やっぱり君は、君だった
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「(今日も電話はきませんでした...)」
警察に被害届を提出してから数日後の休日、夜ご飯も食べ終わりゆったりとソファで過ごしながら、あかりはスマホを眺めて安堵の表情を浮かべていた。
月島はほぼ毎晩ランニングに出かけ、休日の昼間はスポーツバッグを持って家を出る。そんな忙しい日々の中で、あかりが外に出る時は必ず一緒に付いてくれていた。
「(もう何事もないといいのですが...)」
祈るような気持ちでスマホを握りしめ、立ち上がると外の空気を吸うためベランダへ出た。
まばらに電気が灯る家々が一面に広がる。時刻はもう21時を回っており、まるで町中が静かに眠る準備を始めているかのようだった。
「(あ、月島くん)」
すると走り込みをしていたTシャツとハーフパンツを着た月島が、家の前の付近で足を止め、呼吸を整えているところが視界に入った。
彼の目はしっかり前を見据え、Tシャツの裾で汗を拭うとまた足を進めて走り出した。
「(そういえば、何のスポーツをされているのでしょうか...)」
これまでなんとなく聞きそびれていたことを思い出したあかりは、走る月島の後ろ姿を見つめて色々なスポーツを想像していた。
走るところを見ると陸上か水泳、背の高さを利用するならバスケットボール、バレーボールだろうか。今度彼に尋ねてみようと思いながらその返答を想像して自然と微笑みが頬に浮かんだ。
リビングに戻り、暫くしてあかりはふと時計に目を向けた。時計の針は22時半を過ぎている。
これまでここまで遅い時間になったことはなく、いつもなら22時前には必ず家に戻ってくるため、なんとなく心配が募ったあかりは上着を羽織り玄関を出た。
静かに階段を下ると1階のポストのあたりに人影がみえ、あかりは嫌な予感は自分の思い過ごしだとホッとして、声をかけた。
「おかえりなさい、月し...」
階段を降りきった左手にある集合ポストの前に立っている男。
3つのポストが並ぶなかで、あかりの部屋番号が記載されたポストの扉を開けている男の後ろ姿に、彼女は思わず口を抑えた。
「(月島くんじゃ、ない....!)」
「…あー、見つかっちゃったかぁ」
ゆっくりとあかりの方を振り向く男の顔は見覚えがあり、思わず息を呑んだ。
「あなたは、や、山野、さん...」
口角を上げて笑みを浮かべる男は、上司に理不尽な理由で怒鳴られた時など、影で心配してくれていた山野だった。
彼はニヤリと気味の悪い笑みを浮かべながら力なくあかりの前に立ち、クックッと肩を揺らした。
「ふふ、そうだよ...ずっとずっとずっと好きだったんだ...ねぇ、わかるでしょ、俺が...っ、俺はね、ずっと君を...!!」
彼は血走った目を見開き、まるで独り言のように早口で支離滅裂な言葉を並べながら、一歩あかりの方へ近づく。
異常な彼の様子にあかりは小さく後ずさるがすぐ踵が階段に当たり尻餅をついてしまう。体は小刻みに震え、声の出し方もわからなくなり口をただ開けることしかできない。
「そう、そうそうそう!君のその表情が好きなんだよぉ...!かわいい、かわいいよぉ...」
泣きながら首を横に振るあかりを、まるで慈しむような表情を浮かべながら手を伸ばす。
「...ひっ……(た、すけ…)」
「っ、触るな」
あかりは近づいてくる手を拒むこともできず、ただ固く目を瞑る。すると聞き慣れた声が聞こえ、彼女は目を開いた。
あかりに伸ばされた手は彼女に届くことなく、月島の手がしっかりと掴んでいる。
「ぁあぁあ!!なんだよ、誰だよお前!!何様なんだよ!ふざけるなふざけるなふざけるな!!」
彼は動揺を隠せないまま、力任せに月島の手を振り切る。そして拳をおおきく振りかぶって月島に向けて振り下ろした。
「やめ...!!」
思わずあかりは声をあげて、両手で顔を覆った。
だが聞こえたのは男の舌打ちで、あかりは両手を下ろして目を開けると、月島は顔色ひとつ変えず、男の拳を手で受け止めていた。
「警察には連絡した。いいの?ここにいたら君、捕まるけど」
「誰だよお前...!なんなんだよ、お前は!お前のせいだ、お前の...!!!」
力では敵わないと悟った男は癇癪を起こし、頭を抱えながら月島を睨みけ、ふらふらとした足取りでその場を去っていった。
彼が去ったことを確認した月島は、ぺたりと座り込んでいるあかりを抱き締めた。
強く速い速度で脈打つ彼の鼓動が熱い体温と共に伝わり、どれほどの心配をかけたのかという罪悪感と、安堵感に包まれ涙を流した。
「はぁ...」
「っごめんなさい....!月島くん、本当に...ごめん、なさい...」
月島は安心感からか思わず溜息を漏らしながら、暫く彼女の背中をぽんぽんと優しく叩き、落ち着くのを待った。
どれだけ時間が経ったかはわからないが、一通り泣き終えて落ち着いた頃、抱き締められていることに気恥ずかしくなってしまったあかりは顔を真っ赤に染めていた。つられて月島も同じように耳まで赤く染めており、2人はぎこちなく体を離した。
「とりあえず警察に電話する」
月島はひとつ咳払いをして立ち上がると、スマホで警察に電話を始めた。冷静に、且つ端的に状況を説明し、住所や連絡先等を伝えると3分ほどで通話を切った。
「あ、あの、月島くん...さっき、警察には電話したって...」
「あんなの嘘に決まってるでしょ。状況説明してる間に君に何かあったらどうするの」
愚問だと言わんばかりの表情を浮かべる彼に、あかりは目をぱちくりさせ感心することしかできなかった。
「まあ、動画はとってたけど。」
「えっ…!」
男に気づかれないように、左手にはスマホが握られており、そのレンズはずっと男に向けられていたのだ。
あかりも全くそのことに気づかず、驚愕の表情を浮かべている。
「良いか悪いかは置いといて、これで実害がでてその証拠も揃ったし、あとは警察に任せれば大丈夫でしょ」
そして間も無くパトカーのサイレンの音が聞こえ、複数人の警察が駆けつけた。
先日警察で相談したため、スムーズにことは進み、犯人はあかりの同僚でありその証拠も動画にしっかり収められているため、早々に警察も捜査に踏み切ってくれるとのことだった。
また、彼は付き纏いや、暴力、郵便物の窃盗などいくつもの罪を犯していたため、証拠が認められれば間違いなく警察からは逃れられないだろう。
警察署まで同行し、事情聴取を受けて、動画を提出し書類に記載をするとようやく自宅に戻れることになった。
時刻は0時を回っており、月島はとりあえずシャワーを浴びると告げて風呂場へ向かった。
ランニングしてそのままこの事態に巻き込まれたのだ、疲労も相当溜まっているであろうことは想像に容易い。
「明日はお休みでよかったです...」
あかりはこの件が解決する安堵感と、月島への感謝の思いを抱えたままソファに座り、そう呟くと微睡に誘われて静かに眠りについてしまった。
暫くして、シャワーを浴び終えた月島がリビングへ戻ると、彼の目に映ったのはソファに横たわるあかりだった。
「(無理もないか...)」
月島はすやすやと眠る彼女を抱き抱え、ベッドまで運ぶとソッと掛け布団をかける。
なんの警戒心もなくすやすや眠る彼女に、月島は目を逸らしながら早々に背を向けた。歩き出そうとしたところ、Tシャツの裾をクイっと引っ張られ、思うように前に進まないことに驚き後ろを振り向いた。
「....けー、くん...」
寝息を立てる彼女の口から漏れ出したのは、昔の月島の呼び名だった。そしてそれは彼女しか呼んだことのない名前だ。
その言葉に月島は思わず目を開き、Tシャツの裾を掴む指先に触れながらベッド横の床に座りこむ。
もちろんわかっていたが「ああ、やっぱりあの頃のあかりと変わらない」と実感して、込み上げるものを抑えるように思わず唇を噛んだ。
「…おやすみ、あかり」
か細い指先に口づけを落とすと、起こさないようにその手を掛け布団の中にしまい頭を撫でると、後ろ髪をひかれる思いでその部屋を後にしたのだった。