当たり前のように、君は
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あかりの熱が引いてから、1週間程経過した頃。
彼女は一人でバーに訪れていた。
月島と2人で来店した以降、たまに1人で訪れてはのんびりした時間を過ごしていた。
いつものカウンター席に座り、あかりは頬杖をつきながらため息を吐いている。
「(なんだか...緊張と恥ずかしさで顔が見れないのですよね...)」
月島とのキスを思い出し、胸のむず痒さに思わず顔を両手で覆う。
「(胸が痛くて上手く話せなくて、距離が遠くなってしまうような...寂しいです...)」
「…〜〜?、雨音さーん?」
しょんぼり肩を落とすあかりを、目の前で心配そうに見つめるマスターは何度か声をかけたようだった。ようやくその声に気が付いたあかりはハッと顔を上げて反射的に「ごめんなさい」と謝った。
「大丈夫ですか?もしかして、体調が...あれ、雨音さん、ここちょっと赤くなってます?」
マスターは首を傾げて自分の首を指差す。
首筋の跡は、消えかけてはまた口癖のように「ごめんなさい」と謝ってしまい、月島は罰だと言わんばかりに同じ場所に唇を落とした。
ちょうど昨日もそんなことがあり、それを思い出したあかりは顔を真っ赤にさせてその跡を手で覆った。
「あっ、あのこれは...、その....む、虫に刺されまして!」
「(ま、まさかキスマーク....!?あの男に...!?う、嘘だ...)」
彼女の動揺っぷりに、さすがのマスターも勘づいたようで、まるで外れそうなくらいに肩を落としている。
カランカラン
すると店の扉が開かれた。ハッと2人は出入り口に視線を送ると、そこには月島が立っていた。
「え、なに...なんでいるの」
店に入るなり、2人の視線を浴びた月島は、怪訝な表情であかりを見つめた。
待ち合わせしていたわけでもなく、まさかお互いに会うとも思わず、身体を硬直させている。
「つ、月島くんこそ...!あ、よかったらここどうぞ!」
動揺しながら、あかりは隣の席をぽんぽんと手で叩いた。月島は表情を変えずにその席へ腰を下ろした。
「カルーアミルクで」
「か、かしこまりました」
その場にいる全員に違った動揺が走る中、マスターは複雑な心境でグラスを手に取った。
「月島くん、お酒を呑みに....?」
「お酒呑む以外、ここになにしにくるのさ」
愚問だと言わんばかりの返答に、あかりは返す言葉もなく苦し紛れにお酒を飲み干した。
「マスターさん、私も同じものをください!」
「薄めで」
「かしこまりました(言われなくても...!)」
フォローする月島のスマートさに悔しさを滲ませるマスターは、もう一つのグラスを取り出した。
そして数分も立たず、2つのカルーアミルクがカウンターにならんだ。
乾杯をして、グラスに口をつけて喉を鳴らす月島を見つめるあかりは、ほんのり顔を赤く染めている。ふぅ、と息を吐く月島から慌てて視線を外し、グラスに口をつけた。
「(あああ、もう見てられない...雨音さんのこんな表情、見たことない...)」
マスターはあかりに視線を送りながら、内心頭を抱え悶絶し、2人の様子を見守っている。
「そそ、それにしても、珍しいですね!月島くんがお酒呑みにいらっしゃるとは...」
「僕も呑みたくなるときくらい、あるよ。そもそも嫌いではないし」
月島はグラスの氷をカラカラと鳴らし、揺れる甘い液体を見つめた。
「君はひとりで呑みにくるならもう少し気をつけた方がいいよ。隙だらけの獲物が目の前にいたら、どんなに優しく見える獣も牙を剥くだろうしね」
頬杖をつきながら「ね、マスター」と満面の笑みを浮かべる月島。マスターは、「ゔっ!」と変な声をあげながらそうですね、と笑顔を貼り付けて頷いた。
「け、獣...?月島くん、何のお話を...」
「あぁ、こっちの話」
疑問符を浮かべるあかりに、月島は変わらず笑顔を作った。その笑顔の内に秘めた怒りのような感情が見え隠れし、マスターはわかりやすく視線を逸らしている。
暫しの沈黙が流れた後、お互いに色々な考えが巡るなか、口を開くタイミングが重なる。月島は手のひらをあかりのほうへ向けて「どうぞ」と短く言うと、空になったグラスをマスターに向けておかわりを注文した。
あかりは俯いたまま「ご相談なのですが」と話を切り出した。
「あの日、から変なんです、私…い、今も…ちゃんと話したいのに、胸が苦しくて…目も見れなくて…こういう時、どうしたら、いいのでしょうか...」
ゆっくり言葉を紡ぐ彼女を、月島はもちろんマスターまでもが、呆然とし口をあんぐり開けて聞いていた。
冷えるような沈黙が続き、あかりは堪らず顔を上げて月島を見た。彼は片手で顔を覆い項垂れている。
「え...?な、なぜお二人が固まって...」
「あのさ、君それ...何言ってるかわかってる?」
「(天然って恐ろしい...!月島さんにちょっと同情します...)」
マスターは苦笑を浮かべながら3杯目のカルーアミルクを2つカウンターに置いた。
「どうしたら、前のように...」
グラスに両手を添えて、寂しげに呟くあかり。
月島はため息を一つ吐いたあと、静かに口を開いた。
「戻れないでしょ」
「そう、でしょうか...」
「だって、君さ」
マスターは2人に背を向けて作業しながらこっそりと聞き耳を立てている中、月島は肩を落とす彼女の耳元に口を寄せた。
「僕のこと好きでしょ」
「〜〜〜っ!!」
ゴンッと鈍い音が響く。
あかりの額がカウンターテーブルにぶつけた音だった。その体勢で心臓を抑えながら固まるあかりに月島は、ふっと笑みを溢した。
マスターは鈍い音に後ろを振り向いたが、月島の微笑みを目の当たりにし、負けた気持ちになったようでまた彼らに背を向けた。
「....あの、月島くんは....好き、ですか...?」
テーブルに突っ伏して、隣で片方の口角をあげる彼を見上げながらあかりはおずおずと口を開く。
「...っそういう煽り、やめてくれない?」
「あ、煽ってないですよ...!」
眉間に皺を寄せて視線を逸らす月島に、あかりはぷくっと頬を膨らませた。彼の表情はほんのり赤く染まっている。
「そもそも、言えって言われて言うもんじゃないでしょ」
頬杖をつく手のひらで口元を軽く覆う月島の言葉に、言い返す言葉が見つからないあかりはほんの少し寂しさを漂わせながら、頬を膨らませていた。
それから1時間ほど経ち、何故か疲れ切っているマスターを残して、2人バーを出てゆっくり歩いて帰っていた。
「(あのマスター、わざと僕のお酒濃く作ったな....いやわかってたけど。悔しいから呑んだけど)」
「はー、ちょっと呑みすぎちゃいましたね」
月島は、足取りが覚束ないあかりの足元に注意を払いながら、自分も酔いが回っていることを自覚していた。
「そーだ、結局今日はどうして1人でバーにきたのですか?何か悩み事ですか?」
「どっかの誰かさんが、あからさまに僕を避けるからじゃないの」
前を歩いていた彼女は軽快にくるりと振り返り、立ち止まった。月島はそんな彼女の横を素通りし、不機嫌そうな声色で軽く鼻で笑った。
「さ、避けてないですよ...!」
慌ててそれを否定しながら小走りで彼の後を追う。
あかりは彼の横に並び、「自分のことで悩んで1人でバーにくる月島」に嬉しそうな表情を浮かべた。
「.....なに」
「ふふっ、なーんでもありません!」
「なんかむかつくんだけど」
月島は眉間に皺を寄せて、隣でニコニコ笑うあかりのほっぺたを摘んだ。
「ひたいれす、ふひまへん」
「ふ、アホ面」
表情を緩める月島は彼女の頬から手を離し、そのままあかりの手を取った。
「ちょろちょろ動かないでくれる。君危なっかしいんだから」
「つ、月島くんこそ足元よろよろですよ...!」
「言われたくないけど」
月島の大きな手が、あかりの手を包む。
負けじと言い返してくる彼女の手を強く自分の体に寄せて、月島は片方の口角をあげた。
急に引き寄せられたあかりはバランスを崩し、月島の腕に絡みつくように身体が密着してしまう。その勢いに押されることなく、彼女の体をしっかり支えた。
「ほらね」
「こっ、これは月島くんが急に...!」
慌てて体を離しながら頬を膨らませるあかり。
そんな彼女を横目に、身体が密着したことで内心動揺しながらも、何事もなかったように飄々と歩き続ける月島。
手を繋いで歩きながら並んで歩く2人の間を、暖かい風が通り抜けていく。
あかりは乱れる髪を押さえて耳にかけながら、少しだけ顔の赤い月島の横顔を見上げて思わず笑みが溢れるのだった。
(今も昔も、守ってくれる)
(君はいつも当たり前みたいな顔をする)