声にして、君に伝えよう
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<随分勝手な賭けだね。>
彼女にそう言い残してあの場から離れた僕は、少し歩き頭を冷やすには丁度よさそうな水飲み場まで辿り着いた。
そこで水道水を頭から被り、言葉通り頭を冷やす。
「(言いすぎた... あかりのあんな傷付いた顔、見たことあったっけ....)」
後悔と共に、先程のあかりの表情が脳裏に過ぎる。ただ、自分のあかりに対する気持ちまでスルーされたような気がして、どうしても納得がいかなかったのだ。
「珍しいな、月島が感情的になるなんて」
「...わざわざどうも」
背後から僕の後を追ってきた赤葦さんの声が聞こえ、僕は蛇口を捻り水を止めた。
僕は感情的になっていたのか、と彼の言葉で思い知る。髪から滴り落ちる鬱陶しい水滴を気にする余裕もなく、自虐的な笑みを浮かべた。
「言っとくけど、フォローをしに来たわけじゃないよ」
「…じゃあ、なにしに来たんですか」
「…あの子、泣いてたからさ」
恐らく赤葦さんが持ってきたであろうタオルが、バサッと乱雑に僕の頭にかかる。
泣いてた、その言葉に彼女の泣き顔が浮かぶ。紛れもなく僕が泣かせたのだ。
僕はタオルで髪と顔を拭き、眼鏡をかけるとそこにはすでに彼の姿はなかった。一つため息を吐き、水飲み場の横の壁にもたれかかる。
「あれぇ、蛍くんどしたのぉ?こんなところで!」
すると猫撫で声でバカっぽい喋り方の桃さんがどこからともなく現れた。うわ、めんどくさい。声に出そうになるのを堪えながら、僕は視線を逸らした。
「....いえ、別に。」
「まさかぁ〜喧嘩した、とか」
なんでわかる、と僕は若干引き気味に、だがそれを悟られるのは何だか癪で素知らぬ振りをした。
だが無意識に彼女の鋭い言葉は、僕の体を一瞬硬直させた。
「あれぇ、図星ですかぁ?せっかく勝ったのにぃ。っていうか、あの子と付き合ってないなら私と付き合いませんかぁ?」
「....いえ、お断りします。(付き合ってないってなんで....)」
桃のアホくさい誘惑を丁重に断りながら、僕はふと考えた。思考回路を巡らせて、ああ、そうか、と心にストンと落ちていく感覚がした。
「(そもそも好きだとか、伝えた事なかったっけ...付き合うとか、そんな話もしてないし...そうか...ああ、そういうことか....)」
彼女の思考は、少し考えればわかることだ。
きっと僕の気持ちを聞いていないし、付き合うということも口に出していないから、戸惑っているのだ。
あの時、バーで僕に聞いたのがその証拠だ。
〈....あの、月島くんは....好き、ですか...?〉
羞恥心からか、酔っているからなのか、顔を赤らめながらおずおずと聞いてきたあかりを思い出す。
考えてみればあの子が自分から賭け事に手を出すはずもなく、そんな話を持ちかけるとしたら桃さんからだというのは容易に想像が付く。
桃さんから出された提案をあの子が呑まざるを得なかったのは、そもそも付き合うという形をとっていなかったし、僕の気持ちを一度も伝えたことがなかったからではないだろうか。
「あの子、私の好みじゃないけどぉ...まぁ物好きも結構いるみたいだしぃ...もしあの子が他所に行ったら、いつでもキてくださいね」
僕の耳元で艶かしい声が響く。彼女の手はまるで蛇のように、パーカーの上から僕の身体、首へと触れる。思わず眉間に皺を寄せ、彼女の瞳を見た。その目には、色の濃い妖艶さが見えた気がした。
ああ、嫌だ。気持ち悪い。
他人に触れられるのがこんなにも気持ち悪いなんて、僕は知らなかった。
気付けば桃さんの手を払い、自分ではわからないけれど、恐らく酷く冷たい目を向けたんだと思う。
彼女は目を見開き、固まっていた。
「あの子が他の誰かを選んでも...僕はあかりを選ぶよ」
蛇のように絡みつく彼女の声を振り払うように、僕はそう言い残しその場を去った。
—————————————
テーマパークのペアチケットを賭けた決勝戦、サチと赤葦が立つコートの反対側にはあかりが不安そうな表情で立っていた。
「珍しいなー、月島がこないって!あいつ便所か!?腹いてーのか!?」
何の事情も知らない白川が不思議そうな顔をしてあかりに声をかける。
戸惑いながら苦笑を浮かべるあかりを見たサチはこそっと隣に立つ赤葦に耳打ちした。
「ちょっと京、フォローしてくれたんでしょうね!?」
「フォローというか、俺は彼女が泣いていたと伝えただけですよ」
「えっ...あ〜まぁ、大丈夫か、月島なら」
あっけらかんとした赤葦の予想外の返答に、一瞬驚きを隠せないようだったが、月島とあかりのこれまでのやり取りを思い出し、サチは安心したようだった。
すると、急にギャラリーの声がざわつき始めた。
「あ!おっせーぞ!!月島!」
「...すみません」
白川が口を尖らせながら、走ってくる月島を指差した。汗を滲ませる月島は、頭を軽く下げながらあかりが立つコートへ入ってくる。
「つ、月島くん...」
「遅くなって、ごめん」
月島は彼女から目を逸らし、バツが悪そうな表情で短く謝った。あかりは驚愕の表情で目を見開いたまま、ポロポロと涙を零していた。
「...っ!?なんで泣くの」
「ご、ごめんなさ...っ月島く、...嫌わ、れたと...おも、....」
涙止めようと必死に顔を歪めるが、抑えることができずただポロポロと溢れる雫を拭っている。まるで子供のように泣きじゃくる目の前の彼女を見つめ、月島は思わず両手の拳に力を入れた。
「ひゃ、つ、っ月島、くん...!」
月島は目の前で泣く彼女をひょいと肩に担いで、白川に視線を送り口を開いた。
「...白川さん、決勝戦棄権します」
「ぅおい!ペアチケットはいいのかー!?」
「この子より大事なもの、他にないんで...!」
白川の言葉に余裕のない表情で言葉を返すと、月島は全力で駆け出した。ギャラリーたちは、口笛を鳴らしたり拍手や声援を送っている。
走り去る2人に心なしか安堵したようなため息を吐く赤葦に、サチはピースサインを作りキラキラした笑顔を向けたのだった。
一方コートから離れた場所まで走り、抱えられたあかりはおずおずと口を開いた。
「あっあの...ちょっと、恥ずかしい、かもです」
「...ご、ごめん」
軽く息を切らした月島は顔を赤らめる彼女を優しくその場に降ろし、辺りを回す。周りにはかき氷屋とそれに群がる人々、縦横無尽に歩き回る水着の男女がおり、皆々が月島たちに視線を送っていた。
少し道を逸れ、人気の少ない場所へ移動すると先に口を開いたのはあかりだった。
「あのっ、ごめんなさい...あんな楽しい場を台無しに...」
「...君を泣かせたのは僕でしょ。それに、あの人たちはそんなこと思ってないよ(むしろ良いネタになったくらいに思ってるだろうな...)」
申し訳なさそうな表情で俯くあかりを、月島は内心後のことを考え気を重くさせながらも、真剣な眼差しで見つめていた。
そして「あとひとつ言っておきたいんだけど」と言葉を続けたかと思うと、彼女の顎を指先で持ち上げて唇にキスを落とした。
「......っ!?」
「っ....好きじゃなかったら、こんなこと、しない」
あかりの回らない頭の脳裏によぎるのは、風邪を引いた日のことだ。まだ顎先を固定されたまま顔を真っ赤に染めるあかりの瞳には、薄らと涙が浮かんでいる。
「....好きだよ。あかり」
月島は真剣な表情でそう告げた。
彼の飴色の瞳にはまだ言葉の意味を理解できていないあかりの顔が映っている。
「僕と、付き合ってくれませんか」
とうとう驚きのあまり大きく開けた目から、絶え間なく溢れ出した涙を自分で拭うこともできない様子のあかりに、月島は顎先を固定した指を外し彼女の涙を拭った。
「だ、だって私...っこ、こんな見た目、で...会社で、アラサーとか、言われて...っ」
「…それ今関係あるの?(アラサーって見た目でもないと思うけど...)」
「大有りですよ...月島くん、本当に、かっこよく、て...私に、は...勿体ない、と....」
弱々しく声を震わせる彼女に、月島はバレーをやってる時の強気なあかりの姿を思い浮かべて思わず笑った。
「なっ、なんで笑うんですか...!」
「いや、こっちの話...それに、君は可愛いっていつも言ってるでしょ。」
彼の言葉にどこか遠い目をしているあかりは、これまでのことを冷静に思い返している様子だ。
そして「似合う」や「いいんじゃない」と言われたことはあっても「可愛い」は一度も言われたことがないという結論に至った。
「......いっ、言われたことありませんけど...」
「(そうか、今まで心の中でしか言ってなかったっけ)」
頬を膨らませて自分のことを見上げるあかりに、月島は「しまった」と口元を覆った。
「...可愛い、と思ってる」
改めて言うと恥ずかしさが込み上げたようで、口元を覆ったまま彼女から視線を逸らしている。つられたあかりの顔は恥ずかしそうに赤く染まっていた。
「き、君が言わせたんでしょ」
「そ、そうでした...(面と向かって言われると恥ずかしい....)」
「…で、返事はないの」
痺れを切らしたように、余裕のない表情の月島はあかりを見つめた。トクン、と苦しくなる胸を押さえながらあかりは、はにかんで頷いた。
「…はい!喜んで…!」
「…ん」
月島はとても自然な、裏表のない微笑を浮かべながら彼女の涙を指先で優しく拭った。
2人はむず痒さと気まずさを浮かばせながら皆の所へ戻り謝ると、月島の予想通り散々揶揄われたのだった。
試合の結果は、もちろん赤葦とサチのペアが優勝でテーマパークのペアチケットをゲットした。棄権した月島、あかりペアは2位と言う結果となったが副賞があるとのことで白川からある物を手渡された。
「試合を棄権するのは良くないことだ!だが、俺は感動した!好きな女のために全てを投げ打つ覚悟を持つ、それこそが真の漢だ!!!」
「その恥ずかしい理屈、やめてもらえませんか」
あからさまに不機嫌そうな月島だが、メンバー達からは「そうだそうだ!」と白川を支持する歓声が上がっている。
「ってことで、これを進呈しよう!」
したり顔の白川が勢いよく差し出した薄い小さな包みを月島が受け取り、中を確認する。
「...なんですか、これ」
「その名も!!白川考案、これで彼女もメロメロ間違いなし!?プランDX! だ!」
「ダッサ...」と言う声が飛び交う中、月島は絶望の表情で折り畳まれた紙を見た。メンバーのテンションと真逆の白川は意気揚々と説明を始める。
決行日は来週の金曜日。
プランのメインとなるのは、ナイトプールのようだ。
仕事帰りに駅で待ち合わせ、チェックインした後ナイトプールで楽しんだ後、ホテルでディナーをとり、部屋へ戻る。
そんな内容のスケジュールが手書きで書かれ、同じ封筒から出てきたのは「優待券」と記載されたペアチケットだった。
「なにより!なによりも俺はあかりさんにも感動した!」
「わ、私ですか...!?」
「ガッツあるプレイ!俺は熱くなった!!なぁお前ら!」
手を腰に当て、チームのメンバーに向けて歓声を煽る白川。
「っつーわけで、月島ぁ!一人前の男になってこい!お膳立てはしてやったからなっ!」
「...痛いです(思考回路どうなってんのこの人...)」
下世話な笑顔を浮かべる白川に背中をバシバシと叩かれ、眼鏡の位置を調整しながら迷惑そうな表情を浮かべる月島。
「お膳立て」という言葉にあかりは頭上に疑問符を浮かべながら、彼らのやりとりに苦笑いを浮かべている。
「これにて、ビーチバレー大会終了!以後自由時間だ!ナンパするも良し!いちゃつくも今日は許す!だが日が落ちる頃には忘れずに戻ってくるように!以上だ!」
白川はパンッと手を叩き「解散!」と声を上げると、反射的に雄叫びのような「あざした!」と言う声が砂浜に響き渡ったのだった。
そして時刻は16時過ぎ。
各自思い思いの時間を過ごす中、月島とあかりは椰子の木の下の石垣に腰を下ろし、砂浜で遊ぶチームメンバーの彼らや、海を眺めていた。
「来週の金曜日、楽しみですね!ナイトプールなんて...夢のようです...!」
「そ、そうだね...(白川さんの言葉の意味...分かってないなこの子...)」
白川の言っていた「一人前の男」「お膳立て」この意味を知るよしもないあかりは呑気に鼻歌を歌っている。
「一緒に住んでからすぐにショッピングモールには行きましたが...それ以降2人で初めてのお出かけですね」
彼女の何気ない言葉に、本人も含む2人は同時に顔を見合わせた。
「「(付き合ってから初めての、デート...?)」」
お互いの思考が手にとるようにわかり、今度は同時に顔を背けた。
「(待ってください、初めてのデートでお泊まりってハードル高くないですか...?いや、一緒に暮らしてるのだから初めてではない...!?)」
「(なんで僕まで動揺してるワケ...毎日同じ屋根の下にいるわけだし...)」
顔を真っ赤に染め上げながら両手を頬に当てるあかりと、眼鏡の位置を調節しながら動揺を隠す月島。若干の気まずさを帯びた沈黙を咳払いで解いたのは月島の方だった。
「まぁ...あんまりはしゃぎすぎないように。君そそっかしいから」
「むー...月島くん、なんだかお父さんみたいです」
頬を膨らませて足をぶらぶらと揺らすあかりに、月島はニヤリと口角を上げて額を小突いた。
「...彼氏、でしょ」
その言葉の響きに慣れないあかりは小突かれた額を両手で抑え、隣に座るしたり顔の月島を見上げながら頬を赤く染めた。
「は、い....(う....月島くんは余裕そうでなんだか悔しいです...!)
「おやおやぁ、可愛いらしいカップルがおりますなぁ〜あれはできたてほやほやですかな?京殿」
「何キャラですか...サチさん」
どこからともなく現れたサチはニヤニヤと笑みを浮かべながら、隣に立つ赤葦に耳打ちする素振りをしていた。赤葦は呆れた声色だが、その口角はたしかに上がっている。
「サチさん!すみません、先程は試合を棄権してしまって...」
「なぁに言ってんの!水くさい!」
「サチさんはテーマパークのチケット貰えたので大満足してますし、問題ありませんよ」
「ちょっと!かっこつけさせてよ!?」
申し訳なそうな表情を浮かべるあかりの首に手を回しニカッと笑うサチ。そして赤葦の冷静な言葉に、安堵の微笑みを浮かべてあかりはホッと息を吐いた。
「どうやらようやく男を見せたみたいですねぇ、仏頂面鉄壁眼鏡君は」
「...野暮ですよ、サチさん」
「ちょっと、勝手に話を進めないでくださいよ」
肘で月島を突くサチは変わらずに歯を出してニヤリと笑みを浮かべている一方、赤葦は困ったような笑みを浮かべて小さく息を吐いた。
その言葉に顔を赤らめながら俯いているあかりを横目に、月島は鬱陶しいとばかりに眉を顰めている。
「あぁ〜、ごめんごめん!ねね、海行かない?せっかくだからさぁ!」
サチの言葉にあかりは嬉しそうに口角を上げながら頷いた。「行ってらっしゃい」と他人行儀な笑みを浮かべる月島はヒラヒラと手を振っている。
その手を赤葦がガシッと掴み、ニヤリと笑った。
「いや、月島もね」
「えっ、ちょっと...!僕は見る専門なんですけど...!」
「うわー、やらしいー。あかりさん、気をつけなよ?絶対ムッツリだから!」
「ばっ、ちが、馬鹿じゃないの...!?」
赤葦が強引に抵抗する月島のパーカーを脱がし石垣に投げやった。一方サチは戸惑うあかりの肩を指先で突いている。
月島は驚愕の表情を浮かべながら、必死に抵抗するも赤葦が動きを上手く封じ込みズルズルと海へ引きずられている。
「わぁ!!つ、月島くん...裸...!」
「ええっ!?一緒に住んでてみたことないの!?」
サチの言葉に思い出されるのは、同居することになった初日に風呂上がりの月島が上裸でリビングに来た時のことだ。だがあの時はすぐにパーカーをきてもらったためほとんど見てはいない。
あかりはぎこちなく頷きながら目の前で赤葦に連れられている月島から目を逸らした。
「な、ないですよ...!さ、サチさんは慣れていらっしゃるのですか!?あ、赤葦さんの...は、裸に...!」
「「!?」」
顔を赤らめるサチと赤葦は思わず目を見開き視線を交えた。月島は珍しいあかりの無自覚な攻めの姿勢に、ニヤリと笑みを浮かべながら2人を見つめている。
「いやっ、ほら私たちは...ねぇ、京!」
「....まぁ...俺の裸くらいは見慣れてるかも知れないですね」
「ちょっと...!京、何言って...!?(見慣れるわけ、ないし...!)」
あっけらかんとして答える赤葦の予想外の言葉に、サチは酷く動揺しながら涙目で抗議している。あかりは2人の様子に温かい微笑を浮かべていた。
「(サチさん、可愛らしい...!)」
あかりはサチの乙女らしい反応に胸がキュンとするのを感じ、思わず笑みが溢れていた。
「私たちのことはいいのっ!それより月島!あかりさんのこと、大事にしないと承知しないからね!」
興味なさそうな月島を指差して、サチは自分の羞恥心をかき消すように言い放った。既に海に引き摺られて全身びしょ濡れの月島は振り向きながら不機嫌そうな声で「分かってますよ…」と言い眼鏡の位置を直していた。
—————————————
「ちょっと肌寒くなってきましたね」
「日が沈みかけてるもんねぇ...そろそろ花火かな〜」
海の中で遊び気付けば日も暮れる頃、早々に切り上げた4人は元居た椰子の木の下の石垣に腰を下ろしていた。
隣同士に座る2人の会話を横目に、月島は言葉無くパーカーをあかりの肩にかけた。同時に赤葦も大判のタオルをサチの肩にかける。
「ふふ、ありがとうござます」
月島の優しさと、パーカーの温もりを感じながら微笑を浮かべるあかり。サチはにこっと笑みを溢しながら肩を赤葦に寄せた。
「僕、喉乾いたから貰ってくるけど、なにがいい?」
「ありがとございます!えと...オレンジジュースで!」
「サチさんなにがいいですか?俺も行ってきます」
「あかりさんと同じの!ありがと!」
飲み物を取りに男性陣がその場所を立つ。彼らの背中が遠かったところで、サチはニヤニヤと笑みを浮かべながら口を開いた。
「今日本当に来てよかったなぁ。あかりさんとも出会えたし、2人は無事に付き合えたわけだし、テーマパークチケットもラッキーで貰えたしね!」
「ふふ、私もサチさんと会えてよかったです。でもチケットは試合棄権していなくてもきっとサチさん達が勝っていましたよ」
あかりは無邪気に笑うサチの言葉に心が温かくなるのを感じながら「もし2人と試合をしていたら」を考え小さく笑った。
「えー、そうかなぁ。あかりさん、昔からバレーやってたの?すごい上手くてびっくりしちゃった!」
「いえ...幼い頃、よく月島くんと近所の子達とバレーで遊んでいました。一時色々あってバレーから離れていたのですが、自然と高校から....」
「え!なに、2人って幼馴染かなにかなの?」
海を眺めながら昔を懐かしむように記憶をたぐり寄せているあかり。驚愕の声を上げるサチに、あかりはにっこりと笑いかけた。
「はい、実は遠い親戚でして...と言っても、お恥ずかしながら思い出すことができたのは最近で...実は、忘れてしまっていたのです。月島くんのことを」
苦笑を浮かべるあかりの瞳には悲痛な色が窺えた。サチはその瞳に胸を絞られるような感覚を覚えながら、ただ黙ってあかりの言葉を待った。
「彼は自分の身を挺して、何も覚えていない私を全力で守ってくれました。きっと私の知らないところでも...本当に何度も助けられました」
「本当にあかりさんのこと、大好きなんだね。月島は。」
石垣の上で体育座りするあかりは膝に顎を乗せて、視線は海に呑み込まれていく夕陽に注がれていたが、優しい声色のサチの言葉に胸がくすぐったくなったようで、顔を埋めている。
「でもさ、良かったじゃん!思い出すことができて。そういうの、結果オーライっていうんだよ!」
歯を出して笑うサチの前向きな言葉に、釣られてあかりも同じような笑みを浮かべながら「はい!」と頷いた。
「ねね、ところでさぁ〜どんなところが好きなの?」
「えっ...と...た、沢山ありますが...照れている時の仕草、とか...可愛いと思います...」
「へぇ〜あの眼鏡くんが…?」
「ちょっと照れてる時は、眉間に皺を寄せて視線を逸らすのですが....とっても照れてる時は同じような顔で顔も赤くなって腕や手で口元を隠して...もっともっと照れてる時は....」
仕草を思い出すように話すあかりの言葉に、興味津々なサチが相槌を打っていると突然「ちょっと」とあからさまに不機嫌そうな声色が聞こえ2人はその方向を見つめた。
「何言ってるわけ....」
「あっ月島くん!?いつからそちらに...」
「どんなところが好きなの?からいましたよ。」
若干顔を赤らめて眉を顰める月島と、あかりにしれっと答える赤葦は、オレンジジュースが入ったカップを2人に手渡した。
「いやぁ、なかなか可愛いとこもありますのぉ〜」
「べ、別に...」
視線を逸らし顔を顰める月島に3人の視線は注がれる。ああ、これが「ちょっと照れてる時」か、とサチと赤葦は同じことを思っていた。
「ふふ、月島くんって、案外照れ屋さんなんですよ。そういうところも、大好きです」
「...っ!?ば、バカじゃないの....」
悪戯な笑みを浮かべるあかりの言葉に、月島は狼狽えながら大きな手で、耳まで赤くなる自分の顔を覆った。
ああ、これが「もっともっと照れてる時」か、と2人はまた同時に思った。
「(もしかしてあかりさん、結構小悪魔的...!)」
「(天然って怖いな....)」
サチはキラキラした眼差しであかりを見つめている一方、赤葦は憐れみの視線を高島に送っていた。
「あ、サチさん!赤葦さんのお好きなところは、どういうところなのですか?」
「えっ、私!?ほ、本人いる前で!?」
あかりはご機嫌そうに足をバタつかせながら、動揺しているサチを見つめている。
「サチさん、俺の好きなところは言ってくれないんですか」
「ゔゔっ、け、京まで...!(出た...京のあざといモード...!)」
赤葦は若干眉を下げて寂しげな表情を浮かべながらサチを見つめている。まさにあざとい顔だ。
観念したように、顔を真っ赤にさせながら口を開いた。
「さ、さりげなく...車道側を歩いてくれるところとか...荷物を持ってくれるところとか...そういう、お、女の子として扱ってくれるとこ、とか」
途中から顔を両手で覆い俯くサチの声は、どんどん小さくなっていく。赤葦はそんな彼女の姿に、ふっと微笑を浮かべたかと思うと縮こまるサチの頭に手を置いた。
「サチさんは女の子ですから。彼女を大事にするのは、当たり前のことですよ」
「っ、もう終わり!ほら!そろそろ花火!準備行かないと!」
居ても立っても居られなくなったサチは、石垣から降りて砂浜で花火の準備をし始めた白川たちの方へ向かった。赤葦は「しょうがないな」と小さく笑い彼女の後を追うように歩き出した。
そんな2人を見つめながらあかりは、大きく深呼吸したあと石垣から降り「私たちも行きましょうか」と先に歩き出した。
すると不意に腕を掴まれ驚いたあかりは、反射的に後ろを振り向いた。その瞬間、唇に何か柔らかいものが当たり思わず呼吸が止まる。
それが月島の唇だと気付いたのは、彼の顔が離れてからだった。
「つ、月島くん...!な、なにを」
「さっき散々いじめられたから、仕返し」
突然の彼の行動に、パクパクと口を開け羞恥に顔を染めるあかり。そんなことはお構いなしに、月島はふんと鼻を鳴らすと歩き出した。
強く鳴り止まない鼓動と、唇に残る冷めない熱を抱えたまま、あかりは月島の背中を追ったのだった。
全員水着から私服に着替えたあと、予め用意されていた手持ち花火や、簡易的な打ち上げ花火等で盛り上がりを見せていた。
「はい、月島くん!花火いただきました!」
「ありがと」
にこやかな笑顔で手持ち花火を数本手に持つあかりは月島の元へ駆け寄った。
一つずつカラフルな持ち手の花火を手に、ライターの火に近づける。するとそれぞれの火種から金色の火花が散り始めた。
「わぁ…!七夕祭りの花火も素敵でしたが、手持ち花火もなかなかオツなものですねぇ」
「ぷっ....ちょっと年老いた?」
「むっ、失礼な!私だってたまには趣のあることを言いたいのですよ!」
何故か胸を張り片方の手を腰に当てる彼女を横目に、「なんで偉そうなんだろう」と軽く握った手を自分の口元に当ててクスっと笑った。
火の潰えた花火を持ったまま、彼の裏表のない笑顔を惚けた顔で見つめるあかりに気付いた月島は、今度はニヤリと笑った。
「....なに、そんな顔をして。襲ってほしいの?」
「おおおおそ...っ!?ち、ちがいます...!」
「なーんだ、残念」
あかりは肩をすくめる月島の言動に翻弄されっぱなしの様子だ。
「(ざ、残念ってなんですか...!)」
「(襲うって意味がわかったことが意外なレベル)」
月島は内心驚きつつ、火花の散らなくなった花火の先端に視線を送った。
「(…この手の花火の良さがわからない…すぐ火が消えるのも、その瞬間も、寂しい気持ちにさせる)」
棒立ちの月島の表情は唯一の光が消えたためよく見えない。あかりは彼の隣に移動すると、手に持っていたいくつかの花火ひとつに火をつけた。
そして、首を傾げる月島に、まだ火のついていない花火をひとつを月島に手渡した。
「はい、月島くん。火のお裾分けです」
「あ、うん...どうも」
「火花が消えた後ってちょっと寂しい感じがするのですね…初めて知りました」
彼女の言葉は月島の気持ちを表しているようだった。
だがそれを悟られないように「そう?」と表情も声色も変えないまま月島はしゃがみ込むと、あかりも同じように隣に座った。
「その儚さがいいのでしょうか...」
「...さぁね。よく恋愛が花火に例えられることはあるよね」
「あぁ、なるほど」と月島の言葉に酷く納得したような表情のあかりは、手元の花火の先端でパチパチと音を立てながら結晶のような火花が現れては消える様を眺めながらそう呟いた。
「大丈夫ですよ、月島くん。私は、月島くんの傍にいますから」
「...なにそれ、」
「ふふ、いいえ。」
眉間に皺を寄せながらも少しだけ目を見開く月島の言葉に、あかりは何をいうでもなく、首を横に振った。
「(誰よりも、その儚さも寂しさも知っているから...でもその原因は紛れもなく私で...だから、私ができることは....)」
そのまま俯き唇を硬く結んだあかりは、顔を上げて隣で膝に顎を乗せて花火を見つめる月島に視線を送った。
同じタイミングで、2人が手に持っていた花火の火はチリチリと音を立てながら潰えた。
「約束、です。」
あかりは小指を彼の目前に差し出した。
一瞬驚いた表情をした月島は、差し出された小指に躊躇して暗がりの中で彼女の表情を探った。
「あっ、私の勝手なアレなので、重い感じで受け止めないでいただけたら...!月島くんは、気にしないでください...」
「……?」
「...せめてこれからは、安心していただけたらと思いまして...」
膝に顔を預けながら隣であたふたするあかりを見つめる月島は、必死に紡がれたその言葉にふっと笑みをこぼした。
「(そんなこと気にしなくていいのに...本当にバカだな)」
「....!」
目の前に差し出されままの小指に、月島は呆れた笑みを浮かべながら自分の小指を絡ませた。
あかりは一瞬驚いたようだったが、すぐにこっと笑いながら月島の小指が絡む指を揺らした。
「うっおーーーい!!!なにイチャイチャしてやがるー!!!花火だ!花火をやれ!!こらー!」
「(うわ、面倒なのがきたな...)」
酒で酔っ払った白川が両手に火のついた花火を持って、大きな口を開けて豪快に笑いながら近づいてきていた。
その手に持っている花火の数は一本や二本の話ではなく、数えきれないほどの本数を持っていて勢いよく火花が噴射されている。
「ちょ!危ないんですけど、白川さん...!」
「わぁ、すごい明るい…!」
「ちょっと、笑ってる場合じゃないでしょ!」
月島はドン引きしつつも、念のためあかりより前に立ち、焦りの表情を浮かべている。あかりは立ち上がりながら楽しげに笑っていた。
「俺は悲しい!!あかりさんのことを狙ってたのに...!!クソ島ぁぁ!許さんからなぁあ!」
「ちょ、それで近づかないでくださいよ...!」
完全に月島をロックオンしている白川は据わった目とよろつく足で追いかけている。白川の言葉を間に受けることもなく、あかりは笑いながら2人を目で追っていた。
そんな光景に、周囲のメンバーはヤジを飛ばしたり手を叩いたりしながら笑い転げている。
「ナイトプールのペアチケットはお前じゃなくてあかりさんにあげたんだからな!待てよ、ということは俺にもまだチャンスが...!」
「あるわけないでしょ...!そもそも男になれとか言ってたのは誰でしたっけ!」
取ってつけた可能性に希望を見出す白川から必死に逃げる月島の表情はとても珍しく、あかりはまた新しい一面が見れたと嬉しさに頬を緩ませている。
そうして賑やかな夜は過ぎていき、時は20時頃。
「撤収!」と無駄に大きな声を張り上げる白川の号令で、彼らはテキパキと片付けを初め、気付けばあっという間にバスの中だった。
散々はしゃぎ倒していた白川を筆頭に、彼らは殆どが眠りについていた。騒音レベルのいびきや寝言で眠るどころではない月島は、隣でコクリコクリと首を揺らすあかりに呆れた笑みを浮かべた。
「(まぁ、今日頑張ってたしね。いろいろと)」
月島はぼんやりと今日を振り返りながら、彼女の奮闘する姿に思わず、ふっと笑みを溢している。
バレーボールをしている姿は胸が熱くなるほど輝き、月島の瞳にはかっこよく映っていたが、今は首の座らない赤ん坊のように間抜けな寝顔を見せている彼女のギャップがなんとも面白く思えたのだった。
月島はふらつく彼女の頭を片手で覆うと、優しく自分の肩に寄せた。
「...ありがとう、あかり」
優しい声でそう言うと、聞こえているはずのないあかりは寝息を立てながら「ふふっ」と笑いながら、その肩に顔を擦り寄せた。
「...っ(なんの夢見てんだか....)」
子供のようにあどけない笑みを浮かべるあかりに、月島は心臓が跳ね上がるのを感じながら熱の籠る顔を背けている。
そんな2人を横目に、赤葦は少しだけ口角をあげながら自分の腕に絡みつくようにして眠るサチの額にそっとキスを落とし、静かに目を閉じた。
次の日以降、あかりを含めチームメンバーのほとんどが日焼けの痛みに苦しむことになるが、幸せそうに眠る彼らはそんなことを考えもしていなかった。
暫くバレーボールの練習中も日焼けの痛みのせいでメンバーの動きが悪く、監督に怒鳴られる日々が続いたのだった。
(言葉にしないと、伝わらない)
(それはなによりも、大切なこと)