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とある休日の朝、月島は早くから大事な試合があるとのことで早々に家を出ていった。朝食を共にしたあかりは、彼にお弁当と大きな水筒を渡し笑顔で見送った。
「(月島くんがチームに所属してから、早1ヶ月ほどでしょうか...以前にも増して本当にお忙しそう...でも、なんだかとても楽しそうなのですよね)」
今日はいつもとは少し違い緊張感を含ませた声色で「行ってきます」と家を出ていった彼を思い出し、思わず笑みが溢れる。
「さ、今日は掃除でもしましょうかね!」
あかりは腕捲りをして、気合をいれる。
玄関の廊下を掃除を開始して数分、異変に気付き掃除機の電源を切った。
「あれ...?これって...ゴーグル...?なんでこんなとこに...」
玄関の棚にちょこんと置いてあるものを手に取り首を傾げながら、観察する。
「...なんでこんなとこに...(みたことあるような、ないような....)」
レンズに瞳を合わすと、きつい度が入っていることがわかる。
そして思わず息を呑んだ。
「こっこれ、もしや月島くんのスポーツグラス....!?」
驚いて思わず手に持っていたものを落としそうになり、慌てて握り直した。
急いでスマホを取り出し、月島へ電話をかける。だが、電車に乗っているのか出ることはなく、急いでメッセージを送った。
<月島くん、スポーツグラスお忘れではありませんか!?>
念のため写真をとり画像を添付して送る。
すると数分後、彼からの返事を受信した。
<ああ...本当だ、忘れた。まぁ眼鏡あるし、なんとかなるから大丈夫。>
<大丈夫なわけないです!場所はどこですか?私届けます!>
<いいよ、君せっかくの休日だし。気にしないで>
やりとりを続けるが、不要だと断り続けられる。だが、なんとかなるわけがないとあかりにはわかっていた。
それに練習ではなく、試合があるのだ。しかも結構大事な試合のようである。
メガネがずれて、それを直ししたり視界が狭くなったり、相当なストレスがかかり集中も切れやすくなる、そんなことは想像に容易かった。
「(ああっなんて頑固な...!こうなったら...!)」
あかりは5秒ほど躊躇ったがスマホのディスプレイに表示された「月島蛍」の名前をタップし、電話をかけ続けた。
5回ほど連続で電話をかけ続け、ようやく電話に出た月島の声は明らかに不機嫌そうな声をしていた。
「君しつこ...」
「月島くん!お願いします、私届けますから...!」
「いや、本当、大丈夫だから...眼鏡あるし」
「〜〜〜っ、私は、いつだって万全の状態で試合に臨んでほしいです!せっかくスタートラインに立てたのに、しょうがないってひとつも諦めてほしくないんです!」
これまでにないほど、必死に抗議するあかりの言葉が月島の胸に一つ一つ落ちていく。彼は揺れる飴色の瞳を見開き狼狽えていた。
「もう、まだ教えてくださらないのですね...!?もう、都内の全部の体育館回ってやりますからっ!月島くんの、わからずや!」
「ちょ、あかり...」
スマホから通話が切れた音が鳴る。
月島は画面を見つめて、盛大なため息を吐いた。
「(本当に都内の体育館とか回りそうだしな...電話するとか考えなさそう...しかもチーム名すら教えてないのにどうやって探すっていうんだか...)」
重たい指をなんとか動かしメッセージ欄を開くと、あかり宛に本文作成を始めた。嫌々住所を打ち込み、短い文章とと共にそれを送信する。
「(ひとつも諦めてほしくない、か...なんか似たようなこと言う奴いたっけ...)」
高校時代、共に闘ったメンバーの顔を思い出し、片側の口角を上げて笑った。
「(僕も、負けてられない)」
月島は真剣な表情で前を見据えると、試合会場へと歩みを進めた。
一方、月島からのメッセージを受信したあかりは、大事なスポーツメガネと、ついでに家に常備している甘いチョコレートも紙袋に入れて、家を出た。
そして足早に車に乗り込み、気合を入れて指定の場所へ向かったのだった。
時刻は11時、ようやくその体育館に到着したあかりは息を切らして体育館へ駆け込んだ。
出入り口には「V2男子」と印字された看板が立ち、中に進むとガタイのいい高身長の男性たちが数人、あかりを凝視している。
「(こっ怖い...!!皆さん大きい...!でも、月島くんの方が大きいような...?)」
月島との身長差を思い出し、何故か自分が嬉しくなったあかりは突き刺さる視線に、にこりと笑顔を返した。
すると彼らは真っ赤な顔をして、全力でどこかへ駆け出して行ってしまった。
「(あっ、行ってしまわれました...そんなことより、とりあえず観客席の方へ...でもそういえばチケットが...)」
「おや、お困りですか?お嬢さん」
あかりが出入り口付近であたふたしていると、後ろから声をかけられ反射的に振り向いた。
そこにはスーツ姿で、左半分の黒髪をオールバックに固めて髪型をセットした切長の目の男が、にっこりと笑って立っていた。
「あっ...ええと、すみません...」
「失礼。私、バレーボール協会、競技普及事業部の黒尾鉄朗と申します」
恭しく名刺を差し出す黒尾という男性に、あかりはお辞儀をし両手でそれを受け取った。
バレーボール協会、という名刺の文字に驚きながら、兎に角状況を伝えようと口を開く。
「わ、私は、雨音 あかりと申します...あの、月島蛍さんに忘れ物を届けにきたのですが、考えなしに飛び出してチケットがないことに今気付きまして...」
「お、ツッキーの彼女さんですかい。あいつも隅におけねぇなぁ〜」
月島の名前を聞くと、黒尾は面白いものをみたと言いたげな顔で厭らしい笑みを浮かべた。
「かか、彼女ではないのですが、でも、ご存知なのですね...!あ、あの、私は中に入れないと思うので、もしよかったらこれを、渡してもらえませんでしょうか....」
申し訳ない思いでいっぱいのなか、おずおずと紙袋を黒尾に差し出すあかり。だが彼はそれを受け取らず、首を横に振った。
「お嬢さん、それは直接渡してあげてください。こっちです」
親指で観客席の方を刺して爽やかな笑顔を向ける黒尾に、あかりは驚きの表情を浮かべた後、心底ホッとしたような顔で頷いた。
見晴らしのいい2階席へ向かい扉を開くと、目の前に広がるのは眩しいくらいに光る体育館の床と、高い天井、そして熱気に包まれているコートが手前と奥に一つずつあった。
観客席は7割ほど埋まっており、歓声に包まれている。彼はこんななかで試合をしているのか、とその光景に感動するあかりを横目に、黒尾は「こっちです」と案内を続けた。
「ここって、関係者席なのでは...」
「ツッキーの彼女さんってことで、特別ですよ」
「ですから、あの、彼女ではないですが...!」
明らかに一般の観客席ではなく、より一層試合が見やすい場所にある関係者席へ案内されたことにあかりは驚きながら、しっかり「彼女」を否定する。
そんなあかりの様子に、黒尾は小さく笑みを溢している。
「ま、そんなことはさておき、ツッキーチーム、劣勢みたいですね。1セット目は見事に落として、今5-9でリード取られてる感じ、かな」
「劣勢...(月島くんはどちらに...あっ、いました...!)」
黒尾が視線を送る目の前のコートに、月島は立っていた。
顔に流れる汗を深いインディゴ色のユニフォームの裾で拭いながら、息を上げる月島はズレるメガネを直している。
「(くそ...イライラする)」
月島は、いつもより集中が切れやすく、調子がでないことに苛立っていた。その苛立ちは自身のプレーを乱す原因になっていた。
審判の笛の音を合図に、月島のいるチームの1人の男性が強烈な音ともにサーブを繰り出す。
その音に思わずあかりは体を強張らせた。
「(ひーっ、威力がすごい...!あっでも相手チームの方のレシーブ、すごい安定感...トスも綺麗....!!)」
一際ガタイのいい相手チームの男性がボールが歪みそうなほどの威力でスパイクを打ちつける。
なんとか食らいつく形で、月島はブロックのために飛んだ。
「...っワンタッチ!(今の止められただろ...!クソ...ッ!)」
大声を上げて斜め上に軌道が逸れたボールを目で追う月島は着地と共に、悔しそうな表情を浮かべる。
陣形を乱されながら、彼らはなんとかボールを相手コートに送った。
「くるぞ!!!」
誰のかもわからない声が飛び交う。
相手コートの3人が一斉に前に飛び出し、誰がスパイクを打つのか素人目には全く読むことができない。
「ブロック2枚!!」
月島はリードブロックで素早く見極め、背番号1番と共に飛ぶ姿勢に入る。
しかし隣に並んだ1番は月島よりも、飛ぶタイミングが早く、ズレてしまった。
「やべーっ!」
「なにっ!?」
想定外のスピードで読まれた相手のスパイカーが顔をひくつかせる。
だが先に飛んだ背番号1番はスパイクを撃たれる前に最高到達点から降り始めてしまった。
「んにゃろ...こっちだ!!!」
「ぐっ...!!!」
すかさずスパイカーはすでに降り始めたブロッカーの方向に一瞬視線を送り、体を使って腕を振り下ろした。
月島は顔を歪めながら、腕をその視線の方向へ伸ばす。
惜しくもそのボールは月島の指をかすり、自陣コートへ落ちてしまう。
「(くっそ...反応が一瞬遅れた...)」
悔しさを顔に滲ませながら自分の手を見つめる月島。
共に飛んだ1番の男性は月島の肩を叩き、申し訳なさそうな表情を浮かばせた。
「月島、悪い!!くそー!タイミング誤っちまった」
「...いえ」
「あっ!お前今俺を見下しただろ!!こらぁっ!」
「そんな、白川さんを見下すなんて、まさか。」
背中に11の数字を背負う月島は、爽やかな笑顔を浮かべながらメガネを直した。
一昔前のヤンキーのようなオールバックヘアーの白川と呼ばれた彼は、月島に軽いパンチを繰り出している。背が低めの彼はその背に1番の数字を携えていた。
「まーたやってるよ、月島と白川コンビ!」
目を輝かせながら試合をみていたあかりは、不意に聞こえたその名字に反応し、少し離れた観客席にいた若い男性2人の声に耳を傾けた。
「あの11番、まだ入ったばっかだろ?ねちっこいプレーするよな〜絶対性格悪いぞあいつ」
「そーそー。でも、なんか様子変じゃね?なんかパッとしねえっていうか」
笑いながらコートを見下ろす2人。
彼らの「性格悪い」という言葉にはムッとしたが、次の言葉にあかりの額には冷や汗が滲んだ。
「(やっぱり、集中できてないのでは...ああ、早くタイムアウトを…)」
あかりは紙袋を握りながら、祈るような視線をコートに向ける。
月島はまだ前衛で激しいラリーの中、素早い反応速度で飛び続けている。
何度スパイクを打たれても、月島+1、2名でしっかりブロックをする。だが、相手のチームのリベロの活躍もありボールが落ちる気配がない。
「(これを落とすと、きっと士気に関わります...でも、月島くん、反応速度すごい速いです...!頑張って...!!)」
あかりは手を合わせながら身体が震えていた。
「(フェイント...!!)」
月島はセッターの視線を捉え頭ではわかっていながらも踏み込みが足りず、掠るようなワンタッチ止まりで叩き落とすことができずにいた。
「いくぜ!!」
食らいつくようなレシーブで何とか繋ぎ、セッターが的確な位置にボールを送る。ニヤリと笑う白川が高く飛び上がり、上がったボールを目にも止まらぬ速さで打ちつけていく。
だがこれもまた相手のチームのリベロが床とボールの間に手のひらを滑り込ませて拾われてしまう。
幾度とないラリーが重なり、月島を含めメンバー内でも焦りの色が濃く出始め、踏み込みのタイミングもコンマ何秒かの差ではあるが早くなっているようだった。
「月島くん!落ち着いてください!!!」
気付けばあかりは立ち上がり、2階席のフェンスを飛び越えそうな勢いで前のめりになりながら大声を上げた。
そんな彼女を止めることもなく、黒尾はニヤリと笑って口笛を吹いた。
「ヒュー、いいですねぇお嬢さん」
月島はその声に目を見開き、深く呼吸を吐き高揚感を抑える。
「(前もこんなことあったっけ...)」
高校時代の春高バレーで対戦した稲荷崎高校との一戦が、月島の脳裏をよぎる。
呼吸を取り戻した月島は、相手のセッターの動きを注視しながら、相手のスパイカーの得意なクロスを塞ぎ、タイミングをずらしてストレートを締めた。
渾身の力で放たれたスパイクは月島の手によって憚られ、力なく相手コートに落ちバウンドした。
「ナイスブロック!月島くん!」
周りの観客席に座る人々の視線があかりに集まる。だが、それを気に留める様子なく、ニッと笑いながら拳を掲げた。
月島はそんな彼女に、気恥ずかしさでメガネの位置を直しながら、背を向けて手を軽く挙げた。
「タイム!!!」
相手の監督は長いラリーを制した敵に少しでも流れを与えないよう、タイムアウトをとった。
「すみません、黒尾さん...!あちらに行って来ても大丈夫でしょうか!?」
「はいはい、転ばないようにね」
黒尾の許可を得たあかりは大きく頷くと、ベンチの方へ全力で走っていく。
「おい、月島!お前一丁前に彼女連れてきたかよ!!」
「ち、違います。あの子は....」
「うぉい!紹介しろ!月島ぁあ!!」
「絶対嫌です」
コート内のメンバーを含め、白川はニヤニヤしながら月島をヒジで突く。月島は至極迷惑そうな表情でそれをあしらった。
「うわっ、美人だなあの子...」
「おお...すげーかわいいなぁ...!」
チームメイトの一部がひた走る彼女に視線を送り顔を赤らめていると、月島は即座に鋭い刃のような視線を向けた。
「「すっすみません...!(俺らの方が先輩だぞ一応...)」」
その視線を受けたチームメイトは口に手を覆い、バレー歴の短い月島に恐れ慄き、すっかり俯いて何も言えなくなってしまう。
そんな状況とはつゆ知らず、あかりはベンチに置かれたタオルで汗を拭う月島の近くまで走ると、再び声を上げた。
「月島くん!お待たせしました、これ...!」
「!」
突然紙袋が頭上から降ってきたことに驚きながら、それをキャッチし口角を上げた。
「ありがと」
「はっはい...!」
彼の言葉に、あかりは満面の笑みを浮かべながら大きく頷いた。
月島は紙袋を開き、スポーツメガネをつける。
「(元々は眼鏡でやってたのに、慣れって怖いな....これでよし...ん?まだ何か入ってる)」
ガサガサと音を立てながら中身を探ると、小さなチョコレートがでてきた。そのチョコレートの包みに書かれた文字に、月島は思わず顔を赤らめた。
<月島くん、頑張ってください!>
「おいおいおい、月島ぁぁあ!!!羨ましいぞこのやろー!!!それ寄越せ!!」
「くぅぅ!なんか悔しい...!!」
チームメイトからは大ブーイングが上がり、白川は月島が手に持つチョコを奪おうとする。が、持ち前の身長差で、月島はチョコを上に掲げ包みを開けると口に放り込んだ。
「(うわ、糖分染みる...)」
「ずっる!おま、ずっる!!俺もくいてー!!」
「白川さん、糖分欲するほど頭使ってないですよね」
「おん!?なにをー!?」
なんとか奪い取ろうとする白川を他所に、月島は口の中でチョコを溶かしながら勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
「行けるのか、月島」
「...ええ、勿論です」
監督が月島に真剣な眼差しを向ける。
その問いに、月島は口角を上げて頷いた。
糖分摂取により頭がクリアになった月島はいつも以上に冷静になり、周りもよくみえるようになっていた。
やがて審判の笛の音が響き、試合が再開される。
13-14で点数的に見たら劣勢なのは変わらないが、モチベーションでみれば月島のいるチームの方が格段上に見えた。
あかりはそんな様子を見守りつつ、歩いて関係者席へ戻る。そこには腹を抱えて笑う黒尾の姿があった。
「すす、すみませんでした、黒尾さん...!勝手な真似を...!」
「いやー驚いた。ツッキーがあんな顔するなんてね〜」
「(...あんな顔?)でもよかったです、スポーツグラスお渡しできて...」
ペコペコ頭を下げながらも、あかりのその表情は酷く安堵している様子だった。
やがて審判の笛が鳴り響き、月島がいるチームのメンバーの強烈なサーブが炸裂する。
幾度とないラリーを重ねて、気づけば24-23優勢となっていた。
「(次、点を取れば1セット取れます...!)」
あかりは拳を作り、ぐっと握りしめる。
次は月島のサーブだった。
月島はボールを両手で持ちながらコートの外、自陣のサービスゾーンで深呼吸をする。
「やったれ月島ー!!」
「ふー...」
月島のサーブ。
散々ブロックやスパイクで力強さを見せつけてきた月島は力の入った表情で、片方の口角をあげた。
「月島、力が入ってるようにみえますが...大丈夫でしょうか」
「奴の良さはその性格の悪さにある」
コーチの憂いを吹き飛ばすような笑みで、監督は口角を上げた。
月島は手がボールに当たる瞬間に力を緩めると、その場にいた全員がギョッとした顔をしていた。
「(...前かよ...!!!!)」
相手は驚きの表情を浮かべ、誰もが繋げようと前に走り出た。
だがそのサーブはふわふわと揺れたかと思うと、ネット超えた直後にストンと相手のコートに落ちてしまった。
「ナイッサー!!!!月島ー!」
「ノータッチエーーース!!」
まるで会場が咆哮をあげるように揺れた。
これで1セット取り返し、月島を含むチームは雄叫びを上げている。
「月島、乗ってますね...この状況からみて、相手チームの誰もが半歩後ろに下がり警戒していたのを、彼は見抜いていた...」
「あぁ....この土壇場で、天晴れだな」
監督たちは引き攣った顔で笑っている。
熱い高揚感に包まれたあかりは思わずガッツポーズをして立ち上がった。
「(月島くん...たしかにいい性格をしています...!)」
そして試合は3セット目に移り、5点差で月島のいるチームが掴み取ったが、惜しくも4セット目は相手チームに取られてしまった。
「(このセット落としたのは大きな痛手…皆さん、相当息が上がって....)」
あかりの心配そうな眼差しは月島に注がれていた。
誰よりもブロックで飛ぶ、チームの大事な盾であるミドルブロッカー。表情には一切出さないものの、その背番号が苦しげに上下していた。
「あっれぇ、月島くーん。体力不足なんじゃないの〜?」
「うるっさいですよ...」
肘で月島の横腹を突く白川が、ニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべている。
ベンチで汗を拭い、水分摂取をしながら鬱陶しそうな表情を浮かべる月島。
そして5セット目が始まった。
「(5セット目は15点マッチ...みなさんの息もだいぶ上がっています...デュースだけは避けたいところですね...)」
コート内のメンバーからは様々な掛け声があがり、ボールを繋いでいく。
「(白川さんという方のスパイク、ブロックを吹き飛ばすくらいの威力...!)」
試合を見守る中、一際威力を発揮する白川はチームのムードメーカーのような存在であることがみて取れる。
なかでも、先程の観客席にいた男性たちの言葉通り、月島とはいいコンビだというのも頷けた。
「ぅおい!みたか今のスパイクをよぉ!」
「ちょ...毎回うるさいですよ、白川さん」
「なにおぅ!?彼女がきてるからってこいつカッコつけてまーす!監督ゥ!」
スパイクを決めた月島の首を肘で捉えながら、監督席に向かって声を上げる白川。
「白川ー!!馬鹿やってないで早く戻れぇ!!」
「うっす!すんませーん!」
監督は額に血管を浮かばせながら大声をあげる。その罵声に言葉では謝りながら自分のポジションに戻っていく白川を、月島は鬱陶しそうな表情で視線を送りながらシャツの裾で汗を拭った。
「(大学に進んでから、体力をつけてきたつもりだったけど...まだ全然足りない。ま、いくら体力をつけても、どっかの体力底無し馬鹿には勝てないけど...)」
戦況は5セット目、13-14で優勢。
両チームのメンバーの体力も気力も減っていき疲弊していくなか、コート上の熱気と緊張感はむしろ増していくようにもみえる。
ここでローテーションが回り、月島と白川が前衛となる。白川がライトで、センターが月島だ。
「ドシャッと決めろよぉ〜月島クーン」
「ふー...」
味方のサーブが凄まじい早さで相手コートに飛んでいくと同時に、白川がニヤリと笑う。
白川の言葉に構う体力すらない月島は相手の出方を伺い、視線を送る。
相手のセッターのトスが上がる先を瞬時に判断して、飛ぶ準備をした瞬間、ボールに触れる直前の手元が目に入った。
「(ツー!?ここでですか!?こんなの誰も...)」
あかりは相手のツーアタックが決まる光景を想像し、思わず口を覆う。
「くっ...(...クソ、どう考えても届かな...)」
月島は一瞬眉間に皺を寄せながら、苦虫を噛んだような表情を浮かべる。だが次の瞬間、彼の頭の中で思い出されたのはあかりの言葉だった。
< しょうがないってひとつも諦めてほしくないです!>
見事なツーアタックでボールが月島の真右に直滑降で落ちていく。
「ぐっ...!!!」
歯を食いしばって伸ばした月島の右足が、間一髪のところでボールを繋いだ。
「(うそっ、足...!?)」
「っしゃ、ナイス月島ぁ!」
なんとか紡いだボールが、セッターのトスによりライトにいる白川に上がった。
相手のブロックは2名。白川は楽しそうな表情で、思い切り腕を力一杯振り下ろしたようにみえた。
だが、そのボールはふわりと弧を描き、相手チームのブロッカーの伸ばした手の上を超えていく。
そしてそのボールは力なく床に落ち、小さくバウンドした。
「っしゃあああ!!!」
「ナイス白川!!!」
「ナイスフェイント!!」
白川はまるで獣のように雄叫びをあげる。
チームメンバーもガッツポーズを決めてはしゃぐように喜んでいる。月島も拳に力を込めて小さくガッツポーズをきめた。
「月島ナイスカバー!よくやったー!!」
「...はい」
「くぅぅ、かわいげねー!!」
月島は自分の肩を叩くチームメイトに、軽く頭を下げる。そんな様子の月島に、白川は笑いながら背中を力強く叩いた。
「す、すごいです...勝っちゃいました...!」
口に手を当てたまま、震えた声を上げるあかり。
その視線は監督の元へ集まる月島に注がれていた。
彼は息を切らしながら真剣な表情で監督の声に耳を傾けているようだった。
そして彼らのチームはしばらく休憩に入るようで、和気藹々としながらコートを出て行った。