当たり前のように、君は
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「月島くん!今週の水曜日って、夜は何をされてますか?」
「なにって...練習、だけど」
梅雨も明け、本格的な夏が始まった7月の月曜日の夜、リビングで食卓を囲んでいた2人。あかりは少しだけ目を輝かせて月島を見つめている。そんな彼女の質問の意図が汲み取れず、首を傾げながら当然のように月島は答えた。
「...ですよね…!わかりました、頑張ってくださいね!」
「う、うん…?」
いつものように笑う直前、心なしか残念そうに一瞬瞳を曇らせたあかりを月島は見逃さなかったが、考えても理由はわからなかった。そのうちに食事も終わり、気付けば就寝の時間も近く、あかりは先に眠りについていた。
月島はお風呂上がりに水を飲みながら、ふと、リビングの壁にかけられたカレンダーに視線を送っている。
「(今週の水曜......なんかあったっけ...)」
指先を顎に添えて考える素振りを見せる月島は、スマホを取り出し白川の名前を探しメッセージを送ろうとした。だが、明日また笑い者にされる絵が浮かび額に青筋を一瞬浮かべてスマホを閉じた。
「(明日それとなく聞いてみるか...)」
文字に残すと面倒なことになると予想し、月島は軽く息を吐き自室へ戻った。
ハートマークで囲まれた7月7日が目立つカレンダーは、真っ暗なリビングにポツンとぶら下がっていた。
翌日バレー練習後、月島は白川にこの件を聞いてみたが思い当たる節はないようだった。
帰り道、イヤホンをつけた月島は、ふと駅に飾られた七夕用の飾りが視界に入り足を止めた。
「(七夕、ねぇ.....あ。)」
揺れる笹の横の壁に、ポスターが貼ってある。
そこには「七夕祭り開催」の文字が。
「(七夕祭り...まさか...)」
月島は眉間に皺を寄せて、そのポスターを凝視する。七夕の祭りとだけあって、開催日は7月7日の水曜日、夕方から開催しているらしい。
あかりが言いたかったことはまさか祭りのことなのだろうかと、理解不能と言わんばかりの顔をしている。
「(いやまさか、子供じゃあるまいし...そもそも祭りってあんまり好きじゃないんだよね...まあ、でも...)」
祭りの混み具合を想像し、思わずゲンナリしている月島は、ふと家で待つあかりの笑顔を思い浮かべた。
「(考えてあげないこともない、かな....)」
自分も随分と甘くなったな、と自虐的な笑みを浮かべながら、くるりと背を向けて家路に着いた。
「おかえりなさい、月島くん!ご飯できてますよー」
「ただいま」
玄関に入り、廊下を進みリビングの扉を開けるとフライパン返しを持ったままキッチンから顔を出すあかりがいた。
「今日も遅くまで大変でしたね〜」
「...あのさ」
労いの言葉をかけるあかりはお皿に料理を盛り付けながら、月島の言葉に耳を傾けた。
「明日ってもしかして、七夕祭りに行きたい、とか...?」
「!!」
キッチンからは突如、何かが床に落ちる軽い音が響く。月島がキッチンを覗くと、キッチンの床にはお箸が散らばっていた。
「し、失礼しました...!」
「(....やっぱり。)」
その彼女の様子に、月島は酷く納得している様子だった。慌ててお箸を拾い洗いながら、あかりは口をもごもごさせている。
「私、このお祭り行ったことがなくて...都内で1番古くて有名なお祭りで、最後に花火が上るのですが、いつも部屋で音だけ聞いていたので...その…」
「(......やっぱり、友達、いないのかな…)」
「一度でいいので行ってみたいな、って思いまして...でもいいのです、また今度の機会で...!すみません、余計なことを」
部屋で1人花火の音を聞きながらお酒を呑む彼女の姿が思い浮かび、思わず哀れみの目を向ける月島。変な気を遣われないように、とあかりは精一杯笑顔を作って、食事を並べ始めている。
そんな彼女を見つめる月島はしょうがないな、小さなため息を吐いた。
「...いいよ」
「……へ?」
「行きたいんでしょ?」
目の前の彼の言葉がうまく処理できず、思わず聞き返すことしかできないあかりは唖然としている。月島はそんな彼女をスルーし、料理運びを手伝っていた。
「で、でも、月島くんバレーが...」
「こっちはオフシーズンだし、問題ないから。明日仕事終わったら連絡する」
気付けば食卓はすでに整い、月島は椅子に座り「いただきます」と言葉を発し手を合わせた。その瞬間、あかりの瞳にみるみる光が帯びていき、キラキラした表情を月島に向けた。
「えええ!!いいんですか!?月島くん!いいのですか!?」
「ええ…いや、大袈裟...」
口に入れたご飯を咀嚼し飲み込みながら、呆れた表情で彼女を見つめる。目を輝かせたまま、慌てて席に着くあかりは再び口を開いた。
「とっても嬉しいです...!わぁ、お願いごとなににしましょう〜」
「(まぁ、そこまで喜んでくれるなら...いいか)」
ひとりではしゃいでいるあかりを視界に入れつつ、味噌汁を啜りながら無表情のままの月島。
こうして、2人は次の日の七夕祭りへ行く約束をした。上機嫌なあかりと、混雑を予想し若干げっそりしている月島は各々就寝に入り、来る明日を待った。
————————————
7月7日、18時頃。
定時ダッシュし、最速で家にたどり着いたあかりは、予め今日のために部屋の壁に掛けていた浴衣を手に取り、そこに袖を通した。
そして19時半。
近くの神社の前で月島を待つあかりは、白い生地に淡い紫陽花が描かれた浴衣を身に纏っていた。少し濃いめの紫色の帯は、後ろで綺麗なリボンを作っている。
長く黒い髪はお団子にして纏めて、揺れて光る黄色の月飾りがついた簪が映えていた。
「(ふふ、なんだかワクワクしちゃいます)」
念願の夢が叶い、思わず笑みが溢れる。
すると目の前から人混みの中で頭1個分抜き出ている不機嫌そうな月島が歩いてくるのが見えて、あかりは声を上げた。
「月島くん、こっちです!」
「.........!?」
目の前に現れた彼女の言葉に対する反応はなく、その姿に心を奪われたように、目を見開いて呆然としていた。
「あっ、あの...月島くん...?」
再度あかりが小さく彼の目前で手を振り、心配げな表情を浮かべている。その瞬間、月島の顔がみるみるうちに真っ赤に染まり、ずらした眼鏡を直すふりをしながら彼女から目を逸らした。
「な、なんで浴衣…(妙に集合時間遅いなと思ったら...)」
「す、すみません、はしゃいでしまって…!こんなふうに浴衣着てお祭りに行くのが夢で!」
引かれてる、と感じたあかりは、羞恥心に気まずさを混ぜたような笑顔を浮かべた。
「い、いや......いいんじゃない。似合ってる、と思う、し」
いつもの半分以下の声量で、未だ彼女を直視できていない月島はなんとか言葉を紡いだ。あかりは不器用な彼の言葉に胸の鼓動が強くなることを感じながら、小さく笑っている。
「あっ」
すると人混みによってあかりは他人の肩がぶつかり、月島の方へつんのめる形で躓いてしまった。だがしっかりと月島に抱き留められたあかりは、驚いて彼を見上げた。
「ご、ごめんなさい...!」
「いや...人多いから、気をつけて...(バカじゃないの....こんなの、抑えられる気がしないんだけど...)」
薄い布越しに彼女の体が月島に密着する。
その細い肩を支えながら眉間に皺をよせる月島は、押し寄せる欲望の波に呑まれそうになりながら、なんとか思い止まった。
月島はこちらを見上げてくる彼女から目が離せず、周囲の喧騒が嘘のように聞こえなくなり、あかりと見つめ合う形となった。彼女の前髪が1束垂れ落ちるのを、月島は指先で掬い上げ耳にかける。
「おー、ツッキーも男の子で安心したわ。うんうん」
「クロ、野暮だからやめなよ」
不意に聞こえた声に、月島の顔が固まる。あかりはハッとして後ろを振り向いた。
「…っ!く、黒尾さん、お久しぶりです!」
「どーも、あかりさん。浴衣お似合いですねぇ。可愛いですよ」
「うわ....クロきもい」
火照る顔をなんとか治めようと平常を装いながら、あかりはにこっと笑顔を浮かべた。
黒尾は同じような笑みを浮かべながら、さらっと褒め言葉を述べる。その瞬間、照れ笑いを浮かべるあかりを見ると、月島の表情は不機嫌そうなものになっていた。
黒尾の隣でスマホを弄る小柄な男性は心のこもっていない声で、肩まで伸びた黒髪を揺らし一瞬眉をへの字にして月島に視線を送った。
「こいつは、孤爪 研磨。俺の幼馴染です。」
「孤爪さん、私は雨音 あかりです。はじめまして!」
孤爪は小さく頷くように「どーも」と頭を軽く下げた。まるでゲームに夢中な子供のようで、一瞬あかりに視線を送るがすぐに逸らしてスマホのゲームを再開している。
「お二人さんはデート?いいねぇ〜」
「いえ、私が無理矢理月島くんを連れ出した次第でして...!」
「早くいこう、クロ。人多い、暑い、無理」
「まぁまぁ、協会の人らに挨拶したらすぐ帰るからさ〜俺も一応サラリーマンなんでね」
顎に手を当てニヤニヤと笑みを浮かべる黒尾を、孤爪が言葉で急かしている。人混みが苦手な孤爪の要望をサラリとかわしながら、黒尾は変わらない笑みを浮かべていた。
「あ、ツッキーがヤキモチ妬いてる...!」
「べ、別にそういうわけじゃ…(早くどっか行ってくれないかなこの人たち...!)」
「(へぇ、月島ってこういう顔もするんだ...意外)」
「あ、あの!月島くんが嫌がってたところを無理矢理連れ出したので、ちょっと不機嫌そうにみえるのはそう言う理由かと...!!」
あかりの必死な主張に、黒尾と孤爪は天然の恐ろしさを再認識しつつ、内心月島の不憫さを憐れんだ。
「....、から」
月島は少し俯き加減で言葉を発したがうまく聞き取れず、黒尾は聞き返した。珍しく孤爪もスマホから外した視線を、月島へ向けている。
「嫌だったら、きてないから」
不機嫌そうな月島の言葉に、黒尾は口笛を鳴らした。
彼の思いがけない言葉に、あかりは嬉しそうな表情を浮かべて月島を見ている。
「おぉ〜おぉ〜。じゃ俺たちはお邪魔そうだし、男2人で寂しくいきますかぁ〜」
「最初からそう言ってるじゃん」
「じゃまた今度」と軽い挨拶を告げた黒尾。
呆れたような声色の孤爪はまたスマホに視線を戻し、歩き出した黒尾の後をゆっくりついていくように歩みを進めた。
「はぁ...僕たちも行くよ」
「はい!」
突然現れた2人に既に疲労が溜まっているのを感じながら、月島はため息を吐きつつ、ゆっくり足を進める。あかりは嬉しそうな笑みをこぼしながら、彼の後をついていった。
————————————
「わぁ、綿飴可愛い...!いちご飴もいいですね...ううん...」
「(綿飴が可愛い...?)」
神社の境内へ続く長い一本道に、様々な屋台が立ち並んでいる。2人は人混みに流されつつ、歩きながら辺りを見回していた。あかりは真剣な表情で多種に渡る屋台を見つめ唸り声をあげている。
「わ、今の時代、屋台には焼きおにぎり屋さんもあるんですね!美味しそう!」
「....いや、あれはやめよう。美味しくない。」
月島は見覚えのある顔が店番に立っていることを察知し、すぐに視線を逸らすとあかりを反対側へ誘導した。
「...そ、そうですか…?あ!あそこのフルーツ飴買ってもいいですか!」
「どーぞ」
ピシッと指差す先にはフルーツ飴と書かれた目立つ屋根が。あかりは瞳を輝かせながら、月島を見つめる。そんな眼差しを受けた月島は少し表情を緩ませると、あかりと屋台の列に並んだ。
「そういえば孤爪さんって方、可愛らしい方でしたね。ふふ、なんだか猫ちゃんにそっくりで」
「あんな猫、僕は嫌だけどね(まぁ....向こうも嫌だろうけど)」
「そっそうですか?」
思い出し笑いするあかりと対照的に、月島は過去のバレーでの闘いを思い出しげんなりしている。そのうちに列が進み、2人の順番がきた。
「お兄さん、フルーツ飴一つください!」
「はいよぉ!じょーちゃん浴衣似合うな〜ほれ、おまけだ!」
「えーっ、いいんですか…?」
「いいからもってきな!」
あかりの注文に、店のおじさんは気を良くしたようでおまけにもう一本のフルーツ飴を手渡した。
ありがとうございます!とはにかむあかりは、それを持って月島を見つめながら片方を差し出している。
「月島くん、はいどーぞ!」
「ありがとう(おっさんキラー....)」
差し出されたフルーツ飴を手に取って口に入れる月島。
特に表情を変えるでもなく、少し大きめに切られたフルーツをただ無表情で咀嚼を続ける月島に、あかりは思わず吹き出した。
「月島くん...!なんだか、動物みたいで...!!かっ、かわいいです...!」
笑いが止まらないあかりに、月島は怪訝な表情を浮かべながらも咀嚼を続けている。ようやく笑いが収まったあかりは手に持つフルーツを頬張った。
「君もたぶん同じ顔になってるけど」
月島は吹き出すのを堪えるように、口元を指先で覆った。あかりもマスカットを頬張り、冬眠前のリスのような顔になっている。
お互いに笑い合いながら、フルーツ飴を食べ終えた2人はたこ焼きや飲み物等を買いながらゆっくり歩みを進めていた。
「月島くん、広場の方に行ってみませんか?」
あかりが指さした先には巨大な笹の葉が揺れていた。月島はその方向に視線を移し、揺れる笹の葉を見つめていた。
「お願いごと、考えましたか?」
「んー(神頼みはしないタイプなんだけど…)」
風が優しく駆け抜け、穏やかな表情を浮かべるあかりの前髪が揺れる。それを指先で掬いながら耳にかけ自分に視線を移す彼女を、月島は眉を顰めて切なげな表情で見ていた。
2人は大きな笹の葉が夏の風に吹かれてさやさやと揺れる広場へたどり着く。そこでは机とペンが多く並んでおり、子供やカップル達が和気藹々と願い事を書いていた。
「さ、私たちも書きましょう!」
あかりは微笑を浮かべながら黄色の短冊を彼に渡した。月島はそれを受け取ると、困ったような表情でその小さな紙に向き合った。
「(何を書けばいいわけ、こういうのって...)」
あかりは決まっていたかのように、さらっと短冊に書いた。一方、一文字を書くまでも時間がかかっていた月島に、あかりは申し訳ない表情を浮かべた。
「もし、願い事が思い浮かばなければ、あの...無理しなくても...」
「あっち行ってて。」
「...は、はい!!」
月島は真剣な表情でペンを握り黄色の小さな紙に滑らせた。我ながら、その願いの恥ずかしさに、月島は顔を片手で抑えながらあかりの元へ向かった。
「書いたよ。」
「では、あのあたりに飾るの、どうでしょうか?」
嬉しそうな彼女の微笑みに、月島は釣られるように片方の口角を上げながら頷いた。
「わ、私の、見ないでくださいね!!」
「はいはい」
月島は配慮として、自分の短冊を飾ったあとに彼女の短冊も近くに結んだ。だが、短冊に書かれた内容は目視で確認できるような十分な距離で、彼女の願いの内容もしっかり月島の目に映っていた。
もちろん逆も然り、である。
「「(同じこと書いてる....)」」
「〜〜つ、月島くん!甘いもの食べたくなってきたかもしれません!」
「あぁ...うん」
お互いに真っ赤に染まった顔色に気付かないフリをしながら、ぎこちなく歩き出した。
<月島くんの願いが、どうか叶いますように>
< あかりの願いを叶えてください>
2人の願い事は大きな笹の葉に吊るされ、涼やかな風に吹かれて優しく寄り添うように揺れていた。
再び屋台のアーチを通りながら、たこ焼きとかき氷を買い終えたタイミングで、月島が口を開いた。
「...そろそろ、花火始まるんじゃないの」
「そ、そうでした...!あのっ、穴場があるんですよ!こっちです」
時刻は20時半前。
ハッと時計をみたあかりは、得意げな笑みを浮かべて横に逸れる脇道を指差した。木と土ででてきた一段一段が高めの階段がそこにはあった。
「(うわぁ、分かりやすいフラグ...)」
迷子になるか、浴衣で歩きづらいため転んで泥だらけになるか、と想像した月島は無表情で彼女が指差した道に視線を送っていた。
先陣を切って横道の階段を登ろうとするあかりの後ろに付き足元に気を配りながら、華奢な彼女の後ろ姿を眺める。
「(なんかこう、浴衣の後ろ姿って...色気が...)」
気付けば邪な思考回路に犯されていた月島は、振り払うように彼女から視線を逸らし口元を腕で覆った。
「あっ...!」
「...っと」
するとあかりは下駄が階段に引っかかり、前につんのめってしまう。月島は得意の反射神経で倒れかけた彼女の体を支えた。
「すみません...!思ったより登りづらくて...」
「そりゃそうでしょ」
月島は時計を見やり、複雑な表情を浮かべて3秒考えたのち、彼女を真正面から抱き上げた。あかりの上半身は月島の肩より上に飛び出している形で、力を抜けば体が干した布団のように折れてしまいそうである。
「えっえぇぇ!月島くん!?どっ、あっ、危ないです!!」
「危ないのは君でしょ。汚れるから暴れないでくれる」
月島の言葉に、バタつかせた足をぴたりととめて、思わず口まで閉じてしまうあかり。
「君の足で登ってたら花火終わるよ」
「浴衣で登ったことなかったので想定外でした...すみません...」
「…本当にバカでしょ、君」
まるで1人で階段を登っているかのような速度で、息を切らすこともなくどんどん進む月島は、彼女の言い訳に思わず笑みを溢した。
「う、後ろの人たちに見られてます....はっ恥ずかしいです...!」
「自業自得」
今度は嘲笑うかのように鼻を鳴らす月島に「ゔぅ」と小さく唸り声をあげて大人しく羞恥心に打ちひしがれるあかり。
暫くして登り切ると、月島は自分の体からゆっくり彼女を降ろした。大分登っただけあって、目の前には夜空が広がり、障害物がなにも見えない。あかりが言うとおり、人もまばらでいかにも地元民のみぞ知る穴場スポット、という感じである。
時計の針は20時半ちょうどを指している。そして間も無く花火が上がり始めた。
「わぁー!綺麗!見てください!綺麗ですね、月島くん!」
「....うん(意外と近くで上がるんだな...)」
空いているベンチに腰掛けて、2人は夜空を彩る花火に目を奪われていた。暫くして月島はスマホを起動し、夢中になって夜空を見上げる彼女の横顔を写真に収める。
「今の凄い綺麗じゃなかったですか!?ハートの形!」
「うん、そうだね」
興奮した様子のあかりは、そんなことに気付きもせずかき氷を頬張りながらその瞳に散って行く花火を映し夜空を指差した。
まるで子供のようにはしゃぐあかりを見つめていた月島は、ベンチの背凭れに体を預けながら自然と口を開いた。
「..........好きだよ」
「……?」
花火の音に掻き消された月島の言葉はあかりの耳に届くことなく、ジェスチャーを交えて聞き返される。
だが、驚きを隠せない彼は口元を覆い顔を赤らめてぐるりと反対側を向いた。
「(待て、今、僕が言った、のか....?勝手に声が...)」
「月島くん....?」
彩豊かな花火が上がるたび、照らされる2人。
自分に背を向ける月島の背中を、あかりはちょんちょんとつつき、振り向かせた。
「どうかしましたか...?」
あかりは顔を月島の耳に近づけて、不安げな声色でそう言った。
お団子から零れるように垂れた後毛が色気を増幅させ、さらに座高差で自然と上目遣いになるあかりに、月島の心臓は跳ね上がる。
「っ、(やばい、...)」
花火の色に照らされているせいで顔色の判断はつかないが、狼狽えている月島にあかりはかき氷が乗ったスプーンを口に入れた。
突然口のなかに入れられた氷に驚く月島に、悪戯な笑みを浮かべてかき氷の容器を見せつける。その冷たに冷静さを取り戻した月島は、その笑顔に当てられながらも再び花火に目を向けた。
「(高校時代の田中さんと西谷さんってマネージャーにぞっこんだったけど、こんな気持ちだったんだろうか)」
バレー部のマネージャーだった清水潔子の一挙手一投足に身悶えている2人の姿が浮かぶ。
「(いや、違うと思いたい)」
足を組み、そこに膝を乗っけて頬杖をつく月島はまたちらりと隣の彼女を見やった。飽きずに花火を見つめるあかりの横顔は色とりどりに照らされている。
「(綺麗、だ.....)」
自然と湧き上がるその感想に、高校時代の先輩と大差ないということに若干の絶望を感じながら、また夜空へ視線を向けた。
すると打ち上げ花火も終盤を迎え、白に似た色の花が怒涛のように咲き乱れ、遅れて小さな花火のシャワーがそれをお膳立てするかのように一層際立たせた。
火花のシャワーが消えて行く頃、まるで笛の音に似た音が夜空に打ち上がった。視界から溢れそうなほどの大きな花火に2人は目を見張っている。
「おー、すごい」
月島は少し目を開き、驚いている様子だった。一方あかりは言葉も出ないほど感動しているようだ。
花火も打ち上げ終わり、祭り自体も終了間近を迎えていた。疎らにいた人達も、もう階段を降り始めている。
月島の提案で、人混みを避けゆっくり帰ることになったため、まだベンチに腰掛けたまま2人は僅かに残った煙が漂う夜空を見つめていた。
先程の花火の音や喧騒が嘘のように静まり返り、2人の呼吸音だけが互いの耳に入ってくるようだった。
「あのさ、君…なんで短冊にあんなこと書いたの」
「そ、そこはお互いにスルーがするのが普通ではないですか...!?」
「そんな常識は知らないけど...」
動揺を隠すためか、前髪に手を置き顔を隠しながら月島を見つめた。彼はしれっとした顔で、眼鏡を取りハンカチで拭いている。
「本当は少しだけ迷ったんです。でも、考えてみたら、それは自分の力で叶えたいなって思ったので...少し時間かかってしまうかもですが」
自虐を込めた笑みを浮かべるあかりのもう一つの願いに、見当が付かず首を傾げている月島はそこまで聞くのは野暮だと思い、小さく頷いた。
「...叶うといいね」
「はい!叶えてみせます!」
力拳を作り、頼のもしげな笑顔を見せるあかりに、月島の表情は和らいだようだった。そして突然、あかりは立ち上がり、彼の前に立った。
「今日は、本当にありがとうございました。月島くんと来れて、よかったです。また来年も....あ、いえ....またいつか.....」
本当に嬉しそうに笑いながら、ベンチに座る月島を見つめていたが、「来年」と言う言葉が重かっただろうかと言い換えて口籠ってしまう。
目の前で困ったような表情を浮かべるあかりを見上げながら、月島は彼女の額をこづいて口を開いた。
「また来年も来ればいいんじゃない。2人で」
「....!はい!」
思いもがけない彼の言葉に、あかりは一瞬驚いた後満面の笑みを浮かべて頷いた。そんな彼女に釣られて口角を上げて、月島も立ち上がった。
一段先に降りて、あかりに手を差し出す。一回りも二回りも大きい手を、おずおずと掴むあかりはゆっくり、階段を降りていった。
ようやく階段を降りると、花火を見終えた人々が帰路につこうと神社の出入り口の方へ向かっているのがみえた。
「わぁ、すごい人...!」
何故か嬉しそうなあかりと対照的に、分かりやすいほどにげんなりした表情を浮かべる月島。
「なんで君そんな嬉しそうなわけ」
「地元にこんな大きいお祭りがあるって、なんか嬉しいじゃないですか!それに今日は念願の夢が叶いましたし!」
「あ、そう....(よくわからないけど嬉しそうだからいいか...)」
理解不能と言わんばかりの表情を浮かべる月島は、ある方向に視線を向けると、眉間の皺を深く刻ませた。
「うわ、ちょっと...こっちきて。」
「わ、...!?」
月島は首を傾げるあかりに構わず、無理矢理人混みに背を向かせ、そばに生えていた銀杏の木の裏へ手を引いた。
急に手を引かれ転びそうになるあかりを、月島は木に背を預けながら抱きしめる体勢になった。
「へ、あの...!?」
「ちょっと黙って」
突然の出来事で頭がヒートする寸前のあかりは、目をグルグル回らせながら月島の胸の部分に顔がつきそうになっている。
月島は後ろにいる集団を気にかけながら、影から様子を窺った。
「花火すごかったなー!さすが東京!くぅ〜!ワクワクした!!!」
「あれくらい普通やろ?」
「ま、まぁまぁっすね....」
「おい影山ぁ!お前びびってたじゃねぇか!俺見てたぞ!」
一際目立つその3人は笑いながら人の流れに逆らうことなく歩いている。
オレンジ色の髪を揺らす日向、飄々と涼しい顔をしている宮侑、そして仏頂面の影山の姿がそこにあった。
「(あいつら何でこんなとこにいるのさ......)」
月島は額に冷や汗をかきながらげんなりした表情を浮かべている。が、我に返り下を向くと、自分の腹部に顔を埋めるあかりの頭が目に写り、力を緩めた。
「ご、ごめん。」
「ぷはぁ...っ!い、いえ...!」
驚いたような表情を浮かべるあかりは、必死に酸素を求めるように月島を見上げた。体が密着したままで、彼はあかりからふいっと視線を外す。
「お、お友達ですか...?」
「いや友達じゃない...けど、(....これ以上この子を見られるのもね...)」
「私、よかったら先行ってますので、月島くんご挨拶してきてください!」
年齢も考えず浮かれて浴衣を着てきてしまったせいで彼が友人に声をかけれずにいると感じたあかりは彼から慌てて身体を離した。そんな様子に苛立ったような顔で月島は口を開きながら、離れた身体を再び密着させるように引き寄せた。
「挨拶とか絶対嫌だし......これ以上、あいつらに、見せたくない」
「(そっ、そんなこと、月島くんが言ってくれるなんて…しかも体が密着して…!)」
互いの心臓の高鳴りが最高潮に達するなか、動くこともできず気まずい沈黙が流れる。
あかりは押し当てられた耳に集中した。ダイレクトに届く彼の速い鼓動に、あかりは思わずクスッと笑みを溢す。
「....何笑ってるのさ」
バツの悪そうな顔で睨む月島に、あかりは内緒話をする子供のように自分の口元に手を当てた。月島は疑問符を浮かべながら、ほぼ条件反射のような形で、耳を近づけた。
「ドキドキしてるの、同じですね」
「っ....!」
耳元で聞こえる彼女の声とその言葉に、カァっと顔に熱が集中していくのを感じた月島は体を硬直させ一瞬狼狽えているようだった。だが次の瞬間、あかりの顎に指先を添えて苦しそうな表情を浮かべた。
「煽ったの、君だから」
「へ...!?」
月島は、目を見開くあかりの首元に唇を落とした。
突然の感触に驚きつつも、ビクンと肩を震わせるあかり。
月島が唇を離すと、 あかりは首元を手で押さえて目をまん丸くし狼狽えていた。
「....っ、!...つ、月島く....なっなにを....!」
「....悪いのは君でしょ。」
不機嫌そうな声色とともに、あからさまに目を逸らす月島に、 あかりはその言葉の意味が理解できず狼狽え続けていた。
「(怒ってる...のでしょうか...)」
「(あぁ...もう最悪...手は出さないつもり、だったのに)」
2人は複雑な心境と気まずさを抱えながら、なんとか知り合いに見つかることなく、人混みに紛れて帰宅することができた。
お風呂場でシャワーを浴びながら、あかりは鏡に映る自分の首元を見つめた。
「(…っ!?こ、これは、俗に言う....きっキスマーク...!?)」
仕事には支障のない位置にはあるが、その意味についてあかりは体を洗いながらひたすら考え続けた。
「(...何故あの時、月島くんが、私に...?やはり、怒ってらっしゃる、とか)」
ぐるぐると思考回路を巡らせていると、体が冷えたのかくしゃみがでてしまい、考えることを止めたあかりは火照りが冷めやらぬまま風呂場を後にしたのだった。
一方先にお風呂を済ませていた月島は、自責の念に駆られながら自室の布団に仰向けで横たわっていた。
「(キスしそうになるのを堪えてキスマークつけるって...カッコわる...)」
眉間に皺を深く刻みながら長いため息を吐く。
目を閉じて思い出されるのは、浴衣姿で微笑む彼女だった。色気を帯びた頸と首元、密着した体から伝わる体温と感触、そしていつもより大人っぽく見える彼女の表情。
「(反則でしょ、あんなの...)」
月島は邪念を振り払うように横向きに体勢を変える。
目の前に置かれたスマホの画面をタップし、花火の際に撮ったあかりの横顔の写真を表示させた。
花火に夢中になっている彼女のあどけない表情に、月島は思わず笑みを溢した。
「(こういうところは変わらないんだよね...)」
スマホの画面を閉じて、目を瞑る。何度もそれを繰り返して、ようやく月島の意識が途絶えたのはすっかり夜も更けた頃だった。
翌朝は2人とも心なしかげっそりした表情で、それぞれの職場へ向かったのだった。