このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

赤い星が消えるまで

 デルカダール地方に渡りレッドオーブを入手するまでは良かったが、勇者に巡り合う前に足がつき、デルカダール兵に捕まって投獄されてしまった。
 こんなところに長々捕まっているわけにはいかない――とはいえ、ガタガタ抜かして出してくれるような場所でもない。仕方がないので密かに脱獄用の穴を掘ることにした。


――――――――
――――――
―――……

 ……ここにブチ込まれてから、どのくらい経っただろうか。
 ガシャン、と大きな音を立てて向かいの牢獄の戸が開かれ、乱雑に誰かが押し込まれた。
 新人か、まぁオレには関係ないだろう――と思っていたら、ドゴンガラガラバリンバリン、新しく放り込まれた奴は何やら騒がしい囚人のようだ。気になって声をかけてみる。

「おい、落ち着けって。そんなことしても出られやしないぞ」
「だって……ボク、本当に何もしてないんだ。デルカダールの王様に会って、勇者だと言えば何をすべきか分かるって言われて、その通りにしたら……捕まっちゃって」
「…………っ!」

 聞き間違えるはずがない。幾分かあの時よりも柔らかい印象があるけれど、間違いなく、オレがずっと会いたいと願っていた『彼』の声だった。

「……勇者って……、マジかよ」

 何か言わなければボロが出てしまいそうだった。必死で自分を抑え込み、彼に警戒されないよう細心の注意を払う。

「地の底で勇者に出会う――預言は本当だったみたいだな」

 会いたかった。そう叫びたくなる気持ちをどうにか飲み込み、それらしいセリフを吐き出すことに成功した。

「……待ってな」

 ああ、彼に出会えた。ならこの先やることは一つだ。オレは勇者を自分の牢獄まで呼び、掘り進めていた穴へ入るよう説明をする。……が、どうしても抑えきれなかった衝動が彼への言葉を投げかけさせる。

「なぁ、一つだけ確認したいことがあるんだが」
「なに?」

 きょとん、と首を傾げたその姿は、やっぱり以前の彼とは重ならない。
 これは期待薄だな。内心諦めたように笑い、そうと分かっても聞かずにいられず、オレは問いを口にした。

「オレたち、どこかで会ったことないか?」

 あくまで静かに、あくまで穏やかに。ああでも、少し震えてしまっただろうか。
 僅かな希望と期待を籠めながら問うた言葉は、不思議そうな答えに手折られてしまった。

「……?うーん、ないと思うよ?ボク、村から出てきたばかりだし」
「村、ね。……悪いな、時間取らせちまって。ほら、お前から行けよ」
「う、うん」

 困惑したように穴へ入っていく勇者。まぁ、覚悟はしていた。だから大丈夫だ。
 ……そう、大丈夫だ。こうしてちゃんと、再び出会えたんだから。


------------------------


 ――デルカダール兵に追い詰められたオレ達は、まさに崖っぷちに立たされていた。
 選択肢は二つに一つ。ここで捕まるか、飛び降りて天命に賭けるか……。

(……いや)

 どちらにしても運命が潰える可能性があるのなら、少しでも希望が大きい方を選ぶのみだ。

「……オレは、勇者の奇跡ってヤツを信じるぜ」
「……!」

 顔を向けてそう言えば、驚いたように目を見開く勇者。直後、覚悟を決めたような真っ直ぐな瞳に変わる。

(――ああ、ようやく理解できたよ。お前は、お前なんだな)

 ふ、と小さく笑みを作る。オレはゆっくりとフードを取り、訪れる未来を願って、彼に名を名乗った。

「オレの名はカミュ。覚えておいてくれよな……」

 そして、オレ達は互いに頷き合い――勢いよく崖から飛び降りたのだった。


------------------------


 ……その後。勇者の奇跡に守られたオレ達は無事難を逃れ、レッドオーブもどうにか取り戻し、順調――とは言い切れないものの、なんとかすべてのオーブを集めることに成功した。
 しかし、グレイグの旦那が敵に回るとあれほど厄介だとは。いや、仲間の時から頼れる盾だったんだから当然と言えば当然なんだが……。

「あらどうしたのカミュちゃん、ぼーっとしちゃって」

 軽く話しかけてくるシルビアのおっさんに、何でもねぇよ、と手を振った。そういや前回はシルビアに出会ってもいなかったな、と少しだけ『かつて』を振り返る。

「もう。もうすぐ命の大樹の中心に入るんだから、シャキっとしなさいよね」
「ふふ、ベロニカ気合い入ってるわね」

 ぷりぷり怒るベロニカに、マルティナが微笑みながら声をかける。

「だって、命の大樹の神域ともいえる場所に向かうのよ?気も自然と引き締まるし、この一葉一葉が命だと思うと傷つけないように――ってぇ!?ちょっとアンタ!何やってんのよ!さっき葉っぱが命だからいじっちゃダメって言ったでしょ!!」
「あー相棒、怒られてんぞ」

 オレとベロニカの声にびくりと体を跳ねさせる勇者。その手には既に何かが握られていた。

「ご、ごめんね!ここに世界樹の葉が落ちてて、レアだから拾っておこうかと思って……」
「世界樹の葉……。大樹様から頂くのは、少し気が引けますけれど……貴重ですものね」
「起死回生の一手になるやもしれんからの。これだけを取る分には問題ないじゃろう」
「そうね、道具ってわかってるならいいんじゃないかしら?」

 慌てて説明する彼の言葉に、セーニャやロウ、マルティナが次々に同意を重ねていく。シルビアはそんな様子を楽しそうにニコニコと見つめ、アタシもいいと思うわ、と頷いている。

「……命の大樹様、申し訳ありません。すっごくすっごく気を付けますので、お恵みを頂戴することをお許しください……」

 眉間に皺を寄せながら、心底申し訳なさそうに謝るベロニカ。まったく、なんと賑やかなパーティだろうか。とてもこれから神域に突入するとは思えない空気だ。
 だが、彼らの力に嘘はない。余程のイレギュラーが発生しない限り魔に屈することはないだろう。このまま順調に行けばマヤを救うことも、勇者との約束も果たせるかもしれない。

 ……そう、思っていたのに。
4/11ページ
スキ