やっぱり君は、君だった
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月曜日の朝、あかりは慌ただしい朝を迎えていた。
「…ねぇ、まだ?」
「待ってください、月島くん...!」
靴を履いて玄関に座る月島は紺色のスーツを見に纏い、同じ色味のネクタイを締め、つまらなそうな表情を浮かべながら膝に肘をつき頬杖をついている。
一方あかりはバタバタと部屋を小走りで駆け回り、全ての部屋の電気を消して、忘れ物はないか確認した後玄関へ向かった。
「お、お待たせしました...!月島くん、お時間大丈夫ですか?」
「僕は大丈夫だけど」
月島は立ち上がりスーツの皺を伸ばす。
ベージュの髪色が紺色のスーツによく合っていて、私服や部屋着とは異なる雰囲気でとても新鮮である。
あかりは月島に目を奪われ、思わず足を止めた。
「ちょっと。いつまで突っ立ってんのさ」
「な、なんでもありません…!さ、行きましょう!」
気を取り直し、あかりも靴を履き外へ出る。
月島はカバンからキーケースを取り出し鍵を閉めた。
「あっ、それ...」
「貰ったんだから使うのは当たり前でしょ」
「ふふ、嬉しいです」
喜びを隠せないあかりは笑顔を浮かべている。
彼は耳を赤くさせながら、キャメルカラーのキーケースは月島のバックにしまい、足早に階段を降りた。
駅に着くと、通勤ラッシュの時間帯に被っており人でごった返している。
「ショッピングモールでも思ったんだけど、やっぱり東京ってすごい人だね」
「そうなのです、この時間帯は特に...月島くん、どこの駅で降りられますか?」
「君が降りる駅の次」
ならば、とあかりは電車の後ろの方へ歩みを進める。月島の降りる駅の階段が近い車両は、他の車両の乗り場よりは人がおらず2人はその場で電車を待った。
「そういえば、月島くんってどんなお仕事を...」
「...学芸員。博物館で勤務することになってる」
予想もしていなかった彼の言葉に、あかりは驚きを隠せない様子で口を開けた。
「ええっ...!もしかして最寄りの博物館ですか!?」
「そう、だけど...なんで知ってるの」
「だって有名ですよ!わぁ、すごいです...」
彼女の素直な尊敬の眼差しに、月島は照れ臭くなり思わず眉間に皺を寄せて顔を背けた。
「大袈裟でしょ」
「そうですか...?でも博物館って、ロマンがありますよねぇ...素敵です...!あっ、電車きましたね」
月島は表情を変えないまま、あかりの後ろから電車に乗り込んだ。
あっという間に乗った扉と反対側の方まで押し流された2人は想像以上に体が密着していることに顔を赤らめて俯いていた。
扉側に押し付けられている月島がふと前をみると、あかりの後ろにサラリーマン風の男がいることに気づき、咄嗟に彼女の腕を引いた。
「君、こっち」
扉の端にあかりを寄せて自分が彼女と男の間に入り壁となるよう立つ。
「ありがとうございます、月島くん」
真正面から向かい合う形でどうしても体が密着してしまうなか、あかりは月島の顔を見上げてお礼を述べた。そんな彼女の姿に顔が沸騰するかのように熱を帯びていく感覚を覚え、月島は片手で自分の顔を覆った。
「(やばい...色々当たって...)」
煩悩が月島を襲う。30秒ほどでとうとう限界を迎えた月島は、自分に背中を向けるようにあかりを反転させた。
「?月島くん、大丈夫ですか?」
「うるさい(あ、だめだ。これはこれで体勢がツライ...)」
突然の彼の行動に疑問符を浮かべるあかりは、月島に背を向けた状態のまま声をかけるが、冷たくあしらわれてしまった。一方月島は脳内で適当な数式を解きながら気を紛らわせている。
「ごめんなさい、でも...具合が悪いのでは...」
彼がそんな状態に陥っているとはつゆ知らず、めげずに気遣うあかりが後ろを振り向き表情を窺おうとした瞬間。月島はあかりの頭が振り向かないように軽く指で抑えて耳元へ口を近づけた。
「シー...黙って」
不意に耳にかかった息と低い声に、あかりは思わず体を硬直させた。その口はパクパクと動いてはいるものの声がでない様子だった。
「(ぷっ...耳まで真っ赤。ちょっと震えてるし)」
心の中で悪戯に笑う月島と、羞恥心で涙を浮かべながら顔から火を吹いているあかりを乗せた電車は、ようやく目的地へと到着した。
あかりは電車を降りると、顔を真っ赤にして月島を見た。
「月島くんの、ばか!!です...!」
頬を膨らませたあかりはそう言い残し、パタパタと走り去っていった。
そんな彼女の様子に、乗客の視線を浴びながら再び電車に揺られる月島は、思わず頬が緩みそうになるのを必死に堪えていた。
「(反則デショ…可愛すぎるんだけど)」
必死に眉間に皺を寄せ頰が緩むのを堪える彼を乗せた電車は無事に隣駅へ到着し、月島は無表情を作りながら職場へ向かうのだった。
まもなく終業時刻を迎える頃、窓の外を見つめながらぼんやりと今朝の月島の姿を思い返していた。
「(月島くん、今日の初出社大丈夫でしたでしょうか...今日はとびきりのご馳走作っちゃいましょう!あ、でも、朝あんな意地悪を...)」
耳元で囁いた彼の声が何度も頭の中で繰り返され、そのたびに心臓が跳ねる。
するとスマホのバイブが鳴り、こっそり画面を見ると
「月島くん」の文字が表示されていた。その名前に、再び心臓の鼓動が早まるのを感じながら、素早くメールをチェックする。
<お疲れ様。何時に終わるの>
短い文章から読み取れる月島らしい気遣いが、あかりの心を温かくさせた。
<お疲れ様です。18時に仕事が終わりますので、最寄り駅には18時45分くらいだと思います!>
<わかった。じゃ駅で>
あかりは彼からの返信を確認するとスマホの画面を切る。その顔は自然と緩んでおり、そんな様子のあかりを山野はどこか冷たい瞳で見つめていた。
「雨音さん、なんか良いことあったんですか?」
「あ、山野さん。い、いえ、特には...」
「へぇ、そうですか...」
山野は隣のデスクから妙に馴れ馴れしい様子で、あかりに近づいた。あかりは想像以上に近付いた彼からスッと体を離しながら、苦笑を浮かべている。
そんなあかりを見透かしたように、山野はどこか棘を含めた声色で冷たく相槌を打った。
「あの、山野さん...?」
いつまでも近い距離を保ったまま動かない山野に、あかりは恐る恐る声をかける。すると彼はにこりと笑顔を張り付けて「何かあったら相談してくださいね」と言葉をかけてデスクへ戻っていった。
そんな山野の様子に違和感を感じながら、それを解決する術も思いつかず、定時を迎え退勤していく人達に紛れて足早に駅へ向かった。
電車を乗り継ぎ、家の最寄り駅へたどり着く。
改札を出ると一際目立つ彼を発見した。スーツ姿の月島はヘッドフォンをつけながらスマホを触っており、彼に目を奪われている人も少なくはないようだった。
「(土曜日出かけた時も、確かに注目されてました...)」
ショッピングモールで心なしか女性たちの視線が痛く感じたことを思い出し、あかりは苦笑を浮かべた。
「.....で、誰がバカなんだっけ」
「あれっ、いつの間に...!あれは、そもそも月島くんがいけないんですから…!」
ぼーっと突っ立っているあかりに気付いた月島は、彼女の目の前に立ち、意地悪な笑みを浮かべていた。
今朝月島のことをバカと言って走り去ったことを思い返したあかりは、狼狽えつつも負けじと口を尖らせて言い返している。
「ふぅん?まぁいいけど」
月島はあかりが持っていた鞄を奪い、自分の鞄と重ねて持った。
「月島くん、いいですよ!私持ちますから...!」
「買い物、いくんでしょ」
慌てて取り返そうとしたが、身長のせいで叶わず、スタスタと月島は歩みを進めてしまう。彼の不器用な優しさに表情を緩ませながら小走りで彼の後ろ姿を追ったのだった。
帰宅後、あかりは初出社のお祝いだと腕によりをかけて料理を振る舞い、全てを平らげた2人は手を合わせて「ご馳走様でした」と口にした。
「僕片付けるから、お風呂入ってきたら?」
「いえっ!今日は初出勤のお祝いですから、月島くんはゆっくりしていてください!」
立ち上がろうとする月島を手で制止し、得意げな表情で早々に片付けを始めたあかり。
月島は、ふっと笑いながら、洗い場に立つ彼女の隣に立った。
「...そういえば、非通知からの連絡は?」
「それが何度か電話があったのですが、なかなかタイミングが...」
料理後のキッチン周りを簡単に綺麗に拭きながら月島は真剣な表情を浮かべていた。
ピリリリリ...
突如鳴り響くスマホに、あかりは体をビクリと硬直させた。ポッケに入れていたスマホを見ると「非通知」の文字がディスプレイに表示されており、思わずあかりは月島を見つめた。
「出たくないなら出なくていいけど。」
「だ、大丈夫です...!」
いつまでも月島に気を遣わせるわけにはいかない、と自分を奮い立たせ、震える指で通話をオンにした。
「も、もしもし...」
<...やぁっと、出てくれたね>
「ひっ...」
低い男の人の声がスマホ越しに聞こえ、あかりは一気に恐怖が込み上げ、涙を浮かべながらスマホを耳から離し月島を見た。
月島は真剣な表情でスマホを取り上げると、スピーカーのボタンを静かにタップした。そして相手に気づかれないように画面収録のボタンをタップする。
「あっ、あの...どちらさま、でしょうか..」
< あかりちゃん、好きだよ、好き、好き...>
彼の行動の意図を理解したあかりは、震えた声でなんとか会話を紡ごうと言葉を発する。電話の相手は息を荒くさせながら、ノイズ混じりの低い声を発していた。
「あ、あの...!もっもう電話、かけるのやめてください...!」
<ひどいなぁ...また今度、ね>
一方的に切れたスマホを月島は握りしめた。
安堵と恐怖心に襲われているあかりは震える体を自分の腕で押さえつけながら、ペタリとその場に座り込んでしまった。
「…暫くは僕がいない時に外に出ないこと。とりあえず警察に被害届を出そう。」
「ご、ごめんなさい。迷惑ばかりかけてしまって...」
心底申し訳なさそうな顔をして、キッチンの床に座り込み涙を浮かべるあかりの様子に、月島は神妙な面持ちでスマホを睨みつけた。
内心、沸るような殺意を抱えていた彼は、それを隠すのが非常に上手かった。無表情を保ちながら彼女と視線を合わせるようにしゃがみ込む。
「別に君が悪いわけじゃないでしょ」
「で、でも...月島くんに迷惑をかけてしまうのが本当に申し訳なくて...」
「迷惑だなんて思ってないから」
彼の言葉は本音であり、心の底から思っていることを伝えてくれていることはわかっていながらも、あかりは落ち込まざるを得なかった。
「明日仕事終わったら、警察行こう。僕も行くから」
「...はい」
キッチンでしゃがみ込む2人。
月島の優しさに、あかりは溢れる涙を抑え切れずポロポロと泣き出してしまった。
「ちょ、なんで泣くの...!」
「...いくらご親戚とはいえ...月島くんは、優しすぎます...どうしてそんなに優しくしてくださるんですか...」
「どうしてって...」
ぎょっとした顔をしている月島は、もう既に出ている彼女の問いの答えを口に出すことができずにいた。あかりは目を伏せたまま涙を床に落とし小さな体を震わせながら「こんなことを言うはずではなかったのに」と奥歯を噛み締めている。
「(何も覚えていない君に、言えるはず、ないでしょ)」
「...っごめんなさい...あの、洗い物このままで大丈夫ですので!私先にお風呂いただいちゃいますね」
無理矢理に作った笑顔を張り付けて、あかりは立ち上がると小走りでリビングを出た。
お風呂場へ駆け込むあかりは、扉を閉めてため息を吐いた。
「(こんな歳になって、本当に情けないです...)」
あかりは扉に背を預け項垂れながら両手で顔を覆い、月島への罪悪感と自責の念に駆られ、思わず溜息が漏れ出てしまった。
一方月島は彼女がキッチンから去ったあと、力無く立ち上がり洗い物を続けながら、ぼんやりと昔のことを思い出していた。
———————————————
「けーくん、あそぼ!」
思い出されるのは、5歳の頃よく家に遊びに来ていた5つ年上の女の子のことだった。屈託のない笑顔で毎日のように家のインターホンを押す彼女を、言葉では拒みながらも、どこか嬉しく思いながら僕は受け入れていた。
「ひまなの、きみ」
「けーくんだって暇でしょ!遊ぼうよ!今日もバレーボールだよ!」
2階の部屋の窓から玄関先でバレーボールを抱き締めながら満面の笑みを浮かべる女の子。
僕は「しょうがないな」と口にしながら、満更でもない表情をしていたと思う。
「あ!あきくんもあそぼー!バレーボール教えてよー!」
「うん、遊ぼう!今いくね!」
僕の背後から現れた、兄である明光は彼女の呼びかけに手を振りながら笑顔で答えていて、何故だかその光景に嫉妬した僕はあからさまにムッとした顔をした。
「ぼく、いかない。兄ちゃんだけいけばいいじゃん」
「えー?けーくん、なあにー?聞こえないよー」
兄にだけ聞こえるほどの小さな声で、僕は自分が思う以上に不機嫌そうな声を発していた。兄は苦笑いを浮かべながら指先で頭を掻いている。
兄だけ玄関に降りて彼女に事情を説明すると、
次の瞬間には、「おじゃまします!」と女の子の大きな声が響き、どかどかと足音を鳴らして僕の部屋まで走ってきた。そして次期にバンっと大きな音を立てながら扉が開かれる。
「けーくん!なんできてくれないの!」
「別に...兄ちゃんとやればいいでしょ」
いじけてゲーム機を弄る僕の言葉に、彼女はさらに頬を膨らませた。
「や、だ!」
「なにが...って、ちょっと...!」
「けーくんいなきゃ嫌だよ!一緒にいくの!」
僕の手に握られているゲーム機を無理矢理奪い、仁王立ちしている彼女の顔は少し怒っているようにもみえた。
一向に立ち上がろうとしない僕に痺れを切らした彼女は、小さな手で僕の手を取った。
「けーくんいないと遊びたくない!だから一緒にいくの!」
彼女流の屁理屈に似た説得は、僕にとって不機嫌になった理由を簡単に吹き飛ばすほど十分なものだった。
「わ、わかったから...」
「えへへ、ほらいこ!けーくん大好き!」
ようやく重い腰をあげた僕の方を振り返り、屈託のない笑顔を浮かべる彼女に、僕は言葉通り、心を奪われたのだ。
「...そ」
精一杯の照れ隠しで素っ気なく返事をする僕と、鼻歌混じりに僕の手を引き玄関へ向かう彼女。
窓を開けっ放しにしていたせいで、僕らの会話は外に丸聞こえで、玄関外で待ちぼうけを食らっていた兄は顔を真っ赤にしながら僕らを出迎えたのだった。
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色々なことがあったけれど、平凡で、楽しい日々を過ごしていたが、僕が小学生2年生に上がる直前、突然彼女はその町から姿を消した。
親に聞くところ、”大人の事情”で遠いところに行ってしまった、とのことだった。
彼女に会いたいと何度も思ったが、時は既に遅く、追いかけることも行方を知ることもできずに、彼女のいない日々をただ過ごすことしかできずにいた。
あれから大学を卒業したあとも彼女を忘れられず、意を決して親や親戚たちに彼女の居場所を聞き、ようやくまた会えたのだ。
< どうしてそんなに優しくしてくださるんですか...>
「(そんなの、理由なんか決まってるでしょ...)」
彼が出した問いの答えは、ただひとつだった。
明確にその答えを導き出せるが、それを彼女に伝えられないもどかしさに思わず溜息を漏らした。
次の日、警察には被害届と合わせて音声のデータを提出するも具体的に捜査をするなどの動きは見られず、端的に言えば「実害が出るまで動けない」ということだった。
まるでこちらの動きを察知するかのように「非通知」からの連絡はぴたりと止み、暫くは警戒しながらも平穏な日々が続いたのだった。