私のヒーローは、君だけ
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「月島くん!お待たせしました!」
「お疲れサマ」
金曜日の夜、仕事を定時で終わらせたあかりは、最寄りの駅で月島と待ち合わせをしていた。
今日はあかり行きつけのバーへ行く約束をしていたのだ。ご機嫌な表情を浮かべながら「こっちです!」と先陣を切って歩き出し、数分で目的地に辿り着いた。
「こんばんは、マスターさん」
「あ、雨音さんじゃないですか!心配してたんですよ、なかなかいらっしゃらな...」
掻き上げて黒髪をピシッと固め、あかりを見るなり嬉しそうな表情を浮かべるマスターは、彼女の後ろにいた月島を見ると体が固まらせた。
「最近色々あって...久しぶりになっちゃいまして」
「色々、ですか....ど、どうぞこちらの席にお掛けください(雨音さんが男連れ...!しかも背たっか...!)」
マスターは目の前の事実を受け入れることができず、動揺を精一杯隠している。愛想ゼロの月島は無表情のまま、案内されたカウンターの席に座った。
様々な感情が渦巻くなか、あかりだけがにこにこ笑いながらご機嫌な様子でカウンターの椅子に腰掛けている。
「お連れ様はアルコール呑まれますか?(この男、どこの馬の骨でしょうかね...)」
「あ、月島くんあんまりアルコールは取らない方がいいでしょうか?」
「じゃあ一杯だけ」
「かしこまりました」と意味深な視線を月島に送るマスターは、カクテルを作り始めた。
「希望すれば、お客さんに合わせて、マスターさんが特別に作ってくださるのですよ」
「すべてのお客様に、とはいきませんが... 雨音さんは特別ですよ。」
マスターは人差し指を口に当ててあかりに笑いかけた。「特別」と言う言葉にあかりは少し顔を赤らめて照れたように笑った。
「あっ、大事な常連さんって意味で、深い理由は...!」
「ふふ、存じておりますよ。今日のマスターさんはなんだか面白いですね」
急に慌てだすマスターに、あかりはまた小さく笑った。月島はそんな会話を耳に入れつつ、マスターをじっと見つめていた。
「(こんなに下心みえみえな男っているんだな...)」
「お待たせしました、こちらが”アプリコットフィズ”、” エックスワイジー・カクテル”でございます」
月島の思考をよそに、マスターはカクテルを作り終えると2人の前に差し出した。
目の前に差し出されたショートグラスに揺れるオレンジ色と薄い白濁色をしたカクテルに、あかりは目を輝かせた。
「わぁ、ありがとうございます。私も初めてここにきたとき、そのカクテルを頂いたのですよ。懐かしいです!」
「はい、一般的には締めに呑まれることが多いのですが...このお店ではあえて、このカクテルをお出ししております」
月島は目の前に置かれたグラスを手に持つと、あかりは嬉しそうに「乾杯」とグラスを指先で軽く持ち上げた。
「へえ、美味しい」
「これも美味しいです...!さすがマスターさんですね!」
「ふふ、ありがとございます」
マスターは2人の反応に、素直に嬉しそうな表情を浮かべると軽く会釈をした。するとあかりは思い出したかのように口を開く。
「あ、ご紹介が遅れました...!こちら、親戚の月島くんです。」
「ああ、ご親戚...!そうでしたか...(よかった...!)」
軽く会釈する月島が彼女の親戚だと知り、マスターはわかりやすく表情を明るくさせた。
「申し遅れました、僕はこのお店でマスターをしております、加賀美です。今後ともよろしくお願いしますね」
「...どーも。」
「お住まいはこの近くですか?」
あからさまに声のトーンまで明るくさせたマスターに若干イラッとしながら短く返事をする月島。
「あ、今は一緒に住んでるんですよ!色々と手伝ってくださるので、本当に助かってて...」
ガシャーン!!
「....へ?」
突如鳴り響いたガラスの割れる音に、それを落とした本人が一番状況を理解するのに時間がかかっていた。
「あっ、グラスが...!マスターさん、大丈夫ですか!?お怪我は...」
「ああっ、すみません...大変失礼いたしました...!」
マスターは洗い終えたグラスを拭いていたところ、あかりの言葉が衝撃的すぎたのか落としてしまったのだ。音から察するにグラスは木っ端微塵であろう。
「お手伝いしましょうか...?すみません、なんだか私気に障ることを...」
「だめ、君が怪我するでしょ」
月島は居ても立っても居られないと言わんばかりに立ち上がりかけているあかりを手で制止する。
「大丈夫です、すみません。手元が狂っただけで...最近よくグラスを割ることが多くて!歳のせいですかねぇ」
屈みながら、ささっと片付け終えたマスターが困ったように笑い立ち上がった。
「歳って、私とそんなに変わらないじゃないですか!」
「ははは、雨音さんはまだお若いですよ、僕はもう30ですから...」
マスターの視線は月島へ移る。
月島には彼の動揺が手にとるようにわかり、嘲笑うかのような笑みを浮かべて優越感に浸りながら鼻で笑った。
そんな月島に、マスターは「負けた」と言わんばかりに悔しさを滲ませながら肩を落としている。
「ふふ、なんだかおふたりは仲良くなれそうですね!安心しました」
「「(はい...?)」」
可笑しそうに笑うあかりの言葉に、2人は同時に彼女に目を向けて眉間に皺を寄せながら疑問符を浮かべている。
「私、ちょっとお手洗いに失礼しますね」
「はい、どうぞ」
店内奥にあるお手洗い場に消えていったあかりを確認すると、マスターが独り言のようなトーンで微笑を浮かべながら口を開いた。
「本当、可愛らしいですね、雨音さん」
「好きなんですか?」
愛想笑いを浮かべる月島は間髪入れずにそう問うと、残り少ないエックスワイジー・カクテルを飲み干した。想像もしていなかった彼の言葉に、マスターは水分補給のために飲んでいた水を吹いた。
「ちょ、きたな...!」
「あなたが変なことを...!!ゴホッゴホッ」
飛び散った水を布巾で拭いながら、素早くアルコールを吹きかけ何度も拭いている。そんな彼を横目に、月島はスマホを取り出した。
「...カクテルにはそれぞれ意味があるんですね。アプリコットフィズ...へぇ...」
ネットで検索すれば、大抵のことはすぐに調べがつく便利な時代である。
月島はディスプレイをわざとマスターに見せながら、爽やかな笑顔を作った。その画面から視線を晒す彼は顔をひくつかせている。
「あの子を渡すつもりはありませんけどね」
「あ、あなたも好きなのですか、彼女のこと...」
顔を引き攣らせるマスターは、月島に視線を移しながら疑問を投げかける。だが彼はにっこりと笑って「さあ」とだけ口にした。
「(この人、性格悪い!絶対悪い...!)」
「ふふ、何をお話しされてたんですか?」
お手洗いから戻ったあかりはご機嫌な様子で椅子に腰掛けた。
「マスターって天然ですよねって話」
「なっ...!」
「ふふ、わかりますそれ!あ、勿論良い意味でですよ!」
しれっと嘘を答える月島に、マスターは驚きを隠せず目を見開いた。そんな2人の様子に、あかりは微笑を浮かべている。
「雨音さんまで...」
肩をガックリと落としているマスターは、2人のグラスに視線を移し、口を開いた。
「...次は、何を飲まれますか?」
「僕は、カンパリオレンジで」
「じゃあ私も同じものでお願いします!」
マスターは月島のチョイスに「ぐっ...」と唇を噛み頰を引き攣らせた。さらにあかりも便乗したことで、余計にマスターは顔を引き攣らせながら、カクテルを作り始めた。
「ねぇ、さっきマスターに教えてもらったんだけど。カクテルにはひとつひとつ意味があるんだって」
月島は頬杖をつきながらマスターを見つめ、あかりに語りかけた。
「えぇっ、そうなのですか!?知らなかったです...!では、カンパリオレンジにはどのような...」
彼女は興味津々の様子で前のめりで月島に聞き返している。すると、マスターが複雑な心境を表情に表しながら、グラスを2つ、2人の目の前に置いた。
「こちらがカンパリオレンジでございます」
「わぁ、ありがとうございます!綺麗な色...」
するとカランカラン、という音とともにバーの扉が開かれ、男女二人組が入店した。マスターはあかりたちから少し離れて接客を始めた。
グラスに入ったカクテルを見つめて感嘆の声を上げるあかりを他所に、月島はグラスを指先で掴むと軽く口をつけた。
甘酸っぱく、ほろ苦い味が、口の中に広がっていく。
「...”初恋”って意味」
月島は、ふっと笑いながらあかりを見つめた。
「っ...そう、なのですね」
あかりは彼の色気を含んだ微笑に当てられて、顔を真っ赤に染めながら、気を逸らすようにグラスに口をつけた。
「.....月島くんの初恋...どんな子だったのですか?」
「...近所に住んでる5つ歳上の女の子だったよ。歳上のくせに危なっかしくて、放っておけない子だった」
オレンジ色のカクテルが揺れるグラスを指先であそびながら、月島は懐かしさに目を細めた。
「5つも...!でも、月島くんは年齢差を感じないくらい大人ですし、面倒見がいいですものね」
「...誰にでもそうってわけじゃないから」
呆れた様子の月島は、にっこりと笑うあかりを横目に再度グラスに口をつけた。
「その子とは、その後どうされたのですか...?」
「さあ。突然いなくなっちゃって、ずっと会えなかった」
「...会えなかった...ということは、今は会えたのですか?」
あかりは不安そうな顔で、どこか寂しげな表情の月島を見つめた。
彼女にしては鋭いな、と一瞬驚きをその瞳に表したが、次に珍しく優しい笑顔を浮かべながら、人差し指を口に当て、口を開いた。
「内緒」
「...っは、はい」
そんな2人の様子に、マスターは内心ハラハラしながら接客を続けていた。
それからあかりは数杯カクテルを飲み、だいぶ酔いが回ったところで月島はお会計をもらうことした。月島は途中からノンアルコールを飲んでいたため、少なくともあかりよりはしっかりしているようだった。
「お会計は、こちらでございます。」
「はい、これで」
「あっ、私払いますから...!」
小さな高級感のある革のトレーに、月島は壱万円札を置いた。
あかりは慌ててお財布を出そうとバックを漁ったが、月島が煩わしそうな表情でその手で制した。
「ほら、帰るよ」
「....はいっ。マスターさん、おやすみなさい!今日もありがとうございました!」
席を立つ月島に、慌ててあかりもバックを肩にかけ椅子から降りるとマスターに笑顔を向けた。
「こちらこそ。また、お待ちしていますね」
あかりはマスターの言葉に笑顔で大きく頷く。
月島は彼女が肩にかけたバックを奪い、バーの扉を開けた。
「ごちそうさまでした」
「あ、お釣りを...!」
「ああ、結構です。また来ます」
あかりは月島に背中を押されるがまま、バーの扉をくぐる。月島は不敵な笑みを浮かべながら、マスターを一瞥すると扉を閉めた。
「(くっ...!なんであんなスマートなんだ、悔しい...けど、雨音さんのあんな幸せそうな顔...初めて見たな...)」
マスターは他のお客さんに気づかれないように、ホロリと涙を流しながら、バーの扉を見つめていた。
「すみません、月島くん!お金を…!」
「いいから」
慌ててバックからお財布を出すあかり。
受け取って貰えないと感じたあかりは、無理矢理お札を彼のスーツのポケットに入れようとした。
その行動に眉を顰めた月島は彼女の腕を掴み、後頭部に手を添え自分の身体の方へ強引に引き寄せた。
「たまには格好つけさせてくれてもいいと思うんだケド」
「っ...で、でも...月島くんは...いつも格好いいです、よ」
月島の拘束によって、身動きの取れないあかりは顔を真っ赤に染めながら、彼を見上げた。
「(そういう話じゃないんだけど...)君、自分が何言ってるか、わかってる?」
無意識に煽るような彼女の言葉に乗せられそうになりながら、月島はなんとか自制し彼女から手を離した。
「(はー...僕も酔いが回ってるな)」
アルコールにまだ慣れていない月島は足早に自宅へ向かう。あかりは首を傾げながら彼の後を小走りでついていった。
「私が困ってるときは、必ず助けてくれて…頼りになる格好良い男の子ですよ...私はいつも、月島くんのこと、」
眉間に皺を寄せながら、月島はまだ言うか、と勢いよく振り返ると、頰を赤く染めたあかりが彼の体にぶつかった。月島が彼女を抱きしめる形となり、2人は見つめあいながら思わず動けなくなってしまった。
磁石のように引き寄せられて行く唇が重なりそうな2人の距離。
月島は後一歩のところでハッと我に返り、彼女の体を自分から無理矢理離すと、彼女の手を取り家に向かって歩き出した。
「(くそ、お酒の勢いで手を出すなんて、カッコ悪すぎ...)」
「(手が…!で、でも私…今なんて言おうとしたんでしょう…)」
2人は胸の高鳴りを抑えきれないまま、その気持ちをお互いに気付かれないように歩き続けた。
家に着くと、月島は彼女をお風呂場へ連れて行き、シャワーを浴びるように声をかけた。
「早くシャワー浴びてきて」
「はい!浴びてまいります!」
元気いっぱいな様子で敬礼するあかりに、月島は呆れたような表情を浮かべると風呂場の扉を閉じてキッチンへ向かった。
インスタントコーヒーとお湯をマグカップに注ぎ、口をつけて啜りながら、彼女の手を握っていた自分の右手を見つめた。コーヒーの苦味が、段々と自分に冷静さを取り戻させてくれる。
「(...やっぱり、あかりは隙が多すぎる)」
先程のバーのマスターを思い出しながら、月島はため息を吐いた。ストーカーの件や、満員電車での一件もそうだったが、彼女は自分のことについては無頓着なのだ。
「(まぁ、今に始まったことじゃないけど...)」
心配は尽きぬまま、月島はコーヒーを啜りながら、小学生時代を思い出していた。
———————————————
「けーくん、今日は何するー?」
「...ゲーム」
バレーボールを抱えたあかりは、当たり前のように月島宅に上がり、部屋で寛いでいる。
彼女の問いに、月島はベッドに横たわり、ゲーム機で遊びながら答えた。
「むー。1人でゲームしたって面白くないよー!バレーなら2人で遊べるじゃんー」
「でもいま、いいとこなんだよね」
ベッドに腰掛け、足をばたつかせるあかりは口を尖らせている。月島はそんな彼女を横目に、変わらずゲーム機のディスプレイに夢中だった。
「私もけーくんと遊びたいよー!」
「...じゃああと5分まって」
「やったー!待ってる!」
軽くため息を吐く月島を他所に、あかりは嬉しそうに笑いながらベッドに横になった。
「ちょっ...!」
「あ、またそのゲームしてる!そんなに面白いの?」
月島が両手にもつゲーム機を画面を覗き込む。自然と2人の距離は近くなり、月島は幼いながらに顔が熱を帯びていくのがわかった。
「あっ、ひどーい!」
月島は寝転がったまま、あかりに背を向けた。
画面が見えなくなってしまったことで、あかりは口を尖らせながら、つまらなそうな表情を浮かべている。
暫くして、ゲームがひと段落し電源を落とした月島はすっかり静かになったあかりの方を向いた。
「!?(う、うそでしょ...)」
彼女は月島の方を向きながら、すやすやと寝息を立てて眠りについていた。彼女の顔にかかる、艶のある綺麗な黒の長い髪が、より一層あかりを魅力的に見せた。
自然と手が伸び、彼女の顔にかかる髪を避けて耳にかける。
「んぅ、けーくん...?」
あかりは薄っすら目を覚まし、目を擦りながら目の前の月島を見つめた。まさか目を覚ますと思わず、彼女の顔の上で行き場を無くした手は、迷った挙句あかりの頭の上に置かれた。
「...ふふ、けーくんがやさしい」
「…僕はいつもやさしいでしょ」
優しく頭を撫でると、あかりはくすぐったそうに笑いながら気持ち良さそうに目を細めている。
そんな彼女の様子に、月島は呆れたように小さく笑った。
そのうちに彼女は安心したような表情で、再び眠りに落ちてしまった。暫くその寝顔を眺めていた月島も、気付けば深い眠りについていた。
ガチャ
「蛍、さっきあかりちゃんきてなかっ...」
ノックもなしに部屋の扉を開けた兄の明光は、目の前に広がる光景に思わず固まる。
あかりと自分の弟が、一つのベッドの中で向かい合って眠りについているのだ。弟の手はまるで彼女を守るように、耳の辺りに添えられている。
「(いつも憎まれ口ばっかり叩いてるけど... あかりちゃんのこと、大好きなんだよなぁ、蛍は)」
そーっと2人のあどけない寝顔を覗き込み、明光は困ったような表情で笑いながら静かに布団をかけると、音を立てないように部屋から出て扉を閉めた。
———————————————
「(ああいうことを、普通に他人の前でもやりそうだしな...本当無防備にも程がある)」
過去を思い出すだけでも胸が高鳴ってしまう。それはお酒のせいだと言い聞かせながら、頭を冷やすためにベランダへ出た。
ジメジメとした空気が、間も無く訪れる梅雨を告げているかのようで、冷える気配のない頭をベランダの手すりに乗せて項垂れている月島は「今も昔も、心配事は尽きないな」と苦笑を浮かべている。
吐き出されたため息は、寝静まった町の中へと消えていくのだった。