君の初めては、僕のもの
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2人はホテルを出て、近くのお洒落なカフェで食事をとり次の目的地へ向かって歩いていた。
「はぁー、お腹いっぱいです!オムライス美味しかった...!」
「よかったね」
上機嫌なあかりは満足げな表情を浮かべていた。
隣を歩く月島は美味しそうにオムライスを頬張る彼女の顔を思い出し軽く笑みを溢している。
「あのふわふわな卵を再現するの、難しいんですよねぇ...」
「君が作ってくれるのもふわふわだけど」
「違うんですよ、こう、もっと立体感のある...!」
あかりは身振り手振りでふわふわ度を再現したが、月島はよくわかっていない様子で首を傾げて口を開いた。
「...君が作るオムライス、僕は好きだけど」
あっさりとした声でそう言う月島は頭上にハテナを浮かばせている。予期していなかった褒め言葉にあかりは嬉しさに頰を緩ませた。
「えへへ、今日の夜ご飯は何にしましょう〜」
「今食べたばっかりでしょ」
足取りの軽いご機嫌な彼女と、呆れた笑みを浮かべる月島が辿り着いたのは水族館だった。
「ここ、有名な水族館...!一度行ってみたかったんです!」
「この前テレビでやってたの、君すごい見てたから」
キラキラした眼差しで高層ビルを見つめるあかり。
巷で有名な人気デートスポットらしく、水族館を楽しめるのはもちろんのこと、餌やりや触れ合いなどもできるらしい。
他にもプラネタリウムがあったりショッピングも楽しめると、先日のニュース特集を食い入るように見つめていたあかりを思い出していた月島はあまり興味無さそうな表情を浮かべている。
目を輝かせてはしゃいでいる彼女を横目に、スタスタと受付のカウンターへ歩いて行く月島はさっさとチケットを購入すると、それを手渡した。
「(はやっ....!)あっ、あの、お金を...!!」
「野暮」
あかりが慌ててカバンに入っているお財布を取り出そうとしたところで、月島は無表情でその二文字を口にした。
思わずあかりは、ビクッと体を固まらせてお財布を探す手を止めると、「ありがとうございます」と言い小走りで彼に駆け寄った。
水族館の階へ移動し中へ進むと、すぐ目の前に複数のペンギン達が、待ち構えていたかのように羽をパタパタさせて柵で囲まれた中を歩いていた。
あかりはまるで子供のように「わぁ!」と声を上げながら柵越しにペタペタ歩くペンギンを見つめている。
「可愛い....!わ、あの皇帝ペンギン、白川さんにそっくりです!」
「う、うん...?(あれだけ可愛げがあればいいんだけど...いやあっても誰得なんだろ....)」
無表情でそれを見つめる月島は、日頃可愛げなんてかけらも無いオールバックヘアーの白川を思い出していた。
そうして2人はペンギンから離れて室内へ入ると、薄暗い空間が広がっており、その左右には様々な種類の魚たちが自由に右往左往していた。
「お魚....!いっぱい...!」
「(....本当に来たことないんだ....)」
再び瞳を輝かせて感嘆の声を上げるあかりに、心の中でツッコミを入れながら徐に片手を差し出した。
その手に疑問符を浮かべるあかりは月島を見つめると、薄暗くて見えづらいがいつもの照れ隠しをする反応を示していた。
「君、迷子になりそうだから」
「はい....っ!」
嬉しそうに頷きながら、そっと差し出された手を取るあかりは、また魚たちに視線を送り子供のような表情を浮かべながら歩みを進めた。
———————————-
一通り水族館を巡り、アシカショーやイルカショーを楽しんだあと、館内の休憩スペースに座る2人は飲み物を飲んでいた。
「かっわいかったですね!いいなぁ、私もあんな風にイルカさんと泳ぎ回ってみたいです...」
「ぷっ、昨日の君はイルカの調教師さながらだったけどね」
月島は眼鏡のブリッジの部分を指先で調節しながら嘲笑うようにニヤニヤしている。彼の言葉によって溺れかけた自分のことを思い出したあかりは、羞恥に顔を染めて恨めしそうな表情を浮かべた。
頬杖をつきながら変わらない笑みを浮かべる月島は、ふと視界に映るものに異変を感じ「ん?」と横に視線を送った。
そこには転んでしまったのか座り込んだまま顔を歪め、今にも泣き出しそうな表情の小さな男の子がいた。
「あぁっ、転んじゃったのですね...ご両親はどちらに...」
数秒の間その様子を見つめながら両親の登場を待つが、一向に訪れる気配がない。
男の子が座り込む場所は人通りの多い通路の真ん中のため、彼に気付かない人々が直前で避けたり転びかけたりしている。
その光景に耐えきれなくなったあかりは立ち上がり、男の子の元へ駆け寄る。周囲を通る人に「すみません」と声をかけながら男の子を抱き上げて通行の妨げにならない場所に彼を下ろした。
「ごめんね、びっくりしましたね」
年齢は小学生上がる前、くらいだろうか。
ぐずっ、と鼻を啜りながら泣くのを堪える彼に、あかりは目線を合わせるようにしゃがみ頭を撫でながら微笑を浮かべた。
「ママは一緒にいるかな?はぐれちゃった?」
ママがいない、そのことが心細いのか顔を歪める男の子の身体は涙を堪えるように小さく震えていた。
「大丈夫ですよ、一緒に探しましょうか。きっとママも心配していますよ」
小さな手を握りながら、にっこりと微笑むあかりの言葉を聞くと、男の子はついに泣き出してしまった。
うぇーん、と泣き出す男の子に「どうしよう」と慌ててハンカチを差し出すあかり。
「安心したんでしょ、たぶん」
後ろからオレンジジュースのペットボトルが差し出され、同時に月島の声が聞こえる。しゃがんだまま後ろを振り返り見上げると、月島が男の子にと顎で指し示した。
彼の言葉に「なるほど」と納得したような表情で、そのペットボトルを受け取った。そしてハンカチでしゃくりをあげる彼の涙を拭い落ち着いたところで、オレンジジュースを差し出すと、男の子はおずおずとそれを受け取り口にした。
するとその甘さに落ち着きを取り戻したようで、すっかり涙は引っ込んでいるようだった。
「私はあかりといいます。僕の名前を教えてくれますか?」
「あかりお姉ちゃん....ぼく、...健太」
「健太くんですね。こちらのお兄ちゃんは、月島くんです。」
「つきし、ま....」
「(...なんで僕だけ呼び捨て?)」
健太、と名乗る男の子はあかりの腕に抱きついて、月島を見上げた。何故だかジトッとした瞳で見つめられ反応に困っているようだ。
「健太くん、ママとはぐれちゃったところ、覚えてるかな」
「うん。…こっち」
健太は小さく頷くと、あかりの手を引いて歩き出した。「全くお人好しだな」と軽く息を吐きながら、月島も彼女たちの後を追うように歩みを進めた。
はぐれたという場所に辿り着くと、健太は不安そうな目で母の顔を探していた。だがそれらしき人は見当たらないようで顔を曇らせていた。
「...ママ、いない....」
「(ああっ、また泣き出しそう...!)そーだ!いいこと思いついちゃいました」
あかりは大袈裟なリアクションで、思い立ったように月島を見た。
「健太くん、高いところ好き?」
涙をグッと堪える健太はその問いに、うん、と小さく頷いた。月島は嫌な予感がしているようで、顔を顰めている。
健太の答えを聞くとあかりは、月島に「ごめんなさい」のジェスチャーをして申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「月島くん、肩車お願いします...!」
「僕...!?....まあ、いいけど....」
その言葉とは裏腹に嫌そうな表情を浮かべながら、月島はしゃがみ健太を呼んだ。彼はあかりの後ろに隠れ、様子を伺っているようだった。
「健太くん、ママより背高くなって、驚かせちゃおうか!」
「....つきしまより、おっきくなる?」
「えっ...?うん、そうだね!月島くんより大きくなっちゃうよ!」
何故か5歳くらいの子供にライバル視されている月島は、2人の会話に悩ましげな表情を浮かべている。
健太は彼女の言葉に意を決したように小さな唇を結び、おずおずと月島の前まで歩いていった。そして「ん」と短い腕を前に出している。
「はいはい」
しょうがないな、と言いたげな声でそう言うと、月島は健太を持ち上げて肩車した。
「わぁぁあ!すげー!つきしまよりたかい!」
「ああそう...(...禿げそう)」
感動の声を上げる健太は月島の髪を掴みながら、先程の涙が嘘のように楽しげに笑っている。
「この辺歩いてみましょうか!上からの方が見つけやすいですし!」
「これで歩くの...?恥ずかしいんだけど」
「つきしま、すすめー!」
「それ髪だから。ハンドルじゃないから」
観念した月島は重たい溜息を吐きながら、自分の上で操作した気分になっている健太が示す方向へ足を進めるのだった。
「(すごく嫌がってるみたいですが....なんだかんだで優しいんですよね、月島くん)」
健太と言い合いをしながら周囲の注目を浴びる月島に、あかりはクスッと笑みを溢した。
「3メートルきゅうのきょじんだぞー!」
「ちょっと、恥ずかしいからやめて」
「すすめー!」
「もうお母さん探してないでしょ、君....」
一際目立つ2人のやり取りに、周囲の人々は温かい目を向けている。月島は呆れた表情を浮かべたまま、適当に歩き回っていた。
すると元来た方向から「健太!」と切羽詰まった声が聞こえて、3人はその声の方へ振り向いた。
母親らしき女性が涙目で駆け寄って来るのが見えて、月島は健太を下ろした。
「ママ!」
「もう...!!!心配したのよ...!よかった、無事で...!」
目に涙を浮かべる母親は健太を抱きしめて、安堵感を噛み締めているようにみえた。あかりと月島はその光景を見ながら顔を合わせて、ふっと笑っている。
「本当にありがとうございました...!!なんとお礼を言ったらいいか...遊んで頂いて、飲み物まで...、」
母親はしっかり健太と手を繋ぎながら、申し訳なさそうな表情を浮かべて自分のカバンをガサガサと漁る。
「あの、これよかったら...今日まで、なんですけど使ってください」
「ええっ、こんな受け取れません...!」
それは2人分のプラネタリウムのチケットで、ほぼ強引にあかりにそれを手渡す母親。さすがに受け取れない、と拒否したがあまりに頑ななため、見兼ねた月島は「ありがとうございます」と他人行儀な笑顔を浮かべそれを受け取った。
「本当に、ありがとうございました...!ほら健太もありがとうして!」
母親は再度頭を下げると健太の背中をポンと優しく押し出すとモジモジしながら顔を真っ赤にして、あかりの前まで来た。あかりは不思議そうな表情でしゃがみ彼と目線を合わせる。
「....ぼく、あかりお姉ちゃんとけっこんする!」
「!?」
「こっ、こら健太!すみません、どこで覚えてきたんだか...」
突拍子もない健太の言葉にあかりと母親は気まずさを帯びた笑みを浮かべて困ったような表情を浮かべている。
月島は些か呆気に取られたが、ふっと笑いながらしゃがみ健太を見た。
「この子はだーめ。僕のだから」
「えーっ...じゃあぼくがつきしまより、せがたかくなったら?」
「その時は奪いにおいでよ。待っててあげる(絶対あげないけど)」
「わかった!やくそく!」
健太はニカッと笑いながら小指を差し出した。その無邪気な表情に、月島は膝に頬杖を付きながら反対の小指を絡ませた。
一方、あかりは月島の言葉にドキッと胸が高鳴り顔に熱が集中しているのを感じていた。何故か母親も顔を赤く染めている。
「じゃあね!お姉ちゃん、つきしま!」
そして大きく手を振る健太と、ペコペコと頭を下げる母親はその場から去っていた。まるで嵐が過ぎ去っていくようだと感じながら、その2人の背中を見送っていた。
変な沈黙が訪れたが、それを破ったのはあかりだった。
「月島くん、あの...」
「.......何も言わないでくれない...?僕が一番ダメージ受けてるから」
余裕そうな顔で健太と指切りしていた彼とは打って変わって、片手で顔を覆いながら耳まで赤らめる月島は視線を逸らした。
「ふふ...嬉しかったです、とっても」
「....はいはい」
先程の彼の言葉を思い出し、胸がいっぱいになるあかりは溢れるような笑顔を向けた。
我ながら子供相手に恥ずかしいことを言ってしまった、と後悔しながら月島はバツの悪そうな表情のまま歩き出すのだった。
水族館を出ると、健太の母親から貰ったプラネタリウムのチケットを有り難く使わせてもらうことにした2人は昼間の星空を堪能した。
そして上映が終わった15時頃「甘いものが食べたい」というあかりのリクエストに月島が連れて行った場所はパンケーキ屋さんだった。
「君、本当幸せそうに食べるよね」
「ふふ....っはい!幸せです....!」
もちもち食感のパンケーキを頬張りながら、上機嫌のあかりはにこにこ笑っている。そして思い出したかのように口を開いた。
「そういえば、織姫と彦星のお話、ちょっと寂しかったですね」
「そう?説明聞く限り、自業自得だと思っけど」
プラネタリウムは時期的なこともあり、七夕の織姫と彦星の昔話が盛り込まれていた。
年に一度の逢瀬にあかりは切なさを覚えたが、正反対に全く興味無さそうな表情の月島はショートケーキを食べている。
「でも、浮かれちゃう気持ちはちょっとわかる気がします.......」
「君、浮かれてるの?」
「それはそうですよ...!」
バッと顔を上げたあかりを、片側の口角を釣り上げた月島が見つめている。彼は鼻で軽く笑いながら「だろうね」と言うと彼女の口元についたクリームを拭った。
その指先についたクリームを舐める月島の舌が見えた瞬間、昨晩のことと、今朝のエレベーター内での出来事が浮かんだあかりは、耳まで真っ赤に染め上げた顔を両手で覆った。
「す、すみません...もう少し気を引き締めます....っ!」
「いいんじゃない、別に。ちょっと浮かれてる方が可愛げあるよ」
相変わらずの笑みを浮かべながら、ケーキを食べ進める月島の言葉に、覆っていた両手の指の隙間から彼を見つめるあかり。
「(月島くんって、たまにさらっとそういうこと言ってくださるのですよね...)」
彼はなんてことない顔をしているが、あかりの胸を高鳴らせるには十分すぎるセリフである。彼女は嬉しそうに頬を緩ませた。
「あぁ、そうだ。この後なんだけど...」
ケーキを食べ終えた月島はフォークを置くと、言いづらそうに彼女から目を逸らしながら改まったように口を開いた。
「....き、君の、手料理が食べたい.........んだけ、ど」
消え入りそうな声で、月島は確かにそう言った。
予想もしていなかった彼の言葉を理解するまでに時間がかかり、驚きの表情を浮かべている。
「....僕も、手伝う、し」
口を尖らせて顔を赤らめる月島に、我に返ったあかりは吹き出して笑った。
「なんでそんな笑ってるの....」
不機嫌そうな顔でジトッと睨みつける月島に構わず、笑いが止まらない様子のあかりは目に涙を浮かべながらお腹を抱えていた。
基本的に飄々として、何事もスマートに熟す彼を日頃から頼もしく感じているあかりだが、時折見せる今のような歳下らしい振る舞いに心を揺さぶられていた。
その意地らしい彼の言い方に愛しさが込み上げてくる。
「いえ、なんでもないですよ...!じゃあ帰りながら、何作るか考えましょうか!」
照れ隠しとばかりにさほど残っていないコーヒーを啜る月島に、あかりは頬の緩みを抑えきれずに笑いかけたのだった。
夕方頃、必要な食材を買って家に辿り着いた2人は、たった1日空けただけの我が家だったが、久々に帰宅したような気持ちで安堵していた。
「不思議ですねぇ、なんだかホッとします」
買ったものをしまい終えて、休憩中のあかりはソファに座り、冷たいお茶を飲みながらリラックスした表情を浮かべている。その隣に座る月島は甘いアイスコーヒーを飲みながら、穏やかな声で「そうだね」と言った。
「ところで、本当に外食じゃなくてよかったのですか…?」
あかりは不思議そうな表情で隣に座る月島を見つめた。
外で食べる方がお金はかかるがクオリティも高く、月島は基本的に外食をしないため、たまには外食続きでもいいのでは、と思っていた。だが思いがけない彼の提案に浮かれそうなほど喜びが溢れる反面、本当によかったのだろうかと疑問を抱かざるを得なかったのだ。
あかりの疑問が想定外だったような表情をしている月島は、ぎこちなく口を開いた。
「わっ、わかるでしょ…」
答えになっていない返事に、首を傾げるあかり。
何もわかっていなさそうな彼女の様子に思わず眉間に皺をよせながら、月島は覚悟を決めたように小さく息を吐いた。
「…っ、君の、手料理の方が、美味しいから…食べたいって言ったんですけど」
「ええ…っ!?それは言い過ぎですよ…!あのフランス料理とは雲泥の差で…!」
あかりは緊張さえなければとても美味しかったのであろうフランス料理を思い浮かべる。
「ああいう美味しいのと、君の美味しい、はまた別でしょ…!」
月島は半ばやけくそ状態で、顔を赤らめながら口を尖らせて視線を逸らしていた。
はぁっとわかりやすい溜息をつきながらスッと立ち上がる月島は、鳩が豆鉄砲を食ったような表情をしているあかりを、赤らんだ顔のまま不機嫌そうに見下ろして「早く作ろ」と呟いた。
あかりは甘酸っぱい喜びを胸に感じながら、大きく頷き立ち上がった。
今日のメニューはハンバーグ。
玉ねぎのみじん切りを任された月島が包丁を握ると、あかりが待ったをかけた。
「…?」
不思議そうな顔をしてあかりを見つめる月島の唇に触れたのは、レモン味の飴玉だった。反射的に口を開くと口の中に甘酸っぱいレモンの味が広がる。
「急になに、美味しいけど…」
「玉ねぎ切る時、目が痛くならないようにするのですよ!」
「へぇー、これで痛くなくなるの?」
半信半疑の月島は口の中で飴玉を転がしながら首を傾げながら玉ねぎをみじん切りにしていく。
「ほんとだ、痛くない」
「ふっふ!そうでしょう…!」
感嘆の声をあげる月島の横でドヤ顔をしているあかりは目から涙を溢している。飴玉を食べてなかったらしい。
「突っ込んだ方がいい?それ」
「いえ、何も言わないで頂きたいです…」
目を痛めながら涙を流すあかりを横目に、呆れたように笑う月島は微塵切りを手早く済ませた。
彼女はその横でボウルに挽肉や調味料、卵を入れて捏ねている。
「ちょっとこっち向いて」
「はい!…っむぅ…!?」
横向くと月島の顔が目の前にあり、その状況を理解する前に彼の唇が重なっていた。
お互いに手が塞がっている状態の中、月島が舐めていたレモンの飴が柔らかい舌と共にあかりの口の中へ送り込まれる。
すぐに唇を離した月島の表情は悪戯好きの子供のようだった。口の中に広がるレモン味が、呆然とするあかりを現実に呼び戻し、一気に熱が顔に集中するのを感じる。
「もう意味なさそうだけど(あ、なんか僕が泣かせたみたい…)」
「〜〜〜っ、ずるいです… !」
玉ねぎのせいで涙を流しながら、両手は塞がっているためそれを拭うこともできないあかりは耳まで真っ赤にさせていた。
そんな彼女の表情に堪らずドクン、と心臓が高鳴るのを感じて、ふいっと顔を晒しなんとか無表情を保ったまま刻んだ玉ねぎを容器に移した。
「次は?サラダの野菜切る?」
何食わぬ顔で次の行程を聞いてくる月島に、未だ羞恥心に苛まれているあかりはぎこちなく頷いた。
手際のいい月島とあかりはスムーズにハンバーグ、サラダ、スープを作り終え食卓を囲んでいた。
「2人で作ると倍の美味しさを感じますね!」
「…君、たまに恥ずかしいこと平気で言うよね」
「それは月島くんもだと思いますけど…!(今のは恥ずかしくないと思うのですが…)」
意味分かんない、と言いたげな表情で月島はハンバーグを口に入れた。過去の発言を思い出しながら、あかりは抗議したが彼は知らん顔をしている。
「そうだ、月島くん。昨日と今日は本当にありがとうございました。とっても楽しかったです」
「どうしたの、改まって」
「えと、これ…」
差し出した小さな箱を不思議そうな表情で開封した月島は少し驚いたように目を見開いた。手のひらにはイルカの形を模した小さいネクタイピンが乗せられている。
「これ、タイピン…いつの間に」
「でもいまクールビズですよね…!すみません、つい可愛くて買っちゃって」
小さく困ったような笑みを溢すあかりに、月島は一瞬頰を緩めると「ありがとう」と言い大事に箱にしまった。そしてすぐにいつもの薄ら笑いを浮かべて口を開く。
「見るたびに君の溺れてる姿を思い出して元気になれそう」
「ああっ、ひどい…!忘れてください!」
顔を赤らめるあかりを鼻で軽く笑いながら、月島はポケットから小さな箱を取り出した。それを机上に置くと「はい」と彼女の方にそれをスライドさせる。
「えっ、もしかして、月島くんも…」
「まさか君がこっそり用意してたなんて、びっくりしたけど」
月島に「どーぞ」と促されるまま、ゆっくり箱にかかるリボンを解いて蓋を開けた。
箱の中には、星の星座のような形がワンポイントになっているピンクゴールドのブレスレットが納められていた。星が瞬くようにキラキラ光る小さなダイアモンドが高級感を醸している。
嬉しくてたまらないというようにキラキラ光る瞳で、そのブレスレットを見つめながら口を開いた。
「すごい…!綺麗です…!いいのですか、こんな高価な…」
「いや、そんな良いものじゃないけど…」
「嬉しいです…!!ありがとうございます、大切にします…!!」
あかりは月島が自分のために選んでくれた初めてのプレゼントに、今にも泣きそうな表情で喜びを噛み締めている。
「あの、付けてみてもいいですか…?」
「どーぞ」
頬杖をつきながら、片側の口角をあげる月島は「大袈裟だな」と言わんばかりの表情でブレスレットを付ける彼女を見守っている。
あかりは片手で器用に付けると、腕を少しあげて揺れるブレスレットを眺めた。
「ふふっ、可愛いです…!綺麗…!ありがとうございます!月島くん!!」
喜びを頬に浮かべて無邪気に喜ぶあかりに、月島は満更でもない表情でクスッと笑みを溢している。
あかりは傷付けないようにそれを外すと、大切な宝物をしまうように箱へ戻して蓋をした。
そうして2人はお互いに内緒でプレゼントを買っていたことに、若干気恥ずかしさと喜びを抱えながら食事を再開した。
他愛無い話をしながらあっという間に食べ進め、片付けや家事、お風呂等を済ませ就寝の時間になるといつものように「おやすみなさい」とお互いに挨拶をし、自室へ戻った。
それぞれの部屋には、箱の蓋が開けられているタイピンとブレスレットが大切に飾られていた。
あかりは棚の上に飾ったそれを見つめて頰を緩ませていた。一方月島は、布団に寝転びながら純粋に心から喜び噛み締めていた彼女の表情を思い出し、ふっと笑みを溢している。
胸の高鳴りを抑えながら、各々寝床についた2人は隣に互いがいないことに若干もの寂しさを感じながら、そっと瞼を閉じるのだった。
(君の初めては、ぜんぶ)
(僕にちょうだい)