゆっくり口を開いた。
「あの…すみません…実は先程白川さんから弁解と謝罪のご連絡をいただきまして…」
呆気に取られている月島の目の前に、スマホの画面を出すあかり。そこには今しがた月島が述べたような説明が文字となっているように、つらつらと書き綴られていた。
文末には「月島がご乱心なので、どうかご慈悲を!俺の寿命がなくなりそうっす!」と余計な言葉が添えられている。
「なので事情は…わかったつもり、です」
「そう…でも、僕が油断したせいで君を傷付けたことには変わりないから…ごめん」
「私も、話をちゃんと聞こうとせずに…ごめんなさい」
ぺこっと小さく頭を下げてバツの悪そうな顔をしている月島に、あかりは首を横に振り同じように頭を下げた。
「でも、たとえどんな理由があったにしても、本当は…すごく嫌で…月島くんが別の誰かを…そんなこと、絶対嫌で…」
頭を下げたままのあかりは苦虫を噛み潰したような表情で唇を噛む。俯いた彼女の表情を読み取ることができない月島は、言葉の続きを待った。
「自分の中にこんな醜い感情があったなんて……私、最低で…」
「…あかり」
今にも泣き出しそうなほど震えるか細い声。
月島が名前を呼ぶと、あかりは今にもこぼれ落ちそうな涙を目にいっぱい溜めながら顔を上げた。
そして目を合わせながら、月島は両手のひらを彼女に向けた。
「……気持ち悪い?」
昨日手を振り払われたことは月島の心の中にずっと重くのしかかっていて、泣きそうな彼女を抱きしめることを躊躇しているようだった。
困ったような笑みを薄らと浮かべる月島に、あかりは酷く胸が痛むのを感じながら、両手で優しくその手を包んだ。
「…っ、傷付けて、ごめんなさい」
あかりは瞳から涙を流しながら、その大きくて綺麗な手に頰を寄せた。ほっと安心した表情を浮かべる月島はそのまま彼女の顔に優しく触れて、涙を拭った。
「……最低なのは僕の方でしょ。君のは当たり前の感情だよ」
全てを包み込むような彼の優しい声色に、あかりは首を横に振りながら、溢れる涙を抑えようとしているようだった。
「こんな…、黒くて、どろどろしてて…月島くんの前では、普通でいたいのに…っ」
「…はぁー…本当に君は…」
月島はあかりの手を引き寄せて、自分の腕の中にすっぽり納めた。ふわりと香るシャンプーの匂い、小さくて柔らかい身体、お団子に結ばれた髪で露わになる頸、涙で濡れる瞳とか細い声。
その全てが愛しいという思いが、思わず溢れそうになる。
「…どんな君も好きって、いつも言ってるつもりなんだケド」
「…っ、それ、また心の中でだけじゃないですか」
「ふ、よく言う」
いつしかのことを根に持っているあかりに、月島は可笑しそうに笑いながら頭を撫でると顔を離し、その唇を親指でなぞり静かなキスを落とした。
そしてすぐに唇を離した月島は口角を上げてニヤリと笑い、動揺を隠せない彼女の瞳を捕らえた。
「もうとっくに、僕は君のものだから」
「…っ!」
あかりの顎を人差し指で持ち上げる月島は不敵な笑みを浮かべている。その表情と言葉にあかりの胸は思わず高鳴っていた。
「ふふっ…なら、私も月島くんのものです」
「…あーもう、君はそう言うことを簡単に言わないで」
くすぐったそうに笑うあかりに、月島は呆れたような笑みをこぼしながらまた口付けをした。
「…止まらなくなる」
「……す、少しなら、いいですよ」
「…その歯止めが効けばいいけどね」
恥ずかしそうな笑みを浮かべる遠慮がちな彼女の言葉に乗じて、月島は唇を寄せた。
「っあ、…待っ…!んぅっ…ふぅ…っ、」
月島は、苦しそうに顔を歪めながら身体をビクッと震わせる彼女に構わず、熱いキスを続ける。
そしてあかりの限界直前を察知した月島は名残惜しそうに唇を離しクスッと笑った。
「…可愛い」
すっかり惚けた顔で荒い呼吸を繰り返すあかりの耳に触れる。擽ったさに身体をビクっと震わせながら快感に耐えるあかりは月島を見つめた。
「擽った、…っん、です…っあっ」
「弱いもんね、ココ」
絶妙な力加減で耳を愛撫する指先は止まらず、あかりは羞恥に顔を赤く染めあげながら涙目で耐えている。
そのまま、また角度を変えながら激しく口付けを繰り返す月島に、あかりはまた喘ぐように酸素を求めた。
「(またそんな顔して…無自覚ってホント罪だよね)」
呼吸を荒くして乱れる彼女の姿を前に、内側からゾクゾクと湧き上がるような高まりを感じていた。だが加虐心に火がつきそうになるのを寸前で阻止した月島はふと我に返ったようにパッと体を離した。
「月島、くん…?」
「これ以上は、だめ」
「…?どうして、ですか…?」
「……僕も男だから」
バツの悪そうな顔で目を背ける月島は彼女の着崩れそうになっているパジャマの首元を正した。あかりは月島の返答にキョトンとした表情を浮かべている。
「わからなくていいよ…それよりお腹空いた」
月島は無理やり話を変えて立ち上がり、ソファに座る彼女に手を差し出した。
「ふふ、じゃあ先にご飯にしましょうか」
クスクスと笑いながらその手を取るあかり。
そしてキッチンへ向かい鍋に火をかけるあかりを見届けると、月島はカバンを手に取り自室へ向かった。
ふぅ、と深いため息を吐き、扉にもたれかかりながらメガネを外して目頭を抑える。
「(そろそろ限界…)」
段々と自制が効かなくなっているのを痛感した月島は言葉通り限界を感じていた。
その熱が冷めるまで、月島は自室から出ることができなかった。
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後日、バレーの練習で白川と顔を合わせた月島は視線をあちこちに飛ばしている彼に軽く溜息を吐きながら声をかけた。
「どーも、謝罪と弁解していただいて」
「おっおう、当たり前だろっ!大人だからなっ!」
「大人の呑み方ではなかったですけどね」
腰に手を当ててふんぞり返る白川に、月島が呆れていると、そばにいた赤葦がタオルで汗を拭いながら冷静にツッコミを入れた。
「そうだ、赤葦さんもあの女からのメモ、見られたんですよね。どうやって丸く納めたんですか?」
「ああ、それね…特にこれといってはしてないけど…」
月島の問いかけに赤葦はふっと笑みを浮かべた。
2人は首を傾げている。
「いつも以上に可愛がってあげた、かな」
「ああ、そうデスカ…(やっぱり聞かない方が正解だったな)」
「赤葦、お前大人だな…」
聞いた自分が馬鹿だった、と言わんばかりの表情の月島と、遠い目をしている白川。
だが自分も赤葦とたいして変わらないのでは、と彼女とのことを思い返し、月島は思わず顔を赤らめている。
「月島はまだまだお子ちゃまだなぁ〜!!」
「というか、ムッツリですね」
バシバシッと叩かれる背中の痛みと「ムッツリ」というフレーズに苛立ちを隠せない表情で「ちょっと」と文句を言おうとした時、ちょうどミーティングのため白川は監督に呼ばれて行ってしまった。
「まだ最後までしてないなんて、意外だな」
「余計なお世話デス(なんでわかるわけ…)」
しれっとした顔で痛いところを突く赤葦に、月島は不機嫌そうに唇を尖らせている。
「それはそうと、よかったね。仲直りできて」
「本当ですよ…もう懲り懲りです」
「まぁ喧嘩して仲が深まることもあるし、たまにはいいんじゃない?」
赤葦の言葉に、あかりの言っていたことが蘇る。
あかり曰く初めて抱いた「醜い感情」、それは確かに今回のことがあったからこそ見つけた彼女の気持ちだった。
「ふ…なんか、癪ですケド」
「たしかにね(月島、珍しく裏のない笑顔…)」
飲み会に現れたアリサたちの言葉を思い出し、鼻で笑う月島の表情は心なしかスッキリしているようにみえる。赤葦はそんな月島を横目に安心した表情で同じように笑った。
暫くの練習では、月島のネチネチブロックで白川は気持ちよくスパイクを打たせてもらえなかったが、逆に良い練習になると監督はわざと2人をマッチアップさせる日々が続いたのだった。
(自分も知らない醜い、私)
(僕よりマシだと、君は笑う)