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私の中の、酷く醜い感情

夢小説設定

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月島 {君、名前は?
月島{名字も教えて。





秋の訪れを感じさせる10月。

金曜日の夜、バレーの練習を早めに切り上げた月島を含むチームのメンバーたちは珍しく飲み会を開いていた。月島は無理矢理参加させられ、座敷の隅に座る赤葦の向かいでお酒をちびちび呑んでいた。


「ほんと、なんなんですか、この会」

「さぁ…白川さんの思いつきだからね。交流を深めるためとか言ってたけど」


口を尖らせて文句を垂れる月島を視界に入れながら、赤葦は無表情でビールを呷った。彼もまた、犠牲者の1人のようだ。


「月島、最近彼女とはどう?」


「…別に…普通じゃないですか」


突然思いがけないことを聞かれたためか、月島は動揺を隠すように眉間に皺を寄せて赤葦から視線を逸らした。頬杖をつく赤葦は、にやりと笑っている。


「あの子のことになると、月島って感情表現豊かになるよね」


「べっ、別に…どーでもいいじゃないですか、人のことなんて」


不貞腐れた子供のように唇を尖らせる月島に、赤葦は小さく笑った。


「心配だからさ、先輩として。月島って弟みたいで可愛いし」


「ちょっと…僕、そういうキャラじゃないんでやめてもらっていいですか」


「いーや、ツッキーは可愛い!なんつっても、俺の愛弟子だからな!」


「ツッキー」という言葉が耳に入った瞬間、月島はハッと後ろを振り向いた。そこにはニヤリと歯を出して笑うスーツ姿の黒尾が立っていた。

予想外な人物の登場に、さすがの赤葦もビールに口をつけながら少し目を開き驚いているようだった。


「く、黒尾さん…!?」


「なんでここに…」


「お、黒尾きたな〜!俺が呼んだ!暇そうだったからな!!」


戸惑う2人を他所に、離れた席から白川がニカッと笑いながらドヤ顔でふんぞり返っている。


「暇は余計ですよ、白川サン」


「あれ!?すまん!間違えた!」


ツッコミを入れる呆れ顔の黒尾に、なんら悪気のなさそうな白川は豪快に笑っている。


「そこ、座ってい?」


黒尾が声をかけると、月島の隣に座っていたメンバーが気を利かせて一つ隣にずれてくれた。ちょうど酒が切れていた月島と赤葦も黒尾と同じくビールを注文し、再度白川が乾杯の音頭を取った。


「くぅぅ〜沁みるねぇ」

「おっさんになりましたね、黒尾さん」


ぷっ、と口元に手を当てて笑う月島に、黒尾はニッと笑った。


「この良さがわからないなんて、ツッキーはまだまだお子様だなぁ。なぁ、赤葦?」


「すみません、俺もおっさんだなって思いました」


「おいおい、おかしいでしょーが!」


赤葦は食べやすいように焼き鳥を串から外しながら、しれっと答えている。またもやツッコミを繰り広げる黒尾は外された焼き鳥をお箸で摘み口入れた。


「それにしても、ツッキーが彼女作るなんてなぁ」


黒尾は咀嚼しながらウンウンと頷き、しみじみとした表情で、眉間に皺を寄せる月島を見つめた。


「黒尾さん、知ってたんですね」


「ほら、試合にも来たろ?あと、この前の七夕祭りん時、研磨連れて行ったんだけど途中で2人に会ってさ」


赤葦は「どおりであの日早く帰ったわけだ」と月島に視線を送りながら相槌をしていると、黒尾はニヤニヤしてまた口を開いた。


「浴衣姿の彼女にぞっこんでさぁ。俺はキュンとしたね!独占欲に呑まれるツッキーに!」


「…気持ち悪いこと言わないでもらっていいですか」


胸を抑える黒尾を横目に、MAXで不機嫌な顔をしている月島は、心の中で思わず舌打ちをした。


「そーいや、2人は幼馴染なんだろ?」


「まぁそんな感じですけど…黒尾さんに言いましたっけ、そんなこと」


「彼女さんがこの前言ってたんだよ。昔から楽しそうにバレーしてるって。なんか様子が引っかかったけど…なんか訳あり?」


先日、月島がスポーツメガネを忘れて試合に挑んだ日のことだ。試合を観戦している際、黒尾は思わず溢した彼女の言葉を覚えていたらしい。

その言葉に思わず一瞬だけ表情を緩めた月島を、赤葦は見逃さず口角を上げた。


「黒尾さん、野暮ですよ。次何呑みます?」


「あれぇ、やっぱ?あ、俺ビール!」


赤葦は手元にある店員を呼ぶボタンを押して、他のメンバーの注文をまとめている。

黒尾はそんな赤葦を他所に、頬杖をつきながらニヤニヤ笑いながら月島を見つめた。


「なんですか、その顔は……」


「いやぁ〜やっぱお前、可愛いやつだな」


わしゃわしゃと月島の頭を撫でる黒尾は、歯を出して嬉しそうに笑っている。当の本人は煩わしそうな表情を浮かべながらされるがままになっていた。

注文を終えた赤葦は「気持ち悪いですよ、黒尾さん」と呆れた顔で嗜める。


「そーいや、バレーの方も絶好調みたいじゃん。結構お前ら有名になってきてるぞ」


黒尾曰く、これまでそこまで目立っていなかったチームの勢いが段違いで増しているらしく、勝率もだいぶ上がっていて注目されているとのことだ。残りのビールを飲み干した黒尾は口角を上げている。

だが2人はその言葉に喜ぶこともなく、鼻で笑った。


「有名になったところで、ねぇ」

「勝ち進めなければ、意味ないですから」


2人の瞳の奥に揺らぐ蒼い闘志の炎に、黒尾は圧倒されていた。「大きくなりやがって」と呟きながら新しく運ばれてきたビールを呷る。


「楽しみにしてるぜ。お前らがV1昇格して、あいつらとやりあう試合をさ」


黒尾はダンッとジョッキを机上に置き、拳を2人の間に突き出した。
面倒くさそうな月島と無表情の赤葦は顔を見合わせて、しょうがないな、という顔で拳を前に出した。
そんな2人に構わず「うぇーい」と軽い掛け声でふたつの拳にトンッと当てる黒尾。


「おーい、黒尾ー!こっちこーい!」


「へいへい、今行きますよ」


そして酔っ払って顔を赤らめる白川に呼ばれた黒尾は、渋々立ち上がって移動していった。


「ほんと、変わらないですね、あの人は」


やはり音駒の元主将だけあって、彼の言葉には重みを感じた月島は席を立つ彼の背中を見つめながら、ふっと笑った。


「そういえばさ、月島って喧嘩とかするの?」


「いや…ないですね。」
 

「まぁ彼女さん寛大そうだし、月島も大人だからそうないか」


突然の赤葦からの質問に、月島は「うーん」と首を傾げて考える素振りを見せた。
思えば一方的に怒られることはあったけれど、本格的な喧嘩はしたことがない事に気づく。


「赤葦さんはあるんですか?」


「俺もないんだけど…サチさん、この前喧嘩したいって言い出してさ」


「はい?」


赤葦曰く、ドラマか漫画に感化された彼女が突然怒ったところをみたいと言い出したらしい。月島は「理解不能」という顔で首を傾げた。


「だから喧嘩中なんだ」

「それ、喧嘩って言わないですよね」


まるで他人事のように肩をすくめる赤葦はどこか楽しそうで、月島は心底呆れた表情で酒を飲み干した。


「なんで楽しそうなんですか」

「なんかさ、可愛いんだよね。怒ってる顔って」


頬杖を付いた赤葦は彼女のむすっとした顔を思い出しているようで、ニコッと笑った。つられてあかりが頬を膨らませているところを想像した月島は「わからなくもないけど」と目頭を指先で押さえ、緩みそうな頬を律しているようだった。


「……良い趣味してますね、赤葦さん」

「ふ、月島もデショ」


ため息混じりに薄笑いを浮かべて嫌味を言う月島だが、全て見透かしたような赤葦は余裕の笑みを浮かべて酒に口をつけている。
自分の口調を真似された月島は何も言い返せず黙り込んでしまった。

そして2人を含むその場にいたおおよそのメンバーが良い感じに酒に酔い始めた頃、白川がニヤニヤしながら立ち上がり声を上げた。


「よし、お前ら!ここで俺からのご褒美がある!」


相変わらずのオールバックヘアーでキメた白川の言葉に、15名弱の男たちが疑問符を浮かべてどよめいている。


「バレーで強くなるにはなぁ!練習だけじゃ足りねーんだよ!なんだかわかるか!?」

「彼女がほしいっす!」

「お、よくわかってるじゃねーか!見てみろ、レギュラーメンバー3人以外、ほとんどの奴らが独り身だ!」

「(なんなの、この茶番…)」


つまらなそうな表情の月島は、店員が運んできたカルーアミルクに口をつけている。頬杖を付く赤葦は特に表情を変えないまま、白川の言葉の続きを待っていた。


「ってなわけで…!カモーン!」


にやりと笑った白川が声を上げると、10名弱の女性たちがぞろぞろと店内に入ってきた。その数に誰もが驚いており、月島も赤葦も例外ではなかった。

白川曰く、先日海でナンパしまくったらしい。独り身の彼らは女の子を自分の隣に呼び座らせて、まるで大きい合コンか何かが始まったようだった。


「(うっわ、最悪…帰ろ)」


月島は同じような顔をしている目の前の赤葦に視線を送り、意思疎通を図ると「席を立とう」と頷いた。
しかし突然現れた女性2人が月島と赤葦の隣に座り、猫撫で声で「失礼しまぁす」と声をかけたことにより立ちづらくなってしまった。


「(なんて言うんだっけ、こういう子達。繁殖系?いや、増殖系?……っていうか香水臭い…)」

「(月島、それ量産型)」


真面目な顔で考える素振りを見せる月島に、赤葦は呆れたように眉尻を下げ、小声で答えている。


「私リカ、こっちはアリサでーす!よろしくお願いしまぁす!」


「はぁ…」


髪の毛をハーフアップに纏めて毛先をカールさせたアリサは月島の隣に座っている。赤葦の隣には茶髪の長い巻き髪を指先で遊ぶリカが愛想を振りまいていた。

彼女たちから名前を聞かれて、渋々苗字を答える赤葦と月島は無表情のまま淡々とお酒を呑んでいる。


「おいおい、女の子に気遣わせんなよ〜?」

「黒尾さん。知ってたんですか、この会」

「いんや、全然」


白川の隣から移動してきた黒尾は相変わらずの笑みを浮かべて、リカの隣に腰をおろした。


「こいつら、彼女持ちだから狙うならあっちの人たちにしなさいよ。君たち」


完全に女性2人は月島たちをマークしており、それに勘づいた黒尾は胡散臭い笑顔を張り付けて、さりげなく彼女持ち情報を与えながら白川たちの方を親指で指した。


「え〜でも結婚してないんだし、彼女さんなら狙ってもよくないですかぁ?」


だがその言葉に怯む様子のない彼女たちは、にっこりと笑顔を浮かべながらとんでもないことを言い出している。


「わーお。最近の子は積極的なのかな」


彼女たちは、内心ドン引きしている月島と赤葦に身を寄せ、ボディタッチを繰り返している。


「黒尾さん、逆効果です」


「ん〜、まぁほら、今日はいいんじゃね?」


呆れ顔の赤葦はいつもより鋭い視線を黒尾に向ける。ぽりぽりと頭を掻きながら半ば諦めモードの黒尾は肩をすくめてビールを呷った。


「良い飲みっぷりぃ」


リカと反対側で黒尾を挟むように座るギャルっぽい女性が手を叩き「かっこいい〜」と声を上げている。
はぁ、と小さくため息を吐く月島は席を立った。


「月島クンどこ行くのぉ〜?」


「お手洗いデス」


大層不機嫌そうな表情で隣に座っていたアリサを見下ろし一瞥するとお手洗い場へ向かった。


男子トイレいう名の避難所に入った瞬間、盛大なため息を漏らす月島はあの場から去る口実に頭を巡らせていた。


「(もう帰りたい…赤葦さんもそう思ってるっぽいし、2人で適当な理由つけてさっさと抜けて帰ろ…)」


家で待つあかりを想像し、彼女にはこのハプニングについては言わないでおこうと心に決め、避難所を出ると、目の前にはアリサが立っていた。
まさか扉の目の前にいるとは思いもよらず、身体が接触し「きゃっ」とよろめく彼女の腕を咄嗟に掴み体を支えた。


「ごめんなさい、びっくりしちゃった…!」


「いやこっちのセリフ…なに、ここ男子トイレですけど」


パッと支えた手を離し、眉間に皺を寄せる月島はアリサを見下ろした。


「だって、帰っちゃうんじゃないかなぁと思って〜!」


「はい。時間の無駄なんで」


「酷すぎ〜!月島クンってクールで超かっこいいよねえ」


男子トイレの細い廊下は、1人すれ違うでも体が当たるほど狭く体を縦に逸らさないとぶつかってしまう。
そんな廊下で壁に張り付くように背中をピッタリとくっつけなるべく距離を取ろうとする月島。だがそれに構わず、アリサは彼の身体に身を寄せ、しまいには抱きつく始末だ。

内心舌打ちをしながら月島は彼女の方を掴み剥がそうとする。その瞬間、カシャッと機械音が響いた。

嫌な予感がしてその方向を見てみると、白川がニヤニヤしながらスマホを向けていたのだった。


「ちょっと、白川さん…!いま…!(くそ、写真撮られた…!)」


「いやぁ〜、月島が帰っちゃうって聞いたからさぁ〜!」


完全に酔っ払っている白川は「ヒック」としゃっくりしながらスマホ画面をゆらゆらと月島に向けた。
そこには月島の体に抱き付くアリサと、その肩に手を置く月島の姿が映されていた。暗がりのため若干俯きがちな月島の不機嫌そうな表情は読み取れず、何も知らない他人からみればただイチャイチャしてる男女である。


「帰ったら送っちゃおうかなぁ〜誰にとは言わないけど〜」


「悪趣味にも程がありますよ、白川さん…(明日覚えてろ、くそ…)」


「よかったな、アリサちゃん〜!月島帰らないってよ!」 


「わぁい!ほら、戻ろ?月島クン!」


手放しで喜ぶ彼女は可愛らしく飛び跳ねたあと、月島の腕に絡み付いて上目遣いで彼を見つめた。


「ちょっと、触らないでくれない」


「え〜こんなの触ったうちに入らないよぉ」


げんなりした月島はアリサに連れられて席へ戻る。赤葦はリサの話を適当にかわしながら不機嫌MAXの月島に視線を送り「なにかあったな」と察した。


「月島、大丈夫?」


「……やられました」


不愉快だと言わんばかりの顔でカルーアミルクを飲み干す月島は多くを語らず、自席に戻っていった白川を睨んでいた。

一方黒尾は隣のギャルの女性と盛り上がっているようで、戻ってきた月島に目もくれず楽しんでいる。


「ねぇねぇ、さっき赤葦クンから聞いたんだけどぉ


月島の隣に座るアリサは、カクテルを呑み細いグラスの縁を指先でなぞりながら、口を開いた。
絶対良い事ではない、と悟った月島は先に目の前にいる赤葦を睨んだ。彼は無表情のまま掌を縦にして「すまん」のポーズを取っている。


「彼女さんと喧嘩したことないんだってぇ?」


「…はあ」


「それって、本当に好きなんですかぁ?」


質問の意味がわからず、月島は眉毛をピクリと動かしてアリサを見た。彼女は、ふふっと笑いながら言葉を続けた。


「だってぇ、好きだったら色んなこと言い合ってぇ、喧嘩するでしょ〜?ねぇ、リカ?」


「そりゃそうでしょ!お互い気遣ってぇ、我慢してるってことだよ〜!つまらないでしょ?そんなの!」


赤葦の肩に我が物顔で寄りかかるリカは、月島ににっこり笑いかけた。当の赤葦は、若干体をのけぞらせ嫌がる素振りを見せながら心を無にしているようだった。


「(くっだらな…)」


「ね?だからぁ……」


彼女たちの会話に無反応の月島の肩に手を置き、アリサは妖艶な笑みを浮かべながら耳打ちした。


「この後、一緒に抜けようよ。私といた方が、絶対楽しいと思うよ…?」


語尾にハートマークをつけた可愛らしい声が月島の耳に直接届き、その気持ちの悪さに背中をゾクリとしたものが駆け上がり、一瞬体が震えた。

何かを勘違いしているアリサは「可愛い〜!」と声を上げて喜んでいるが訂正する気にもなれない月島は舌打ちをすると、まるで虫でも払うかのうよな手振りで彼女を払い一瞥した。


「君みたいな尻軽、興味ないんで」


「月島、言い過ぎ」


赤葦は内心「よく言った」と称賛しながら、キレる寸前の月島を諫める。アリサは月島の冷ややかな視線と言葉に、身体をゾクリと震わせて恍惚の表情を浮かべていた。


「もぉ〜そんなこと言われたら燃えちゃうなぁ〜」


「まじで迷惑なんで、やめてください」


勝手に燃え尽きてくれないかな、と盛大なため息を吐きながら月島は新しく運ばれてきたカルーアミルクに口をつけた。赤葦は本気で嫌がっている月島を見てふっと笑みを溢している。


「(ちゃんと断ってるし、そんな心配することないか…酒のペースは少し心配だけど…)」

「赤葦クン、もっと呑もうよぉ!何呑む〜?」

「ああ、自分で頼むので」


一抹の不安を抱えながら、赤葦は腕に絡むリカを手で制止し店員を呼ぶと自分のお酒と水を2つ頼んだ。すぐに運ばれてきたそれを月島に手渡す。


「月島、これ飲みな?」


こういうときの母親のような赤葦はとても頼もしい。月島は「どーも」とありがたくそれを受け取ると水を飲み干した。


「ねーぇ、月島クンの彼女さんってどんな子なの〜?」


「…君とは正反対の子だよ」


「え〜、なにそれぇ!」


彼女との関係を突いて崩したいのだろうか、アリサからの意味深な質問をさらりと躱す月島に、赤葦は「ぷっ」と吹き出している。


「何笑ってるんですか、赤葦さん」


「いいや、月島らしいなと思って」


自分たちに目もくれない2人の会話に、悔しそうな表情を浮かべる彼女たちはお手洗いへ行くといい、席を立って行った。


「……で、月島、白川さんになにされたの?」


「写真撮られました。あの女に抱き付かれてるとこ」


「ああ、帰るなって脅しか…」


納得した様子で赤葦は「なるほど」と頷いた。それは確かに帰ることができないだろう。白川はあかりの連絡先も知っているからだ。


「最悪ですよ…赤葦さん、隙見て帰っていいですからね」


「さすがにそんなことしないよ(月島置いて行ったら回り回ってサチさんに怒られそうだしね)」


女性たちがいなくなり、いつもの調子で話している2人は、同時にため息を吐きながら白川に目を向けた。

女性2人に囲まれて楽しそう笑う白川は鼻の下を伸ばしている。あれがキャプテンなのか、と絶望感に苛まれながら月島は口を尖らせた。


「程の良い事言ってるけど、自分が女の子と遊びたいだけでしょ、アレ」


「ああ…完全に巻き込まれたね」


うんざりした様子の2人は顔を片手で覆い何度目かもわからないため息を吐く。
すると、何故か一転してご機嫌そうなアリサたちが戻り月島は怪訝な表情を浮かべた。


「(なんだ?なにを企んでる…?)」


だが月島の警戒も杞憂に終わり、地獄のように長く感じられた時間もようやく終電間近となった。
絵に描いたような酔っ払いになっている白川はそろそろお開きだ、と声を上げた。

会計を済ませた彼は「あとは各自好きにやってくれ!」といい女性2人と店を出て行った。


呆気ない終わり方ではあったが、その場に残された彼らと女性たち数人はそれぞれ散開し、赤葦と月島も店から出ようとしたその時だった。


「待ってくださいよぉ〜」


後ろから聞くだけでも神経を逆撫でするような高い声がして、2人は歩みを止める事なく店の出入り口に向かう。


「もぉ〜、えいっ!」

「ちょっと、離して…っ」


アリサは月島のワイシャツの裾を掴み引っ張る。鬱陶しいとばかりに立ち止まり後ろを振り向くと、彼女は月島の身体に当たってよろけてしまった。
反射的にその体を支えると、彼女は「2回も助けてもらっちゃった!」と言いながら月島に抱きついた。

さすがに苛立ちをみせる月島は、手に持っていたジャケットのポケットに彼女が何かを滑らせたのを、全く気付きもしない様子で自分から引き剥がした。


「またねぇ、月島クン!」


「赤葦クン、バイバーイ!」


厭らしい笑みを浮かべながら、語尾にハートマークを散らす彼女はキャッキャとはしゃぎながら店を出て行った。赤葦と顔を見合わせてげんなりした様子で店を出た。


「お、ツッキーとアッシーぃ!ちゃんと帰るんだな、エライエライ!」 


「…随分楽しんでましたね、黒尾さん」


後ろから2人の頭を撫で肩を組む黒尾は歯を出してニカっと笑っている。そんな彼の様子に、赤葦は呆れた顔で口を開いた。


「孤爪さんが見たら幻滅しますネ」


「やめて!研磨には言わないで!」


肩にかけられた腕を避けた月島の冷静な言葉に、黒尾は両手で顔を覆い首を振っている。孤爪に「キモ」と言われいるところを想像したらしい。


「俺たちは帰りますんで。黒尾さんはどうぞごゆっくり。行こう、月島」


「お疲れ様でした、黒尾さん」


「汚いものを見るような目やめてっ!俺も帰りますから!」


黒尾は歩き出す2人の後を追う。
彼のことだから女性の1人や2人持ち帰るのでは、と思っていた月島は意外そうな表情をした。


「へぇ、あのギャルの子、持ち帰るのかと思いましたよ」


「俺はそーいうことはしませーん!そもそも付き合ってる子いるし!」


思いがけない彼の返答に、月島は怪訝な表情で「えっ」と声を上げる。だが赤葦は驚きもせず無表情のまま、「先月振られたばかりですよね」と呟いた。


「ゔっ、痛いとこをつくな〜、赤葦」

「うわ、お盛んですね、黒尾さん」

「ツッキー引かないで!?」


取っ替え引っ替えの常習犯だとインプットした月島はドン引きした顔で黒尾と少し距離を取っている。

そんなやり取りを繰り広げながら夜のネオン街を歩くスーツ姿の3人は、行き交う人々の目を奪っていく。だがそんなことを気にも留めない様子の彼らは、くだらない話をしながら駅へと足を進めていた。


「んじゃ、俺はこっち。赤葦もだっけ?」


「ええ。じゃあ月島、気をつけて。また明後日、練習で」


「はい。お疲れ様でした」


黒尾と赤葦は同じ方面のようで、月島と別れたあとタイミング良く来た電車に乗り込んだ。車内の扉の前に立ちながら電車に揺られる2人は窓の外をぼんやり眺めている。すると、黒尾が口を開いた。


「それにしても、ツッキー頑なに断ってたなぁ」

「そりゃあ、そうでしょう。彼女のこと、すごく大事にしてますからね」

「だよなぁ。そういや俺、言い忘れたんだけどさー」


珍しく言い淀む黒尾に、赤葦は眉を顰めて彼を見つめ言葉の続きを待った。


「白川さん隣にいたからチラッと見えちゃったんだけど…あの写真誰かに送ってたんだよなー」


「……えっ」
 

「宛先は見えなかったけど…ま、それが彼女じゃねーことを祈るわ」


呑気に欠伸をする黒尾を横目に、赤葦は「完全なフラグだ」と焦りを滲ませた表情でアルコールで鈍る思考回路を巡らせた。


「(彼女がサチさんみたいなタイプだったら大変かもしれないけど…まあ彼女さんは違うタイプだとは思うし…月島がうまくやるかな、たぶん)」


普段なら念のために月島に連絡をする赤葦だが、彼女の立ち振る舞いを思い出し「大丈夫だろう」と自己完結してスッといつもの表情に戻った。黒尾は吊り革に掴まりながらうとうとしている。


赤葦は器用に電車に揺られながら眠りにつこうとしている彼を横目に、家で待つ彼女に早く会いたい、と思いながら窓の外を眺めていた。



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