私のヒーローは、君だけ
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梅雨の時期を迎え、ほぼ毎日のように降り続く雨に憂鬱さが増し、うんざりする頃。
残業のためいつもより遅い時間帯に最寄り駅に到着したあかりは、雨足が強まっており風も吹き荒む空を見上げて思わず溜息を吐いた。
元より閑散としている駅前だが、いつも以上にひっそりと静まりかえっているせいか、雨風の音が別の生き物の鳴き声のように聞こえ、それが恐ろしく思えたあかりはゴクリと喉を鳴らした。
だがいつまでもその場に立ち止まっていることもできないと、覚悟を決めたあかりは傘を差し早足で自宅へ向かった。
暫く歩いていると一際強い風が吹き、傘が飛ばされてしまった。あっと思った時にはもう遅く高く舞い上がった傘は既に手の届かないところまで飛ばされてしまっている。
一瞬でずぶ濡れになったあかりは周りを見渡し雨宿りできそうな場所を探したが見当たらず、小走りで自宅に向かおうとした。
一歩足を踏み出した瞬間、真昼間だと錯覚するほどの激しい光が放たれた。
「きゃっ...!」
あかりは突然の閃光に驚き、足元がよろけて転んでしまった。
「(か、雷...)」
まるで空が唸り声をあげているような低い音が響き渡り、鋭い音が空を走った。反射的に耳を塞ぐあかりに雨を避ける手段もなく、全身に刺さるような雨粒を受けたまま座り込んでしまっていた。
「(こわい、冷たい…っどうしよう…動けない…っ)」
「...っ、!.... っあかり!」
大粒の雨が地面に叩きつけられる飛沫のせいで霞む視界の向こうから、見覚えのあるシルエットが手に持った傘もささずに走ってくる様子が映った。
あまりの激しい雷雨と、連絡が途切れたことに心配した月島が駅まで様子を見に行くために迎えに来たようだった。
月島はまさか道の真ん中で蹲っているとは想像もせず、焦りの表情を浮かばせながら、耳を塞いで座り込むあかりの元へ駆け寄った。そして自分の同じくずぶ濡れの彼女の頭に優しく手を置きしゃがみこんだ。
「つ、月島、くん…どうして、」
「いいから、早く乗って」
「で、でもっ」
背中を向けてしゃがむ月島に、あかりはその意図がわかり首を横に振った。
「このままじゃ、風邪引くでしょ」
「ご、ごめんなさい...きゃぁっ!!」
「目も耳も塞いでて」
痺れを切らした月島は彼女の鞄を肩にかけ、無理矢理腕を自分の首に巻き付けるようにさせてあかりをおぶさった。
彼の言葉に、あかりは涙目で言葉なく頷きその大きな背中に体を預け目を固く閉じた。
「(ああ、昔こんなことがあったような…気のせい、でしょうか)」
彼の背中の温もりを感じながら、デジャブの感覚に襲われる。だがその思考を途切れさせるような耳をつんざく雷鳴に、体をビクっとさせるあかりは月島の首に腕を回し必死にしがみつくことしかできないのだった。
なんとか自宅へたどり着くと、月島は彼女を玄関におろし座らせ、タオルを持ちよりあかりにふわりとかけた。
「ほんと、バカじゃないの、君。バスとかタクシーとか、色々あるでしょ」
「す、すみません、まさかあんな雷まで鳴るとは...」
未だにゴロゴロと鳴り続けている雷は、時に強い光と鋭い音を放っている。その度に、あかりはぎゅっと目を瞑った。
「...怪我は?」
「大丈夫です、膝を掠ったくらいなので....」
月島は、濡れた服や髪をタオルで拭く彼女に視線を送ると、思わずギョッとした。白いブラウスを着ていた彼女の下着が透けてしまっていたのだ。
「(薄ピンク...じゃなくて...!)ち、ちょっと、早くシャワー浴びてきなよ」
「でも、月島くんこそずぶ濡れで...」
「いや、もう、いいから早くして」
珍しく動揺する月島に疑問を抱きながら、彼の言葉に甘え先にシャワーを浴びることにした。月島もその後ようやくシャワーを浴び、雨と汗を流し終える。
ちょうどそのタイミングで、バチっという音とともに一斉に電気が消えた。停電が起きたようだ。
スマホの懐中電灯の光を頼りにリビングへ戻ると、彼女の姿が見当たらなかった。
「(リビングにも、キッチンにもいない...)」
外を見ると、未だに空には稲妻が走り、間髪入れずに雷鳴が轟いている。
ようやく目が慣れてきたところでリビングに隣接しているあかりの部屋の扉をノックし、返事を待たずに開けると、
明らかにこんもりと盛り上がっているベットが目に入った。
無事に見つかったことに安堵しながら、月島はベッドに近付き、床に腰を下ろした。
「…なにしてるの、君は」
「かっ、雷のときは、いつもこうしてて...そうするといつのまにか、鳴り止んでいるので...っ」
彼女曰く、これまで1人でこのようにして苦手な雷を凌いできたらしい。月島は口を開きかけたが、ベッドの中から息を吸う音がしたため再度唇をつぐみ、言葉の続きを待った。
「何故かわからないのですが...、でも雷は、ずっと...っこ、こわいんです...、」
途切れ途切れに言葉を紡ぐあかりはしゃくりを上げながら泣いているようだった。
そんな彼女を目の前に、月島は過去の思い出がふと蘇り記憶を辿っていた。そういえば、あの時は真冬の時期に季節外れの大雨と雷鳴が轟いていた。
月島兄弟とあかり、近所の子も集まって公園でボール遊びをしていた頃のことだ。
1人がボールを大きく蹴り飛ばすと、近くの林の方へ飛んでいってしまった。
あかりが一番に取りに行こうと走り出した時、急な雷鳴と大雨が降り始めたのだ。
近所の子達は悲鳴を上げながら各々の家へと帰っていった。兄の明光は不安そうな表情で遊具のなかに篭り雨を凌いでいる。
「兄ちゃん、ここにいて」
「蛍、どこいくんだ!」
兄の制止を振り切って、林の方へ走り出した。
「あかり!どこにいるの!」
雨足が強く、視界も悪いため彼女の姿が見当たるはずもなくただひたすら走り、ずぶ濡れになりながらあかりの名を呼んだ。
「...!(今...声が聞こえたような...)」
その声に呼応するように、一瞬ではあるがか細い声が聞こえ、さらに耳を澄ました。
「...っあかり!」
一際大きな木の下で疼くまるあかりを見つけ、すぐに駆け寄った。
「けー、くん...」
「こっちきて」
彼女の姿を見て安心したものの状況的には非常に悪いことは明らかで、5つも歳の離れた子をなんとかおぶさり、頼りない華奢な体で木から離れようとした。
一歩一歩、確実に足を進めながら内心酷く焦っていた。1秒でも早く離れなければ、その一心で歩き続けた。
「けーくん、重いでしょ....!」
「足、怪我してる、でしょ」
稲妻が走り、間髪入れずに大きい音が響く。
「きゃああっ!!!」
轟く雷鳴に動じず歯を食いしばり、一歩でもその大木から離れようと、足を進める。
すると、閃光と雷鳴がほぼ同時に一際大きく鳴り響いた。
気付けば2人とも、落雷により吹き飛ばされて、倒れ込んでいた。
「っ...っ、あかり、大丈夫...?...あかり」
「んっ...けーくん...?な、なに、がおきたの...」
なんとか体を起こすと、先ほどまであかりが座り込んでいた大きな木が真っ二つに割れていたのだ。
割れ目からは煙が立ち込め、焦げくさい臭いが辺りに充満している。
あかりの無事を確認すると、蛍は吹き飛ばされてヒビの入った黒縁の眼鏡を拾うと口を開いた。
「このバカ!!雷の日にあんな大きい木の下にいくバカがどこにいるんだよ!」
「なっ!バカバカって...しらなかったんだからしょうがないでしょ…!」
「だからバカっていってんだよ、バカ!!」
どっちが年上なのか、もはやわからなくなりそうなやりとりを繰り広げているなか、明光と両親が傘を持って走ってきた。
なんとか事なきを得たが、そのあと2人は両親にこっぴどく叱られたのだった。
「(懐かしいな....)じゃあ、問題。雷の日に行ってはいけない場所はどこでしょう」
ダメ元で、でももし自分の欲しい答えが返ってきたらいいな、と淡い期待を抱きながら無表情で窓の外を見つめる月島は彼女の言葉を待った。
「...っ、大きな木...だけは、だめだって...なんとなくですが、いつも、それだけは...」
あかりはたどたどしくそう答える。その言葉に思わず窓から視線を逸らしベッドの上でこんもりしている山を見つめる月島は、力の抜けたように微笑を頬に滲ませた。
「…成長したね、君も」
まだ暗闇が続く中、雨足は変わらず強いままだが、雷鳴は少し遠くなったようだった。
「停電直りそうもないし、ここにいてもいい?」
「...はいっ...ありがとう、ございます」
ベッドの縁に背中を預けて座る月島の優しさを噛み締めながら、あかりは恐怖心が少しずつ薄れていくのを感じていた。
「あの毛布、使ってください」
布団の中でもぞもぞしながら、器用に毛布だけ手渡すあかりの気遣いに、クスっと笑みを浮かべながら毛布を受け取った月島はそれを身体にかけて灯がつくのを待った。
気付けば恐怖心が薄れたあかりは、間もなく寝息を立てて深い眠りについたようだった。
「変なところは覚えてるんだよね、君は」
まだ彼女の身に何があったのか、想像すらつかず疑問は尽きない。ただ月島にできるのは、彼女がもう記憶を無くすほどの辛い思いをしないように、あかりを守っていくと誓うことだけだった。
やがて電気が復旧し、ちょうど目を覚ましたあかりは恐る恐る布団から顔を出した。
横を見ると、ベッドの縁に背中を預けてコクリ、コクリとベージュ色の髪を揺らす月島の後ろ姿が目に入った。
「(ずっとそばにいてくださったのですね...)」
あかりは微笑を浮かべながらゆっくり音を立てないように、ベッドからでた。
すっかり眠りについてしまっている月島の寝顔を眺めながら、肩から落ちかけている毛布を元に戻してあげる。
「いつも、守ってくれてありがとうございます。月島くん。」
あかりは小さな声で寝息を立てる彼に感謝を伝えながら、あどけない寝顔の彼を凝視していた。
「(まつ毛長い...肌も綺麗で...寝顔が本当に可愛らしいです)」
日頃の意地悪な笑みや毒気を帯びた表情を思い浮かべ、目の前の寝顔との差に思わず苦笑する。
また、身長差が40cm以上あるため同じ目線でじっくり顔を見れるのは貴重だったため思わずまじまじと見入ってしまった。
「ふふ...(こうみてると、なんだか子供みたいです)」
「ちょっと。いつまでみてるつもり」
ジロリと片目を開けて、目の前のあかりを睨む月島。
「わっ!い、いつから起きていらしたのですか...!?」
「そんなに近くで見られたら誰だって起きるでしょ」
あかりは慌てて月島から飛び退いて驚愕の声を上げる。月島は真剣な表情で彼女の腕を自分の方へ引いた。
「あのさ、僕も男だってわかってやってるんだよね」
「へっ...?」
あかりは引き寄せられるまま、月島の腕の中に収まってしまった。急な展開に彼女は言葉も出ず、固まっている。
月島は怒りを含ませた表情であかりの顎を指先で持ち上げた。
「...歳下だからって、ナメないでね」
「っ...!」
先程のあどけない寝顔を浮かべていた男の子と同一人物とは思い難い彼の表情にあかりは狼狽えながらきごちなく頷いた。すると月島はフンと鼻を鳴らし、両手を挙げた。
「で、いつまでそこにいるつもり?」
「ええっ、ご、ごめんなさい...!お腹空きましたよね...!お夕飯作りますね!」
理不尽な言われようではあるが、動揺しているあかりは髪の毛の根本まで真っ赤に染め上げながら、早足でリビングへ向かった。
「ちょっとからかいすぎた、かな」
あかりの純粋で無垢な反応や言動により、日に日に理性が飛びそうになるのを、なんとか自制する月島の表情は、間も無く限界を迎えそうであることを示していた。