声にして、君に伝えよう
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夏真っ盛りの8月、ジリジリと鳴く蝉の声がより一層暑さを掻き立てるなか、休日の昼下がりにあかりは神妙な面持ちでスマホの画面を眺めていた。
そこには差出人「白川さん」と表示されており、タイトルには「招待状」とあった。
< あかりさん、ちーっす!
最近まじ暑くないっすか?涼しくなりたいっすよね!
ってことで、超今更になっちまいましたが月島の歓迎会も兼ねて、海でバーベキューを開催することになったっす!
日時は下記の通りなんで、あかりさん必ず出席たのんます!>
久しぶりの白川からの連絡は嬉しく思っていたが、その内容に戸惑いを隠せず返信に困り果てていた。
歓迎会、と称されるそれは来週の土曜日らしい。
自分が誘われていることを、彼は知っているのだろうか、と悩ましげな表情で首を傾げるあかり。
<白川さん、こんにちは。
お誘いありがとうございます。とても嬉しいです。
月島くんに、相談してみますね>
<他のメンバーの彼女さんとか嫁さんもくるっぽいんで、俺も月島を説得するっす!楽しみにしてまっす!>
返信をすると数分経たずして、すぐにメッセージを受信する。相変わらずの返事の早さに思わず小さく笑いながら、内容を確認してスマホの画面を切った。
月島が嫌がらなければ、の話だが、海とバーベキューという響きに少し気持ちが躍っていたが、夕方頃、帰宅した月島の顔は明らかに不機嫌そうであかりは何も聞くことができず、狼狽えていた。
静かなリビングで食事を進める月島をチラ見しながら、あかりは箸を揃えて置くと口を開いた。
「あの月島くん...昼間、白川さんからご連絡をいただきました件で...お伺いしたいことが、ありまして....」
いつもとは違う業務的な口調の彼女に、あの話か、と勘付いた月島は眉をピクリと動かして「なに」といつもと変わらない声色で返事をした。
「月島くんの歓迎会、のお誘いが...ありまして...参加してほしいと...ですが...」
「(ですが...?)」
「もちろん月島くんが嫌ならお断りしますので、どうか安心してくださいね」
「(白川さんの話だとあかりの参加は確定みたいな言い方だったけど...まだ返事してないってこと...?)」
彼女の言葉に、月島は何食わぬ顔をして箸を進めながら、昼間の白川との会話を思い出していた。
「よ、月島!ちゃんと誘っといたからな!あかりさん!」
「...なんの話ですか」
座ってシューズを履き紐を調整していた月島の肩を叩く白川はニカッと得意げに笑っていた。
「なにって、来週の歓迎会!!あかりさんも行くこと決まってっから!よろしく!」
そばにいたチームメンバーは聞き耳を立てながら、体をピクリと反応させた。小さくガッツポーズをする人、白川に手を合わせて感謝する人、高鳴る胸を抑える人など、反応はそれぞれである。
「ちょっと、何を勝手に...」
「だってよぉ、月島ぁ。あかりさんの水着姿、見たいだろ?な?」
「お断りします(...それあんたが見たいだけでしょ)」
「さ、アップはじめっぞー!」
首に絡みつく白川を鬱陶しいとばかりに手であしらいながら、短く断る月島。だが、聞く耳を持たない白川は大きな声でウォーミングアップの号令を出したのだった。
思い出すだけで溜め息が漏れる。
月島はげんなりしながら、目の前で不安そうな表情のあかりに対して口を開いた。
「正直、君があの人たちの目に晒されるのは...なんか嫌」
「わ、私のことなんて誰も見ていないと思うので心配はないと思うのですが...!」
「(ほんと、そういうとこなんだよね....)」
呆れ返った月島の表情に、あかりはより一層不安な表情で彼を見つめている。
「でも海とか、バーベキューとか...私友達と遊びで行ったことがなくて、少し憧れちゃいます。キラキラしてて、楽しそうで...月島くん、いっぱい楽しんできてくださいね!」
無理矢理作った笑顔を月島に向けると、再び箸を手に食事を再開するあかり。
「(……やっぱり友達いないんだな、この子…)」
先日の七夕祭りの彼女の言葉を思い出した月島は、どこか遠くを見つめている。
あの時も1人で寂しく部屋で花火の音を聞いて過ごしていた、と語っていたあかりに、月島は同じ心配を抱いたことを思い出していた。
はぁ、と溜め息を吐くと、眼鏡の位置を指先で調整しながら口を開いた。
「約束、できるならいいよ」
真剣な表情と声色に、あかりははたと目を瞬かせて言葉の続きを静かに待った。
「過度な露出は厳禁。容易に連絡先の交換をしないこと。僕から離れないこと。以上」
「えっ...!?ということは、いいのですか!?」
「約束、守れるならね」
パァッと顔色が明るくなり、喜びを隠せないあかりに、月島は眉を顰めながら冷静に念押ししている。
「ふふ、嬉しいです!楽しみすぎて眠れません...!」
「(本当に大丈夫かな......まぁでも、喜んでるしいいか...)」
彼女の周りには黄色い花と蝶々が舞ってるようで、喜びが全面に押し出ている。
そんな彼女の姿に「なんかデジャヴ」と思いながら、呆れた表情を浮かべる月島の心配事は尽きないのだった。
————————————
そして来る歓迎会と称されたバーベキュー当日。
20名程の大所帯を収めたチーム専用のバスは県外のバーベキュー場へ向かっていた。
ワイワイと騒がしいバスの中、月島の隣の通路側にちょこんと座るあかりは、ワクワク感と緊張で体を強張らせていた。
事前に白川から聞いていた情報と異なったのは、女性が想像より少ないということだった。なんと自分を含めても3人だけである。同年代でも一回り以上身体の大きい彼らの人数と比べると非常に心細いものだった。
女性のうち1人は明るい髪色のショートカットがよく似合う活発そうな女性と、一方はツインテールの髪を緩く巻いた可愛らしい子だ。
黒く長い髪をポニーテールでまとめていたあかりは、自分の地味さと周囲のキラキラした雰囲気に圧倒され縮こまっていた。
「あかりさん!バス酔い大丈夫っすか!薬ありますんで言ってくださいね!」
「飴食べますか!?桃と林檎、どっちの味がいいっすか!」
「喉渇きませんか、あかりさん!お茶どうぞ!!」
「要りませーん。」
「お前に言ってねーよ!!!」
白川を筆頭に、チームのメンバーがあかりに次々話しかける。狼狽えるあかりを横目に、酷く迷惑そうな表情で、月島は彼らをあしらった。
大ブーイングが起こる中、あかりは苦笑を浮かべていると、通路を挟んだ隣の席から肩を叩かれその方向に顔を向けた。
そこには先日の試合でセッターを務めていた男性が無表情で薬を差し出していた。パッケージには「呑む前、食べる前にこれ一本」と記載されている。
「あ、ありがとうございます...いただいてしまって、いいのですか?えっと...」
「赤葦です。これ、全員に配られるやつなんでどうぞ。」
戸惑うあかりに、赤葦と名乗った短髪の男は少しだけ口角を上げて自己紹介をした。
「結構みんな癖強いけど、悪い奴はいない...と思うんで。」
「ふふ、とても賑やかで楽しいですよ。赤葦さんは確かセッターされてましたよね....?」
「はい。...ああ、そういえばこの前、試合きてましたね。」
赤葦は先日の試合を思い出したかのように、再度あかりの顔を見つめた。
「....月島の絶不調を救った女神」
「め、女神....?」
「って、白川さんが言いふらしてたのを思い出しました」
「赤葦さん、余計なこと言わなくていいんで」
じろっと窓際席から睨む月島に、赤葦は申し訳なさそうな気持ちは1ミリもないと言った様子で鼻で笑った。
「ずるいぞ月島ー!女神を独り占めしようとすんな!!」
突如前の席に座っていた白川が席に膝立ちで後ろを向き、拳を上に掲げてヤジを飛ばした。
月島はげんなりした顔で眼鏡を指先で直す。
「酔ってもしりませんよ。白川さん」
「んなもん気合だ!お、もう着くぞー!」
赤葦が呆れたような声色で白川を嗜めるも、彼はお得意の根性論で何かに燃えているようだった。
やがて彼らを乗せたバスはバーベキュー場に到着し、日差しが照りつけるなか、各々支度を始めるのだった。
「あかりさん、女子更衣室はあっちみたい!行こう!」
ショートカットの女性が戸惑うあかりに笑顔で声をかける。その後ろにはツインテールの可愛らしい女性も一緒にいたが、何故かつまらなそうな顔をして海を見ていた。
「あ、えっと...(行きのバスで赤葦さんの隣で眠っていた方、ですよね...?)」
「ああ、ごめんね!皆そう呼んでたからつい...私のことはサチって呼んで!で、あの子は桃!」
「ありがとうございます...!よろしくお願いします、サチさん、桃さん」
小麦色の肌がよく似合うサチは頼れるお姉さんのようで、コミュニケーション能力も高く、あかりはホッとした笑みを浮かべた。
「じゃ、早く行こう!お肉も食べたいし、ビーチバレーもしたいし、泳ぎたいし!夜は花火もあるから!」
サチはあかりの手を取ると更衣室へ誘った。
咄嗟に「月島の傍を離れない」という約束を思い出したあかりはハッとした顔で月島を見つめたが、「行っておいで」というように小さく手をひらひらと払っている彼を見て、パァッと表情を明るくさせながらサチとともに更衣室へ向かったのだった。
「いやー暑いねぇーあかりさん肌白いから、日焼け止めちゃんと塗らないと大変だよ!」
「ふふ、明日悲惨なことになっちゃいますもんね」
「そーそー、超痛いしお肌にも悪いしね〜あ、ちょっとトイレ!ごめんね、先行ってて!」
サチとあかりはどうやら波長が合うのか、気兼ねなく和気藹々とした雰囲気で水着に着替えていた。だが途中で、サチは思い出したかのように声を上げてお手洗い場に向かっていった。
そこへちょうど桃が更衣室へ入り、あかりの横に荷物を置くと、溜め息混じりに口を開いた。
「あかりさんってー、蛍くんと付き合ってるのぉ?」
「えっえと…お付き合いは、してない、と思います…」
「ふーん。....じゃあいいよね」
突然話しかけられて肩をビクつかせながら自信なさげに答えるあかり。桃は月島と同い年くらいだろうか、目が大きく可愛らしい瞳には、嫉妬や怒りのような色が窺えた。
「(いい、とは...?)」
「蛍くん、貰うね」
口角を上げて不敵に笑う桃の言葉に、あかりは目を見開き固まってしまった。
「だってこーんな地味なおばさんより、超可愛い私の方がお似合いに決まってるしぃ」
桃は立ち尽くすあかりの上から下まで舐め回すような視線を這わすと、嘲笑うかのような笑みをこぼした。
「ごめん、なさい...あの」
「いいよぉ、私は蛍くんをモノにできればいいだけだからぁ。あんな将来有望株、あんたに渡すのなんて勿体ないしぃ」
可愛い顔と声に似合わず、吐き気がするほどの不快な言葉に、あかりは思わず眉間に皺を寄せ、奥歯を強く噛んだ。桃は悦に浸りながら、「モノ」にした月島を想像しているようだった。
「お言葉ですが....月島くんは、誰のモノでもありません。あと、私も彼を想う気持ちは、誰にも負けません。」
「フンッ...負け犬の遠吠えってやつ?バカみたい!」
気付けば着替え終えていた桃は、鼻を鳴らしてふいっと顔を逸らすとそのまま更衣室を出ていった。
彼女が着ていたのはピンクとフリルを基調としたビキニで、手にすっぽり収まるほどの小ぶりな胸はきっちりと寄せられていた。背中で細い紐がいくつも交錯していて、色っぽさも感じられる。
かくいう自分の姿は…とあかりは視線を下に向けた。月島の約束を守り、水着の上にセット売りしていたオフショルダーを着ていた。
長袖はエンジェルスリーブになっていて、夏らしく軽やかな印象を与えている。白いスカートはレースで透けていて、大きな白い花模様が描かれていた。
全体的に、桃と比べると露出は少なく、色は青と白で統一されていて可愛い系とは反対の印象だ。
「いやぁ〜バッチバチだったねぇ!かっこよかったよ、あかりさん!」
サチはお手洗い場から戻ってきていたようで、面白いものを見たと言わんばかりに手を叩いている。
驚いたあかりは、サチの笑顔を見て酷く安堵した。
「あの子、月島がチームに入ってからずっと狙ってたみたいでさぁ。月島に近づくためにチーム内の好きでもないやつと付き合って...相手にされない原因があかりさんだったってわけで、あんな闘争心バリバリなわけよ」
「な、なるほど...そういう事情が...」
「そうだ、あかりさん。その髪私がアレンジしてあげよっか。すぐ終わるから!」
スポーツ水着に着替え終わったサチは、無造作に結ばれたあかりの髪を触り始めた。
「私美容室で働いてるんだー、だからヘアアレンジは任せて!」
「そ、そうなのですか!?おお、お、おいくらでしょうか....!」
「ぷっ、真面目すぎ!いいからいいから、はい大人しくしてね〜」
あかりの言葉に吹き出しながら、サチは手慣れた手つきで髪を整えていった。
「そういえば、あかりさんって今いくつ?」
「今年で、28です...」
「えー!私の一個下じゃーん!なんか嬉しい!歳近かったんだ!」
サチの年齢を、24、5歳くらいに予想していたあかりは驚愕の声をあげた。29歳にはとても見えないサチは、その反応に嬉しそうに笑っている。
「あはは、こんな見た目だからね〜そういうリアクションだよね〜」
背丈は160cmくらいだろうか、小麦色の肌で顔は童顔である。確かに彼女は年齢に伴わないような見た目をしていた。
「はい!できたよ〜!かわいいじゃん、うんうん!」
鏡で後ろ髪を見ると、良い具合に崩された三つ編みが円を書くようにまとめられて、薔薇のようにもみえる。前髪は垂れ落ちないように、しっかりピンでとめられていた。
「わぁ、すごいです...!!可愛い!薔薇みたいです!」
何度も違う角度から鏡を見て感動するあかりに、サチも鼻高々に嬉しそうな表情を浮かべている。
「そんなに喜んでもらえるとやった甲斐があるなぁ!ほら、こーんなに美人さんなんだから大丈夫、自信持ってね!胸も大きいんだしさ〜あ!」
既に水着に着替え終わっていたあかりの胸を人差し指で押しながら今度は悪戯に笑うサチ。
あかりは顔を赤らめながら、反応に困っているようだった。
「さ、行こ!あの鉄壁眼鏡君を、あっと驚かせてやろ!」
「(鉄壁眼鏡...)は、はい!」
サチは何故かやる気満々で、拳を突き上げる。
彼女のネーミングセンスに内心苦笑いを浮かべながら頷くと、2人は更衣室を後にした。
「おっまたせ〜!」
2人がバーベキュー場へ戻ると、既に全員着替えは済んでおり、鍛え上げられた肉体が披露されていた。
肉や魚、野菜の用意は準備万端であとは焼くだけ、という状態だった。桃はしっかり不機嫌そうな月島の横に座り、お茶の入ったカップを両手で持ちながら懸命に話しかけている。
見兼ねたサチがあかりの手を引き、月島の前に軽く押し出した。
「わぁっ、サチさんっ」
急に自分の視界に現れたあかりを見上げた月島は、まるで時が止まっているようだった。彼女の水着姿に思わず手に持っていたカップを落としてしまう始末だ。
隣に座る桃はそんな月島の姿に小さく舌打ちをしながら悔しそうな表情を浮かべている。
「どーよ、月島!可愛いでしょ?」
「さ、サチさん...恥ずかしいです...」
自信満々に胸を張るサチは、月島に向けて「ふふん」と笑っている。あかりはあまりにじっくり月島に見られていることが恥ずかしく、顔を両手で覆った。
「……..っ、う、うん...(...なにその水着...っなにその髪型...!可愛すぎでしょ…!)」
サチの言葉で我に返った月島は眼鏡を触りながら、頷くことしかできないようだった。様々な感想が頭の中を駆け巡り、俯いたままあかりの顔を見ることさえできなかった。
「ちょっと白川さーん。月島がへなちょこすぎて話になりませーん」
「なっ...」
サチはテンションを極限まで落としたような表情と声色で、遠くにいた白川を呼びつけた。相変わらずオールバックに固めた髪を光らせている白川は、雷に打たれたような顔であかりをガン見している。
「うっわー!天使!?いや、妖精!ちがう、女神…っ!!めちゃくちゃ可愛いっす!青系似合うっすね!やべーっす!最高っす!」
「(くそ、僕が言いたいこと全部言われた...)」
「蛍くん、新しいお茶持ってきてあげるね」
白川に視線を送る月島の瞳は、どこか悔しそうである。そんななか苛立ちを積もらせた桃は立ち上がり月島ににっこり笑顔を向けると、彼の返事を聞く前に歩き去っていった。
「髪はサチさんにアレンジしていただきまして...本当にありがとうございます」
「いーのいーの!頑張んなよ〜って月島!あんたが1番頑張りなさい!!」
姉御肌のサチはバシバシとあかりの背中を叩き、月島に喝を入れるように指を向けた。
「サチ〜、肉焼くぞ〜」
「やったー!食べる食べる!ほら白川さんも行くよ〜!」
トングを持ってサチを呼ぶ声に手を振って反応すると、白川の首根っこを掴みズルズルと引っ張って行ってしまった。
皆の荷物が山積みに置かれたテーブルに備え付けられているベンチに腰掛けていた月島は、隣をぽんぽんと叩いた。
「....座れば、ここ」
「は、はい...!(皆さん既に上半身裸ですが....薄手のパーカー羽織っていらっしゃるのは、月島くんらしくて...なんだか可愛らしい…)」
あかりは顔に熱が集まっていくのを感じながら、月島を直視できないまま隣に腰掛けた。並んで座っているため視界にお互いの体が入らず、少しずつ緊張が緩んでいくのを感じた2人は同時に口を開いた。
「あ、すみません、どうぞ...」
「飲み物、持ってくるけど」
「あ、でも月島くんの分は桃さんが...」
「頼んでないし、自分で行く。お茶でいい?」
桃に対する無関心さが窺える言葉に少し驚きつつ、ぎこちなく頷くあかり。彼の背中を見送りながら、あかりは俯いた。
「(...月島くんもああいう若くて可愛いらしい女の子の方がいいのでしょうか…)」
先程、月島の隣に座って今時の恋をする女の子のように、可愛らしい笑みを浮かべていた桃。
同じ女性として見ても、彼女は可愛らしく、自分にないものをたくさん持っている子だとあかりは感じていた。
「(ハッ、そういえば月島くんから離れないっていう約束....!まさか、これは試されているのでは...)」
ふと、月島との約束を思い出したあかりは、このまま1人でいると叱られる予感がし、彼の後を追うようにドリンクのカウンターへ歩みを進めた。
「(月島くん、背高くて目立ちますね...)」
バーベキュー場の後方、反対側へ進むと飲み物を貰う行列の真ん中あたりに月島は一人で立っていた。
彼を見つけ、その目立ちっぷりに苦笑を浮かべながら足を進めようとした、その時。
「きゃぁっ!!!ご、ごめんなさい、蛍くん...!」
「....いえ、大丈夫です」
桃はわざとらしく声をあげながら、前につんのめるように転び月島の体に抱きついた。その際に手に持っていたカップに注がれた液体が月島のパーカーとサーフ型の水着にかかってしまった。
その光景に、あかりは思わず足を止めた。
「やだっ、汚しちゃった...!洗いに行こ?すごそこに洗い場があるからっ」
「いえ、どうせ汚れるんで...ってちょっと」
桃は強引に月島の腕に絡みつき、列から外れさせる。
その力強さに驚きを隠せない月島を、あかりは不安げな目で見つめていた。
「ほんと、大丈夫なんで...(くそ...何で僕に付き纏うのさ...)」
「そんなことできないよぉ、汚しちゃったの私なのに...」
胸を寄せてわざと月島の腕に当てる桃は、一瞬後ろにいたあかりに勝ち誇ったような視線を送った。
「(桃さん、わかってて...!)」
あかりは走り出し、月島の腕を掴んだ。
突然腕を掴まれたことに驚いた月島が後ろを振り向くと、そこには必死な表情を真っ赤に染めたあかりがいた。
「....あの、約束を守りに、きました...!」
「あかり…?(…約束って…ああ、僕から離れないでって言ったあれのこと…?)」
「よくわかんないけどぉ、私が一緒に行くからいいよぉ、あかりさん」
緊張で震えるあかりに月島は、ふっと笑う。
あかりが掴む腕と反対側に絡みつく桃は、嘲笑を向けていた。
「(も、桃さんの圧が怖い、...でも!)」
「(このおばさん、しつこいなぁ〜必死な顔しちゃって)」
蛇に睨まれた蛙のように体を強張らせるあかりの表情は変わらずである。見兼ねた月島が口を開いた。
「…そういえば、さっきあっちで君のこと誰かが呼んでましたよ。彼氏さんじゃないですか?」
「え〜、そうなんですかぁ?(チッ...彼氏を邪険に扱うのは印象悪くなっちゃうしぃ...)」
月島はにっこり笑顔を作りながら、元来た道を指差した。桃はその言葉に一瞬顔が引き攣ったように見えたが、あかりを一瞥すると「はぁい」と返事をして可愛らしいミニスカートを揺らしながら去って行った。
「あ、あの...ごめんなさい、私...出過ぎた真似を...」
「こっちきて」
慌てて腕を掴んだ手を離すと、今度は月島がその手を取った。
困惑の表情を浮かべるあかりは手を引かれるまま付いていくことにした。
ドリンクを渡すカウンターの裏手に回り、月島は彼女を壁に押しやった。
「無駄に謝った罰ね」
「えっこんなところで...わ、っ...!」
驚愕の声をあげるあかりを他所に、月島は彼女のオフショルダーを少しだけ下にずらし、そこに顔を埋めた。
「〜〜っ、ん....っ」
俯き震えるあかりの顔は羞恥に染まっている。
彼女の口から漏れる声に、月島の身体はびくりと反応し、唇を離した。
「…ちょっと…止められなくなるでしょ」
口元を覆い、顔を逸らす月島は小さな声で呟くように言った。やめて、というのはこっちのセリフだと思いながら、その後の言葉にあかりは首を傾げた。
「(止められなくなる、ってどういう....)」
彼の言葉の意味を理解するのに時間がかかり、時間差で身体中が沸騰したように熱くなっていく。
「それ、脱げなくなっちゃったね」
「っ...その顔はもしかしてワザと...!」
「さぁ」
眼鏡の位置を直しながらニヤリと笑う月島に、あかりは頬を膨らませている。がすぐ思い出したかのようにハッと声を上げた。
「...あ、そうでした、月島くん!洗いに行かないと...って、...あれ?汚れてない....」
「あの子、持ってたの水だと思うよ」
「えぇっ!?そ、そうだったのですか、全然気付きませんでした...」
「まぁ、確信犯だろうね。何で僕に付き纏うのか、本当訳わかんないけど」
鼻で笑う月島に、あかりは驚きを隠せない様子だ。
「もしかしたら、そこまで悪い人ではないのでは」とそんな考えを過らせるあかりは、桃の顔を思い浮かべていた。
「....訳分からなくないです。月島くんは、もっと自覚してください...!本当に、とってもかっこいいんです...!」
「えぇ...急にどしたの...」
あかりの勢いに圧され気味の月島は引き気味な様子で後ずさっている。その勢いのまま、あかりは狼狽えている彼の腕を掴み歩き出した。
「もうっ、飲み物取りにいきますよ!」
「ちょっと、待って。」
「なんですか、まだなにか!」
あかりが思い切り振り返ると、月島は掴まれた腕を自分の方に引き寄せ、彼女の耳元に顔を寄せた。
「......それ、似合ってる」
「.....っ!?」
月島はパッと手を離し「行くよ」と声をかけた。
片耳を両手で覆い、わなわなと震えるあかりは腰が抜けそうになるのを必死に堪えながら歩いていく月島の後ろ姿を見つめた。
「(可愛いって言えなかった…カッコ悪....)」
「(こっこんなの反則じゃないですか...!)」
あかりは熱を振り払うように首を横に振り、先を行く月島の後ろ姿を追いかけた。