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赤い星が消えるまで

 ――――ダメだ、攻撃が全然通ってない!
 ――――魔法もダメってどーなってんのよ!
 ――――……くそ、このままじゃ……!

 ――――……嘘よ、こんなのって……
 ――――そんな、命の大樹が……


 ――――……お願い、みんな……世界を……!


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――――――――
――――――
―――……

 ……、…………?

「う、うう……」

 からだが、痛い。……めを、開かなければ。

「あ……」

 重い瞼をどうにか持ち上げ、視界に世界を取り込む。

「……ここは……どこだ……?」

 見慣れない風景にオレは困惑する。どうしてこんなところにいるのだろう。
 理由と原因を探るため記憶を漁ろうとして……。

「……?えっと、あれ……?」

 ……思い出せない。直近のどうこうではなく――何もかも、思い出せることがない。

 ――――約束、……してね……

「……やくそく……」

 空っぽの記憶領域から、わずかな言葉を拾い上げる。そうだ、オレは何か……大切な約束をしていたような……

 ぐぎゅるるるるる。

「…………」

 欠片でもいい、と脳から情報を集めようとすると、盛大に腹が鳴ってしまった。
 ……お、お腹空いた。そういえばオレ、一体いつからここに倒れていたんだろうか。数日前から……とかだったら、腹が空っぽでも不思議はないけれど……。

 ぐぎゅるるるるる~~~。

「……うう~……」

 ダメだ。一度認識したら何か食べたいという気持ちしかわいてこなくなってしまった。ひとまず何か食べるものを……と周囲を軽く探してみる。
 が、残念ながら目ぼしいものは何もなく、あったのは……。

「大きな、船……」


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「誰もいない……」

 良くないことだとはわかりつつも、息を潜めて船に忍び込む。運良く……と言っていいのか、船員は全員出払っているようだった。
 これならささっと食糧庫から食べ物を頂いて抜け出せるかもしれない!

「し、失礼しま~す……」

 声をかけたところで意味がないことは分かっているが、それでも何となく口にしてしまう。
 キョロキョロとすぐに食べられそうなものを探し――……あった!

「ごめんなさい……頂きますっ!」


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「……それでここにいたって訳ね」

 うーん、と優しい声色のまま悩まし気に眉を顰める……シルビア?と呼ばれた人。
 勝手に忍び込んだ挙句食糧庫まで荒らしたのに、船に戻ってきた人々はオレをなんとも言えない表情で見つめたり、仲間同士互いに顔を見合わせるばかりで、一向に追い出そうとしない。

「どうしましょ?カミュちゃんのこと、放っておくわけにいかないわよね?」
「それはもちろん。けど……」

 ううん、と今度はさらさらヘアーの青年が悩み始める。どうやらこの人たちはオレのことを知っているらしい。なら……!

「あ、あの……っ!オレも一緒に行っちゃだめですか!?」
「えっ?でも、いいの?」
「……その、ご迷惑おかけしてしまいましたから、何かお手伝いできればなって……。足を引っ張らないように頑張りますし、何でもしますから!!ですから、お願いしますっ!!」

 困惑した表情の皆さんに向かって勢いよく頭を下げる。
 ……記憶のないオレの唯一の手掛かり。それがこの人たちだというのなら、どんな恥をさらしてでもついていくべきだろう。それに――……。

 ――――約束、……してね……

 ……あの声は、今目の前に立っているさらさらヘアーの青年の声に良く似ている気がする。それに、時折飛び交う勇者という言葉。それはオレにとって、すごく大切なもののようにも思うのだ。

「わかった。キミがいいっていうなら、ボクたちは歓迎するよ。よろしくね、カミュ!」
「あ……ありがとうございます!よろしくお願いします!」

 よ、良かった!オレは嬉しくて再び頭を下げる。本当になんて優しい人たちなんだろう。いくら知り合いとはいえ、記憶喪失の食料泥棒を受け入れるなんて相当の心の広さだ。
 ぺこぺこと頭を下げて仲間の皆さんにもお礼を言ったら、苦笑いに近い表情をされてしまった。……もしかして、以前のオレと相当違うのだろうか?

「それじゃ、早速クレイモランに……」
「いいや。一度ヨッチ村に行こう」

 黒髪のお姉さん――ええと、マルティナさん?の言葉を遮り、別の場所を提案するさらさらヘアーの青年……いや、長いから勇者さんって呼ぼう。
 オレには分からないけれど、皆さんの表情から見るに、勇者さんのした提案はとんでもない進路変更だったようだ。

「ちょっと待て。今はそんな寄り道をしている場合ではないだろう」
「うむ。ひとまずはラムダに向かい、セーニャとベロニカの情報を集めるべきではないのかの?」

 いかつい顔のグレイグさん?と、穏やかそうなおじいちゃん……ロウさんが静かに反論を行った。シルビアさんは先ほどのオレを見つけたときのようにうぅんと考え込んでいる。マルティナさんは表情からいくと、多分グレイグさんとロウさんの意見に賛成なんだろう。
 ……勇者さん、どうするつもりなのかな?

「確かに、みんなの言う通りだと思う。ボクたちの時間に猶予はないし、一刻も早く力を取り戻すべきなんだろう」
「なら……!」
「だけど、全てに対して不安を抱えたままのカミュをこのまま連れていきたいとは、ボクは思わない」

 その声に、皆さんはぐっと息を呑む。
 彼は恐ろしく意志の強い瞳のまま、優しい微笑みを浮かべて言葉を続けた。

「……せめてボクたちのことくらいは、心の底から信用してほしいから」

 柔らかな雰囲気を纏って生まれた言葉の想いは、どこまでも硬く。
 オレはそんな姿を見て、喜ぶでも感動するでもなく、なぜだか――……

(……オレ、は、かつて、こんな光景を、)

 ――――止められなかった
 ――――オレじゃだめだった
 ――――こいつを……

「ステキだわ~!やっぱりアナタはみんなを笑顔にする勇者ちゃんなのねん!」
「……っ!」

 シルビアさんのとびきり嬉しそうな声で意識を取り戻す。……今のは、なんだったのだろう?
 ぼんやりしている間に話は落ち着いたらしく、皆さんの表情は「そう決めたのなら」と納得したものに変わって――って、え、うわっ!?体が、浮いっ――

「じゃあ行こうか。……ルーラ!」

 ……勇者さんの声が聞きなれない言葉を紡いだかと思うと、シュピン!という音と共にオレ――いや、オレ達の体が浮かび上がり、どこかへと飛ばされていった……。


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 オレ達が飛ばされた……もとい向かったのは、ヨッチ族という謎のふよふよした生き物たちが暮らす集落だった。
 勇者さんいわく、

「ここは時間の流れが他とは違うんだって。だから少しくらいゆっくりしても大丈夫だよ!」

 とのことだった。……オレのために訪れてくれたのだと思うと、照れくさいやら申し訳ないやらで、なんともむず痒い気持ちになってくる。

「しおりだけは集めて、色々行けるようにはしてたんだけど」
「確かに、初めに三つくらいの世界に行ってからはお手伝い出来てなかったわね」

 ヨッチちゃんたちに悪いことしちゃってたかも、と話す勇者とシルビアさん。
 冒険の書の世界に入って汚れをなくすんだよ、と説明は受けていたものの、いまいちピンと来ていないオレは密かに首を傾げる。慣れたようにヨッチ村を歩く彼らの後ろを大人しくついて歩き、特別眩しい場所へと足を踏み入れた。

「わあ……!」

 そこは、美しい図書館だった。見上げても果てが分からないほど高い天井と、祭壇の壁に沿うように並んだいくつもの本棚。そして――台座に置かれた、10冊の本。
 淡い輝きを放つその本たちは、よく見ると落書きをされたり、インクをわざとこぼされたりしているようだった。汚れって、もしかしてこれのこと?じゃあ、冒険の書の世界に入る、っていうのは……?

「ええと、うん。これから行こうかな」
「……?」

 勇者さんが一冊の書の前に立ってオレを手招きする。他の仲間の皆さんも本を囲むように立ち、オレを待っているようだった。不思議に思いながらも急いで彼らのもとへと近づく。

「よし、行くよ!どこかの勇者の物語へ!」
「えっ!?ちょっ、う、うわあぁぁああーーーーーっ!?」


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――――――――
――――――
―――……

 ……光に包まれたその先は、人も空気も空の色も、何もかもが違う別の世界――彼らが言う、冒険の書の中の世界だった。
 オレ達は初めて尽くしの世界を慎重に調べ、進み、時には魔物と戦いながらも、書を元の姿へと復元していく。
 何が起こるのか予測もつかない、危険と隣り合わせの旅路。こんな感想を抱くのはおかしなことなのかもしれないけれど、オレはすごく、すごく――楽しいと思った。
 理由はたくさんあるけれど、未知だらけの空間で、皆さんと同じところから世界を見れている気がすることが一番大きいかもしれない。
 あとは、元の世界ではきっと見られなかったものが見れていることもだろうか?とにかく、オレは勇者さんたちと書の世界の巡ることが楽しくてたまらなかった。

 ……この旅路が記憶の手掛かりになりやしないことは分かっている。
 けれど、オレが皆さんに気兼ねなく話しかけられる切欠になってくれた。
 そして、決して失いたくない思い出にも、なってくれた。

 ――――えっ……?勇者さん、もしかして……このオレを花嫁として選ぶつもりですか?
 ――――うん。キミが……カミュがいい
 ――――……う、ぐすっ……!すみません、感極まっちゃって……
 ――――あはは、大丈夫?はい、ハンカチ
 ――――あ゛り゛がどう゛ござい゛ま゛ず……。……オレ、記憶が戻っても、きっと今日のこと忘れません。きっと!

 ……そうだ。きっと忘れない。
 宝石のように輝いた、この新しく生まれた記憶のすべてを、きっと、きっと――……。

(――そういえば)

 冒険の書の世界を旅しながら皆さんのことを知っていくうち、オレは何か言いようのない違和感を抱くようになっていた。
 それは、シルビアさんやマルティナさん、ロウさんは仲間ではなかったような気がする、というもの。
 それから――勇者は『こんな人』ではなかったような、という不可解な感覚。
 どちらも今の状態とは盛大に矛盾を起こしているからオレの勘違いなのだろうけど、どうしてか心のスミにひっかかり続けている二つだった。

(おかしいよなぁ)

 こんなパーティじゃなかったように思う、なんて。
 シルビアさんはそもそもいなかった気がするし、マルティナさんやロウさんは、なんだかこんなにカジュアルに話しかけていい人ではなくて……そう、お城とかに謁見しに行くような人だった気がするのだ。

(それに、勇者さんのことも)

 ツボとかタンスとか容赦無く壊すし開けるし、なんだかふわふわしている。頭の端っこでずっと「こんなんだっけ」というクエスチョンマークが浮かび続けているのだ。
 じゃあ、オレの思う勇者さんがどんな風だったかというと、もっとこう、キリッとして凛として、物を漁ることなどしないような……。

(……いやいや。記憶がなくて根拠がないのに、なんでそんな失礼なことを)

 そうだ。違和感を抱く理由を探そうと思っても、理由のための記憶がない奴が何を考えているんだか。
 今の自分が何を思おうが、信ずるに値しないものばかりだろうに。


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「ふぅ……これで今いける冒険の書世界は全部巡ったかな?」
「あ……はい、そうみたいですね。今ので最後です」

 オレは台座の冒険の書を確認する。どれも今は穏やかな光を湛えるだけで、誘うような輝きを放っているものは見当たらなかった。

「そっか。ありがとう、カミュ」

 にこり、と勇者さんが微笑む。そうしてオレの顔をしばらくじいっと見つめてから、皆さんの方へと向き直った。

「……うん。そろそろ行こうか」

 勇者さんの言葉に仲間の皆さんが強く頷く。

「クレイモランを経由して聖地ラムダへ向かい、セーニャとベロニカの情報を探そう。……カミュも、それで大丈夫?」

 彼の口から出た二つの地名。それを聞いた途端、胸の奥がずきりと痛んだ。この二つのどちらかにオレの記憶の手掛かりがあるのかもしれない。オレは拳を固く握り締めながら、勇者さんの言葉に頷いた。

「はい、勇者さん。行きましょう、大切な仲間を探しに」

 ――正直、記憶を取り戻すのが少し怖くなりつつもある。
 もしかしたら戻ってきたたくさんの記憶に、この微かで僅かな思い出がかき消されてしまうのかもしれない、と。

(……それでも)

 それでも、オレがこうして怯えず立てるまで待ってくれたこの優しい人たちのために、記憶を取り戻したいと思った。

(それに、約束もしたから)

 そう。約束をした。
 みっともなく、涙と鼻水でぐちゃぐちゃにした顔で誓った、大切な約束。

(だから、オレは)

 彼の隣で、前へと進むんだ。
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