赤い星が消えるまで
――……ミュ
――……カミュ
――カミュ、カミュ!……カミュってば!
「おきろーー!!カミューーっ!!」
「……んぁ……!?うおおおおおっ!?」
パチリと目を開けば、眼前に迫り来る火球。
オレは寸でのところでそれを回避し、術者に対し文句を言う。
「危ねぇな!何しやがる!」
「ふん。アンタがいつまでたっても目を覚まさないのがいけないんでしょ!」
「だからってメラ投げつける奴がどこに……」
言いかけて、ようやく術者の姿を認識し――息が止まる。
赤いワンピースに身を包み、気の強そうな瞳でこちらを睨みつけているのは、小柄な金髪の少女。オレ達の仲間の魔法使い――
「…………ベロニカ」
「な、何よ。ユーレイでも見たような顔して急に黙っちゃって。調子狂うじゃない」
「そう、だな……」
ベロニカが生きて、目の前にいる。その事実にオレの心臓は破裂しそうな程早く脈打っていた。
バクバクと、音が外に聞こえてしまうんじゃないかとすら思うソレを無理やりに落ちつかせながら、オレは状況整理を始める。
「なぁ、ベロニカ。今何時だ?」
「14時。全く、自由行動になってから姿が見えないと思ったら、こんなとこで昼寝なんて。ここ、アタシのお気に入りなのよ。勝手に使わないでくれる?」
「……お気に入り……」
その言葉でようやくオレがどこにいるのか把握できた。ここは聖地ラムダ。セーニャとベロニカの故郷であり、命の大樹のお膝元の里。
そして、オレが昼寝をしていたと言うこの場所は、二人のお気に入りの森であり――……ベロニカの命が、終わりを迎えた場所だった。
「えっ!?ち、ちょっとアンタ……」
オレは無意識に涙を流してしまったらしい。とんでもないものを見たと言わんばかりのベロニカは硬直し、「つ、つ、疲れてるならもう少し休んでれば!?」とガッタガタの声で言ってきた。
その言葉に甘えようかとも思ったが、この場所にいてはいつまで経っても感傷から抜けられないと感じ、ラムダへと戻ることを決める。
軽く手を振ってベロニカと別れようとする直前、声をかけられた。
「その……大丈夫なの」
「何だよ、心配してくれんのか」
「そりゃ、あんなもん見たら……ちょっとはするでしょ、仲間なんだし」
「……そっか、ありがとな」
「……。やっぱ変よ、今日のアンタ……」
――そうだろうな。オレはもう、昨日までここにいたオレじゃないんだから。
------------------------
ラムダに戻り、酒場で水を一杯もらってようやく、ふぅ、と息を吐く。どうにか落ちつくことが出来たオレは、改めて状況把握を行うことにした。
崩壊していないラムダ。生きているベロニカ。ということは――今は命の大樹に行く前、始祖の森に入る直前の段階か。
今回は前回と違い、オレの記憶がしっかりと保たれている。その上、オレが着ているこの装備……間違いない。一つ前とほぼ同じ流れでここまで辿り着いたのだろう。
(となると、今度こそオレの記憶が役に立つか?)
水を一口飲み、とはいえ、と考え直す。
この先の出来事が前回と全く同じように起こるのだとしたら、記憶があろうがなかろうがあまり関係しないかもしれない。大樹が奪われ、大地が燃えたのはあの騎士――ホメロスに攻撃が全く通らず、ウルノーガの策謀を止めることが叶わなかったからだ。
(――記憶だけあっても、意外とどうにもならないもんだな)
ウルノーガに勇者の剣が渡れば、世界は一度終わる。例えその先に勇者による救済があるとしても、再び多くの命が失われ、空は絶望の闇に覆われるだろう。
そうなれば、きっとまたアイツは――……。
「……ッ!?ゲホッ、ガハッ……!」
急に、喉からせり上がるような不快感を感じて噎せてしまう。咄嗟に口元を抑えた手の平の中にあったのは……。
「……血?……っ、ぐ!今度は、なんだよ……!」
その赤を認識した途端、激しい頭痛に見舞われる。
――――わしが見て分かるほど擦り切れたその魂では、辿り着いた瞬間に消え尽きるのがオチだろうよ
「……は、成程。こういうことか」
兄ちゃん大丈夫か、と心配してくる店員の声を無視し、激しい痛みと吐き気で倒れそうな体をどうにか外へと動かしていく。
人に見られない場所……までは厳しいが、まぁ、酒場の近くで吐く分には誤魔化しも利くだろう。少し飲みすぎた馬鹿な男とでも思ってもらえれば万々歳だ。
「ぐ、ごほっ……げぇっ……ガハッ……!はぁ、はぁ……」
――地面に汚らしい、赤黒の液体が広がる。
「……死んでたまるか」
誰かに怪しまれぬよう土砂をかけて血だまりを潰す。恐らく酷い顔色のまま呟いてしまった言葉には、呪いに等しい響きがあった。
そうだ、死んでたまるか。二度も光に焼かれてアイツを追って来たんだ。約束を果たすまで何があっても死んでなどやるものか。
------------------------
「みんなー、探して来たわよーー!」
自由時間を過ぎ大聖堂で説明を受けた後、何故か相棒の姿が見えなくなり、みんなで探すことになった。結果としてベロニカが見つけてきてくれたわけだが……。
「ごめんね、待たせちゃったみたいで」
(……もしやと思っていたが、やっぱりそうか)
彼の様子は普段通りのふわふわとしたものだったが、少しだけ――ほんの少しだけ、目が赤くなっていた。その様子に、オレは若干ほっとしたような気分になる。
……あの金髪が目の前にいたら、我慢するのもキツイよな。密かに苦笑して、同意する。
「それじゃあ行こうか、始祖の森に」
頷きながら、オレは安堵する。もう仲間なのだからと然程心配はしていなかったが、それでも、今回もまた勇者と出会い、勇者の傍に在れるという事実に喜びを隠せなかった。
------------------------
――始祖の森を進む道すがら、【前回の今】では使えなかったはずの技を振い、慣れたように先を進んで行く勇者。オレも少し【前回】の自分が使えていた技を試してみたものの、力が行き渡る感覚すらなかった。
前回は【一つ前の自分】とはまったく違うものとして力をつけてきたため気にもしていなかったのだが、今回ダメなのは……やはり強引に時を渡って来た弊害なのだろうか。
まぁ、勇者の力もない奴がこちらに来れているだけでも奇跡なのだし、大して気にするようなことでもないかもしれない。
(それに、力を引き継げていたところで、オレにホメロスの奴を止めることはできない)
迷うことなく森を突き進む相棒の様子を眺めながら、軽く唇を噛む。
オレは勇者じゃない。オレに勇者の力はない。だから何度巡ったところでそれは自己満足で、世界の為になるようなことはない。今のオレに出来るのは、彼の勇者の力に、勇者の運命に期待をかけることだけ。
「……カミュ?どうかした?ボクの顔に何かついてる?」
「いいや――何でも。ちょっと考え事してただけだ」
(……だからこそ、オレの身勝手な時渡りが成功したのかもな)
小さく自嘲して、彼の隣へと足を進める。じきに森を抜け、大樹に至る祭壇へと辿り着くだろう。
その先の未来がどうか知らぬものであることを祈りながら、オレは身勝手に、頼むぞ、と相棒の背を叩くのだった。
------------------------
――――――――
――――――
―――……
「……っ!ぐぅっ……く、また、かよ……っ!」
――眠る前に訪れる、強烈な頭痛。
相棒と出会ってからは日中になることだけはなくなったので戦闘や探索に支障をきたすことはないものの、こう毎晩毎晩来られては堪ったものではない。
「はぁ……。その内、誰かに勘付かれそうだな、これじゃ……」
「あら、何が勘付かれそうなのかしら?」
「……シルビアのおっさん」
ハーイ、と軽く声をかけてきたが、その瞳には軽率さのかけらもない。
「カミュちゃん、ラムダから先ずっと変よ。……いいえ、変と言うよりも――辛そうって言った方が正しいかしらね」
「……」
……とっくにバレてたのか。確かに一番先に気づきそうな奴だと思ってはいたが、まさか初めからとは。
「アタシ達、王様に巣食っていたウルノーガちゃんを倒してから、ずっと邪神ちゃんを倒すための準備をしてきたわ。神の民ちゃんや預言者ちゃん達の力も借りてね。そして明日、アタシ達は邪神ちゃんに挑む。……あの黒い太陽に、ケトスちゃんでドカンと突っ込む」
「…………」
「直前にこんなこと言うのは少しズルくて、酷いかもしれないけれど」
はぁ、と息を吐くシルビア。それは呆れなどではなく、自分自身を落ちつかせるためのもののように聴こえた。
「カミュちゃん、そんな体で本当に戦えるの?」
――役に立たないとか、戦力外だとか、そういうことを言いたいのではなく。
シルビアは本当に、心の底から、オレの体調を心配してそう言ってくれているようだった。
使い物にならない奴がついてくるとどれだけ足手まといになるか分かっているはずのシルビアは、それでもオレにこんな風に問いかけてくるのだから、なんと美しい心だろうかと思う。……ああ、本当に。
(【勇者の仲間達】は、こんなにも魂が綺麗で)
ふ、と小さく笑みを漏らす。オレはなるだけ軽い口調で、問いへの答えを返した。
「心配しなくとも、全てが終わるまでぶっ倒れたりしないさ、安心しな。それに足手まといになるくらいなら、自分から後方支援に回ってやる」
「……そう」
けれど変わらずシルビアの声は暗く、気配も消えることはない。さて、とオレが考え始めると、「じゃあもう一つ」とまた言葉が続けられた。
「あの時、預言者ちゃんに何を言われたの」
「…………」
――ああ、アレも見られてたのか。全く、本当に目聡い姐さんだ。オレは返事を言葉に出すことをしないまま、【こちら】で預言者に会った時のことを思い返す。
――――――――
――――――
―――……
――――待て、盗賊。お前……何があったか分からんが、そんな擦り切れ切った魂で良くこの場に立ち続けていられるものだな
――――そりゃどーも
――――馬鹿者、褒めている訳ではないわ。真っ当に生きていればただの人間の魂がそこまで傷つくことなどありはせん。お前、一体何をした?
――――さぁ?前世で神様をハゲにする呪いでもかけたんじゃねーの
――――……そんな冗談を言っているような状態ではないとまだ分からんのか。今やお前の体はそうして動いている事が奇跡。お前の寿命も、本来のものより遥かに短くなっておるのだぞ
――――寿命、ねぇ。具体的にどんくらいとか分かるのか?
――――……早くて一年、もって数年じゃ。お前が孫の顔を見ることはないだろうな
――――そうかい。だがまぁ……そんだけあれば充分だ
――――お前、何を言って……
――――ああ、もう時間らしいぜ。じゃあな、お節介な預言者さん。オレはオレの命が尽きるまでに、オレが成すべきことを成してやる
――――……今度こそ、な
――――――――
――――――
―――……
「……カミュちゃん?」
「何も」
「え?」
しばらく黙っていたオレに訝しげに声をかけたシルビアに対し、オレはようやく声を返した。
「大したことは何も。ただ、オレはアイツに導かれて勇者サマに巡り合ったからな。その礼を言ってただけさ」
「…………」
あーあー。まるで信じてねぇ目で見てくれちゃって。ま、ウソしか言ってないのだから、おっさんの反応は正しいんだが。
「……本当のコト話すつもりがないなら、それでも構わないけれど」
優しいため息交じりに、柔らかく眉間に皺を寄せるシルビア。
「カミュちゃん。アナタは一人じゃないってこと、忘れないでね」
「……そうだな」
おやすみなさい、と去っていく背を横目で見送る。
――明日は、邪神ニズゼルファとの決戦。【一度目】と違い、勇者は二つの剣を携え、仲間達は自分なりの強さを手にしている。
「もうアイツを、過去になど送らせない」
今度こそ全てを終わらせる。
世界のためなどではなく、ただアイツのために。
――……カミュ
――カミュ、カミュ!……カミュってば!
「おきろーー!!カミューーっ!!」
「……んぁ……!?うおおおおおっ!?」
パチリと目を開けば、眼前に迫り来る火球。
オレは寸でのところでそれを回避し、術者に対し文句を言う。
「危ねぇな!何しやがる!」
「ふん。アンタがいつまでたっても目を覚まさないのがいけないんでしょ!」
「だからってメラ投げつける奴がどこに……」
言いかけて、ようやく術者の姿を認識し――息が止まる。
赤いワンピースに身を包み、気の強そうな瞳でこちらを睨みつけているのは、小柄な金髪の少女。オレ達の仲間の魔法使い――
「…………ベロニカ」
「な、何よ。ユーレイでも見たような顔して急に黙っちゃって。調子狂うじゃない」
「そう、だな……」
ベロニカが生きて、目の前にいる。その事実にオレの心臓は破裂しそうな程早く脈打っていた。
バクバクと、音が外に聞こえてしまうんじゃないかとすら思うソレを無理やりに落ちつかせながら、オレは状況整理を始める。
「なぁ、ベロニカ。今何時だ?」
「14時。全く、自由行動になってから姿が見えないと思ったら、こんなとこで昼寝なんて。ここ、アタシのお気に入りなのよ。勝手に使わないでくれる?」
「……お気に入り……」
その言葉でようやくオレがどこにいるのか把握できた。ここは聖地ラムダ。セーニャとベロニカの故郷であり、命の大樹のお膝元の里。
そして、オレが昼寝をしていたと言うこの場所は、二人のお気に入りの森であり――……ベロニカの命が、終わりを迎えた場所だった。
「えっ!?ち、ちょっとアンタ……」
オレは無意識に涙を流してしまったらしい。とんでもないものを見たと言わんばかりのベロニカは硬直し、「つ、つ、疲れてるならもう少し休んでれば!?」とガッタガタの声で言ってきた。
その言葉に甘えようかとも思ったが、この場所にいてはいつまで経っても感傷から抜けられないと感じ、ラムダへと戻ることを決める。
軽く手を振ってベロニカと別れようとする直前、声をかけられた。
「その……大丈夫なの」
「何だよ、心配してくれんのか」
「そりゃ、あんなもん見たら……ちょっとはするでしょ、仲間なんだし」
「……そっか、ありがとな」
「……。やっぱ変よ、今日のアンタ……」
――そうだろうな。オレはもう、昨日までここにいたオレじゃないんだから。
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ラムダに戻り、酒場で水を一杯もらってようやく、ふぅ、と息を吐く。どうにか落ちつくことが出来たオレは、改めて状況把握を行うことにした。
崩壊していないラムダ。生きているベロニカ。ということは――今は命の大樹に行く前、始祖の森に入る直前の段階か。
今回は前回と違い、オレの記憶がしっかりと保たれている。その上、オレが着ているこの装備……間違いない。一つ前とほぼ同じ流れでここまで辿り着いたのだろう。
(となると、今度こそオレの記憶が役に立つか?)
水を一口飲み、とはいえ、と考え直す。
この先の出来事が前回と全く同じように起こるのだとしたら、記憶があろうがなかろうがあまり関係しないかもしれない。大樹が奪われ、大地が燃えたのはあの騎士――ホメロスに攻撃が全く通らず、ウルノーガの策謀を止めることが叶わなかったからだ。
(――記憶だけあっても、意外とどうにもならないもんだな)
ウルノーガに勇者の剣が渡れば、世界は一度終わる。例えその先に勇者による救済があるとしても、再び多くの命が失われ、空は絶望の闇に覆われるだろう。
そうなれば、きっとまたアイツは――……。
「……ッ!?ゲホッ、ガハッ……!」
急に、喉からせり上がるような不快感を感じて噎せてしまう。咄嗟に口元を抑えた手の平の中にあったのは……。
「……血?……っ、ぐ!今度は、なんだよ……!」
その赤を認識した途端、激しい頭痛に見舞われる。
――――わしが見て分かるほど擦り切れたその魂では、辿り着いた瞬間に消え尽きるのがオチだろうよ
「……は、成程。こういうことか」
兄ちゃん大丈夫か、と心配してくる店員の声を無視し、激しい痛みと吐き気で倒れそうな体をどうにか外へと動かしていく。
人に見られない場所……までは厳しいが、まぁ、酒場の近くで吐く分には誤魔化しも利くだろう。少し飲みすぎた馬鹿な男とでも思ってもらえれば万々歳だ。
「ぐ、ごほっ……げぇっ……ガハッ……!はぁ、はぁ……」
――地面に汚らしい、赤黒の液体が広がる。
「……死んでたまるか」
誰かに怪しまれぬよう土砂をかけて血だまりを潰す。恐らく酷い顔色のまま呟いてしまった言葉には、呪いに等しい響きがあった。
そうだ、死んでたまるか。二度も光に焼かれてアイツを追って来たんだ。約束を果たすまで何があっても死んでなどやるものか。
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「みんなー、探して来たわよーー!」
自由時間を過ぎ大聖堂で説明を受けた後、何故か相棒の姿が見えなくなり、みんなで探すことになった。結果としてベロニカが見つけてきてくれたわけだが……。
「ごめんね、待たせちゃったみたいで」
(……もしやと思っていたが、やっぱりそうか)
彼の様子は普段通りのふわふわとしたものだったが、少しだけ――ほんの少しだけ、目が赤くなっていた。その様子に、オレは若干ほっとしたような気分になる。
……あの金髪が目の前にいたら、我慢するのもキツイよな。密かに苦笑して、同意する。
「それじゃあ行こうか、始祖の森に」
頷きながら、オレは安堵する。もう仲間なのだからと然程心配はしていなかったが、それでも、今回もまた勇者と出会い、勇者の傍に在れるという事実に喜びを隠せなかった。
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――始祖の森を進む道すがら、【前回の今】では使えなかったはずの技を振い、慣れたように先を進んで行く勇者。オレも少し【前回】の自分が使えていた技を試してみたものの、力が行き渡る感覚すらなかった。
前回は【一つ前の自分】とはまったく違うものとして力をつけてきたため気にもしていなかったのだが、今回ダメなのは……やはり強引に時を渡って来た弊害なのだろうか。
まぁ、勇者の力もない奴がこちらに来れているだけでも奇跡なのだし、大して気にするようなことでもないかもしれない。
(それに、力を引き継げていたところで、オレにホメロスの奴を止めることはできない)
迷うことなく森を突き進む相棒の様子を眺めながら、軽く唇を噛む。
オレは勇者じゃない。オレに勇者の力はない。だから何度巡ったところでそれは自己満足で、世界の為になるようなことはない。今のオレに出来るのは、彼の勇者の力に、勇者の運命に期待をかけることだけ。
「……カミュ?どうかした?ボクの顔に何かついてる?」
「いいや――何でも。ちょっと考え事してただけだ」
(……だからこそ、オレの身勝手な時渡りが成功したのかもな)
小さく自嘲して、彼の隣へと足を進める。じきに森を抜け、大樹に至る祭壇へと辿り着くだろう。
その先の未来がどうか知らぬものであることを祈りながら、オレは身勝手に、頼むぞ、と相棒の背を叩くのだった。
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――――――
―――……
「……っ!ぐぅっ……く、また、かよ……っ!」
――眠る前に訪れる、強烈な頭痛。
相棒と出会ってからは日中になることだけはなくなったので戦闘や探索に支障をきたすことはないものの、こう毎晩毎晩来られては堪ったものではない。
「はぁ……。その内、誰かに勘付かれそうだな、これじゃ……」
「あら、何が勘付かれそうなのかしら?」
「……シルビアのおっさん」
ハーイ、と軽く声をかけてきたが、その瞳には軽率さのかけらもない。
「カミュちゃん、ラムダから先ずっと変よ。……いいえ、変と言うよりも――辛そうって言った方が正しいかしらね」
「……」
……とっくにバレてたのか。確かに一番先に気づきそうな奴だと思ってはいたが、まさか初めからとは。
「アタシ達、王様に巣食っていたウルノーガちゃんを倒してから、ずっと邪神ちゃんを倒すための準備をしてきたわ。神の民ちゃんや預言者ちゃん達の力も借りてね。そして明日、アタシ達は邪神ちゃんに挑む。……あの黒い太陽に、ケトスちゃんでドカンと突っ込む」
「…………」
「直前にこんなこと言うのは少しズルくて、酷いかもしれないけれど」
はぁ、と息を吐くシルビア。それは呆れなどではなく、自分自身を落ちつかせるためのもののように聴こえた。
「カミュちゃん、そんな体で本当に戦えるの?」
――役に立たないとか、戦力外だとか、そういうことを言いたいのではなく。
シルビアは本当に、心の底から、オレの体調を心配してそう言ってくれているようだった。
使い物にならない奴がついてくるとどれだけ足手まといになるか分かっているはずのシルビアは、それでもオレにこんな風に問いかけてくるのだから、なんと美しい心だろうかと思う。……ああ、本当に。
(【勇者の仲間達】は、こんなにも魂が綺麗で)
ふ、と小さく笑みを漏らす。オレはなるだけ軽い口調で、問いへの答えを返した。
「心配しなくとも、全てが終わるまでぶっ倒れたりしないさ、安心しな。それに足手まといになるくらいなら、自分から後方支援に回ってやる」
「……そう」
けれど変わらずシルビアの声は暗く、気配も消えることはない。さて、とオレが考え始めると、「じゃあもう一つ」とまた言葉が続けられた。
「あの時、預言者ちゃんに何を言われたの」
「…………」
――ああ、アレも見られてたのか。全く、本当に目聡い姐さんだ。オレは返事を言葉に出すことをしないまま、【こちら】で預言者に会った時のことを思い返す。
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―――……
――――待て、盗賊。お前……何があったか分からんが、そんな擦り切れ切った魂で良くこの場に立ち続けていられるものだな
――――そりゃどーも
――――馬鹿者、褒めている訳ではないわ。真っ当に生きていればただの人間の魂がそこまで傷つくことなどありはせん。お前、一体何をした?
――――さぁ?前世で神様をハゲにする呪いでもかけたんじゃねーの
――――……そんな冗談を言っているような状態ではないとまだ分からんのか。今やお前の体はそうして動いている事が奇跡。お前の寿命も、本来のものより遥かに短くなっておるのだぞ
――――寿命、ねぇ。具体的にどんくらいとか分かるのか?
――――……早くて一年、もって数年じゃ。お前が孫の顔を見ることはないだろうな
――――そうかい。だがまぁ……そんだけあれば充分だ
――――お前、何を言って……
――――ああ、もう時間らしいぜ。じゃあな、お節介な預言者さん。オレはオレの命が尽きるまでに、オレが成すべきことを成してやる
――――……今度こそ、な
――――――――
――――――
―――……
「……カミュちゃん?」
「何も」
「え?」
しばらく黙っていたオレに訝しげに声をかけたシルビアに対し、オレはようやく声を返した。
「大したことは何も。ただ、オレはアイツに導かれて勇者サマに巡り合ったからな。その礼を言ってただけさ」
「…………」
あーあー。まるで信じてねぇ目で見てくれちゃって。ま、ウソしか言ってないのだから、おっさんの反応は正しいんだが。
「……本当のコト話すつもりがないなら、それでも構わないけれど」
優しいため息交じりに、柔らかく眉間に皺を寄せるシルビア。
「カミュちゃん。アナタは一人じゃないってこと、忘れないでね」
「……そうだな」
おやすみなさい、と去っていく背を横目で見送る。
――明日は、邪神ニズゼルファとの決戦。【一度目】と違い、勇者は二つの剣を携え、仲間達は自分なりの強さを手にしている。
「もうアイツを、過去になど送らせない」
今度こそ全てを終わらせる。
世界のためなどではなく、ただアイツのために。