やっぱり君は、君だった
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「...(とても懐かしい、良い夢を見ていたような)」
自室のベッドの上で目を覚ましたあかりは、上半身を起こしぼんやりと遠くの方で漂うような夢の記憶を手繰り寄せた。
「(長閑な風景の中で、誰かと遊んでいたような...でも妙にリアルで…これは夢ではなく、記憶、なのでしょうか...)」
少しの間考えてはみたが、やはり昔のことは霧がかかったように何も思い出せない。
一旦夢の内容を思い出すことは諦めて、スマホで時間を確認しようと辺りを見回した。だがそれは見当たらず、どこに置いたのかと昨晩のことを思い返していた。
「(...あ、そうでした...昨日...警察署から戻ってきてそのままソファに...あれ?でもベッドに来た記憶が...)」
もしかして、と最悪な予感があかりの脳内を駆け巡り、勢いよくベッドから飛び出し扉を開けた。彼女の目に飛び込んできたのはリビングの机上にポツンと置かれたスマホと、カウンターキッチンで立ったままコーヒーを啜る月島の姿だった。
「お、おはようございます、月島くん」
「もうおはようっていう時間でもないけど。よく寝たね」
彼の言葉を聞くなり、壁にかかる時計に素早く目をやると時計の針は12時を指そうとしていた。
想像以上に眠りすぎたことに驚きを隠せないままあかりは、おずおずと口を開いた。
「あ、あのもしかして...私、昨日ソファで寝てました、よね」
「うん、ぐっすり」
「...ということは、まさか...」
片方の口角を釣り上げて「ふっ」と笑う彼の反応により、全てを悟ったあかりは顔を真っ赤に染めながら両手で覆い俯いた。
「羞恥心と罪悪感で死にそうです...」
「なにそれ」
予想以上にショックを開けている彼女に、思わず吹き出している月島は可笑しそうに笑っている。後悔に苛まれて俯くあかりは、小さくため息を吐くとまた口を開いた。
「ああもう、本当にごめんなさい、私迷惑ばっかり...」
「迷惑とは思ってないよ。寝顔も見れたし」
彼の想像もしていなかった言葉に、あかりは耳まで真っ赤に染めながら頬を膨らませた。
「……っ顔洗ってきます!」
「はいはい」
バタバタとキッチンの横を通り過ぎ廊下を走るあかりの頬を膨らませる様子が昔の彼女の怒り方と重なり、月島は思わず小さく笑った。
顔を洗い歯磨きも終えたあかりはコホン、とひとつ咳払いをするとまだカウンターキッチンに立っている月島の横に立った。
「き、今日はトレーニングに出られないのですか?」
「うん、昨日の今日だし、家にいるつもりだけど」
「...もし、私に気を遣ってくださっているのだとしたら、気にならさないでくださいね」
昨日の一件のせいで、自分に気を遣い彼の邪魔になってしまっているのではないかと、不安に襲われる。
おずおずとあかりが途切れ途切れに言葉を紡ぐと、月島はフン、と鼻で笑った。
「ああ、そうだ...君に聞きたいことがあったんだよね」
あからさまにあかりを見下しながら、月島は蔑むような瞳で彼女を見つめている。
棘を含む視線を浴びるあかりは、肩をビクつかせながら「は、はい」と返事した。
「僕、一人で外に出ないでって言ったよね」
「そ、それはその...いつも帰ってくる時間に月島くんが戻ってこないので、嫌な予感がして、心配で...」
「で?外に出てどうしようと思ったワケ?当てもなく探し回ろうとでもしたの?」
あかりの必死の弁解にも、月島は動じず痛いところを突き続ける。
「あのまま僕がこなかったらどうするつもりだったの?そもそもあの男、会社の人なんでしょ?怪しい行動とかなかったわけ」
「えと、月島くんがきてくれなかったら私は...」
月島の言葉に狼狽えながら、「もし彼が来なかったら」の結末を想像して体中から血の気が引いていく感覚に襲われる。あかりは俯きながら口を開いた。
「彼は、会社の同僚で...よく気遣って声をかけてくださったり、飲みに誘っていただいたりして...今まで断り続けていましたが、思い返してみれば...最近少し怖いなと感じた瞬間があって」
「はぁ...よくそこまで条件が揃ってて気付かなかったね」
「ごめんなさい...」
山野の刺々しい表情と冷たい声が脳裏を過ぎる。
彼の言う言葉はごもっともで、返す言葉もなく謝罪を繰り返すあかりに、月島は「しょうがない」と呆れた表情で彼女の頭をポンポンと撫でた。
「結果、君が無事だったからよかったけど。…全く、人の心配より自分の心配しなよ。君、自分が思ってる以上にか…」
「...?」
突然言葉が途切れたため、あかりは首を傾げて月島を見上げると、何故か顔を真っ赤にさせた彼がわかりやすく顔を逸らしていた。
「...なんでもない...!そ、それより、お昼何食べるの」
「(何て言いかけたのでしょう…)では、月島くんの食べたいものを作らせていただきます!!」
苦し紛れに顔も話も逸らし、冷たくなったコーヒーが入ったマグカップに口をつける月島。
あかりはそんな彼に疑問符を浮かべながらも、にこっと笑い右手を握って力拳を作る真似をした。
「ふ、なにそれ。...じゃあ目玉焼きと、ウィンナーがいい」
「ふふ、わかりました!じゃあゆっくりしててくださいね!すぐ作っちゃいますから!」
この家に来て1番最初に食べたメニューを提案する彼に、あかりは笑みを溢しながら調理を開始した。月島は「ありがと」と短くお礼を言うとリビングのソファに向かい腰を下ろし、読書を読み始めた。
すると、キッチンに置かれたままになっていた月島のスマホが突如振動し始めた。表向きに置かれたディスプレイには「日向」の文字があり、あかりは咄嗟に声を上げた。
「月島くん、スマホ鳴ってますっ」
「あぁ、ごめん」
月島はキッチンに置き去りのままのスマホを取ると、ベランダに出てそれを耳に当てた。
「(日向、さん...女性の方でしょうか...そうでした、今まで考えてもみなかったのですが...月島くんに彼女さんがいてもおかしくないですよね...)」
電話中の彼の背中を見つめながら、胸にチクリとした痛みを感じ、あかりは胸に手を当てた。
「(この痛み、なんでしょうか...)」
彼女がいるかもしれない彼を、危険なことに巻き込んでしまったことへの罪悪感か。それとも…
感じたことない胸の痛みの原因を並べながら、あかりは調理を進めていた。すると月島は5分ほどで電話を終えると、不機嫌そうな表情を浮かべたまま再度リビングのソファで本の続きを読み始めた。
それから10分ほど経ち、あかりは食事を作り終えると机に料理を並べ始めた。月島は本を閉じ、食事の支度を手伝っている。
「月島くん、お待たせしてごめんなさい。食べましょうか」
「ううん、ありがとう。いただきます(…ん?なんか変…?)」
心なしか元気が無くなっているあかりに違和感を覚えながら、月島は手を合わせ、お箸を取ると食事に手をつけ始めた。
すると、再び机の上に置いていた月島のスマホが鳴る。
そのディスプレイにはまた「日向」の文字が表示されていた。反射的に彼のスマホを視線を送ってしまったあかりはその文字にまたチクリと心が痛むのを感じた。
月島はディスプレイを見るなり、眉間に皺を寄せるとスマホを裏返し振動を止めた。
「お電話、大丈夫ですか...?」
「うん、大した用じゃないし」
「そう、ですか...」
何事もなかったかのように食事を食べ進める月島。あかりは唇を固く結び、覚悟を決めるとおずおずと口を開いた。
「あ、あの...月島くんってお、お付き合いされてる方とか...いらっしゃらないのでしょうか...」
「は?」
「ああっいえ、あの...もしいらっしゃるのだとしたら、月島くんと一緒に暮らしていることも、色々と巻き込んでしまったのも、申し訳ないと...」
まるで鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている月島は箸を止め、伏し目がちなあかりを見つめていた。
一方、あかりは我ながらずるい言い訳を重ねながら、彼の言葉を待っている。
「ねぇ、もしかして…これのこと?」
スマホの画面に映る「日向」の文字を見せる月島は「まさかね」と信じがたいような、且つ若干呆れたような顔をしている。
察しの良い彼に図星を突かれたあかりは頷くことも言葉を発することもできず、ただ俯いた。
それを肯定と受け止めた月島は溜息を吐きながら、スマホの通話ボタンをタップし、スピーカーに設定を変えた。
<あ!!やっと出たな!月島ー!>
「君、本当しつこいんだケド」
<なんだよー!なぁなぁ、お前も東京にいるんだろ!>
「だったらなんなの」
<今度研磨たちと会うんだけどさ、お前も来いよ!>
「僕忙しいから。じゃあね」
ブチッ
ツーツーという機械音がリビングに響き渡る。
電話口の相手の声のトーンはやや高めではあるが明らかに男性の声で、あかりは両手で真っ赤に染まった顔を覆い、俯いた。
「(日向さんって、てっきり女性のお名前かと…!)」
月島はニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべながら頬杖をついている。
「それ、一般的に何ていうか教えてあげようか」
「っい、いいです...!」
「へぇ」とわざとらしい声を上げながら変わらない笑みであかりを見つめる月島。その瞳は悪戯に揺れている。
「意外と君って嫉妬するタイプなんだね」
「しっ、…!?ちがっ、そういうのじゃなくて…!」
予想外の彼の言葉を慌てて否定しながら、あかりは羞恥に目を潤ませ顔を上げた。目の前には涼しい表情でニコニコと笑顔を浮かべる月島が頬杖をついている。
居た堪れなくなった「飲み物持ってきますね!」と席を立つあかりに、月島はクスっと小さく笑った。
「(…ま、どーせ嫉妬じゃなくて、ただの余計な心配だろうケド…)」
バツの悪そうな表情で冷たいお茶を持ってきたあかりはお互いのグラスにそれを注ぐと、咳払いを一つして口を開いた。
「コホンッ....そ、そういえば、月島くんってどのようなスポーツをされているのですか?」
「(無理矢理話変えたな)...言ってなかったっけ。バレーボール」
「...!」
彼の返答に、羞恥心から立ち直ったあかりは思わず目を輝かせた。
「本当ですか!?昔、私もやっていたのですよ!」
「...君は、いつからやってたの?」
月島は彼女の言葉に思わずピクリと身体を反応させた。そんな様子には気付かず、あかりは悩ましげな表情を隠すように視線を斜め上を見つめて思い出す素振りを見せた。
「え、と、高校生の間だけですよ!」
「ふーん…ポジションは?」
「セッターです!」
自信満々で鼻高々に答えるあかりに、月島は驚きを隠せない様子で「は!?」と聞き返した。
「あっ、今”君が!?”って思いましたね!?もー、失礼な!」
頬を膨らませながら、口を尖らせるあかりは瞳を輝かせながら言葉を続けた。
「セッターって、こう…試合の要というか、流れを左右するというか…兎に角、かっこいいじゃないですか!」
「へぇ...(王様と同じこと言ってる...性格は全然違うのに、不思議)」
彼女の言葉に、月島は高校時代に共に闘った王様こと影山を思い出していた。性格やタイプは正反対のようだが、セッターの魅力については同じようなことを語っていることに驚きを隠せない。
「ところで、月島くんはどちらのポジションなのですか?
「ミドルブロッカー」
「わぁ...月島くんにブロックに入られたら、相手もプレッシャーでしょうね...」
コート上の敵を哀れむように、あかりは遠くを見つめた。
「でも、嬉しいです。月島くんがバレーをやっているって知れて」
視線を月島に戻し、朗らかな笑顔を浮かべるあかり。
彼はその笑顔に少しだけ顔を赤らめながら、視線を逸らしお味噌汁を啜っている。
「いつか月島くんの試合、応援させてくださいね」
「...いつかね」
「あ、今適当に流そうとしましたね!?絶対ですよ!約束ですからね!」
頬を膨らませるあかりに、月島は呆れた表情で「はいはい」と返事をしている。
「そうだ、月島くんに紹介したい場所がありまして...昨日の件が落ち着いたら平日の夜、お時間いただけませんか?」
「紹介したい場所?..別にいいけど」
お箸を置き、思い出したように手を合わせてあかりは提案を持ちかけた。月島は疑問符を浮かべながら首を傾げている。
「私が一番好きなお店で...もっと早く月島くんをお連れしたかったのですが、色々とあったのでなかなか行けずじまいで」
「ふぅん。まぁ、ストーカーの件が片付いたら君の都合に合わせるよ」
まるで昨晩の一件が嘘のように、楽しみがひとつひとつ増えていくなかで、あかりは胸が温かくなるのを感じていた。
2人は食べ終えるとそれぞれ片付けを始めていた。布巾でテーブルを拭きながら、ご機嫌な様子のあかりは鼻歌を歌っている。
「ふふ、なんだか不思議です。月島くんとは随分前から知り合いだったような気がします」
「...だから言ってるでしょ」
「あっ、そうでした…私実は、中学くらいまでの記憶があまりなくて...思い出せたらきっと、月島くんのことも思い出すのでしょうか」
「(記憶が、ない...?)…まぁ、思い出したくないこともあるんでしょ。無理しない方がいいよ」
あかりの思いもよらない言葉に、月島は一瞬目を大きく開いた。だがすぐいつもの表情に戻り、お茶碗を洗いながら呟くように言葉を返した。
普段と変わらない冷静を保った声だったが、その瞳は悲しみと諦めにも似た色で揺れていて、あかりは胸がズキっと痛むのを感じた。
仮に彼が言うように「思い出したくないこと」のせいで記憶がなくなっていたとして、そこに月島との思い出も含まれているのだとしたら。
「(……私は嫌なことも全て思い出したい)」
今すぐに思い出す術は思い浮かばないが、もしその時が来たら必ず向き合う覚悟を決めようと決意を固めるあかりは、「よしっ!」と両手に握り拳を作り小さく気合を入れる素振りを見せた。
「月島くん!今日の夜は、カレーライスにしましょう!」
「(何でカレー...?)...はいはい」
今の話の流れで何故そのメニューなのだろうと、頭上に疑問符を浮かべながら、洗い物を終わらせた月島は冷蔵庫の扉を開けた。
「じゃあ、あとでカレーの具材、買いにいかなきゃね」
すっかりこの家にも慣れた様子の彼の言葉を嬉しく感じたあかりは、頬を緩ませて頷いた。
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その次の日、あかりは恐る恐る出社すると山野は無断欠勤で出勤していなかった。その数日後には警察からあかり宛に彼を逮捕したとの連絡が入ったのだった。満期釈放予定時期は今年の冬になるとのことで、とりあえず一安心のあかりと月島は安堵のため息を吐いた。
その日の夜、無事にこの一件が解決したこともあり、あかりは通勤時に無理して時間を合わせてくれた月島に「もう大丈夫ですよ」と伝えたところ、何故か彼はむすっとした表情を浮かべたのだった。
「別に、無理してないし」
「で、でも...(な、何故不機嫌そうなお顔を...!)」
「この前、朝の電車で困ってたのは誰だっけ」
月島は腕を組み相変わらず不機嫌そうな声色で、あかりを蔑んだ目で見つめた。その言葉に思い当たる節があったあかりは狼狽えながらその日のことを思い出していた。
いつもの朝の満員電車。
大体月島があかりを扉側に寄せてくれるのだが、他路線の人身事故による酷い混雑でそれが叶わず、あかりの後ろにピッタリとサラリーマン風の男性が張り付いた状態が続いたのだ。
扉側に背を預ける月島の真正面からあかりの体は密着し、抱き合う形となっていた。
「つ、月島、くん」
「...?(なんて顔してんの、この子は...)」
不意にお尻に違和感を感じたあかりは、不安げに揺らぐ瞳を潤ませながら月島を見上げた。その表情の意味を理解しようとする前に、胸の鼓動が高鳴るのを感じながら月島は顔を顰めて首を傾げた。
自分の腕の中で震えるあかりに違和感を感じた月島は、彼女の背後に視線を送ると、初めて一緒に出勤した際にも見かけたサラリーマン風の男が立っていた。電車の揺れに反して、怪しい動きを繰り返している。
「...ねえ」
月島はサラリーマンを睨みつけながら、あかりの頭を自分の体に優しく押し当てる。
サラリーマンの男は低く唸るような声のトーンにビクッと肩を揺らし反射的にその声のする方を見た。ゾッとするような恐ろしい目をした高身長の男が、自分を見下すように睨みつけていたのだ。
「ひっ...」
男は情けなく短い声を上げながら、無理矢理月島に背を向けた。周りの人間は迷惑そうに顔を歪めながら、無理矢理に動く男を睨みつけている。
「っ...つ、月島くん...?(あ、お尻の違和感が消えました...)」
頭に添えられていた月島の手の力が緩み、あかりは彼に体を預けたまま顔を上げた。その手は彼女の背中に落ちて、ポンポンと優しく叩いている。
「もう大丈夫」
複雑な表情で顔を赤らめる月島は顔だけ真横に向けている。ああ、助けてくれたのだと直感したあかりは、彼を頼もしく、またその様子が可愛らしく思い小さく笑った。
その日の夜、会社が終わり改札口で落ち合った際には、開口一番「バカなの?」という月島の言葉で罵られたあかりだった。
一通り回想を終えた頃には、あかりはわかりやすくしょんぼり俯いていた。
「で、では...これまでと変わらず...無理しない範囲で、一緒に行ってくれますか...?」
「ふん、しょうがないからね」
彼女の言葉に満更でもない表情を浮かべながら鼻で笑うと、月島は頷いた。
余談だが、帰りは月島のトレーニングのことを考え、そちらを優先ほしいと強い要望出し、朝だけはこれまでと変わらず2人で家を出ることになったのだった。
(昔から変わらないところ、)
(見つけると少し、切なくなる)