冷たい雨と、温かいココア、それから
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午後のHRで、窓際に座る神永 葵は頬杖を付きながら窓の外を眺めた。
お昼過ぎたあたりから急にどんよりとした分厚い雲に覆われた空は、今にも雨が降り出しそうである。しかし今の季節は冬。グッと下がった気温に雪が降るかも、と同級生たちの楽しげな会話が耳に入ってきた。
「(雪ならいいんだけどなぁ)」
少し雪がチラつくくらい、傘は要らないし家もそんなに遠くはないため寒さを我慢すればなんてこともないだろう。
そもそも、今日の天気予報は晴れのはずで傘は必要ないと言っていたのに、と口を尖らせている間に気付けばHRは終わり皆部活や帰宅のためバラバラと席を立ち始めている。
「葵、帰りマック寄ろ〜よ〜」
「あ、ごめん…!今日委員会があるんだ…」
「うわまじか、大変だね…頑張って!明日また行こ!お疲れ〜!」
友人からの誘いを仕方なく断りその背中を見送ると、スクールバックに荷物を収め委員会集会の教室へ向かうのだった。
3年生主導で始まる委員会では、発言したり意見しようとする1年はおらず各々が別事を考えたり話を聞いてる素振りをみせたりしている。
そのおかげもあってかスムーズに事は進み、30分ほどで終了した委員会は散会となった。
なんとか持ち堪えた空の様子に安堵しながら席を立つ葵の足を止めたのは、担任の先生だった。
「神永ー、悪い!手伝って欲しいんだけど頼めるかー?」
「あ、はい…!」
咄嗟に声をかけられ頷いてしまった自分を憎みながら、仕方ないと内心溜息を吐き先生の後に付いていく。
この天気のせいかもうほとんど残っている生徒はおらず、空っぽの教室をいくつか通りすぎ、辿り着いたのは自分の教室であった。入ると、大量に積み重ねられた書類が机上に目に入った。
まさか、と思いながら先生を見つめると両手を合わせながら「すまん」という表情を浮かべている。
「悪い、先生この後会議が入っててな…明日までにこれをまとめなきゃならんのだ…」
頼まれたのは資料のホッチキス止めという地味な事務作業だった。ちらりと時計に目をやると16時過ぎ。
1時間もあれば終わるだろうと、葵は「わかりました」と頷いた。
先生はその反応に安心した様子でもう一度「悪いな」と謝るとバタバタと忙しなく走り去っていってしまった。
「やりますか…」
ため息混じりにそう呟きながら荷物を下ろし、早速作業に取り掛かるのだった。
夕方といえど、分厚い雲のせいで既に外はほの暗くなっており、寒さが増しつつある。葵はそんな空模様に急かされるように作業を進めていたが、とうとう雨が降り始めてしまった。
「(そういえば今日占い12位だったなー…)」
朝、天気予報の次のコーナーで何となく見ていた星座占い。彼女の星座、天秤座は残念ながら12位だった。いつもは順位など気にしないタイプであり、内容も覚えてはいないが、こうもタイミングが悪いとその順位に納得せざるを得なかった。
そうしてようやく作業を終えた頃、時刻は17時前で雨は本格的に降り出していた。
急いでホッチキス止めされた書類をまとめて教卓に移動させると、教室の電気を消し小走りで昇降口へ向かうのだった。
既に校内の電気は疎らで、心細さを感じながら下駄箱で靴を履き替える。しかし容赦なく降り続く雨を前に傘のない葵の足は前に進まず、辛うじて屋根のある昇降口で空を見上げていた。
マフラーに顔を埋めながら両手を擦り寄せ、寒さに身体を震わせる。地域柄寒さには慣れている方だといえども、寒いものは寒いのだ。
すると後ろの下駄箱で物音が聞こえ、葵は思わず体を強ばらせた。他の生徒が残っていたのだろうか、既に誰も残っていないだろうと思っていた葵は「もしかして幽霊とか」と突拍子もない想像を過ぎらせながらゆっくり振り向いた。
そこには首からヘッドフォンをかけている同じクラスの男の子が靴を履いている姿があった。彼と目が合った葵は微妙な気まずさからぺこりと頭を下げ、すぐに顔を逸らすように前を向いた。
「(ひ、人だった…しかも同じクラスの怖い人…月島さんだ…)」
彼は1年のなかでも有名人で、高身長且つルックスの良さから告白で女生徒に呼び出される場面を葵は何度も目撃していた。
しかしその告白が成功した者はおらず、興味ないの一点張りで冷たくあしらわれてしまうようで、性格が悪いだの、冷酷な人だのと、よからぬ噂まで流れている。
月島とは同じクラスではあるが1度も会話したことも無く、自分とは縁遠い存在だと認識していたためその噂の真相がどちらであれ葵にとってはあまり気にしてはいなかった。しかし、近くで見るとより一層彼のオーラのようなものを感じ怖さが勝ってしまう。
そんな思考を巡らせていると、彼は折り畳み傘を鞄から取り出しながら葵の横で1度足を止めた。
「君、傘ないの」
「えっ、あ…う、うん。」
ほとんど感情の読み取れない声に、葵はドキッと心臓が跳ねるのを感じながらしどろもどろになりながら頷いた。
ふぅん、と適当な返答を返す彼は何故かその場から動こうとしない。葵はハッして隣に立つ彼を見上げた。
「あ、気にしないで、雨収まるまで待つから…」
もしかして帰りずらいのではと気付き、寒さで鼻を赤らめた葵は白い息を吐きながらにこりと笑った。
「……家、どこなの」
「えと、ここから歩いて10分くらいかな…坂ノ下商店の近くなんだ」
月島の問いを不思議に思いながら答えると、数秒の間を置いて彼は溜息を吐いた。思わずそれに肩をびくりとさせる。
「(ひっ溜息…!怖い…!)」
「……通り道だし、送る」
「……え!?」
聞き間違いかとも思い、何度も彼の言葉を頭の中で繰り返す。その意味を理解した瞬間、予想以上に大きな声が出てしまい葵は口を抑えた。
「…この雨、夜中まで止まないらしいよ。まぁ濡れて帰りたいならいいけど」
「そ、そうなの…!?……すみません、じゃあお言葉に甘えて…」
スマホで天気予報を確認すらしていなかった葵は驚愕の表情を浮かべたあと、申し訳なさそうに眉を落としながら彼を見上げ「ありがとう」と笑みを向けた。彼はふいっと顔を逸らしながら傘を差す。
「なにしてんの?早く入んなよ」
「し、失礼します…!」
いつまでも屋根の下で動けずにいる葵に、月島は眉間に皺を寄せながら声をかける。その声に慌てて頭を下げ同じ傘に入らせてもらうのだった。
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