私のヒーローは、君だけ
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先日の雷雨から、二週間ほど経った頃。
あかりは、月島に対してぎこちなさを感じながら日々を過ごしていた。
朝の通勤時には、他愛無い会話すらほぼなくなり、月島の歩くペースは前よりも早くなった。夜は仕事場から直でバレーの練習をしに行き、帰りも遅く、あかりが先に寝てしまっていることもしばしばあった。
夜ご飯を作り置きしておき、朝には綺麗に洗い物まで済んでいる。その光景は、食べてくれた安心感をもたらすと同時に、もの寂しい気持ちにもさせた。
休日の昼間、何をしようにもあかりは気付けば月島のことを考えてしまい、ため息ばかりをついてしまう。
「(ナメてた、というつもりは1ミリもなかったのですが...なんでしょう、あの時は眠っている月島くんを見ていたくて...)」
彼の真剣味のある表情と、ほんの少しの熱っぽさを帯びた声が頭から離れない。
リビングのソファで体育座りしたままクッションを抱き、顔を埋める。
「絶対怒ってますよね...どうしましょう、どう謝れば...」
「ただいま」
「やはり、正直に言うべきでしょうか...。」
「何を?」
「あの時...ぅわぁ!!!おっ、おかえりなさい、月島くん...!」
バレーの練習から帰ってきた月島は、何故か笑顔を浮かべている。だがその笑顔は、どこか怖い。
「きょ、今日は早かったのですね...!(笑っているのに、怒ってるみたいです...!)」
「シャワー浴びてくる」
「は、はい!お風呂も沸いてますので、ゆっくり浸かってくださいね!」
「どーも」
必要最低限の言葉しか返ってこないことに寂しさを覚えながら、月島の後ろ姿を見送った。基本的には言葉数が少ない月島だが、最近は群を抜いて更に少なくなっていた。
「やっぱりこのままじゃ...寂しいです」
ソファの上で体育座りをして縮こまりながら、膝に顎を乗せる。程なくシャワーの音がし始めて、あかりは立ち上がり意を決した顔で頷いた。
脱衣所の横開きのドアを恐る恐る開き、月島が曇りガラスの向こうにいることを確認する。
やがてシャワーの音が止み、湯船に浸かったことを確認すると「今だ!」とばかりに思い切り扉を横に開いた。
「失礼!いたします!」
「は!?ちょ、なに!?」
2人の間には曇りガラス1枚のみで隔てられている。
突然のあかりの行動により、バシャン!という水音ともに月島の動揺を隠せない声が聞こえてくる。
「ここは開けませんから...!聞いてください、月島くん...」
「...な、なんなの」
曇りガラスに触れながら、あかりは顔を真っ赤にして俯いた。
浴室には月島の不機嫌そうな声が響いている。
「...私、今のままじゃ嫌なんです。月島くんと、話せなかったり、顔もだんだん合わせなくなったり...なんだか、寂しくて...」
おずおずと話し出す彼女の言葉を遮ることなく、月島は浴槽の縁に顎を乗せて湯船に浸かり静かに聞いていたが、段々とその言葉の意味がわからなくなり首を傾げながら眉間に皺を寄せた。
「だから、あの!仲直りがしたいのです...!この前月島くんが仰っていたこと、決してナメてたわけではなくてですね...!」
「(なんの話...?)」
曇りガラスの奥にいる月島と向かい合う形で、正座するあかりは必死に言葉を紡いだ。
「そ、その、見ていたいなって思ったのです...!月島くんの寝顔が...とても、可愛らしくて、あどけなくて...ですから...!」
「(いやいやちょっと、何言ってるのか全然わからないんだけど...!)」
羞恥心に殺されそうになる月島は、思わず曇りガラスに背を向け、片手で顔を覆った。
「だから、その...歳下だからって、ナメてたわけじゃないのです...!むしろ、歳下って言われるまで忘れていたというか、私なんかよりずっと冷静でしっかりしていて...」
「わ、わかったから。もういい...(ああ、あの日のことを気にしてるってことか...)」
「でも、あの...嫌いにならないでほし、くて...私は、月島くんのこと...」
ガタンっ!
突然浴室から大きな音が聞こえ、あかりは思わず立ち上がった。
「大丈夫ですか!?月島くん!?」
「...ちょっとのぼせた、だけ。」
「すす、すみませんっ!失礼します!」
バタン!と勢いよく扉を閉めて、あかりはリビングに戻った。月島はそれを確認すると、赤らんだ体でよろよろと脱衣所へ移動した。
「(あーもう、こっちの身がもたない....なんなのあれ、僕をどうしたいの...)」
月島の悩みは変わらず尽きることなく、また無自覚は時に凶器にもなりえるということを、痛感した月島であった。
そのあとお風呂を出た月島はジトっとした視線を彼女に送りながらリビングの椅子に腰掛けた。
「月島くん、さっきはごめんなさい...」
「ホント、色んな意味で死にかけた」
あかりは内心嬉しさが込み上げてくるのを感じる反面、申し訳なさそうに謝罪を述べた。
「別に、怒ってたわけじゃないよ。あれはちょっとからかっただけだし」
「…え!?」
ツンっとそっぽを向く月島に、これまでの自分の悩みはなんだったんだとばかりにあかりは声を上げた。
「勘違いさせたのなら謝るけど…ちょうど今日、言おうと思ってたんだ」
彼の珍しい前置きに、あかりは思わず表情を固くして身構えた。
「今日、クラブチームの監督から声がかかったよ。来月からそっちでバレーすることになった」
「....っ、えぇ!?」
「最近、そのDIVISION2に所属してるチームの監督がきてたから、遅くまで練習かかったりして....大事な試合も重なってたし」
月島の思いもよらぬ言葉に、あかりは声を出すことも忘れ口元を両手で抑えていた。
「ここ数日、時間取れなかったのはそのせい。まぁもう少しバタバタしそうだけど」
月島はお茶を飲みながら脳内で予想を立てていた。
きっと目を輝かせた彼女が大袈裟に大喜びしてくれるのだろう、そう思っていたが、その予想は大きく外れることとなった。
「...っ!?なっ、なんで泣いて...」
「っ...ご、ごめんなさ、い...!!う、嬉しくて...!すごいです、月島くん....っすごい....」
大粒の涙を流すあかりに、思わず大きな音を立てて椅子から立ち上がり、ティッシュを渡す月島。
「頑張ったのですね、本当に...っ!一生懸命、頑張ったのですね...!」
「(前も地元で所属してたけどってなんか言えなくなっちゃったな...)」
地元で「仙台フロッグ」というV2のチームに所属していた月島は、あえて移籍という形ではなく、新しい土地でイチからその結果を掴み取ったのだ。
だが、彼女の反応が想定外すぎて、何も言えなくなってしまったのだった。
あかりは慌ててティッシュを受け取り、涙を拭うと再度彼の目を見て口を開いた。
「月島くん、おめでとうございます...っ!」
溢れ出る涙が頬を伝いながら、彼女は精一杯の笑顔を作った。月島はそんな彼女をみて、全身の皮膚が熱く沸騰していくのを感じ、自然と口を開いた。
「ありがとう」
彼女の耳に届いたのは、これまで聞いたなかで一番優しい声だった。
「....す、...すみません、一丁前に...私何もしてないのに...」
「そんなに泣くほど心配して、気にかけてくれたってことでしょ。毎日お弁当も作ってくれて、夜遅くなった時も食べれるように作り置きしといてくれて。....だから、ありがと」
椅子に座ったままのあかりの横にしゃがみ込み、頬杖をつく月島は、手を伸ばして彼女の涙を拭った。
「でもまだスタートラインにたてただけ。これからだよ」
「...はい!応援しています!ずっと!」
固い表情で月島が言い終える前に、あかりは涙を流しながら笑顔を浮かべて頷いた。
“ずっと”という彼女の言葉に、思わず月島の固い表情が少しだけ和らぐ。
「...はいはい」
彼は照れ隠しをするように困ったような笑みを浮かべながら、反対の手で彼女の頭を撫でた。
「君が気にしてるのもわかってたし、もうちょっと早く言えばよかったんだけど、まだ結果出てないのに言いたくなかったから」
月島の言葉に、あかりはハッとして顔を赤らめる。
これまでの彼女の憂いは、完全に勘違いであったというわけである。
「ご、ごめんなさい!私ったら、さっき、訳わからないことを...!忘れてください...」
小さな体をさらに縮こまらせながら、顔を両手で覆った。ふっと笑いながら月島が口を開くが、その前にあかりが重なる形で声を上げた。
「ああっ、でもさっきお伝えしたことは、嘘じゃないです...!だから、その、やっぱり...っ」
「うん。忘れないよ。」
わかってる、そう言わんばかりに彼は真剣な表情で頷いた。あかりは口をキュッと結びながら涙を堪えて、強く頷いている。
「ふ、どっちが年上なんだか」
「ゔぅ...ずびばぜん」
手に持っていたティッシュを彼女の鼻に押し付ける月島は、口角を釣り上げて困ったように笑っていた。
暫くしてようやく落ち着いたあかりと、月島は数日ぶりに一緒に食卓を囲み夕ご飯を食べ始めた。
「(そういえばあの時、あかりはなんて言おうとしたんだろう)」
ふと月島は先程の風呂場での出来事を思い出す。
< 私は、月島くんのこと...>
彼女の震えた声が思い出される。
月島にはあかりがどんな表情をしていたかも、想像に容易いが、その言葉の続きは考えてみてもわからなかった。
「(どうせ...大切な”お友達”とか...”ご親戚”とか言うんだろうな...)」
無意識に鼻で笑った月島に、あかりは首を傾げながら自分の口元に触れて、勝手に慌てふためきだす。
「ななっなにかついてますでしょうか!?」
「...いや、先は長そうだなと思って」
「ああっ、そうですね!まだスタートライン、ですね!」
「うん、そうだね(そういう意味じゃ無いけど...)」
あかりは納得した様子で両手を合わせて嬉しそうにはにかむ。そんな期待を裏切らない誤解をしている彼女に、半ば呆れながらも月島は棒読みで言葉を返した。
まだスタートラインに立ったばかりの月島。
そんな彼の嬉しい報告と真剣な表情に、あかりは月島のためにできることをしようと、心に決めたのだった。
(ヒーローがこの世にいるのなら)
(それは紛れもなく、君だ)