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月島の試合を観戦してから、数日後。
平日の夜、珍しく早めに帰宅した月島の様子に違和感を感じたあかりは、夕ご飯を目の前にあまり箸の進まない彼を凝視した。
「...なに」
「あ、すみません...見当違いでしたら申し訳ないのですが」
必要最低限の言葉しか発さない月島に、おずおずとあかりは口を開いた。
「もしかして、体調が悪いのでは...」
「いや.......寝れば治るから。大丈夫」
ずっと頬が赤らんでいる月島は、彼女の問いに心無しか朧げな目で答えた。
あかりは立ち上がり月島の隣まで行くと、彼の額に手を当てた。
「ちょ、ちょっと」
「あっつい...!月島くん、いつからですかこれ...」
「....昼過ぎ、くらい」
額に当てられた彼女の手が冷たく、心地よさを感じた月島は目を細めながら答えた。彼の返答に、あかりは思わず眉間に皺を寄せた。この状態でバレーの練習をしていたというのだ。
あっという間に熱を帯びた手を離し、急いで冷蔵庫から冷えピタを取り出す。そして目の前で屈むと、月島の額にそれをゆっくり貼り付けた。
「冷た...」
「月島くん、お布団で寝ていてください。お粥作るので、薬飲んで早く寝ましょう...!」
「....大袈裟」
目の前で心底心配そうな顔で自分を見つめるあかりから目を逸らし、立ち上がる月島。
すると足元がふらつき、慌ててあかりは彼の体を抱き留めた。
「ちょ、危ないでしょ」
「月島くんが危ないんですよ!早くお部屋へ...」
「あぁ...たしかにね…」
「(これはただ事では無い様子...!)」
正論を述べるあかりに、月島は思わず鼻で笑った。
その様子焦りを感じたあかりは冷や汗をかきながら彼に付き添い、玄関とリビングを繋ぐ廊下の途中にある月島の部屋の扉を開けた。
彼は少しふらつきながらなんとか歩き、部屋の電気をつけた。
「(月島くんの部屋初めてです...)」
部屋には、畳まれた布団と簡易的な机、椅子があるだけだった。壁にかかるコルクボードには学生時代、バレーのユニフォームを見に纏った若々しい男性たちが映る写真が貼られていた。
あまり見ないように気遣いながら、一旦月島を椅子に腰掛けさせて、布団を敷く。そして月島を布団に移動させてふわりと掛け布団をかけた。
「今、色々持ってきますから、ゆっくり休んで待っててくださいね」
月島は彼女の言葉に言葉なく頷いた。
その後、すぐに体温を測ると「38.2℃」であることが判明し、早く薬を飲んでもらうためお粥を作り始めたあかりはキッチンで頬が緩みそうなるのをグッと堪えていた。
「(不謹慎ではありますが...正直少し可愛いと思ってしまいました...!)」
脳内で謝罪を繰り返しながら、額の熱を測った時の彼の表情を思い出す。
額に手を当てられて心地よさそうに目を細める月島はあかりの母性心を擽ったようだ。
邪心を追い払いながら、お粥を作り終えたあかりは水と薬も合わせて月島の部屋へと持ち寄った。
ノックをし、ゆっくりと扉を開ける。
「月島くん、お粥できましたよー。起きれますか?」
「......食欲ない」
「ダメです。少しでいいので食べてください。薬を飲まないといけませんから」
駄々をこねる子供のように、月島は掛け布団を深く口元までかけた。だがあかりは首を横にふり、一旦整頓された机の上にお粥などが乗ったトレーを置いた。
「はい、起こしますよ。」
「...っひとりで起きれるから」
月島の体に触れようとすると、彼は納得いかないような表情を浮かべたまま起き上がった。
あかりはお粥をスプーンに乗せて熱を冷ますため、息を吹きかける。
「はい、どうぞ!」
「じ、自分でやるよ...」
「だめです!病人は大人しく看病されるのですよ!」
頬を膨らませながら言い放つあかりに、抵抗する気力もなく、口元に差し出されたスプーンに乗るお粥を口に入れた。
「ふふ、熱くないですか?」
「.....今笑ったでしょ」
「わ、笑ってないですよ!はい、もう一口どうぞ」
不機嫌そうな表情の月島に、慌てて誤魔化しながら再度口元にお粥を持っていく。
「.....あのさ、こんなとこ、見られたくないんだけど」
「こんなとこ.....?」
「情けないでしょ。こんなの」
先程あかりが思わず笑ったことを気にしたのか、月島の声は少し小さくなっているようにも聞こえた。
「…いつも私が困った時に助けてくれる優しい月島くんも、試合の時のようにカッコ良い月島くんも。そして”情けない”月島くんも。私は全部大好きですよ」
「....君さ、自分が何を言ってるかわかって、言ってる?」
「え....あぁ!ちっ違います、そういう意味じゃなくって、その...!ごめんなさい、変なことを...!えと、情けなくないですし、そうであったとしても、私は...!」
「ああ、うん。もうわかった…(あー熱が上がる…)」
彼女の弁解の言葉に、身体中の熱が顔に集まっていくのを感じた月島は、片手で顔を覆っている。
「コホンッ....はい、お口開けてください」
「....ん」
こうして少しずつお粥を食べ進め、なんとか薬を飲み終えた月島は布団に潜った。
「では、月島くん。明日の朝、またきますね。あと、お水ここに置いておきますから、たくさん飲んでください。」
「...君、まさか明日休もうとしてない?」
「はい!有休消化を急かされてるので、私の方は全く問題ありません。気にしないでくださいね」
トレーに食べ終えたお粥などをまとめながら、そう告げるあかりに月島は眉間に皺を寄せた。
「そんなこと、しなくていい...」
「いいえ。ここから1番近い病院行くにしても歩いて15分はかかりますし、絶対にひとりはだめです」
月島の言葉に、あかりは有無を言わさぬ声で否定した。その真剣な表情に、月島は思わず押し黙ってしまう。
「早く良くなると良いですね。ゆっくりおやすみしてください」
微笑を浮かべて、月島の頭を撫でる。
子供扱いされているような感覚に月島は少しムッとしたが、そこまで悪い気もせず複雑な表情をしていた。
そんな様子の彼に、心の中で小さく笑いながら、あかりはトレーを回収し、部屋の電気を消すと月島の部屋を後にした。
キッチンで片付けを進めていると、スマホが音を立てて振動した。水に濡れた手を拭きながら、画面を見ると「白川さん」の文字が表示されていた。
< あかりさん、お疲れっす!
月島、もしかして風邪っすか?>
<白川さん、お疲れ様です。
そうなのです、今お薬飲んで眠ってるところで...>
<やっぱり!あいつ、今日練習中に珍しく顔面でレシーブしてたんでなんか変だな〜と思ったんすよ(笑)>
文面から想像すると、面白いものを見たと笑い転げる白川の姿が浮かび、あかりは苦笑した。
<顔面ですか...!?それは痛そうです...>
<コーチが無理矢理家に帰したんすけど、とりあえず無事でよかったっす!月島のこと、よろしくお願いします!>
<はい、早く治るようにサポートしますから、ご安心くださいね。白川さんもお身体には気をつけて、練習頑張ってください>
あかりは返信を終えると、白川の人柄の良さに思わず笑みが溢れた。きっと彼なりに月島を心配していたのだろう。
片付け等を終えて、時刻は23時。
自分が寝る前に一度彼の冷えピタを取り替えるべく、「失礼します」と小声で言いながら静かに部屋の扉を開けた。
月島は大人しく布団で眠っていた。
だがその表情は少し苦しげで、呼吸も少し荒くなっているようだった。
その苦しさに同情しつつ、そっと彼の額に貼られて熱くなった冷えピタを外した。
そして少し常温に近づけた新しいものをゆっくり貼る。
「んっ... あかり...」
「ごめんなさい、起こしちゃいましたか」
その拍子に目を覚ましたのか、月島は小さな声で彼女の名前を呼んだ。
あかりが申し訳なさそうな表情で、彼から離れようとした瞬間だった。
「わっ...!!」
あかりの片腕は月島の方へと引っ張られ、抵抗もできず彼の体の上に上半身だけ乗っかる形になってしまった。
急な彼の行動に動揺しながら、早く退かなければと身を捩るが彼の手がそれを許してはくれない。
「も、....い...な、で」
「....?」
「...っ、....いかな、い....で」
今まで聞いたことのない月島の声色に、あかりは体から力を抜き抵抗をやめた。酷く傷付いたような、そして今にも泣き出しそうな、そんな声だった。
「…大丈夫ですよ、ここにいますから」
できるだけ優しい声でそう伝えながら、月島の頭を撫でる。すると彼は抱き留める腕の力を少し強めたかと思うと、数秒後には体の力が抜け寝息が聞こえ始めた。
そろりと彼の腕から抜けると、まるで子供のような寝顔を浮かべる月島を見たあかりは、思わず気が抜けてその場にへたり込みそうになるのを堪えながら何とか部屋を後にした。
自室のベッドに横になりながら、あかりは月島のことを考えていた。
「(びっくりしました......一体何が....)」
まるで走馬灯のように、突然脳裏を過ぎったのは、バーで懐かしげに目を細めて話していた月島だった。
< ...”初恋”って意味>
<さあね。突然いなくなっちゃって、ずっと会えなかった>
「(もしかしたら、初恋の方を今でも...?でも...さっき名前を呼ばれた気が....)」
先程部屋で腕を引き寄せられて抱きしめられたことを思い出す。
考えれば考えるほど、あかりの顔は赤みを増していき、ついに限界を迎えたようで首を強く横に振った。そして高鳴る胸を抑えるように手を当てる。
「(...でもそんなの都合よすぎます。だって、私は何も覚えてない.....)」
1人、部屋のベッドの上で寝転がりながら、あかりは気付けば深い眠りについていた。
———————————
翌朝、あかりはお粥や薬などを持って、彼の部屋の扉を優しくノックして、ゆっくり開けた。
「おはようございます、月島く....あれ?...え!?はっ、裸...!?」
「あぁ、おはよう。汗かいたから。」
あかりの目の前に広がったのは、クローゼットの前で上半身裸のまま引き出しを漁る彼の姿だった。
思わず声を上げながら目を背けるあかりはトレーに乗せたお粥が溢れないようにバランスをとる。一方月島は何故そんな動揺をしているのか、と疑問符を浮かべながらTシャツを引き出しから取り出した。
「もういいよ」
「...あ、ありがとうございます。えっと、お粥とか、持ってきました」
いつまでも目を逸らすあかりに、月島は声をかけて布団に戻った。あかりは安心した様子で、月島が座る布団の横の床に膝をつけた。
「冷えピタ取り替えますね。お加減いかがですか?少し楽になりましたか?」
「お陰様で昨日よりは楽。今日は安静にするよ」
月島はそう言いながら額に貼られた冷えピタを自分で取った。そしてあかりが冷えピタをその額に貼る。
「(この光景なんかデジャブ...)...昨日、君...あの後部屋にきた...?」
「あっ、あの後、えーっと....あの後ってどの後でしょう...私は何も!」
額に冷えピタを貼られたその瞬間、昨晩のことがフラッシュバックし月島はハッとした。
あかりは昨晩の月島の体温を思い出し、目を左右にチラつかせながらしらばっくれている。
「(夢じゃなかった...のか...?)」
「えと...月島くん、あの」
彼女の下手くそな誤魔化し方に、まさか、と最悪な予想を立てる月島。
月島は昨晩、もう何度目かもわからない幼い頃の夢を見ていた。
遠ざかる彼女の後ろ姿を追いかけて、その白く細い腕を掴み引き寄せると強く抱きしめる、という内容だ。
これが夢ではなかったという可能性が彼の脳裏にチラつき始める。
あかりは申し訳なさそうな表情を浮かべながらおずおずと口を開いた。
「私、月島くんのそばにいますから。心配しないでくださいね」
「...!!」
微笑を浮かべるあかりに、全てを悟った月島は絶望感に苛まれ彼女から目を逸らした。
「ご...ごめん。忘れて」
「いえっ、あの......嫌では、なかった、ので」
バツの悪そうな月島に、あかりは途切れ途切れに言葉を紡ぎ、彼の絶望感を和らげようとした。
彼はその言葉を聞くと、驚いた表情を浮かべてあかりを見つめた。
「(嫌じゃないって...どういう...)」
顔真っ赤にして両手で顔を覆うあかりに、月島は首を傾げて覗き込んだ。
「〜〜っあの!あとで、念のため病院に行きましょう...ま、また30分後に来ますので、ごゆっくりどうぞ!失礼します...!」
気まずさが最高潮に達したあかりはお粥を彼の布団の真横に置き、乾いた笑いを浮かべてすぐに部屋を出た。
「(ああっ...あんなこと言うつもりなかったのに...!)」
パタパタと廊下を走り、逃げるようにリビングの扉を開けた。
自室にポツンと残された月島は、その足音を聞きながら布団の上で膝を曲げて体育座り、そこに顔を埋めた。
「(なんなの、あの顔... あかりのことだし、特別な意味なんかないってわかるでしょ......勘違いしそうに、なる)」
月島の口から洩れだした、熱の籠った溜息が自室に響き渡った。
その後、ぎこちない2人は車で病院へ向かった。
医者には一般的な風邪だと診断を受け、次の日にはすっかり体調も治り、いつもの月島に戻った。
とは言っても、まだ病み上がりのため、仕事が終わったらチームに顔を出して少しボールに触ってから帰るとのことだったが予想以上に早く帰宅した月島と、食卓を囲みながらあかりは、思い出したかのように声をあげた。
「そういえば、月島くん。白川さんも心配されていましたよ。本当に仲間思いなんですね、私感動しました」
「....心配してるとは思えなかったけど」
月島は先刻の白川の様子を思い浮かべていた。
1日ぶりに顔を出した月島に、白川は心なしか嬉しそうな顔をして飛びかかる。
「おいこの病み上がりがー!あかりさんに看病してもらうとはずりいぞお前!!」
「は、はぁ...すみません、体調管理不足でした」
ズレた眼鏡を指先で直しながら、相変わらず迷惑そうな表情を向ける月島。
チームのメンバーは揃って先日の試合で応援に来ていたあかりの容姿を思い浮かべた。中には膝をついて床を叩く者や、頭を抱える者、顔を真っ赤に染める者など反応はそれぞれである。
そんな彼らを横目に呆れた表情を浮かべる月島を、白川はニヤニヤした表情で見ていた。
「何ですか、その顔」
「顔面でレシーブしてたって言ったら超心配してたなぁ〜と思って」
「は!?なに余計なことを...」
想定外の白川の言葉に月島は珍しく動揺した。誰にそれを伝えたのか、白川は明らかにしていないが月島には想像に容易いことだった。
チームのメンバーはその時の状況を思い出し、笑い転げている。
「あれはやばかったよな〜」
「サーブ打った奴が1番ビビってたしな」
「写真撮っときゃよかったぜ、まじで」
ケラケラ笑う彼らに、月島は無表情のまま額に青筋を浮かべている。
「しかもボール当たった後の第一声ったら...!!」
「ナイッサー....!!ぷっ、あーっはは!!」
当時、額に当たったボールが力なく下に落ちた後、スポーツグラスを取り片手で目を擦る月島は、怒るでも痛がるでもなく小さな声でそう言ったのだ。
いつも飄々としている月島の珍しい姿が思い出され、爆笑の渦に包まれる中、一部のメンバーは恐怖に震えていた。
「でも直後の月島のスパイクはやばかったよな...」
「俺なんか死を感じたぞ....」
「熱ある方が威力つえーって...まじ無理...怖い...」
月島と反対のコートでそのスパイクを目の当たりにした彼らの瞳には絶望の色が窺えた。
「じゃ、病み上がりは早く帰れ!明日からビシバシいくぞ!」
「今日ちょっとボール触ろうと思ったんですけど」
「だーめだ!ほれほれ、帰った帰った!明日存分にブロック鍛えてやっからさ〜」
白川は手で軽く払うように月島へ向ける。
納得いかない表情を浮かべながら、仕方ないと軽く溜息を吐いた。
「はぁ、わかりました...じゃ、お疲れ様です」
散々笑い者にされ、ボールにも触ることができなかった月島は、まるで叱られた子供のように不機嫌そうな表情をしていた。
回想を終えると、月島はため息を吐きながら箸を進めた。
「(月島くんは、情けないところって仰っていましたが...可愛らしかったです。なんて、口が裂けても言えないですね...)」
思わず、口元がにやけるあかりに、月島は不機嫌そうな表情を浮かばせた。
「なに。君まで笑い者にしようってわけ」
「いっいえ...!決してそのようなことは!!」
じろっと睨みつける月島に、あかりに慌てて否定する。
「...ふぅん…で、何が嫌じゃなかったんだっけ?」
「〜〜っ!あ、あれは...!月島くんが、悲しそうなお顔をしていたので、正直な感想を...!」
意地悪な表情を浮かべる月島に、あかりは顔を真っ赤にして慌てていた。
「へぇー。正直な、ねぇ」
「い、意地悪です...!」
あかりは頬を膨らませて、恥ずかしさに震えている。月島はそんな姿に胸が鼓動が強くなるのを感じながら、彼女の額を指先で弾いた。
「いたっ!」
「そういう顔、あんまりしないでくれる」
月島は少し顔を赤らめながら、目を逸らすと箸を持って食事を再開する。そういう顔、という言葉に首を傾げるあかりも、月島に合わせて食事を進め始めた。
「(全く...油断も隙もない...)」
「(心臓が痛い…この気持ちは…)」
互いに募る思いは、もちろん内に秘めたまま言葉にすることない。だが確実にあかりのなかで彼に対する想いが、変わってきていた。
彼女はそれに向き合う勇気はまだなく、手を胸に当ててその気持ちを抑え込むことしかできないのだった。
(笑っても泣いても、転んでも)
(それが貴方だから、私は)